頭蓋骨と脳の間には、頭蓋骨に近い方から、比較的丈夫な膜(硬膜)と薄く透明な膜(くも膜)、
さらに脳の表面の薄い膜(軟膜)があり、くも膜と軟膜の間に脳脊髄液が流れています。
くも膜に包まれた袋状の病変(=のう胞)をくも膜のう胞といい、内部に脳脊髄液が溜まっています(図1)。
くも膜のう胞の多くはくも膜の発生異常によって生じた、生まれつき(先天性)のもので、
脳腫瘍ではありません。
年齢が上がってくると、大きくなることは少ないですが、乳幼児期には、
大きくなったり、自然に小さくなったりすることがあります。
くも膜のう胞の発生頻度は19歳以上の大人では1.4%(参考文献:1)、
18歳以下では2.6%(参考文献:2)と報告されています。
男児に多く(2〜3倍)、くも膜のう胞の約75%は小児期に発見されます。
先天性のくも膜のう胞に対して、外傷,出血,感染後のくも膜の炎症によってくも膜下腔が隔離されて生じたものを
二次性くも膜のう胞と呼んで区別します。
くも膜のう胞の自然歴は、無症候性の多数例での報告が散見されるようになってきました。
自然増大率 0.1〜9.9%、自然縮小率 0.5〜11.7%であり、小児期、特に4歳までは増大したり、縮小したりすることが多く、
成人例では少ないと報告されています(参考文献:1,2,3,4)。
【参考文献】
くも膜のう胞は、頭部外傷などで撮影された検査でたまたま見つかることが多く、
多くの人は症状がありません。
くも膜のう胞による症状は、のう胞の大きさや位置によってさまざまです。
視力障害、思春期早発、目の動きの異常、ふらつきなどがあります。
また、頭痛、けいれん、発達の遅れといった症状がありますが、
これらはくも膜のう胞が原因ではないこともあります。
くも膜のう胞の症状には、
@ | くも膜のう胞が接する脳や神経への圧迫症状(運動麻痺など) |
A | くも膜のう胞によって脳脊髄液の流れが悪くなったり堰き止められたりし水頭症を起こし、 頭蓋内圧が亢進することによる症状(頭痛やうっ血乳頭など) |
B | 頭痛、けいれん、発達の遅れなどの非特異的症状 |
C | くも膜のう胞が接する頭蓋骨の局所的な膨らみや頭蓋の拡大などがみられることもあります。 |
@ | 偶然の合併にすぎない |
A | くも膜のう胞が接する脳実質に細胞構築の乱れが起こる |
B | くも膜のう胞が脳を圧迫・刺激するために起こる |
通常、頭部CTまたはMRIで診断されます。
胎児や赤ちゃんでは超音波で診断されることもあります。
通常、脳の外側に境界がはっきりしていて、滑らかなスペースとして見えます。
位置や大きさによっては、脳腫瘍や他ののう胞性疾患と区別するため、
MRIで詳細に検査することがあります。
CTでは脳脊髄液と同等の低吸収域で、脳実質の外に境界明瞭で
辺縁が滑らかな占拠性病変として描出されます(図2)。
CTではくも膜のう胞によって菲薄化したり変形したりした頭蓋骨も描出されます。
MRIでは、脳脊髄液と同じ信号(T1強調画像で低信号、T2強調画像で高信号(図3))を示し、
内部は均一で造影剤では染まりません。
Cine(シネ)MRIを用いると、くも膜のう胞内部またはのう胞とその周囲の間での
脳脊髄液の動きを可視化することができます。
MRIの機種によっては脳脊髄液の流れを可視化できるものもあります(図4)。
超音波(エコー)検査は胎児期に出生前診断の一助となります。
くも膜のう胞は、境界明瞭な低エコー域として描出されます。出生後も大泉門が開いている場合には
超音波検査ができますが、CTやMRIに比較して解像度は劣ります。
CT脳槽造影/RI脳槽造影では、腰椎穿刺で脊柱管内に注入した造影剤やラジオアイソトープが、
そのまま頭蓋内に移動していきます。
この造影剤やラジオアイソトープのくも膜のう胞への到達速度や流入の有無などから、
のう胞とくも膜下腔や脳室との交通性や髄液の動態が確認されます。
脳槽造影は侵襲的な検査であるため、手術適応の判定や手術方法の決定にどうしても必要な場合にのみ行なわれます。
SPECT/PETは脳の血液循環や代謝がどのように変化しているかを調べるための検査です。
手術前後で、圧迫が減った脳実質の血流や代謝がどのように変わったかを調べることがあります。
くも膜のう胞による症状がある場合には、手術を行います.
症状とくも膜のう胞との関連がはっきりしないときは、
十分に検査や相談を行って手術を行うか判断します。
手術には、
@ | 開頭してのう胞壁に穴を開けたり(開窓術)、壁を切除したりする方法 |
A | 内視鏡を用いた開窓術 |
B | のう胞内の髄液をお腹の中へ流すためのチューブを埋め込む方法(のう胞-腹腔シャント術) |
水頭症や頭蓋内圧亢進症状、のう胞による脳や神経の圧迫で症状がある場合に手術を
行います。
無症候性くも膜のう胞では、年齢、くも膜のう胞の大きさと部位、
のう胞の大きさの変化などを総合的に判断し、児や家族と十分に相談して、
手術を決定する必要があります。(後述のQ&Aをご覧ください)
手術には、
@ | 開頭による被膜切除や開窓術 |
A | 神経内視鏡を用いた開窓術 |
B | のう胞-腹腔シャント術 |
1)開頭による被膜切除や開窓術
頭蓋骨の一部を外して、脳を包んでいる硬膜をあけて、のう胞の被膜(外側の膜)を広く切り取ります(被膜切除)。
のう胞の奥の膜(内側の膜)も切開して、脳脊髄液が流れているスペース(脳槽)に交通をつける(開窓)方法です(図5,6)。
のう胞の縮小効果はすぐに得られますが、とても大きなくも膜のう胞の場合には脳の膨らみが 間に合わないために硬膜下水腫(硬膜と脳の間に脳脊髄液がたまること)を生じることがあり(図7,8)、 硬膜下水腫は硬膜下血腫へ変化・進行することがあります(図9)。
2)神経内視鏡を用いた開窓術
頭蓋骨に2-3 cm程度の小さな孔をあけて(図10)、神経内視鏡を用いてのう胞の膜に孔をあけて、
のう胞と脳槽や脳室に交通をつける方法です。
最近では、内視鏡の性能が良くなり、手術技術の進歩や低侵襲性への志向から内視鏡治療が選択される症例が増加しており、 特に水頭症を合併している症例や、脳の深い場所のくも膜のう胞では第一選択の治療法です(図11,12,13)。
術前後のMRI画像(冠状断T2強調画像) 術前には動きがみられず一様に白くみえていたくも膜のう胞の内部が、 開窓によって正常の脳脊髄液腔と交通したことで、脳脊髄液の動きが黒い流れとして観察できるようになり、 その流れは徐々に強く大きくなっています。脳も少しずつ膨らんできています。
3)のう胞-腹腔シャント術(CPシャント術)
シリコン製のシャントカテーテルという管を体内に埋め込んで、
のう胞の中の脳脊髄液をおなかの中(腹膜の内側で腸管の外のスペース)に流す方法です(図14)。
のう胞の縮小率では良好な治療成績が報告されていますが、シャント感染の他に、
「シャント依存性」が問題となることがあります。
これはのう胞-腹腔シャント術を行なって数年後に、シャントが機能不全(脳脊髄液が流れなくなる)
を起こした際に、CTやMRIでは脳室の大きさがほとんど変わらないにもかかわらず、
非常に強い頭蓋内圧亢進症状を来たすものです。
発生のメカニズムは未だに解明されてはいませんが、意識障害や生命にかかわる重大な事態となることがあり、
緊急の対応が必要となります、そのため、シャント術については、
明らかな水頭症を呈している例など特別な場合に限られ、最近ではあまり行なわれなくなっています。
くも膜のう胞の予後は一般的に良好です。
症候性の場合、のう胞による脳への圧排が原因の局所症状や、頭蓋内圧亢進症状は、
手術によってほとんどが改善します、精神発達遅滞や行動異常、めまい、
けいれんについての手術効果はほとんどないとされていますが、シルビウス裂または中頭蓋窩のくも膜のう胞では、
術後に認知機能が改善するとの報告もあります。
症候性の場合、のう胞による脳への圧排が原因の局所症状や、頭蓋内圧亢進症状は、
手術によってほとんどが改善します。
しかし精神発達遅滞や行動異常、めまい、けいれん、大頭症などについては、
手術の効果は非常に少ないと言われています。
しかしシルビウス裂または中頭蓋窩のくも膜のう胞では、術後に認知機能が改善するとの報告がみられます。
無症候性くも膜のう胞に手術を行なった場合には、手術にかかわる合併症(周術期合併症)の有無が予後に大きく影響します。
主な合併症には、硬膜下血腫(開頭術に多く、のう胞が急激に小さくなることが要因で、
術野のみならず離れた部位にできることもあります)、開窓部に近い神経や血管の損傷(内視鏡手術で問題になりやすい)、
シャント機能不全やシャント依存などがあります。
無症候性くも膜のう胞を経過観察した場合、のう胞が自然に、
あるいは軽微な頭部外傷を契機として破れて、硬膜下水腫や硬膜下血腫を起こす可能性が0.04〜0.1%/年と考えられています。
これらは、ほとんどがシルビウス裂や円蓋部において起こり、5 cm以上の比較的大きなのう胞では特に注意が必要です。
ただ、これら硬膜下水腫や血腫も治療で良好な予後が得られると報告されています。
【参考文献】
1)シルビウス裂または中頭蓋窩くも膜のう胞 【医療者向け参考文献:1,2,3.4】
くも膜のう胞の約半数を占め、部位別頻度では最も多く報告されています。
男児に多く(女児の約3倍)、左側に多い(右側の約2倍)とされています。
Galassiにより3型に分けられています。Type Tは中頭蓋窩の前方にあり、
無症状であることがほとんどです(図15)。
Type Uはシルビウス裂に沿って上方に伸展したタイプで、
時として側頭葉を偏位させます(図16)。
Type Vは中頭蓋窩を占拠するほど大きいもので、側頭葉だけでなく、
頭頂葉や前頭葉も圧迫するものです。
この部のくも膜のう胞では、何ら誘因なく、あるいは軽い外傷を契機にのう胞の壁が破れて、
硬膜下水腫や硬膜下血腫を生じることがあります。
一般的に長径が5 cm以上ののう胞で破れるリスクが高くなるとされ、
30日以内に頭部外傷があった場合には、のう胞が破れるリスクは約26倍に上昇するとの報告もあります。
治療法には、@開頭による被膜(外膜)切除と深部の開窓術、
A神経内視鏡を使用した開窓術、Bのう胞-腹腔シャント術があります。
Type Tは、必要な場合には顕微鏡手術による開窓術が、
Type UとVは神経内視鏡を用いた開窓術が最初に行なわれることが多いようです。
神経内視鏡による開窓術を行なっても症状の改善がみられない場合には、
顕微鏡を用いた開窓術やのう胞-腹腔シャント術が行なわれることがあります。
術前のMRIなどで、くも膜のう胞の深部(最内側)の膜が厚いと考えられる場合には、
顕微鏡手術が最初から選択されることもあります。
2)鞍上部くも膜のう胞 【医療者向け参考文献:5,6】
鞍上部くも膜のう胞は、しばしば胎児期の超音波エコー検査で発見され、
胎児MRIでも描出されます(図17)。
鞍上部くも膜のう胞は第3脳室を持ち上げるように伸展するため、
水頭症を起こすことが多く、出生早期にのう胞が増大して脳幹を圧迫することもあります。
治療は、神経内視鏡で手術が行われることが多く、脳室とのう胞に交通
をつける開窓術か、可能であれば,脳室とのう胞と脳幹前面の脳槽に交通をつける方法が行われます(図18,19)。
3)後頭蓋窩くも膜のう胞 【医療者向け参考文献:7】
小脳背側のくも膜のう胞は、大槽が拡大した巨大大槽や、
脳室出口の膜が遺残するBlake’s pouch cyst、Dandy-Walker症候群との鑑別がしばしば問題となります。
開頭被膜除去術、内視鏡による開窓術、のう胞-腹腔シャント術のいずれも行なわれますが、
有効性に明らかな差はないようです。
小脳橋角部にくも膜のう胞がみられることがあります。
開頭による被膜除去や脳槽への開窓術、神経内視鏡を用いたのう胞の脳槽への開窓術も行なわれます(図20)。
4)大脳半球間裂くも膜のう胞(図21)
脳梁欠損を伴い、高率に水頭症を合併します。そのため開頭や内視鏡によるのう胞と脳室、あるいは脳槽間の開窓が行なわれます(図22)。
脳室-腹腔シャント術あるいはのう胞-腹腔シャント術が併用されることもあります。
5)四丘体槽くも膜のう胞
中脳の後面にある四丘体槽と呼ばれる隙間にできます。
のう胞による圧迫で第3脳室と第4脳室をつなぐ中脳水道が閉塞して水頭症を起こします(図23)。
四丘体の奥には眼を動かす神経や神経核があるので、ものが二重に見えたり、
眼の位置に異常を起こすことがあります。
以前は開頭術やのう胞-腹腔シャント術が行なわれていましたが、
近年は内視鏡にてのう胞と脳室の間に開窓する手術(図24)をすることが増えています。
内視鏡による開窓術で水頭症が改善しない場合には、第3脳室底開窓術を追加(図25)することがあります。
【参考文献】
症状のないくも膜のう胞(=無症候性くも膜のう胞)のお子さんは、
普段はまったく症状がありませんし、一生何の症状も起こさないことも考えられます。
したがって無症候性くも膜のう胞のお子さんに対しては、
まずは「手術はしないで経過をみていく」ことが基本的な考え方です。
しかし頭部外傷(軽微な外傷でも)が加わると、
のう胞の膜が破れて硬膜下血腫/水腫という病気を合併したり、のう胞内に出血することが稀にあります。
急性硬膜下血腫を起こした場合は、強い頭痛や嘔吐、重症であれば意識障害が出現するので、
早急な処置が必要です。
無症候性くも膜のう胞の手術治療をするべきかどうかについては、
統一した見解はありません。
以下に、最も頻度が高くしばしば問題となるシルビウス裂または中頭蓋窩の
くも膜のう胞で考えてみます。
手術に積極的な意見としては「頭部外傷を契機に引き起こされることがある
硬膜下血腫の危険性を減らすことができる」、「新生児や乳幼児期では、
のう胞の圧迫を除去して脳神経の再構築が期待される」といったものがあります。
加えて、「SPECTによる評価で脳血流量が手術後に増加した」、
「手術後にいわゆる認知機能が改善した」といった報告があります。
一方、手術に消極的な意見としては、「硬膜下血腫のような出血性合併症が
おこる確率は低く、0.1%以下という報告がある」、「乳児期以降ではくも膜のう胞
が増大することは極めて少ない」、「自然経過でものう胞が縮小することがある」といったものや、
手術による合併症の回避を理由とする考え方もあります。
現状では、主治医とご家族の間で十分な話し合いをもって、
くも膜のう胞の大きさ/発生部位/脳への圧迫の程度/発症時の年齢/お子さんの
日常生活における運動状況などから総合的な判断が必要となっています。
無症候性くも膜のう胞が見つかって、手術を行なわないで経過を観察する際は、
くも膜のう胞が発見された年齢によって観察の方法や間隔が違います。
ただし、頭をぶつけてから頭痛が続く場合には、かかりつけの病院で相談してください。
胎児診断されたお子さん、新生児や乳児期に発見された場合は、
1〜2か月後にCTまたはMRIを再検査して、変化がなければ6か月後に3回目、
変化がなければ1回/年程度を小学校入学まで行う施設が多いようです。
2歳以降に発見された場合は、6か月後に再度MRI(またはCT)を行い、
変化がなければ1回/年程度を小学校入学まで行います。
一方、学童期以降に発見された場合は、6か月〜1年後に再度MRI(またはCT)を行い、
変化がなければ定期検査は行いません。
しかし症状出現時や頭部打撲をした際には画像検査を行うべきです。
特に頭をぶつけてから頭痛が続く場合には、躊躇しないで病院で相談してください。
くも膜のう胞のお子さんのスポーツ参加について、現在、
明確な基準があるわけではありません。専門家の中でも意見が分かれており、
一番多い無症候性中頭蓋窩のくも膜のう胞でも、世界的にもまだまだ定まったものはありません。
くも膜のう胞による硬膜下血腫/水腫の合併は、シルビウス裂または中頭蓋窩の
くも膜のう胞が90%以上といわれています。
無症候性くも膜のう胞のお子さんについては、一般的には学校の体育は参加してよいとしますが、
頭部打撲の頻度が高いコンタクトスポーツや格闘技(アメリカンフットボールや
ボクシングなど)は避けた方が望ましいとする意見が多いです。サッカーについても意見が分かれています。
くも膜のう胞の部位や大きさ、スポーツの種類などによって、主治医とお子さん、
ご家族との相談で決められているのが現状と言えます。
くも膜のう胞の出血合併リスクは、0.4〜0.1 %/年程度と考えられています。
スポーツ(コンタクトスポーツを含む)に参加したくも膜のう胞の小児112例で、合計4410カ月間(1470シーズン)で、
スポーツに関連した硬膜下水腫の出現が2例 (0.13%/シーズン)で、 手術が必要になった児はいなかったと報告(参考文献:1)されています。
18歳以下のスポーツに関連したくも膜のう胞の出血合併症をreviewした報告(参考文献:2)では、 出血合併症は、
全例が手術によって予後良好であったと報告されています。
これらの報告のように、スポーツ参加によるくも膜のう胞出血合併症の発生率やその予後の観点から
スポーツを禁止することに疑問を呈する意見もあります。
【参考文献】
シルビウス裂または中頭蓋窩や大脳円蓋部のような脳の表面にできるくも膜のう胞については、
くも膜の発生過程の異常によって、内外2層に分かれたくも膜の間に脳脊髄液が
貯まってくることが原因と考えられています。
のう胞の増大については、「のう胞壁に小さな亀裂が生じていて、
脳脊髄液が一方通行に入り込んでくる(ボールバルブ)」、
「のう胞内外の浸透圧勾配による」、あるいは「のう胞壁そのものから脳脊髄液が
分泌される」などの説がありますが、未だに解明されていません。
以上のことから、くも膜のう胞の発生や増大を予防することはできません。
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