心因性神経症状を、器質性疾患と鑑別することは時に非常に難しいことがある。特に情報が簡単に得られる現代では、神経症状を正確に真似ることが可能である。また、器質性疾患を持つ症例は、器質性疾患のストレスから心因性神経症状を生じる。
検者は、神経学的所見をとり、それが神経系の解剖生理学的に矛盾することを確認し、臨床経過と心理学的検査から精神科的問題が症状を起こしている可能性を検討する。場合によっては、カロリックテストや脳は、アミタール(自白剤)を使用したインタビューを必要とすることもあるが、それでもハッキリ診断することが出来ないことも多い。
以下に、心因性無反応を起こす病態を列挙したが、転換性障害と緊張性昏迷が意識障害状態に類似する。
なお、心因性無反応だけでなく、仮病(詐病と異なり意図的)を見抜くためにも以下の情報は有用である(虚偽の診断書等を書かない → トラブルに巻き込まれないようにする)。
転換性障害
転換性障害は、抑圧された心的葛藤が身体症状へ置き換えられ、無意識のうちに、さまざまな身体的症状が生じる。演技性パーソナリティ障害だけでなく、うつ状態や神経症など心理的ストレスに対する防御反応として起こりうる。症状には運動症状、感覚症状、発作症状がある。
運動障害では、脱力、麻痺、振戦(手脚の震え)、筋力低下、ジストニア運動(顔や体が勝手に動く)のような異常な運動、起立障害、歩行障害、よろめき歩行、ぎくしゃくした体幹の動き、鞭を打つように腕を振り回す動き、失声症、構音障害、複視などが見られる。
感覚症状として、皮膚感覚、視覚、聴覚の異常や喉がつまった感覚などがある。
発作症状 失神やてんかんのように意識を失ったり、手脚が震えたりする発作(心因性、あるいは非てんかん性発作)が起こることがある。現症として10歳未満で発症することは少なく、医師のいるところで発作を起こしたり、何度も痙攀が重積したり、多数の説明不可能な身体症状、多数の手術や侵襲的検査、精神療法を受けていたり、性的あるいは身体的虐待を受けていることが多い。所見として、発作が状況により発症したり、徐々に発作が起きたり、音や光刺激で誘発されたり、合目的運動や後弓反張 (opisthotonus, "arc de cercle")、舌尖咬傷(舌側面はてんかんに多い)、遷延する発作後筋麻痺、強直間代発作時の発声、意識障害時の反応性、発作後の見当識障害の復帰、ゆるやかに波打つ運動、同期しない四肢運動、規則正しい骨盤運動、左右の頭揺れ、発作時叫び、強直時の閉口や閉眼、2分以上持続するけいれん、受動的開眼に抵抗などがある(これらの所見は、てんかん性けいれんでは観られることは稀である)。また、対光反射は正常でチアノーゼが見られることはない。てんかん性けいれんでは対光反射は一般に消失し、チアノーゼが観察される。
心因性無反応症例は、通常、目を閉じて横たわっており,周囲に反応しない。呼吸パターンは一般に正常であるが、過換気状態の症例も存在する。瞳孔は軽度散瞳から正常大で、対光反射も正常である。眼球前庭反射は種々の反応を呈するが、カロリックテストでは正常の反応である。カロリックテストで正常の眼振と眼球偏倚が認められれば、生理学的に覚醒している状態で判断され、代謝性脳症や器質的疾患による意識障害は除外される。眼位が偏倚している場合、心因性無反応症例では、頭位を左右に動かす時常に地面側を見たりする。また、共同偏視は常に検者のいない方に向いている。目を閉じている時に、眼瞼を挙げようとすると、眼球が上転(希に下転)する。眼球上転は失神様発作の時にもみられる。心因性無反応症例では、眼瞼を挙げようとすると抵抗感があり、離すと眼瞼は急速に閉じる。昏睡状態では、上眼瞼はゆっくりと閉じ、随意的にこの動きを真似は出来ない。ゆっくとした動きで往復する眼球運動も意識障害で認められ、随意的に動かすことは困難である。
脳血流量を検討した研究では、運動症状あるいは感覚症状を呈した症例の反対側の視床や基底核、運動野、前帯状回後部、Brodmann 44, 45領域などの血流量が減少し、症状の改善と共に血流が回復していることが知られており、機能的な神経障害を起こしている可能性がある。
緊張性昏迷
原因として、神経発達症、精神病性障害、双極性障害、抑うつ障害、脳炎や一酸化炭素中毒、脳葉酸欠乏症や自己免疫疾患、腫瘍に伴う障害などがあり、医薬品の副作用でも起こりうる。症状は、遅延と興奮の2つある。前者は昏迷との鑑別が、後者はせん妄との鑑別が難しい。遅延症状として、精神活動が停止したかのように、じっとして動かない。他人に取らされた、あるいは自発的に取った奇妙な姿勢のまま、じっとしている。他人の指示を無視したり、抵抗したりする。言葉に反応しない、言葉を発さない。外部からの刺激に反応しない、あるいは反発する。興奮症状としては、普通の動作を、わざとらしく演じる。しかめ面をする。無目的な運動を、頻繁に繰り返し行う。理由もなく興奮する。他人の言葉や動作を真似たりする。また、逆に過剰で独特な動きをしたりと臨床像は複雑である。しかめ面や企画性運動や姿勢は、せん妄よりも緊張性昏迷で見られることが多い。
通常、開眼し横たわっているが、何も見ていない。皮膚は蒼白で、しばしば痤瘡があり、脂漏性である。脈拍は90-120回/分と頻脈傾向で、体温は通常より1.0-1.5℃ 高くなっている。自発的動きは少なく、周囲に無関心であるように見える。視覚的に脅かしても瞬目はなくが、視運動性眼振は存在する。瞳孔は散大し、しばしば、瞳孔不同が変化するが、対光反射には反応する。目を強く閉じている症例では、受動的開眼も出来ない。人形の目現象(眼球前庭反射)は消失するが、カロリックテストでは正常の眼振が誘発される。唾液の過剰分泌がある場合、流涎や咽頭後部に唾液が溜まっている。尿便失禁がある場合や逆に尿閉の場合もある。四肢は弛緩していたり固縮し受動的運動に抵抗したりする。
脳波は、緊張性昏迷では正常であることが多く、器質性脳疾患や代謝性脳症などでは、特徴的脳波異常所見が見られることが多く、鑑別に有用である。
解離性昏迷
心が耐えられないほどのショックや大きな絶望を感じたときに生じる。光や音など外的刺激に対する反応が弱まる、あるいは欠如し、長い時間、ほとんど動かないまま横たわるか、座ったままの状態が続く。自発的な発語や行動はほとんどない。筋緊張や呼吸、時には目が開いたり眼球が動いたりする。
意識障害が無く運動麻痺や知覚障害を訴える場合
半身運動麻痺の心因性神経症状の鑑別
Arm Drop:背臥位にて麻痺側の上腕を顔の上に持って行き離すと、器質的疾患では顔面に落下し、非器質性では顔面を避ける。
Hoover徴候:背臥位で両足の下に検者の手を置き、片側の下肢を挙上してもらう時、協調運動である反対側の足の下方向への圧力を診る。健常者では、両足とも同じ圧を受ける(下図上段)。器質的疾患による左片麻痺の場合(下図下段左)、右下肢挙上により麻痺した左足の下方向への圧力は弱くなり、左下肢挙上では、左片麻痺があるため右足の協調運動が強調され右下肢の下方向への圧力が強くなる。心因性無反応(非器質性麻痺)では(下図下段右)、右下肢挙上時、左足の協調運動は健常者と同じように圧を受けるが、左下肢挙上では、左片麻痺を装うため挙上の力は弱くなり、同じ力のかかる協調運動の右足の下方向への圧力は弱くなる。この現症は、挙上する下肢を検者が上から抑えることにより、反対側の足の下方向への圧力が強調されわかりやすくなる。協調運動が現れる側の足を検者が上方向に(左右同じ力で)挙上する様にすると、器質性麻痺がある場合、患側挙上時、反対側の足は下方向へ動き、心因性神経症状(非器質性麻痺)の場合は、患側挙上時、反対側の足は上方向へ動く。
Sonoo外転試験:両下肢を外転させる場合、患側のみが内転するのは器質的疾患でも非器質的疾患(心因性神経症状)でも同じ。健側(本症例の場合、右下肢)だけを外転させるように指示した場合、器質的疾患では、患側が内転する。非器質的疾患では、無意識の協調運動により患側に力が入るため、患側(左下肢)が内転しない。患側(左下肢)のみ外転させるように指示した場合、器質的疾患では、健側(右下肢)の協調運動がしっかり働くため健側の下肢(右下肢)は動かない。非器質的疾患では、健側下肢(右下肢)の協調運動も意識的に抑制してしまうため、両下肢が内転する。
半身知覚麻痺の心因性神経症状の鑑別
Midline splitting test: 感覚障害が身体の正中を境として明瞭に左右差がある場合、左右の末梢神経の支配領域は正中を超えて1-2cmほど重複していることを利用する。正中部で線を引いたように明瞭に感覚障害に境界があれば心因性を疑う。
腰痛の心因性神経症状の鑑別
Waddell's signs:
以下の徴候が3つ以上ある場合、腰痛は心因性神経症状の可能性あり。① 皮膚表面の圧痛・不快感.②解剖学的(神経根や末梢神経)に一致しない圧痛.③ 腰椎軸方向加重による腰痛の再現試験の不均一.④腰椎軸回転による腰痛の再現試験の不均一.⑤ラセーグ徴候での異常な反応.⑥解剖学的に一致しない知覚異常.⑦解剖学的に一致しない運動麻痺.⑧各検査に対する異常な過剰反応.
その他の心因性無反応
解離性遁走[フーグ: fugue]
遁走(とんそう)とは住み慣れた家や職場から遠く離れたところへ放浪し、名前や家族、職業などの重要事項を思い出せなくなることを言う。大きく以下の3つのタイプに分かれる。①放浪が終わると元の自分に戻るが、放浪中の記憶は無い。②放浪中は別名を名乗り、別人を装う。③放浪前の自分の生活上の記憶を一部失う。器質的な精神障害がないにもかかわらず、通常なら簡単に思い出せるような情報を思い出せない記憶喪失のヒトが、意図的に家や職場から離れて放浪(2、3日)し、時には長期間にわたる。旅先では、まったく別の人物のように過ごす。静かで活気がなく、何かを忘れてしまっていることに気づかず、突然、遁走する以前の時間を思い出す場合もあるが、その時は遁走自体のことを忘れている。
詐病(虚偽性障害)
作為症(虚偽性障害)は、自分や他者が病気である、あるいは、身体的(または精神的)な症状があることをねつ造する障害である。刑罰の軽減や保険金をもらうのが目的である物事を都合よく運ぶための詐病(いわゆる仮病)とは違い、作為症は特にメリットがないにもかかわらず、病気やケガをねつ造する。ねつ造の方法としては、誇張、作り話、擬態、および誘発がある。ちょっとした痛みを、あたかも激痛かのように話したり、ベッドから起き上がることができないふりをしたりして、自分または他者が病気やけがを負っていると周囲にアピールする。配偶者が生きているのに、「配偶者が亡くなったためにうつになった。自殺したい」などと訴えたり、医療機関で行う検査で異常値が出るように不正な行為をしたり(例:尿に血液を加える、薬物を摂取する)、病歴記録のねつ造、自傷行為を行ったりする。わざと病気を誘発する行為(例:傷口に糞便を入れる)をする場合もある。なお、自分以外に子どもや親、ペットなど他者に病気があることをねつ造することもある(他者に負わせる作為症)。
小脳性認知情動症候群
緊張性昏迷と間違われやすい小脳性認知情動症候群は、小児の虫部腫瘍術後に無言を呈する状態が起こり小脳性無言症候群と報告されていた。成人でも小脳虫部や小脳後葉に関連する後頭蓋窩病変の術後に、傾眠が起こり、無言で、刺激に対する反応が無かったり異常な行動を起こす。嚥下障害はないが、食物の飲み込みを拒絶したりすることがある。無言は、麻酔が覚めた数時間後から数日後に始まり、通常、発語可能となるが、神経心理学的検査で異常を残すことがある。