水頭症
水頭症という用語は、脳脊髄液の循環が変化し、結果的に脳脊髄液で満たされた頭蓋内の隔室が膨張するような脳の状態を定義している(図)。これはどの年齢でも発症する可能性があり、1950年代以降は、脳または頭蓋内腔から余分な脳脊髄液を腹膜腔などにシャントすることによって治療可能である(図)。脳脊髄液の大部分は脈絡叢によって500mL/日産生され、脳脊髄液量は90~150mLあり、1日に4~5回循環している。脳の細胞外液は、より少ないが、かなりの量を占めている。水頭症は、側脳室および第三脳室からSylvius水管を経て第四脳室の孔を通る脳脊髄液のクリアランスの低下、脳凸部の上にある傍矢状洞部のクモ膜顆粒での静脈系への脳脊髄液の吸収低下、または、ごく稀に脈絡叢乳頭腫や(まれに)脈絡叢過形成からの脳脊髄液の過剰産生の結果である。水頭症の診断はそれ自体が病因を特定する診断ではない。原因として、腫瘍、奇形、出血、変成などがある。ここでは、水頭症の脳への影響に関係する細胞・分子のメカニズムを扱い、いくつかの病因や病態に関係する動物モデルについて考察する。
水頭症は良性ではなく、脳に悪影響を及ぼす。これらは、脳室拡大の持続期間や大きさ、発症時の年齢や進行速度に依存する。水頭症は、運動障害、認知障害、内分泌障害などの臨床症状を引き起こす。脳室拡大が進行すると、脳室周囲白質を覆う脳室上衣層が障害される(上衣細胞は大部分が非増殖性)。上衣下グリオーシスは、脳脊髄液が脳の間質空間に移動し、浮腫を生じるた結果である。脳室周囲白質は菲薄化し、オリゴデンドロサイトが脱落し、グリオーシスを起こす。しかし、軸索損傷(軸索スフェロイド)は、比較的重度の水頭症であっても、何年もかけてゆっくりと進行している場合には、まれにしか観察されない。急性水頭症では、点状出血や軸索損傷が見られることがあり、アミロイド前駆体蛋白(APP)免疫組織化学を用いてその変化を同定可能である。水頭症では、軸索の伸展と硬い大脳鎌による圧迫の結果として、脳梁の萎縮が観察される。海馬采・脳弓を圧迫萎縮させることにより、海馬体と乳頭体の連絡を断ち、経シナプス変性を生じ、記憶障害を引き起こす。動物実験では、脳室拡大に起因するオリゴデンドロサイト障害によって引き起こされる髄鞘の損傷が、軸索損傷に先行している可能性がある。水頭症(特に小児)によって視床下部は障害を受け、神経内分泌機能異常が頻繁に観察されている。水頭症では、脳幹と小脳は比較的保存されている。
重度の水頭症の場合を除き、大脳皮質は比較的保持されているが、経過によって皮質の菲薄化が起こることがある。これは多脳回を伴うことがある(小多脳回と混同してはならない)。大脳基底核や視床下部核の萎縮が起こることもある。神経変性として細胞質萎縮と空胞化が認められる場合は、この変化は比較的非特異的で、軸索損傷による二次的な逆行性変化を反映している可能性が高い。樹状突起の消失およびシナプス小胞タンパク質の減少も指摘されている。長年の水頭症に、神経細胞内の神経原線維変化が観察されるが、単に偶然のアルツハイマー型の変化である可能性もある。脈絡叢に対する水頭症の影響は様々であり、軽微な上皮の萎縮、細胞学的変化、間質の硬化などが含まれ、脳脊髄液分泌能低下を反映している可能性がある。水頭症の脳室周囲における様々な受容体や糖タンパク質の変化が知られているが、その意義は不明である。
神経解剖学的には、脳室拡大に伴い、軸索が伸びたり歪んだりして、軸索や髄鞘に異常が生じるのに対し、神経細胞の変化は二次的なものである可能性がある。しかしながら、これらの変化がどのようにして起こるのか、そのメカニズムは未だに解明されていない。このような変化を引き起こす上で重要と考えられる分子現象には、外傷性脳損傷(TBI)のように長い軸索が引き伸ばされたり引き裂かれたりする病態に、病因的に重要な現象が含まれている。脳室周囲軸索の損傷は、カルシウムを介した細胞骨格タンパク質を損傷する分子であるタンパク質分解性カルパインの活性化に一部起因する。水頭症の乳児、小児、成人では、特に深部白質において、脳血流と酸化的代謝が低下することがある。成人では、高血圧やアテローム性硬化性脳血管疾患を併発することで、さらに悪化することがある。BBBは、水頭症患者における脳内の水調節として機能しており、ピノサイトーシス活性(脳毛細血管内皮では、通常ではかなり低い活性)が増加している。詳細はよくわかっていないが、一酸化窒素合成酵素活性とNO産生の上昇は、水頭症において保護的な役割を果たしている可能性がある。
水頭症の病因として、未熟新生児の急性脳室内出血(IVH)は臨床上の大きな問題である。特に若い早産児の救命が増えており、IVHの発生率は減少しているように見えるが、多くは出生体重1000g未満の乳児の5人に1人が発生する。生存した乳児の脳脊髄液の流れの異常は、髄膜線維症、クモ膜炎、上衣下アストログリオーシスの結果であり、これらはすべて脳脊髄液の吸収障害につながっている。TGFβのアップレギュレーションによる、細胞外マトリックスタンパク質の実質および血管周囲への沈着の増加も水頭症の原因となりうる。トランスジェニックマウスにおけるTGFβ1の過剰発現は、血管周囲のアストロサイトーシス、ラミニンやフィブロネクチンなどの細胞外マトリックス蛋白質の血管周囲沈着の増加、顕著な脳室拡大化をもたらす。フリーラジカルを媒介とする脳実質傷害も関与している可能性はある。
無形成、閉塞、グリオーシス、枝分かれや膜性閉塞などの中脳水道の異常を説明するために使用される用語は一貫性がなく、しばしば混乱をきたす(図)。中脳水道狭窄は原因ではなく、水頭症の結果である可能性がある。稀なXリンク型の中脳水道狭窄症は60年近く前から知られている。
水頭症は成人で発見されることが多く、過小評価されていることがほとんどである。成人発症の慢性水頭症の発生率は10万人あたり2.6人と推定されている。成人発症の水頭症は、米国で毎年診断される水頭症8万例の約半数を占めている。これは、中脳水道狭窄症に続発する代償性先天性水頭症が成人期になって初めて症状を呈するようになった可能性がある。最も一般的なのは、くも膜下出血と髄膜炎であり、特に最適な治療を受けていない化膿性髄膜炎や肉芽腫性髄膜炎が重要である。
交通性水頭症の一種である正常圧水頭症(NPH)は、古典的には歩行障害、尿失禁、認知機能障害の3つの症状を呈するが、これらの症状のうち1つまたは2つの症状(多くは歩行障害)のみを呈する場合もあり、まったく無症状である場合もある。罹患した患者で観察される神経心理学的現象には、大脳皮質下の前頭葉障害に共通する、不注意、物忘れ、知的敏捷性の低下、無気力、情緒不安定、脱抑制などがある。NPHは1965年に初めて記述され、Hakim-Adams症候群として知られ、脳室シャント術によって治療される。認知症の5-10%を占めると言われているが、認知症の剖検では、NPHはごくまれにしかみられない。これは、おそらく患者がシャント療法によく反応するからであろうと考えられている。剖検では、NPHは大脳皮質萎縮の程度に比例しない、側脳室と第三脳室の拡大が観察される(すべてのアルツハイマー病の脳が顕著に萎縮しているわけではないが、一般的にはアルツハイマー病の脳標本ではこの解離は見られない(図))。しかし、注意が必要である:特発性NPHのためにシャント術を受けている人の脳生検を慎重に調べると、しばしば、Aβ斑や、アミロイド血管症、neuropil threadsと神経原線維変化などアルツハイマー病関連病変が観られる。これら患者におけるアルツハイマー病関連異常の重症度は、認知症の重症度と相関していた。
水頭症の治療と脳機能構造への治療効果
水頭症の治療は、可能な場合、根本的な原因疾患の治療を含む。例えば、後頭蓋窩腫瘍に続発する脳室拡大の治療は、この腫瘤を外科的に切除することである。数十年にわたって水頭症の治療に用いられてきた他の方法としては、脈絡叢の切除、第三脳室切開、そして最も一般的なものとして中枢神経系から脳脊髄液を腹膜腔または心腔内へのシャントなどがある。現在、これらの手技に使用されている柔軟で生体適合性のあるシャントチューブの導入は、治療を受けた水頭症患者の症状と予後を顕著な改善する。しかし、シャントは水頭症症状の緩和には有効であるが、病理学的異常を完全にもどすことはできない。脳室サイズはシャント後に必ずしも正常に戻るとは限らない。シャントが成功した場合、脳梁や脳弓の萎縮は少ないが、脳室周囲グリオーシスが残存する。これは脳室周囲領域の正常な白質の再構築の障害となる可能性がある。上衣細胞は再生能力が非常に限られているため、水頭症の進行に伴って上衣細胞が失われた領域は修復されない。これは、脳実質内の間質液量の持続的な異常につながる可能性がある。
臨床的には、水頭症を治療するためのシャント留置術は小児脳神経外科医が最もよく行う手術の一つであり、この手技は水頭症の経過を変えた。シャントが利用できるようになる前は、水頭症は進行性の神経学的悪化と早期死亡につながり、多くの場合、人生の30歳になる前には死亡していた。しかし、シャント術はその誤作動や感染などの重大な合併症がある。最近発表された、シャント留置を15歳未満に行った症例を対象とした20年間の追跡調査では、2.9%の症例がシャント不全で死亡し、81%の症例が少なくとも1回のシャント再置換を必要とし、再置換を受けた症例の平均再置換回数は4.2回であった。
水頭症の薬物療法としては、炭酸脱水酵素阻害剤(アセタゾラミドなど)やフロセミドの投与が行われてきた。ウロキナーゼ、ストレプトキナーゼ、組織プラスミノーゲンアクチベーターを投与することで、脳室内出血後の乳児の水頭症を予防しようとする試みは、限られた成功例にとどまっている。水頭症に伴う軸索損傷と外傷・脳梗塞後の脳損傷との間には神経生物学的な類似性があることを考えると、神経保護的なアプローチも試みられている。
参考文献:General pathology of the central nervous system. Greenfield's Neuropathology. 9th edition. Edited by Seth Love, Herbert Budka, James W Ironside and Arie Perry. CRC Press.