乏突起膠細胞の病態生理

乏突起膠細胞

乏突起膠細胞(オリゴデンドロサイト)は、小さな細胞体で少数の短い細胞突起を持ち、細胞質フィラメントを持たない神経膠細胞である。オリゴデンドロサイトは、灰白質では神経細胞の周囲に集まり(図a)、白質では有髄線維の間に列をなして配置する。オリゴデンドロサイトの機能は、灰白質と白質では異なる。灰白質では、背側感覚神経節や後根神経節における衛星細胞やシュワン細胞の役割に類似したニューロンをサポートしたり、前駆細胞として存在する。


白質では、オリゴデンドロサイトは髄鞘形成に関与する細胞であり、末梢神経系のシュワン細胞に類似している。オリゴデンドロサイトは、増殖、遊走、分化、髄鞘化という一連の複雑なステップを経過し、最終的に軸索を髄鞘化する。オリゴデンドロサイトは、中枢神経系における傷害に対して最も脆弱な細胞の一つである。オリゴデンドロサイトの発生に関する新たな知見には、以下のような事実がある:(1) ニューロンとオリゴデンドロサイトには共通の前駆細胞があること、(2) オリゴデンドログリアの発生には腹側から背側への進行があること、(3) オリゴデンドロサイトには複数の起源があること、(4) 軸索シグナルと髄鞘化の間に相互関係があることなどである。


中枢神経系と末梢神経系の髄鞘は、 Luxol fast blue (LFB) 染色で同定出来る(図c)。剖検組織のLFB染色では群(ムラ)があることがある。末梢神経系の髄鞘は、Luxol fast blue-periodic acid Schiff (LFB-PAS)で染色すると、中枢神経系の髄鞘よりも濃い青色に見える。これは、脳幹や脊髄の中枢神経系と末梢神経系との境界部分で容易に観察される(図d)。オリゴデンドロサイトとシュワン細胞の違いとして、シュワン細胞は、基底膜に囲まれており、2つのランビエ絞輪の間にある軸索を螺旋状に巻き込み、単一の髄鞘を形成するのに対し、オリゴデンドロサイトは、基底膜を欠き、多い時は60以上の細胞突起の先で軸索の髄鞘化を行う。中枢神経系と末梢神経系の髄鞘はインパルスの伝導速度の向上に寄与する。


髄鞘形成は胎齢約16週目に始まり、生後2年間が最も活発で、その後10歳代でも活発に髄鞘形成は継続する。髄鞘の維持には、オリゴデンドロサイト細胞が正常の機能やエネルギーの産生能を持つ必要がある。また、髄鞘が失われた場合には、オリゴデンドロサイト前駆細胞による効果的な再髄鞘化が必要である。オリゴデンドロサイトの障害は、必然的に細胞突起が障害され、結果として髄鞘の喪失につながる。有髄線維内の軸索の損傷は、覆っている髄鞘を破壊する。オリゴデンドロサイトは軸索の支持と維持にも重要である。


H&E 染色切片では、オリゴデンドロサイトは小型円形の核を持ち、暗色調のクロマチンは均一に分散、核小体はない。細胞質は見えず、核の周囲に核周囲ハローと呼ばれる、目玉焼きのような外観である(図ab)。このような核周囲ハローは、よく固定された小さな外科用生検標本では、しばしば目立たない。したがって、オリゴデンドロサイトの識別は、正常か腫瘍性かを問わず、「ハロー」の有無だけで判断することはできない。オリゴデンドロサイトの突起や細胞質は、特別な組織化学的染色や電顕なしでは識別できない。オリゴデンドロサイトのマーカーとして、Leu-7(CD57)、抗ミエリン関連糖タンパク質(MAG)、抗ミエリンオリゴデンドロサイトタンパク質(MOG)、抗CD44(細胞表面糖タンパク質)、抗OLIG1転写因子などがある。これらのマーカーのいくつかは、発生の異なる段階のオリゴデンドロサイトに存在する。分化したオリゴデンドロサイトは、炭酸脱水酵素II、2′:3′-環状ヌクレオチド3′-ホスホジエステラーゼ(CNP)、ガラクトシルセラミド(GalC)、Kir4. 1(内向きに整流するK+チャネルサブユニット)、ミエリン塩基性タンパク質(MBP)、MAG、MOGおよびタンパク質脂質タンパク質(PLP)を発現するが、髄鞘化しているオリゴデンドロサイトはRIPおよびTPPP/p25を発現し、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)はCNP、OLIG2、NG2およびO4を発現する。日常診療で使用されているOLIG2は、オリゴデンドログリア系の腫瘍には特異的ではなく、他のマーカーもオリゴデンドログリア系の腫瘍に特異的なものはない。したがって、「オリゴデンドロサイトとは何か」または「オリゴデンドロサイトーマとは何か」という疑問は、これらの細胞の特異的免疫組織化学的マーカーがないため、依然として厄介な問題である。


この問題をさらに複雑にしているのが、オリゴデンドログリア腫瘍の培養細胞にニューロン様の生理学的特性を持った細胞が存在したり、オリゴデンドロサイト系腫瘍の免疫組織化学で、NF-H、N-メチル-D-アスパラギン酸受容体サブユニット1、胚性神経細胞接着分子など、従来はニューロンのみに関連するマーカーの染色が確認されている。


オリゴデンドロサイトの傷害反応は限られている。オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖は、放射線障害、白質消失病(Vanishing white matter disease: VWM)、多発性硬化症(MS)などの疾患で報告がある。、少なくとも最初の2つの疾患では、神経細胞のアポトーシスによって相殺されている。


前駆細胞からのオリゴデンドロサイトの増殖は、多発性硬化症(MS)の活動的な脱髄斑の端で帯状に確認出来る(図e)。この前駆細胞の増殖は、「影の脱髄斑」として知られる部分的再髄鞘化領域に相当する。影の脱髄斑は、髄鞘染色で正常白質と脱髄斑との間の中間的な薄く染色される領域として現れる(図f)。再髄鞘化は一過性であり、古い病変では消失している。初期にはオリゴデンドロサイト前駆細胞の存在により再髄鞘化が起こるが、前駆細胞は、枯渇したり、休止状態化したり、軸索抑制シグナルに反応して有髄化の停止したりする。オリゴデンドロサイトのアポトーシスがMSで起こるかどうかはまだハッキリしていない。いずれにしても、古い不活動性脱髄斑の中心部では、再髄鞘化は見られず、オリゴデンドロサイトは減少し、非髄鞘化軸索と慢性的なグリオーシスが観察される(図gh)


オリゴデンドロサイトと髄鞘が失われる他の疾患では、オリゴデンドロサイトが増殖している証拠は同定されていない。オリゴデンドロサイトは単に損傷を受けて破壊されている。多数のウイルスがオリゴデンドロサイトに感染し、細胞体と髄鞘脱落を伴う病変を生ずる。細胞の破壊に先立ち、ウイルス粒子が蓄積し、H&E染色でもウイルス封入体として核内に観察される。正常核クロマチンの核膜への辺縁傾向は、核内がウイルスに占拠されている事実を表す。進行性多巣性白質脳症のオリゴデンドロサイトやアストロサイトの核は、無数のウイルスが満たされたガラス状好塩基性封入体として観察される(図i)。ヘルペス属のウイルスでよく見られる「フクロウの目」様のウイルス封入体(Cowdry type A)を形成することは稀である。亜急性硬化性全脳炎では、Cowdry type Aのウイルス封入体だけでなく、進行性多巣性白質脳症と同様の封入体を認めることがある(図j)


髄鞘脱落を誘導する障害では、オリゴデンドロサイトの変化はそれほど目立たない。白質脳症では、細胞密度低下、オリゴデンドロサイトの数および髄鞘の脱落・減少と、それに伴う白質の水/ミエリン比の増加が非特異的な所見として認められる。白質脳症は、神経毒、代謝異常、または虚血の結果として生じる非遺伝性の白質障害に適用される用語である。ロイコアライオーシス(MRI T2強調像でみられる脳室周囲や深部白質の高信号病変)は慢性的な虚血性白質損傷でも使用される用語である。オリゴデンドロサイトと髄鞘の脱落を引き起こす神経毒として、エチルアルコール、エクスタシー、トルエン、シクロスポリン、治療用放射線、および化学療法剤(カルムスチンとメトトレキサート)などがある(図)。化学療法剤の2つは、血管傷害性で、虚血による白質損傷をもたらす。


無酸素性虚血性障害において、オリゴデンドロサイトは、ニューロンの次に脆弱な細胞である。灰白質および白質への局所的な血液供給が急性に遮断された場合、すなわち脳卒中の場合、オリゴデンドロサイトはニューロンなど病変内の組織構成成分とともに障害される。虚血性疾患では、白質に特異的な急性または慢性の重篤な広範囲の損傷が生じることもある。白質への酸素と血液供給の遮断は、特に大脳半球に影響する。白質での急性低酸素性虚血性障害は、出血性成分を伴うことがあり、低酸素性虚血性白質脳症として知られている。白質の慢性低酸素性虚血性障害の殆どは、中大脳動脈と後大脳動脈、あるいは中大脳動脈と前大脳動脈の間の脳白質における動脈分布の境界(分水嶺)領域で顕著である。この病変は、脳室と脳表の中間(脳室周囲領域ではない)の白質領域で最大となる傾向がある。白質に対する慢性低酸素性虚血障害は、ロイコアライオーシス〜Binswanger病の原因となる深部白質血管の重度動脈硬化による低灌流や、常染色体優性遺伝性疾患であるCADASIL(cerebral autosomal dominant arteriopathy with subcortical infarcts and leukoencephalopathy)に起因する。このオリゴデンドロサイトに対する虚血性障害は、大部分が壊死性であると考えられてきた。しかし、周産期に発生した軽度の低酸素虚血性傷害の研究では、O4+オリゴデンドロサイト前駆細胞は傷害に対して特に脆弱であり、壊死メカニズムではなくアポトーシスによって死滅することが示唆されている。


常染色体劣性の遺伝性蓄積疾患は、細胞細胞質内に異常な物質が蓄積する結果、オリゴデンドロサイトの損傷および損失を引き起こす。このタイプの白質損傷は、白質ジストロフィー(白質脳症における以前に正常であったオリゴデンドロサイトに対する後天的損傷とは対照的に、これらの障害におけるオリゴデンドロサイトの生物学的機能不全を反映する)と呼ばれ、多くの希少難病が含まれる。最もよく知られているのは異染性白質ジストロフィー、クラッベ病、および副腎白質ジストロフィーである。


オリゴデンドロサイトの細胞内には、微小管ネットワークが広範に分布し、微小管関連タンパク質であるタウを発現している。神経変性疾患では、タウ陽性凝集体がオリゴデンドロサイト内に形成されることがあり、コイル状封入体として存在する。これらの封入体は、ユビキチンやαBクリスタリンなどの熱ショックタンパク質に対する抗体で染色できる。


他の封入体は、ここでは多系統萎縮症などで見られる封入体は、オリゴデンドロサイトの核に隣接した線状で、先の尖った、高密度の好酸球性構造として存在し、嗜銀性で、ユビキチンやα-シヌクレイン、αB-クリスタリンの免疫染色で同定出来る(図kl)。ユビキチン化は、神経細胞やグリア細胞に共通して存在するものであり、ユビキチンとp62に対する抗体は、神経変性疾患を研究する上で、ユビキチン化封入体の検出・研究に使用頻度が高い。


髄鞘内浮腫など髄鞘レベルでのオリゴデンドロサイトの反応により、神経突起内の空孔化や髄鞘変性、そしてマクロファージによる髄鞘貪食をもたらす。ワーラー変性は、髄鞘と軸索の共依存性を最もよく表すプロセスである。軸索が切断されるか、またはその他の方法で重度の損傷を受けると、切断より遠位の軸索は融解し始める。その後、軸索を取り囲む髄鞘は分断され、ゴデンドロサイトによって分離された髄鞘球(ミエリンオボイド)の連なりとなる。これらのミエリンオボイドは、すぐにアストロサイト細胞の突起に取り囲まれ、その後、ミクログリアとマクロファージによって貪食される。脊髄の下行性皮質脊髄路などでは、神経路内のより近位の点で重度の障害が生じた場合には、神経路全体がワーラー変性となる。広範囲にわたるワーラー変性は、生前の神経画像検査でも、剖検脳でも確認できる。


末梢神経障害では、損傷に伴うシュワン細胞の髄鞘の反応により、慢性的で反復的な髄鞘脱落を起こす。その結果、シュワン細胞の過剰な増殖が起こる。正常では軸索の周りに薄い髄鞘が認められるが、慢性的で反復的な髄鞘障害により、同心円状に多層化した複数のシュワン細胞が存在し、タマネギ球形成として観察される。これは、髄鞘化プロセスが成功していないことを示している。類似の反応は中枢神経系のオリゴデンドロサイトではこの現象は認められないが、脊髄に近い重度の近位末梢神経損傷では、シュワン細胞によるタマネギ球形成が脊髄実質にまで及んでいる場合がある。




参考文献:General pathology of the central nervous system. Greenfield's Neuropathology. 9th edition. Edited by Seth Love, Herbert Budka, James W Ironside and Arie Perry. CRC Press.