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HOME学術集会・教育集会その他の教育集会など 第1回 家庭医療後期研修プログラム構築のためのワークショップ(2005.10.15〜16) > 記録(テープ起こし)版・10月15日/前半

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日本家庭医療学会主催
第1回 家庭医療後期研修プログラム構築のためのワークショップ

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10月15日/前半
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10月16日/前半
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◆ 期日 : 平成17年10月15日(土)〜16日(日)
◆ 場所 : 東京全共連ビル(東京永田町)
◆ 対象者 : 日本家庭医療学会理事(旧運営委員)、若手家庭医部会、現在家庭医療後期研修プログラムを運営している指導者、または将来立ち上げを計画している指導者(学会員に限る)

記録(テープ起こし)版
竹村 (今回の内容および資料等についてホームページにて公開することについてお知らせ)
山田 今日、明日で行う仕事は、家庭医療の後期研修プログラムを立ち上げるための実務作業である。特に家庭医療を目指す若い人たちに研修を提供しようという人たちがコンセンサスを得るために一同に介している。そういうことに多少なりとも関わっている人たちが、ここの部屋にいる。私にとっては、家庭医療を考える上では、結構日本にとって画期的な日ではないかと思っている。
この2日間でやりたいと思っていることは、今日お集まりの人たちが新しい世代の人たちの日本のための家庭医を育てる、そういった環境作りをするためのネットワークが今後引き続きできればいいなと。ネットワークが母体となって家庭医療の指導医の会というかプログラムディレクターの会のようなものを組織していければと思っている。いろいろ皆さんには、家庭医だとか、そういった概念だとか、どういう世代にどういうことを伝えていこうかということについては、おそらく温度差というか、それぞれの人たちにまだまだ充分なコンセンサスはないと思うが、この2日間で出来るだけ、全体討議の時間を出来るだけ余裕を持って取ろうと思っているので、個々の思いなどをぜひいろいろ話し合ってもらって、いい雰囲気で終われるようにしたいと思うので、ご協力をお願いしたい。
竹村 (2日間の大まかな流れについて説明)
第一日目に、今後家庭医療の後期研修プログラムを作るとして、どういう医者を養成したいかということについて、皆さんで議論してほしい。そのたたき台として、当学会の若手家庭医療部会で調査した結果−後期研修、家庭医療プログラムをやっているかやっていないか、やっているならどのようなことをやっているのかということをいろいろお話していただけると思う。この中間発表ということで、まだ全部集まっていないが、中間的な結果について川尻先生からお話していただき、その後、自己紹介を兼ねて各施設の施設紹介をしていただきたい。長くて5分、基本的には3分。
その後に、山田会長から「日本における家庭医療の現状」ということでお話いただいた後、今4つのグループに分かれてますが、今後家庭医療の後期研修プログラムを作った場合、どのような医者を養成したいのかということについて議論していただく。議論したあとに、プロダクトを各班ごとに(中間でも構わないので)発表していただく。その後の懇親会ということで、その発表に基づいてああでもない、こうでもないという話があるだろうから、活発にご議論していただきたい。
明日は、8時半から全体討論を行い、できるだけコンセンサスを得る。後期研修プログラムの中で育てたい医師像、理想じゃなくても、実際にどういう医師を育てているのかとか、育てたいのかとかということを全体にご議論いただく…その前に、失礼いたしました。葛西先生のほうから「家庭医療とは」ということで、理想的な家庭医像についてお話していただき、皆様の第一日目のプロダクトと理想をご議論していただいた後、全体的な合議を得たいと。
最後に、大西先生のほうからプログラムを作成するにあたって、どういうことが必要なのか、肝なのかということを話していただくという流れになっている。
では、さっそく川尻先生のほうから、若手家庭医部会のほうで調査していただいた結果について、たたき台ということでお話していただきたいと思う。
川尻 よろしくお願いします。三重大のプログラムに属していて、今、勢和ファミリークリニックで後期研修中の川尻と申します。このたびは、若手家庭医部会の後期研修プロジェクトという、非常に大切な素敵なプロジェクトがあり、そちらのほうに参加させていただいて、今後の日本の家庭医療の発展と家庭医療後期研修プログラムの明文化、標準化のために、第一歩として、今、日本でどれぐらいの施設がはっきりと家庭医療研修としてプログラムを立てているかとか、もしくはその意思がある施設がどれぐらいあるのかということを中心に、もしくはその内容に踏み込んで調査という形でさせていただいた。その中間報告で、皆様にもご協力いただいたと思うが、一次調査、二次調査という形で行い、二次調査が終了して、丁度今集計途中なので中間報告をさせていただこうと思う。
川尻 パワーポイント資料)よろしくお願いします。家庭医療後期研修施設現状把握調査の中間報告をさせていただきます。代表の私と西岡(今日仕事出来ていませんが)中心に、みんなで頑張ってやりました。
(P2)一次調査−5月か6月ごろに皆さんのところに郵送されてきたかと思いますが、日本家庭医療学会会員の学生以外の皆さんの所属している施設において、家庭医療後期研修プログラムが提供されている、もしくは今後後期研修を作っていくぞという意思があるか否かを「はい」「いいえ」という形でご回答いただき、「はい」と回答した施設を自薦施設とした。さらに、他に家庭医療学会に属していない方がいらっしゃる施設など、もしくは学会員内でも知っている施設でそれに該当すると思われる施設を他薦する形で施設名を書いていただいた。
(P3)一次調査の結果、私は予想以上だったが自薦施設が50施設、他薦施設が25施設挙がった。この合わせて75施設を対象に二次調査を行った。
(P4)二次調査は、一次調査の結果をもとに自薦施設、他薦施設計75施設の日本家庭医療後期研修責任者様宛てに、これは誰かを指定しないで責任者様宛てにしました。「家庭医療後期研修施設に関する現状把握調査」という調査用紙を郵送した。当調査への参加に関しては、調査研修という形で、研究の形でさせていただいたので、倫理的な配慮から調査に参加していただけると同意していただける施設のみ回答していただいた。そして情報公開に関して、今後、この発展のために情報として使わせていただくはずになると考え、情報公開への同意に関してもご回答いただいた。
(P5)さっそく中間報告になるが、二次調査として回答していただいた施設が34施設。その中で、まだ不十分だが、数字として分かりやすいところと結果としてあまり煩雑でないところをまとめさせていただいた。
「あなたの施設には家庭医療後期研修プログラムがありますか」ということで、明確に「あり」と答えてくださった施設が18施設、「なし」が16施設ということでした。そして、この「あり」という18施設の方に、次からの質問もほとんど全て答えていただいたので、18施設を中心に今回、統計という形でグラフ化した。
(P6)「ある」と言われた方のそのプログラムは文書化されていますか、ということですが、約4分の3の施設でされていると、5施設は「されていない」という結果だった。
(P7)「設定されている研修期間は何年ですか」ということですが、3年が半分近く、一番多かった。あと、2年、設定されていない、あと4年という施設が1施設あり、それ以上の施設はなかった。
(P8)「最近3年間の家庭医療後期研修医平均採用人数は何人ですか」。こちらに関しては、3年間の合計を出していただいた●●ませんけれども、バラつきがありました。0人というところもあり、多いところで10人のところもあった。かなりバラついている。
(P9)「家庭医療後期研修の全体を統括する選任の指導医がいらっしゃいますか」ということですが、「いる」が4分の3。「いない」が4施設でした。
(P10)「家庭医療後期研修の専任以外の指導医は何人いますか」ということだが、少ないところで0〜4人、多いところで16人というところがあった。うらやましい限りです。
(P11)ここからは、家庭医療の研修必修項目として、米国の家庭医療ガイドラインのほうからミニマムリク●●メントとして掲載されているところから抜粋して質問項目にさせていただいた。この辺も、アンケートを作る時にかなりもめたが、コア・コンポーネントをどういうふうに表現しようかということで、ちょっと簡単だが3つの項目にした。
以下の項目を後期研修中に一貫して学ぶことができますか。学ぶことができるのであれば、その方法を具体的に、どういうふうにされているかということを書いていただいた。自由記載だったので、全て把握し切れてないが、ほとんどの施設で「患者中心の医療」「家族指向型ケア」「地域包括プライマリケア」の研修に関して学ぶことができる、ということだった。全体を通してとか、日々の診療でとか、カンファレンスもしくはフィードバック、いろいろご回答があった。細かい結果については今後、文書化していこうと思っている。
(P12)「系統教育」として、講義だけでなく、日常診療で主治医として技術もしくは知識として使えるような教育とかをされているか、ということで「系統教育」とさせていただいた。以下、チェックしていただいたたくさんの項目を数にしてみた。ライフサイクルの面で特徴的なのは、「妊産婦,婦人科」の項目が少ないこと。
(P13)臓器別では、「眼」とか「耳鼻科」とか「HIV」とか「医療遺伝子」とか、その辺がちょっと(少ない)。アメリカからということもあるが、日本でも大事なことじゃないかと私は思っている。系統教育をやっているところは、この辺は少ない。
(P14)次は、健康管理と予防。保健福祉などとのネットワークなんかにも非常に関わってくるところだと思うが、ここでは少なかったところは「スポーツ医学」とか、「産業医学」、あと「薬物乱用」とか、その辺が少なかった。
(P15)救急・災害医療。最近地震が多いが、「災害医療」を教育されている施設は5施設だけしかなかった。あとは、救急医療、重症患者さんを診ていらっしゃると。
(P16)診療所のマネジメント。これは、ほぼ半分以上のところでやってくださっているということです。「診療所の業務管理」、「リスクマネジメント」、「EBMの活用」、「診療所での検査」−これは検査の実施と●●と両方兼ねた意味で書いた。「医療情報の管理」はコンピュータ、ITとか、そのようなものを含めて(書いた)。
(P17)これからは後期研修内容になってくるが、「外来研修を行っていますか」。皆さん行っているということでした。
(P18)「外来研修での後期研修医の指導方法」。4つ具体的に挙げたが、その他もたくさんのご回答があった。「診察室で一緒に(指導医と一緒に診察する)」もしくは「カルテチェック」、「口頭で(プレゼンテーションという形で)」、もしくは「ビデオレビュー」をやっているところは少なかった。その他の中には、たくさんあったようだが、日々の振り返りとか、そんなものがあった。今度また詳しくお伝えしようと思う。
(P19)「家庭医療後期研修としての入院研修が行われていますか」。これは「行われている」が16施設、「行われていない」が2施設だった。
(P20)「在宅医療を研修できますか」。1施設以外は出来るとお答えいただいた。これは、必須項目として入れてもいいのではないかと思う。
(P21)「後期研修医を対象にしたカンファレンス・講義」。これも教育というところだが、これもその他の回答がかなりたくさんあった。「教育回診」から「症例検討会」「抄読会」「指導医レクチャー」「勉強会」あと、「外部講師による講演会」も結構活発に行われているようである。
(P22)「他科ローテーション研修を行っていますか」。これは家庭医療研修以外に、という文章の書き方をしたが、ほとんどの施設が行っていると回答いただいた。
(P23)「他科研修期間中、後期研修医が家庭医としてのアイデンティティを保つための工夫をしていますか」。これは非常に私も経験があって悩ましかったが、してくださっている施設が10施設あった。「している」という内容に関しても、指導医と密接に連絡を取る、ハーフディバックなど、いろいろお答えがあった。
(P24)「研修によって達成されるべき知識、技能、その他の能力に関する研修目標を示した文書が存在しますか」。明確に文書化されているか、ということだが「ある」というところが14施設あった。ぜひ、また見せていただきたいと思う。
(P25)「研修目標についてのフィードバックは行われていますか」。これは「行われている」施設が14施設。「行われていない」が4施設。文書化と同じ数字である。
(P26)「指導医への評価は行われていますか」。これは「行われている」ところと「行われていない」ところが半分に分かれた。
(P27)「指導医による研修プログラムの評価が定期的に行われていますか」。これも半分に分かれた。
(P28)これで最後になるが、「後期研修医による研修プログラムの評価は定期的に行われていますか」。研修医がプログラムを評価しているかということだが、「行われている」施設がやや少なかったという結果だった。
以上である。ちょっと簡単だが、今日のワークショップに役立つかなと思っている。ご質問等があれば、差し支えない範囲でお答えさせていただくので、よろしくお願いします。
竹村 どうしても今聞きたい、明らかにしたいという点があれば。全く同じ資料が皆さんに配られるので、参考にしてほしい。では、皆様の自己紹介ということで、後ほどグループワークする時にも多少の自己紹介があると思うが、皆さんの顔をお互いに知っていただく、全ての人が知っていただいて、どういう人なのか、どんな考えをしているのかということを皆さんに共有していただくということで。前野先生からお願いします。
前野 パワーポイント資料)筑波大学の前野と申します。後期研修ということなので、筑波大学の総合コースの紹介をしたい。筑波大学は昭和52年の開院当初から総合コースが設けられている。実際に起動し始めたのは94年からである。今組んでいるプログラムを簡単に紹介する。まず、基本方針だが、基本的にはオーダーメイドというのが大きな特徴。全員が同じプログラムで研修するわけではない。コテコテの家庭医になりたいという人もいれば、サラッとした家庭医になりたいという人もいる。その辺ところは柔軟に対応したいと思う。ただ、柔軟というのは、いい加減というわけではなく、きちっとした教育をどういうオプションを取っても受けられるというのを一つの特徴にしたいと思っている。一言でいうと、お決まりのパックツアーよりも個人旅行が好きな人向け。名所を外さず、しかもツボを押さえたオプショナルツアー満載で、現地係員が懇切丁寧に指導するということである。プログラムは、うち4年間。4年間という事情は、筑波大学のレジデント時代が全部4年間だから、そういう形になっている。4つのユニットから構成され、どこを回るか、どれだけ回るかという期間も原則全部オーダーメイドになる。ユニットは、筑波大学病院の総合診療科、筑波大学から歩いて3分のところにある筑波メディカルセンター病院、ここは救命救急センターを持つ急性期病院。それから診療所と●という4つから成り立っている。筑波大学は、はっきりいって暇である。新患が1日2人くらいしか来ない。その代わり、再来を入れても10人来ないが、原則として毎日1時間じっくりカルテチェックを行う。物の見方、考え方、総合医としてのアプローチの仕方を一つ一つ掘り下げてやる勉強。それから卒前卒後教育をやってもらえるので、基本的なスキルの見直し。また週一回、皮膚科の外来研修、整形外科研修、そういう他科研修も頻繁にやっている。メディカルセンター病院はうって変わって、救命救急センターを持つ急性期病院である。ここでは一日40人来る外来と、非常に激しいERがある。このERは内科と外科に分かれてないので、子供の熱を診たら、次に白内障(?)を診て、次にCTA(?)を診て、次におじいさんの患者を診るというような形で、急性期の医療をたくさん経験できる。 今、うちの総合診療科のスタッフが7人ここに行っている。診療所は、地域密着型の診療所、今はヤマトクリニックというところを中心にお願いしているが、こちらから声を掛けていないのに組みたいという診療所から幾つもオファーが来ていて、フィールドには事欠かない。特に重視したいと思っているのが在宅医療ということである。エリクティブ(?)は、大きく分けて2つある。初期研修で足りなかったところを掘り下げるエリクティブ、それから自分の興味ある分野を伸ばすエリクティブ。特に必修化になってからは、やっぱり一般内科が足りないという気がしているので、そういうのに使ったりする。僕は1年間呼吸器内科を学んだ。僕の同僚の木澤先生は緩和ケアを学んだ。今メディカルセンター病院にいる人は、代謝内科を一年やった。本当にみんなバラバラで回っている。回る先は、僕は筑波大学の実務担当もやっているので、全ての診療科でコーディネイトが可能である。プログラムは、4つの順番、期間、場所、全て一人一人違う。一つ一つ組んでいく。それが出来るということ。最後に、我々が目指すものだが、特に強調したいのは、もちろん家庭医療としての特性を学ぶことは大事だと思うが、その背景には、臨床医としての確かな基盤がなければいけない。ということで、良き臨床医として、当たり前のことをいつもどんなときも当たり前にできる。まず、ここが基本。そこをきちんと教えたいと思っている。その上で良好な患者関係、チーム医療ができるという、まず臨床医としてきちんとできるというところにも非常に注意したプログラムにしたいと思っている。その上でジェネラリストとしての高い専門能力、ここに関してはここで改めて申し上げるまでもなく皆さんのコンセンサスである部分だと思う。それと3つ目に、将来にわたるキャリアの確立ということで、例えば今うちを回っている人には国際保健をやりたいという人もいる。病棟でGIMをやりたいという人もいる。それから本当にコテコテの家庭医をやりたいという人もいる。とりあえず面白そうだから来てみたけども、4年間続けるかどうか2年やってから考えるという人もいる。そういった人に、そういったニーズに合うだけ、そしてどれもちゃんとプログラムされたプログラムを大学の持つ教育リソースとネットワーク、コーディネートを使って提供していきたいというのが我々のコンセプトである。
竹村 ありがとうございました。
山本 札幌大の山本です。ビジュアルなものは用意していないが、札幌ではこれまで自治医大と同じような方式ということで、スーパーローテートが始まる前は、3年間研修して2年間GPをやって2年後期研修して、もう一回GPをやる。9年間でやろうということでやっていた。今度スーパーローテーションが始まってから入局というか入る方がいなくなったということと、  北海道の中でどこもプライマリケア医を養成する形が葛西先生のところのカレスアライアンス 以外は無いという形なので、何とかしてそういうものを作りたいということで、ニポポプログラムを作った。最初の2年間初期研修スーパーローテートした後、3年のプログラムで14施設、市立病院と徳州会・勤医協を中心とした私立の病院、あと国立から移った専門病院も入っている。一言で言うと、3年目の2年間を半年から9ヶ月で最低3ついいところをうまく回るということを考えている。その時に、前野先生のところでも出たが、3年目は多分スーパーローテーションでは内科系がまだ弱いだろうということで内科を中心に研修して、4年目のところは整形外科、小児科は必修として残りは選択としながら、プライマリケアに必要なものを研修して、最後の1年間を指導医のいる診療所で行う。そういうふうなことを考えている。将来は大学でやっても一般市中病院で総合内科、また地域で家庭医をやっても、どれに合わせても一応同じようなプログラムでいこうということで動いている。大体そんなところです。札幌医大とニポポプログラムを紹介させていただいた。
竹村 ありがとうございます。(次の施設紹介者を選択)では、中村先生どうぞ。自己紹介プラス施設紹介が終わっていなければ施設の紹介をしてほしい。
中村 筑波大学の総合医コースの中で、現在は那須(?)総合病院の検診センターにいる中村と申します。今、臨床を始めて6年目になる。私が研修医になった頃は、まだ家庭医の養成プログラムをやっているところが少なかった時で、最近すごく活発になっていって、こういった場で学会でコンセンサスを得たことができて、後輩たちがより自信を持ってそういったプログラムに進めるような●なものを皆さんと一緒に作れたらと思う。まだそんな年代ではないが、自分がやってきたことで何か意見できることがあればと思って来た。よろしくお願いします。
川尻 パワーポイント資料)三重大の紹介を簡単にさせていただこうと思う。三重大は、大学のプログラムとしては、家庭医療をやりたい人しか集まっていない珍しいプログラムだと思っている。まだ新しい。2000年に総合診療部として発足した。今、名前がいい名前に変わった。「家庭医療学講座」と。大学院大学間●もないということだが、みんながそっちに所属しているわけではないが、いい名前に変わった。今、スタッフ、エージェント合わせて15名が所属している。関係者を全部集めたらもう少しいるみたいだが、はっきりいるのは15名いる。(NEXT)みなさんが大事にしているようなことを私たちも大事にしている。シックスシー(?)になっているが、患者中心の●性、継続性、包括性、協調性、●ということで、こういったことを一貫して、プライマリケアから縁遠そうな大学でも●のレジデントでみんなでこんな診療もしている。(NEXT)私たちの特色としては、大学にある意味というか、意義としては率前教育にもかなり貢献しているところだと思う。今、5年生がポリグリ(?)という形で3週間回ってきて、大学にいない、みんな外に●の先生のところに行ってきます。私も受け入れる側として今、教育に携わっているが、研修医、レジデント、卒前教育にも関わっている。学生たちは全員に等しいくらい感動して帰ってくる。それを見て私たちも元気になる。(NEXT)「今後の」と書いたが、今、私が第一期生として受けたプログラムと違って、レジデント期間が4年になる。少しブロックが大きくなって、クリニック研修というところが、私は大学病院で過ごしたことが少し多かったが、いずれ大学と非常に密接の関係を持った家庭医療センターができるはずである。できたらそこでしていただくことになると思う。レジデント4年目では、そこでどっぷりやっていただくと。エリクティブ(?)期間は6ヶ月と結構長いが、私自身は4ヶ月だったが、ここでは自分の好きな、皮膚科でも整形外科でも、もしくはお年寄り●に行ったりとか、もしくは整形外科にどっぷりつかったりとか、いろいろ自分に合ったものをしていくと。(NEXT)後期研修内容としては、大学でも結構いろいろやっているが、ハーフディバックもやっているし、地域のバイオクリニック(?)を中心としたところで健康講演をやったり、在宅医療に参加したりとか、そんなこともできる。あと、さっき言ったエリクティブとか他科研修、マイナー研修になってくるが、あと入院患者さんも診る。(NEXT)バイオクリニックとして今、美杉村というところと勢和村。私は勢和村にいるが、バイオクリニックは今後も増えていくだろう。(NEXT)大学のある一人のスケジュールを書いた。毎日、皆が顔をつき合わせる勉強会を、何らかの勉強会がある。部外の者も皆集まってアイデンティティも保っている。そんな状態である。(NEXT)「大学病院における診療」ということで、大学だからということはあるが、結構丁寧に患者さんを診ると、やっぱり学ぶことがたくさんあるし、ニーズが少し違うが、患者中心の医療ということは変わらない。小児を診る機会が少ない、往診ができないなどは、外の病院に行って学ぶことになるが、私は充分いい研修をしたと思っている。(NEXT)勉強会は、いろいろやっている。(NEXT)そういうわけで、これからどんどん発展していく三重大プログラムをよろしくお願いします。
竹村 次は、名郷先生。
名郷 パワーポイント資料)地域医療振興協会の名郷です。今日は、地域医療振興協会のシニアレジデンシープログラムを簡単に紹介させていただきたいと思う。新臨床医療研修がそういうジェネラリストを育てようと、あるいはプライマリケアを重視しようという中で始まったわけだが、制度開始とともに実は地域の現場では、ますますの医師不足と(なっている)。協会としては、それより以前から医師不足のところに一体どんなふうに医師を派遣(?)して医療を展開していくかということをやっていた。そういうところで働く医師を養成しようというのが協会のプログラムである。これは3年間のプログラムである。初期2年、プラス後期3年と。5年間のプログラムを終えて、ぜひ僻地医療の現場へ、もう少し広い概念で地域医療の現場へ送り出せるようなプログラムにしていきたいと思う。今回、後期プログラムの作成にあたってプログラムを作る過程というのを重視して、地域医療の現場の医師とこれからそういう現場に出て行こう、出て行きたいという医師がワークショップの中で議論をしてアイデアを出し合って作り上げたというのが今回紹介するプログラムである。研修の一般目標であるが、「後期研修を修了した研修医が、地域ニーズに応え、地域住民に信頼される保健・医療・福祉サービスを提供するために、求められる役割に応じて協調、変容でき、あらゆる問題に対応できる能力を楽しく身に付ける。」これが一般目標である。到達目標というふうに5つのカテゴリで細かいその下の目標を設定した。一つは診療。簡単に言うと、僻地診療所で一人で自立して外来ができて、時間外の待機ができる。地域の病床がある病院でも病棟管理ができて、全科の一人当直ができると。そういう中で、技術的には上部消化管内視鏡ができて、腹部心臓超音波ができる。そんな診療が出来るのを目標としてプログラムを●。2つ目のカテゴリが地域包括ケアということである。診療の部分だけではなく、保健、福祉、介護、在宅医療、あるいは職員との人間関係など、そういうことを含めて目標にしようということである。その他、地域住民と交流する機会を持ち、パートナーシップを築くことができるということも研修目標に入れた。3つ目のカテゴリがプラクティス、主にプラクティスマネジメントである。医療経済の視点を持って診療所を運営できる。赤字で倒れてしまっては困るということである。で、安全管理。大体診療所というと医師がリーダーにならざるを得ないが、そういう時に僻地の診療所や病院で安全管理のリーダーとして仕事ができると。で、この最後はまあ一つ、後で紹介するが、協会のプログラムの特徴だが、地域医療の確保のため、緊急支援に適切に応えることができると。これは僻地の診療所に人がいなくなった、あるいは僻地の診療所で医師の欠員が生じた、そういうような時の支援に応えることができるということを目標として入れている。4つ目のカテゴリが生涯学習教育リサーチ。教育、研究と。自分自身の教育ということも重視してやっていきたいと。最後の5つ目のカテゴリが、これはちょっと特徴があるのだが、私生活というふうなことである。自分自身の生活基盤がきっちりしないと、実は質の高い医療が提供できない。それを明確に研修目標と位置づけて、到達目標の中に入れている。研修施設は、現状の3つの病院に、来年は市立奈良病院という管理型の研修病院を加えて4つの管理型病院と、たくさんの地域型病院と。大体病床数100床ぐらいで、内科、外科、整形と小児科があったりなかったりと、そういうような病院が大部分だが、そういう地域の病院と、それに加え僻地の診療所である。その中には小笠原であるとか●島であるとか、そういう島も含めて、非常に多様な施設で研修を提供していこうというのが大きな特徴である。実際のローテートのパターンは、1年間は研修指定病院または地域病院と。もう1年が僻地または地域病院。選択は6から9と。プロジェクトと書いてあるのが、先ほどの研修目標で、地域の事業が出たと。新たな医師の欠員が生じたと。そういう所へ支援に行くというのをプロジェクトとして研修の中に位置づけて3ヶ月から6ヶ月、ぜひ研修の中で体験していただこうと。選択の中には、各科の外来を中心とした選択研修とオレゴンでの海外研修とか。あるいは研修センターで教育の専任医師として研修するということも可能である。実際のローテートの見本だが、管理型では病棟業務の中に外来が入っていて、時々検査の枠があると。さらに1年目の教育をやるということを重視して、1年目の初期研修医の外来の支援であるとか、そういうことも入れてある。僻地診療所とか小病院では、病棟がなくて、後は似たような感じになるが、選択研修というふうにして僻地診療所に行きながら週に半日は整形外科の外来に出られたりとか、●の外来に出られたりという形で研修を提供していこうというわけである。プロジェクトというのは、先ほど言った緊急支援である。選択は、一応6ヶ月から9ヶ月ということだが、こんなふうに組むこともできるし、先ほど言ったように僻地の診療所に行きながらあるいは地域の病院に出ながら週半日あるいは週一日というふうに出ることもできる。実質は6ヶ月から9ヶ月だが、それ以上の選択の枠があるということである。評価は、総括で評価だけではなく、●のようなエグゼクティブ(?)評価も入れてやっていこうというところである。あと、指導体制の特徴としては、地域医療研修センターというのがあって、4名の臨床の●が●らない教育の専任の医師がバックアップするというところが大きな特徴である。修了は当然家庭医療学会の認定医プログラムを目指すというわけである。修了後の進路は、僻地診療所の医師として、研修指定病院で研修医の教育の中心となる医師として、地域病院で診療科の枠を越えたジェネラリストとして、地域医療研修センター教育専任医師として、大学病院の総合診療部の医師として、その後また海外留学とか、あるいは造血の専門医に進路変更したり、あるいは開業、あるいは厚生省とか行政ということに対してもバックアップしていけるような体制を協会の大きな枠組みの中で提供していきたいと思っている。
竹村 次は田川先生お願いします。
田川 徳州会の田川と申します。徳州会は全国にあるのでいろんなプログラムが全国にありますが、私は特に離島、鹿児島県の奄美諸島での、離島での家庭医療のプログラムを作ろうということで参加させていただいた。今も僻地の話があったが、特に離島は家庭医がどうだとか総合診療がどうだとかいう概念もなく、どっぷりその通りである。患者様が一人おられたら、背後にはその親戚がいて、その親戚の親戚というように、全島民が親戚のようなものなので、その患者様のケアをするためには、全体を見なければならない。そういうフィールドとして考えた時に、離島というのはいいフィールドかなと思う。今までは、離島は医者が足らないので、都会からいろんなことを行って騙して連れてきて、●して逃げられるというパターンが多かったが、そういうことではなく、逆に離島に行きたいと、離島で家庭医という総合診療も含めた家庭医ということを勉強したいという医者を養成して、そこでやりたいと思う人を作る施設にしたいと思って、今回参加させていただく。徳州会はいろいろあるのでいろんなプログラムがあるが、そういうものを利用するのではなくて、例えば災害医療に関して言えば、最初のファースト●の72時間であれば、家庭医の出番はなくて、どちらかと言うと救急医の出番かも知れないが、その後の段階となると家庭医のフィールドである。去年の新潟地震の時も、私どもも一つ小学校に作って、そこで2ヶ月間診療をしたが、そこも本当にそういう治療をしなければならない。海外もそうである。医師団(?)の関係があってパスポートを持っているが、いつ「行け」と言われるか分からない。去年のインドネシアの時もスリランカに行ったりして、今回のパキスタンもパキスタン政府のOKさえ出れば出て行くということになっているので、ちょっと心配はしているが、そういうことにも参加できる。あるいは海外のプログラム、それも●型のいろんなところにももちろん行けるのだが、私たちのプログラムの特徴としては海外も僻地が、特にアフリカだとかモンゴルだとかヨーロッパ諸国の中でも東欧諸国、ヨーロッパの中でも少しそういう意味で恵まれていないような諸国での医療ということも経験できるようなプログラムを考えて、他のここにおられる皆さんに負けないようなプログラムを作っていきたいと思う。ただ、後期研修のプログラムというのは、徳州会では毎年初期研修で150人ぐらい入ってくるが、殆ど残らない。それには何らかの問題があるので、なぜ残らないのかということも含めたことを皆さん方にいろいろ教わって勉強して帰りたいと思うので、よろしくお願いします。
竹村 ありがとうございます。では次、名古屋大学の佐藤先生お願いします。
佐藤 名古屋大学総合診療部の佐藤です。名古屋大学のほうも、どこの大学もそうだと思うが、要は学内の中で総合診療部に限らず全ての科において大きいレジデントのための研修プログラムを作ると。大学の中での研修が約束できるようなシステムを作っていって、そこを魅力的にして、そこに人を集めようというプログラムを早急に作らなければいけないというようになっている。総合診療部では、先ほど前野先生が言われたように、今まではそれぞれに応じたオーダーメイドのプログラムということで、特定の枠は作っていなかった。それは非常にいい面もあるが、中にはやはりちゃんと明示できるようなものがないと、何でもやらしてくれるというけど、それは何でもやらされるということではないかという、逆にそういう不安のために二の足を踏まれるような方もたくさんいるということも実際に●ている。やはり、ちゃんとしたカリキュラムを作って、ここでこういう研修を受ければ、こういった医師になっていけるんだということを明示することが必要だということを考えている。家庭医療学会もそうだし、総合診療医学会とかプライマリケア学会でも、それぞれプログラムを今作り●でいるところで、総合診療医学会でもこのままで早急に●ということでやり始めているところだが、そういった中で、名大医学部もそうだが、いわゆるジェネラリストを養成するというのが最初の目標であって、その中でそれぞれの働く場所とかその人の職場●に合わせて、家庭医志向の人もいれば、病院でジェネラリストでやっていく人もいれば、僻地で働くことを考えている人もいれば、というのであって、どの段階●分けながら、あるいはどの段階で病棟のコアにしてやっていくのか、という議論も非常に大事だと思う し、そういうところを踏まえた上でいいプログラムを誰でも納得できるようなプログラムを作っていけたらと思って参加した。よろしくお願いします。
竹村 ありがとうございました。一戸先生お願いします。
一戸 東京杉並の河北総合病院から来た。河北総合病院は2006年4月より東京杉並家庭医療学センターの立ち上げを予定している。4月から家庭医の後期研修プログラムを立ち上げるということで、現在はどのようなプログラムにするか考えている。私自身は今年6月までイギリスで臨床していて、家庭医のプログラムにも参加していた。家庭医に関して私が思うのは、日本の家庭医というのは何か、という定義をきちんとすること。こういう認定医を作っていきたいということを話し合うことがとても大切じゃないかと思っている。だから、こういう場で話し合えるというのはとても大切だと思う。河北の家庭医療学センターに関して言えば、特色としては地域とか地方ではなく、東京の都市型の中で家庭医の役割というのは何かという●(不明瞭)して、大きな総合病院と連携してやられていく家庭医という●(不明瞭)。
竹村 ありがとうございました。次は松岡先生お願いします。
松岡 滋賀県船橋市の船橋二和病院から参りました松岡と申します。当院は3000床ぐらいの病院で開院26年。26年間地域密着した医療を展開してきた。内科、外科、小児科、産婦人科、●科にいくつか科を揃えていて、サテライト的に8つ用意している。今回、病院評価機構を受診するためにいろいろ理念とかを考えて、今までの積み上げとして総合性を見た医療を追求しようということを表示したことをきっかけに、総合性を追求するということを考えようということになり、家庭医療センターを作ろうというのが大筋になり、今設立の準備をしているところ。それと並行して、今まで曖昧になっていた家庭医の後期研修プログラムをちゃんと考えようということで準備をしている。当然、診療所を有しているので質の高い家庭医を養成していかなければいけないが、その一方で混合病院として病院の●の存在も大事だし、家庭医としても、いかに専門医と連携しているかということが大事なので、病院側の専門医のほうの家庭●を養成していくということも大事にしたいと考えている。
竹村 ありがとうございます。次は北西先生お願いします。
北西 東京医療センターの北西と申します。私はプログラムを将来立ち上げるよりも、おそらく診療所で、研修の場を提供するという関わりなんじゃないかと思う。数年前に地域医療の現場に出る機会があったときに、一般内科とのキャリアのギャップを感じて、現在、初期・後期研修をした病院に戻り、小児科のレジデントで子どもの診療をやっている。僕が後期研修に関わりたいと思うのは、今、研修病院にいるが、1人の医者で何十年もやるというのは非常に怖いというか、独善的になるのが怖くて、やはり常に研修医とかレジデントの先生が入れ替わり立ち替わり病院の風を送ってくれる、そういう診療所が一番良いと思って、そういう教育に関わりたいと思っている。二日間楽しみにしている。
竹村 ありがとうございました。次は小林先生お願いします。
小林 防衛医大の総合に勤めている小林と申します。今日はこういう会をもっていただいて、アメリカでも60何年●やっていたその夜明け(?)がだんだん出来てきた。これが始まってうまく軌道に乗って、見直しもうまくいって●ていけば、実にいい家庭医プログラムが出来ていくのではないかと思う。私は防衛医大という自治医大に似たような特殊な●状況がオープンじゃない、違うが、元々そういう医師が必要だというニーズがあるということで、大学が●ずっと30年、スーパーローテートが●。で、そこで分かったことはスーパーローテートしても、総合臨床医と呼ばれる●家庭医が育たない。2年間教育しても、そこまでのものにはならない。ということで、この7年の間に3人ぐらい全プログラムを回った人がいる。その経験を皆さん●。うちのプログラムは2年スーパーローテートが終わったあとに、どうしても自衛隊の関係で2年の地域医療というか、そこでやってその後後期研修ということで2年、限られた期間だけでやらなければならない。その2年の中に何を見込むかということで、大学病院だと限られているので、6施設ぐらいを使って研修をしている。どちらかというと総合診療部の全国の場合は、総合内科の医師を目指すのか、GIMを目指すのか、それとも家庭医療を目指すのか、2つに分かれているところがあるが、うちはどちらかというと内科の枠を越えて全科に渡ってやるということをコンセプトとしている。うちの中で皆さんの参考になって特徴的だと思うことは、実は外科の医師が●。それは、虫垂炎とか●とか、あるいはリンパ性●とか、そういうのも一応一貫して大学の中で診るということで、それで育った人間がどうなったかということで、実は僕は父が家庭医で全国の研修●だが、私以上に外科が出来るようになっていて、プログラムを出た人間同士で家庭医ができるぐらいの領域になっている。外科系をなかなかやっているところは少ないと思うが、そういうバックアップのスタッフが医師にいて、例えば腹痛の場合だと急性腹症とかなった場合に、●の場合は一貫して外来から病棟まで診れるということで腹痛の見方が広くなって診れるというところがプラスになるんじゃないか。それを終わった人間が外の病院に行った時に、腹痛の見方とかに能力に、内科だけで回っているとか、あるいは他科だけで回っていると診られないものが診れるという、これは参考になると思う。もう一つは専門科、たとえば整形外科、皮膚科、泌尿外科など各科外来研修をするが、他施設にお願いする時に、何を実際にしてもらうかということを具体的に言わないと、受け取ったほうが病棟の主治医をさせるとか、手術を一緒に入らせるとか、研修医と同じ扱いをするとか。だから外来研修が主体だということと、なるべく初診を充分に診させてそれを一緒に後で見てもらう、あるいは●(不明瞭)見てもらうというところまで、一緒にいうと実は非常に学習効果が高いという印象を持っている。だんだん相手側もそれを理解してくれると、プライマリケアとか家庭医とかこういうことを目指しているんだなということを分かってくれる。そういう工夫をすれば、いろんな専門科の外来も少なくとも教育している期間中に与える能力としては、そういう可能性があるんじゃないかと思っている。それから、これは個人的な考えだが、このワークショップで是非ファンになるカリキュラムが●。それはだから結局、どんな能力をもって質のあるアウトカムをして目指そうとしているか、開業してクリニックをできる医師なのか、僻地で出来る医師なのか、あるいは一般病院で内科医として出来る医師なのか、それをゴリゴリにせずにディレクティブを増やしつつコアカリキュラムを作って、どの道に意思表示するか、というところが皆さんと共有して決まっていければいいと思う。二日間だが、よろしくお願いします。
竹村 ありがとうございました。北海道の山田先生、お願いします。
山田 北海道家庭医療学センターの山田といいます。北海道家庭医療学センターと言いながら、私は室蘭には居ず、北海道の田舎の診療所で後輩の教育をしながら診療所の所長をしている。私どもの後期研修は、長年というか1996年から家庭医療学センターを立ち上げて研修の教育を始めているが、何を隠そう長年文章化された研修プログラムのない研修プログラムだった。実は、僕は研修プログラム二期生だが、いつかきちんとしたプログラムを文章化して、保障されたプログラムを作りたいという夢があり、この一、二年準備をして作っている途中である。後で皆さんに私が今日ここまで作ってきたプログラムを皆さんの議論の足しになればと思って作ってきたので、渡したいと思う。どんな風に作ったかというと、日本で素晴らしい指導医のもと全国転々としながら後期研修を受けてきたが、その先生たちはこんな先生だったというのを思い出しながらつくってきた。最初に家庭医ってこんな先生だよね、というのを作るところから始めたプログラムである。皆さんと是非議論して、私どもにもいろんな意見をいただけたらと思って参加した。よろしくお願いします。
竹村 ありがとうござました。高木先生、お願いします。
高木 京都民医連中央病院で臨床研修医部長をやっている内科の高木といいます。今年から僕らの病院は初期研修医を受け入れているので、初期研修のプログラム運営ででかなり忙しいのですが、来年から後期研修が始まりますのでそれにあわせて家庭医のコースをつくろうという議論をしているところです。僕らのところは、中央病院は管理型だが、それ以外に100床以下の病院も含めて4つ病院があり、診療所が20ぐらいあるので、それを活かした3年間のプログラムを作りたいと思っています。いろんな情報をいただきながらやっていけたらと思うので、よろしくお願いします。
竹村 ありがとうございました。次、奈良先生お願いします。
奈良 奈良と申します。静岡県にある聖隷三方原病院の総合診療内科に勤務している。今日、こうやって来たのは、聖隷グループというのは、聖隷浜松病院、聖隷三方原病院というのが中核となって750床ぐらいの大病院があって、他に日本の中で4つぐらいもう少し小さい病院がある。かなりマッチングが、臨床研修が始まって10数名の研修医が入っていて、かなり人気のある病院であるが、結構研修医の希望が家庭医療とか家庭●診れるということを病院に求めて来られているところが多い。その割には、うちの病院は科はたくさんあるが、ジェネラルの家庭医療的なところを教えられる医師がいないということで、なかなか頓挫したままで、結局後期研修●というような、非常にネガティブな部分が出てきている。出来れば、全くこれから家庭医療のプログラムを後期研修とかを作っていこうというようなそういう案はあるが、どうすればいいかという感じで、今日は皆様のところのやり方を勉強したいという感じで参加させていただいた。
竹村 ありがとうございました。次は原先生お願いします。
原  皆さんこんにちは。四国の愛媛県松山市にある愛媛生協病院から来た原と申します。愛媛生協病院は80床の小さな病院ですが、臨床研修指定病院を取っており、現在研修医が5名いて、実質的に研修指導にあたっています。今回、家庭医療の後期研修プログラムに関するアンケートが来ました。今はないけれど今後作る予定にしているという返事を出していいかと尋ねたところ、上の先生たちは「時期尚早」ということでした。作る予定はないみたいです。そういうところで、私をはじめ他の若手の医師たちは、『これからは家庭医療、四国初の家庭医療センターを作りたい』と目論んでいます。公にできませんのでひっそりと来ています。今回も出張手当も抜きで全部自費で来ています。当院の内科後期研修プログラムは、以前までなし崩し的に行われてきました。今回初めて文章化しました。要項を元に、私自身が文章を作って私自身がプログラムを実践して自分で評価をして評価を受けて、またプログラムを作り直していく立場にいます。今後3回シリーズと聞きますが、何とか仕事のやりくりをして参加したいと思います。今後とも、よろしくお願いします。
竹村 ありがとうございました。小松先生お願いします。
小松 出雲市民病院の全体的な研修の総括責任者をしている内科の小松と申します。うちの病院は280床のケアミックスの病院で、非常に中小、小さい地域密着型の病院である。療養型の病院が一つと、附属診療所がある。出雲市は、今は合併して大きくなったが、旧市街は8万人ぐらいの非常に小さな市で、特に県立中央病院というのは600床ぐらいで、同じく島根医大、今は島根大学医学部になっているが、大きな病院。一般病院として機能しているのは中央病院●。ただ、非常に開業医さんが多い地域であり、人口あたりの開業医数は全国第2位。その中で、島根県は非常に過疎地域で、医療過疎、無医村●、そういう中でなかなか地域の医療に全く医師がいないということが本当に問題になっている。うちの病院で毎年研修医を受け入れていっているが、どうしても病院の維持を図っていくということで、いわゆる病院の一般医を育てるということに非常に躊躇しているような形になっている。病院で育っていく医師というのは、おのずとそこでまた専門性を求めていったりして、どうしても中小病院でモチベーションを持ち続けにくいという状況もあって、なかなか、すぐ外に●ていって、地域の医療に貢献していくという医師を育てられないという状況があった。僕は元々消化器内科をやっていって、病院の規模に応じて求められる仕事をやっていくという中で、中小病院での一般内科医もいいなと思ってきているが、なかなか若い人たちに示せないというか、共感をもってお話して受け入れていただけない。そういう中で今の流れの中で家庭医志向というのが非常に学生さんとか若い医師が関わっていって、うちの病院でも4年目、5年目の先生が中心になって、さっきの愛媛の先生の話と逆だが、うちはもうほとんど放任主義なので、●やってくれと言ったら家庭医療科というのを立ち上げてくれる人なので、僕はなんちゃって一般医みたいなもので、その横でどんどん先に進んでいって。今日は所用で来られなかった若手の●先生という先生がいるが、僕は院内では彼らにとっては抵抗勢力なんだろうと思うが、勉強してこいということで出されてきた。今日はぜひいろいろ勉強したいと思う。
竹村 ありがとうございました。次は東先生お願いします。
尼崎医療生協病院で、今研修をしている。尼崎医療生協病院というよりも兵庫民医連としての研修といって、そこで以前は診療所研修ができるというものを一つの売りにしてやっていたが、今から振り返ってみると放任型の診療所研修で野蛮きわまりないという感じで、今はそういうスタイルはやめている。これからは、今からの時代に合った診療所研修というのはどうふうにしていけばいいかというのことが、まだまだ診療所に行けば地域医療、家庭医療になるというような感覚が根強いかと思って、どうやってその中で系統性とか入れていったらいいかということで勉強したいと思って来た。うちの研修として、モットーとして目指したいと思っているキャッチフレーズは「サイエンスとドロドロ」。ドロドロというのは地を這うようなドロドロという感じでやっていきたいと思っている。そのドロドロの部分を診療所の中に、今までどっちかというとドロドロという部分は自然にやっている部分はあったが、さらにそれにサイエンスというのを入れていかないといけないと思っている。
竹村 ありがとうございました。次は溝尾先生お願いします。
溝尾 東京厚生年金病院から来た溝尾と申します。病院の場所はここから車で15分くらいの東京都のど真ん中にある病院。そこで家庭医療学というのが本当に必要なのかと思われる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、当院は後期レジデントを5、6年前から採用を始めたところ、当初は科別専門医を目指す人が多かったが、ここ1、2年で内科一般医を目指す人が半分ぐらい出てきた。昨日も実はレジデントの面接をやってきたところだが、半分ぐらいが内科一般医を目指していた。この中で何人かが家庭医療やプライマリケアをやりたいという希望があった。こういう状況の中で是非家庭医療学を立ち上げたいと思い、再来年ぐらいから始めるために、プログラム作成の勉強をしに来た。また、当院は元々、内科の中でGPを育成していくという歴史があり、そういうこともあって、東京の真ん中でありながらGPになりたいという方が集まってきているのかも知れない。そのような一般内科医を育てるという当院内科の雰囲気と、さらに緩和ケアを持っていることで、家庭医療を立ち上げるには割りといい環境かとも思い、今日は皆様から勉強したいと思ってやってきた。よろしくお願いします。
竹村 ありがとうございました。山本先生お願いします。
山本 湘南家庭医療学センターでシニアレジデントをやっている山本といいます。当院は今年の4月から立ち上げということで、先日スタッフの間で、うまくいったところとうまくいっていないところ、たくさんあって、それをどうしてうまくいったか、どうしてうまくいっていないかということを今日のために分析して、ぜひ今後立ち上げる施設の参考にしていただければと思うような資料を用意してきたので、ぜひ検討していただければと思う。センター長の石村は子供の運動会で来れない。
竹村 ありがとうございました。次は林先生お願いします。
はじめまして。宮城県の地域医療振興協会 公立黒川病院で勤務している林 裕美と申します。卒後6年目です。私自身は教育プログラムのもちろんディレクターではありません。自己紹介をさせていただくが、卒後、札幌医科大学の地域医療総合医学講座に進み、2年間大学病院と市中病院で研修した。3年目の途中に地域医療振興協会の岐阜県にある揖斐郡北西部地域医療センターで研修をし、2年間の病院での研修で萎えていた家庭医療への思いを思い出すことができました。自分自身としてはその時から研修が始まっていると思っている。その後、大学の事情もあり北海道の病院で1年間勉強させていただいたりしていたるが、今年度から協会の病院で勉強し、いざ自分が6年目になってみると、研修医の指導の立場でもありました。じゃあ何を指導しようかと思うとそもそも、何を研修すべきなのかを把握していないことに気付きました。また、私の学生時代は、どうやったら家庭医になれるかということが悩みだったが、6年目になってふと気づけば、今日の話題は家庭医は今後どうしていくか、何を目指すかということになっていた。そのようなことから、日本の家庭医療の最先端でどういうことが話し合われているかと言うことを知りたくて来た。よろしくお願いします。
竹村 ありがとうございました。伊達先生お願いします。
伊達 大田病院内科の伊達と申します。今日は気合が入ってきた。後期研修を越えた家庭医というのが、おそらく何かその人にしかできないような能力がないといけないんじゃないかと思って、家庭医が その人にしかできない能力とは何だろうと。僕はプレシェント・センタード・メソッドとファミリー・センタード・プライマリケアだと思っている。コア・プログラムというのは実はそういうものを中心にしてやらなければいけないのではないかと僕は強く思っている。そうすると、ローテート研修というのは実は害厄である。継続をするということが非常に大事だというふうにすごく感じる。2年前に藤沼先生のところで記念講演をしたモーガン・フリーマン先生が、家庭医の研修をする時に何が一番大事かと言ったときにコンテュニティーだと言われたのを思い出して、すごくその時に確信を持った。患者さんをプレシェンドセンターで診ることだとかファミリーセンターでやっていくことという前提が継続性だと。その期間は6ヶ月だとちょっと短くて、ほとんど一人ぐらいしか、一例ぐらいしか、ああ、この人やって良かったなという風になれない。だから私たちのところの施設はほとんどローテーションしない。マイナー(?)なんかの時に●をどうやってやろうと考えているが、一つのところから、例えば僕が教えるとしたら、僕のところでプレシェンドセンターてこんなことだよと一緒に●とかをするが、違うところに行ってしまうと全然そういうのを忘れてしまって、プレシェンドセンターでやるともっと治療がうまくいくのに、患者さんが非常に満足するのに、というのがすぐに忘れられてしまって、自分のところに戻ってくると、また●やってない、すごく自分としては非常に残念。そういうところを教えるということがすごく難しくて、一人の医者と指導医とがかなり密接に患者さんとくっついてないと、なかなか教えられないということを感じた。こういう熱いプログラムに対して僕が論じるようなことがいっぱい書いてあって、非常に●。よろしくお願いします。
竹村 ありがとうございます。次は本村先生、お願いします。
本村 パワーポイント資料)沖縄県立中部病院の本村と申します。よろしくお願いします。私は卒後9年目の医師です。元々このプライマリケアコースは、2年研修、1年離島のプログラムだった。私自身2年研修が終わったらすぐ人口1500人、医師1人、看護師1人の島に行けという感じで行って、非常に苦労して、何とかやらなければいけないと思いながら今までやっている。(P2)沖縄県立中部病院は元々プライマリケアを育てるというのが一応目標にはなっている。(P3)550床の急性期の病院ということだが、ここにも離島医療支援というのを謳っている。(P4、5)一応、人材を確保してきたというのが一つの大きな特徴である。半径500キロ、1000キロにわたる範囲の離島の診療所を、大体6割、7割ぐらいが中部病院出身で占めている。沖縄県全体では7割ぐらい。医師の偏在の話もあって、沖縄県は決して医師人口が多いとは言えないが、偏在という点では随分いい。(P7)平成元年までは、戦後衛生兵でいらっしゃった医介輔という方が医師不足とぁw)「うことでそのまま離島医療を支えていっていただいたという歴史がある。あと、外国人医師ということで、主に韓国人の医師の方が支えてきたという歴史がある。ごく最近になって今の流れができてきた。特徴としては、研修をしっかりやることで医師確保をやってきた。実際に離島の医者がどうかというと、若い医者が多くて、中部病院出身が多い。2年研修、1年離島では、僕自身も非常に技術的にも心理的にも厳しい状況で離島1年終わったので、その辺が何とかならないかということで、医師を支えるようなシステムを今作ってきている。結局今のところ3年研修、1年離島ということでプライマリケアコースという名前をつけている。琉球大学にも講義に年に1回だけ行っているが、話をするとかなり離島診療所に勤めてもいいよ、という方が多くて、こういう学生さんをきちんと拾い上げていきたいなと思っている。(P16)当院の研修プログラムの弱点は、細切れのローテーションで、急性期には強いが外来教育は非常に弱い。何とかここら辺の問題を解決できないかと思って、今プログラムを考えている途中で、まだまだ今後問題点がある。離島に行ってしまってひとりで診療するとなにかと困ることが多く、相談したいこともたくさん出てくる。こういう場合、役に立つのが遠隔医療である。テレビ会議システムがあり、メーリングシステムがある。画像を添付して、こんな症例で困っているんですよ、と言ったらボランティアベースで皮膚科、整形外科、内科が多いが、専門医の医師が返事を書いて答えていってもらっている。画像診断はデジカメで充分可能と皮膚科の先生には言っていただいている。私は、週の半分は離島に行って、他は病院という変則的な生活をしているが、一般的には離島で卒後4年目を過ごし、1年か2年すると研修のため本島に戻る。(P18)実際に離島の医者のいろんな意見があるが、1年2年でコロコロ変わっているようなシステムがどうにかならないか。あとは、科としてプライマリケア、家庭医が存在しないので、ここら辺がどうにかならないか。あとは行政がもう少し関わってくれないか、とかいろんな問題があって、これも今後の課題である。(P22)コースの内容だが、大体人口500人〜2000人ぐらいの一人で働かなければいけない診療所に4年目に行ってもらう。島医者になってもらう、ということである。(P23)これは米国家庭医療学会から取ってきているが「あなたを専門にしている医師」というのを目標にしようと。(P24)基本的には初期2年の中部病院に元々あるローテーションのシステムに、3年目は細切れになるが院内、院外ひっくるめて初期2年の足りないものを埋めていくということになっている。継続性というものは一番このプログラムにはない。(P26)まとめると、歴史的に急性期の病院で、40年間の研修病院としての歴史があるので、急性期には非常に強い。あと非常に指導慣れしていて、指導医、研修医の意識が高いと思っている。あまりにもバタバタ忙しい中で、きわめて慢性期に弱く、きわめて継続性もできていないし、きわめて外来教育もできていない。きわめて、きわめて、きわめてと3つ重ねているが、3Kということで厳しい状況がある。プログラムの元々は医師確保が目的で、私は「理念なき実践」と言っているが、ここら辺を何とかしていきたい。医師確保だけでなく理念をきちんと持っていけば、もっと家庭医やプライマリケア医として、今後ずっと続けていく人がいるのではないかと思っている。今回、ここに参加させていただいたのは家庭医の要件がなにか知るためである。プライマリケアコースを家庭医と名前を変えるためにはどういったことが必要なのかということを是非教えていただきたいと思う。
竹村 ありがとうございます。では森田先生お願いします。
森田 福岡県の飯塚市というところから来た小児科専門医です。5年前に開業して、当初から飯塚病院の研修医を外来実習という形で引き受けている。その中で感じたことは、家庭医という新しい種がまさに増殖しつつあるような。そういうのに興味を持って、それまでは奈義ファミリーの斉藤先生と、つい最近は田中先生が実習に来た。今、外来小児学会の教育検討会の副委員長をしているので、田中先生にも公演をつい先週お願いして、小児科の教育検討会の指導医に関しての公演を行った。それが一つの理由。もう一つは私が開業しているということ。開業している今、自分の守備範囲が家庭医と繋がるところがある。また家庭医が今から増殖してきた時に私たちの仕事がどうなるかということに非常に興味がある。私たちの小児科としてのアイデンティティがより確立されるように思う。そういった歴史というかそこに参加できる立場にいるならぜひ参加したいと思った。よろしくお願いします。
竹村 ありがとうございます。次は佐々木先生お願いします。
佐々木 京都民医連の内科の佐々木と申します。●施設から臨床研修のお願い(?)●僕も家庭医療グループというグループはあるが、今度後期研修に向けてどういうようなプログラムを作っていくかということをグループ内で討論中。京都市内、中心部は非常にたくさんの医療施設があって、そこで●化している。一方で京都北部というのは医療施設がなくて、過疎地に近い。そういう二つのフィールドを京都民医連は持っているので、そのフィールドに対して家庭医を育てていくということで、どのようなアウトカムを出したらいいのかというのがなかなか出ずにいる状態である。僕もここでいろいろ学ばせてもらって、いいプログラムを作っていけたらいいかなと思っている。よろしくお願いします。
竹村 ありがとうございます。次は宇田先生お願いします。
宇田 名古屋の南生協病院というところから来た宇田と申します。私は名古屋大学総合診療部で 総合診療を学び、今は総合診療医として及び内科の外来をやっている。そこで外来研修をやっているが、大病院の外来というのは刹那的というか継続診療がなかなかなくて、私自身が自分の専門外来という別の外来があるのだが、継続外来のほうがいいなと思いながら研修医と話をしていて、家庭医療というのを立ち上げたいと思ったのが3年ぐらい前で現在に至る。ミシガン州立大学の医学部で学んだ私の友達が一人、私の病院に来てくれて、一緒に立ち上げようということで画策しているところ。どういう形でやるかというのがあるが、基本的には産婦人科、小児科、整形外科、その他マイナーを含めたローテート、研修から始めようかということと、もう一つは診療所外来をベースにして継続診療を行うということを考えている。現在の問題点は、外来教育をどのように行っていくかという、つまり私が教えられる範囲はいいが、教えられないところをどうするか悩んでいる。特にポイントとなるのは小児科とか産婦人科外来および病棟研修がマッチングの研修と重なってしまっていて、それをどうこちらにも研修の愛のムチを振ってもらうかということで画策している。何とか来年の春にはスタートできたらなと思っている。よろしくお願いします。
竹村 ありがとうございます。次は三重大学の矢部先生お願いします。
矢部 三重大学総合診療部の家庭医療のコースのレジデント1年目になる矢部と申します。今日はレジデントとして、これからいったい私はどうなるんだという単純な興味で参加しました。よろしくお願いします。
竹村 ありがとうございました。次は福士先生お願いします。
福士 地域医療振興協会の地域医療研修センターの福士と申します。主に横須賀市立うわまち病院の研修関係の教育をやっている。先ほど名郷先生のほうから詳しくプログラムに関しては説明があったと思うが、今後地域医療に関わる組織、家庭医療だとか地域医療●医師を地域で育てようということに関しては、プログラムだけじゃなくて現場の指導医にどういうふうに指導してもらうかとか、どういうふうな●をしてもらうか、どんな研修体制を整えるか、整備をすることが非常に大事だと思っている。現場の指導医の生涯教育、そういったいろんな側面から今回の検討ができると楽しみにしてきた。よろしくお願いします。
竹村 ありがとうございました。次は山下先生お願いします。
山下 山下と申します。今は北区にある北部東京家庭医療学センター生協浮間診療所で所長の藤沼の下で研修をしている。それと同時に日本家庭医療学会で若手家庭医部会というのをさせていただいて、まさにこのプログラムの対象者となる人たち、もしくは今プログラムは存在しないが、その過程を生きている人たちの声を集めていろいろ活動している。こういった機会というか、後期研修プログラムについては若手家庭医部会を立ち上げるときに一番最初に出ていた話題だし、3年ぐらい前に、今日何人か顔が見えるが若手と居酒屋の隅でみんなで飲んでいたときにプログラムがあったらいいなと言っていたものが、あっという間に少し形があるものになってとても嬉しく思っている。研修を受ける立場もそうだし、僕は今6年目なのでもうそろそろそういった時期は終わりつつあるが、そういった声がきちんと反映されるような窓口になれればいいと思う。よろしくお願いします。
竹村 ありがとうございます。次は細田先生お願いいたします。
細田 こんにちは。亀田メディカルセンターの家庭診療科で診療をしている細田と申します。初期研修2年間を北海道家庭医療センターの無呼吸病院で研修して、その後家庭医専門コースのほうで山田先生のもとや渡辺先生のもとで2年間地域医療を研修して、この5月から亀田のサテライトクリニックという茂原にある診療所でやっている。4年間教わることが多かったが、5月から診療所のマネジメントを含めて非常にやることが多くで、また同時に勉強になっている。学生の方が月に数名見学に来て、あまり相手が出来ない状況ではあるが、学生や研修医の方から「先生、後期研修や初期研修で家庭医をやれるところはあるんですか?」と毎回聞かれて、カレスもあまり取れならしいし、亀田のほうも枠が少ないらしいと、どうしたらいいかと。僕も言葉に詰まってしまって答えられない状況である。僕自身も研修をしてきたこともあるし、どういう状況なのか、また自分自身もこういう環境を作っていく側としてやっていけたらと思って参加した。今日は所長の岡田は所用で来れない。亀田のほうは、僕が研修したわけではないので紹介というのは難しいが、シニアが8名、スタッフが3名、ジュニアのほうで家庭医療を専攻する予定の者が3名ということで合計14名。他、大橋先生や●先生など、外部のほうから手伝いに週に何回か来ていただいている状況である。基本的にはシニア3年のコースで、亀田総合病院、あと亀田クリニックの各科をローテートしながら、一般外来や小児科外来を数コマ、他に在宅をやったり、乳児検診や乳がん検診など各部門と連携しながら研修をやっている状況である。ただ来年度からは、少しサテライトを中心とした研修に方向転換を前向きに検討している段階で、また体制が少し変わってくる部分もあるかと思う。
竹村 次は大橋先生お願いします。
大橋 10月1日に辞令が降りて、聖マリアンナ医大ではなく、川崎市立多摩病院と呼んでもいいということになったので、川崎市立多摩病院総合診療科の大橋と申します。一応、これがうちの科のマークになっている。先に初めてこういう紹介をするので、簡単に病院の説明からしたいと思う。僕自身は今、6年目の医師として初期研修を●病院でした後に、家庭医になりたいといって、ご存知の方もいると思うが僕はプログラムに乗れなくて●奮闘しながら、今ここにいるといった状況。これが新しい病院である。川崎市立の病院で、これが外来部門で、これが病棟。どんな病院かというと、2月にオープンするが、聖マリアンナ医大が業務委託という形でやるちょっと変わったタイプの病院。370床ぐらいだったと思う。病院の特徴としては、地域の市中病院ということで、救急や小児患者を積極的に受け入れようという体制なので、かなり医者としての負担が大きい。ということで、僕らもいいように振舞わないといけないというのが裏側にある。僕らの役割は、内科系の初診の診療、あとは継続。だいたい大学でも総合診療科があるが、大体9割ぐらいは内科系は継続で僕らが診ているというふうになっている。あとは検診や夜間のERの協力。あとは小児を24時間受け入れると市が言ったので、小児科医が足りないので、僕らも小児診療をやっていくということになっている。あとは、これこれ、理想もあるが、こういう感じのことをやるということである。病棟は持たない。プログラムは、病院を建てるのが精一杯でプログラムまでまさかやるとは思っていなかったが、とある機会に3年目の医師2人が僕らの施設に興味を示してくれて、来てくれるということになった。じゃあ僕らも手探りなので、たいしたものが出来ないと思うが、それでも良ければということで始めたというのが正直なところ。ただ、僕自身はプログラムがなかったということで、すごく苦労してここまで来たつもりなので、プログラムだけはしっかり手探りでも探していこうと思っている。モットーとしては、なるべく学習者中心で、プログラムを作るところから学習者と考えていこうということである。あとアウトカムを大事にしようと。今、●ローテーションばっかり言われているきらいがあるが、じゃあローテーションをしたら本当に診れるようになるのかというのがかなり疑問であるので、例えば小児科なんかは、今うちの小児科の先生とも相談しているが、6ヶ月回るとしても3ヶ月を2回とかに分けてみようと。3ヶ月終わった段階でここまでやっていいよ、と。例えば小児救急で、指導医と一緒に当直をしていいとか、外来においてここまでの処置は自分の判断でやっていいとか、ある程度明確なアウトカムを設定してそれができるというふうにしていかないと、ただ単に小児科を回ったから小児できます、というのはちょっとおかしいのではないかと言うのが僕の考えである。一応3年間といているが、これも同じで4年やりたかったら4年すればいいわけだし、そこら辺は個人としてアウトカムの研究と一緒ということになっている。で、家庭医になるための技術、知識。これはいろいろとローテーションでもいけるが、家庭医なりのものの考え方、コア・コンポーネントというものだと思うが、それも同時に学べるように。レクチャーが中心になると思うが、そういう形でカリキュラムを組んでいく。後もう一個、指導医である。指導する者たちが、きちんと家庭医を分かっていて、それを実践していないとダメだということで、一応外部スタッフを合わせて8名いるが、そのうちの1人を除いた7名がFDの講習を定期的に受けている。具体的なプログラムは、まさに学習者と作成の真っ最中で、週1回のミーティングをやったり、それ専用のメーリングリストを作ってみんなで喧々諤々に始めたところ。あとハーフ・ディ・バック、ER、小児、救急研修みたいなのがプログラムに入っている。あとは、そういう家庭医のコア・コンポーネントを学ぶという意味では、ティーチングジャーナルクラブ、ケースカンファレンス、ビジネスミーティング、月1回の宴会をやるという形で、亀田と同じような感じである。大事なのは、3年目の先生に対してはうちの完全な戦力と考えていない。仮に全部休まれても外来も全部回れるように組んでいる。でないと●の安全が確保できないので、最初の一年間だけは、彼らが全然いなくてもできるように、ということで業務は今のところ組んでいる。僕らが今、大したことを言える身分ではないが、大切なこととしては、看板よりもまず中身の構築。人集めのための方法にはしないということで、まずやってみたい。で、良い内容であることが確認できたら、公募のポスター展示を出すのが夢だが、今はまず無理ではないかと個人的には思っている。アウトカム中心ということが、今一番自分の興味のあるところである。
竹村 ありがとうございました。初っ端から2時間連続で大変だが、理事のほうからの自己紹介と施設紹介を続けたいと思う。藤沼先生お願いします。
藤沼 ●診療所の藤沼です。来年度から京都教連の医療部会が立ち上げる家庭医療の後期研修プログラムのディレクターもやっている。この間、緊急の会議でプレゼンテーションに出しそびれたが、その後いろいろ進展して、一応6箇所教育診療所を確保したということで、●を含めてスタートした。特徴としては、いわゆる病院の教育人事からちょっと外れた形でやろうということで、医療生協のほうで組織的にやるということにした。完全に診療所ニーズで構築している。家庭医療という言葉を初めて聞いたという診療所が4箇所くらいあった。やっぱり人間関係は重要だというふうに思った。最近そういうところと交流しながらやっていこうということで作り始めた。また、いろんな●ので、よろしくお願いします。
竹村 藤崎先生お願いします。
藤崎 岐阜大学の医学教育開発研究センターの藤崎です。うちは研修施設も何も持っていないというか、全国の共同利用施設ということになっていて、全国の医学部あるいは医療系の学校の先生たちのティーチャートレーニングのセンターというような位置付けになっていて、そういう研修を年がら年中イベント情報で、いろんなメーリングリストでご案内させていただいているということである。そんな中で家庭医療学会関係のいろいろな先生にも講師を毎回お願いをしているが、医学部全体の中でどれぐらい家庭医療のことをティーチャートレーニングの中心テーマとして持っていけるかということがこれからの課題だと思っている。方法論としては、評価や指導技法のことであったりということで、いろんな形で徐々にメインの方へ持って行きたいと思っている。
竹村 ありがとうございました。次は大西先生お願いします。
大西 東京大学医学教育国際協力研究センターの大西と申します。学会のほうは6〜7年ぐらい学会員だと思うが、2000年から医学教育の専門の仕事をし始めて、学生部会の立ち上げには関わったが、その後は家庭医療とあまり関われることなしにきた。今回、プログラムを皆さんが作る、あるいは認定とかそういった形で評価システム、プログラムの評価といったところには、ある程度専門医性を活かしていただければというふうなことで、明日ワークショップをするというふうに聞いているので、参加をよろしくお願いします。
竹村 次に、葛西先生お願いします。
葛西 私の話しは、詳しくまた明日ワークショップであるので、聞いていただければと思う。一つお話しておきたいのは、山田君が、北海道医療センターに文章化したものがないと言って、えーっとなったが、これは文化の違いがあって、例えば家庭医療学とは何で、あるいはカリキュラムとして大事なことは何かというのを、私が見るところアメリカとオーストラリアはすごく文章●である。で、カナダは4つしかない。一行ずつの4つしかない。我々がレジデント●と、イークリ●ということと、コミュニティ・●というのと、ディファンされたポピュレーションに対してのリソースになるんだということと、人間関係。今、インターネットが発達し、いろいろな人がいろいろなことを見るようになったので、その4つの中に、その次のページを見てみると、その一つ一つのところにいっぱい文章が書かれるようになった。イギリスもそんな感じ。不文律という言葉がある。それからコモセンスという言葉もある。そういったことがあるので、山田君にも本を読んでいてその4つを頭に置いていれば、当たり前ということである。患者中心の医療、当たり前である。家族を●する、当たり前である。ホームベース、当たり前である。そういう世界だった。山田君は第2期生だが、今シニアレジデントといっても7期生、ジュニアになると9期生まできたので、コモセンスだけでやっていてもなかなか伝わりにくいことが出てきたし、全国的な発達をしてきたときにそれを文章化してみようということでやった。そのときに、これは幸いなことに、山田君初め、うちの●というのが非常に頑張ってくれて、それぞれの強みを発揮して作ってくれた。彼は非常に文章化することがうまい。今日はたまたま草葉鉄周君はキャンセルと書いているが、彼は10月10日に第一子が産まれて、今日は母子退院の日なので家族のために尽くすということで来れなかった。今回、いろんなプロジェクトをうちでは進めているが、とくに後期研修プログラムについては、山田君をチーフにして草場君と、そういう形でやっている。
  コモセンスというのは非常に大事で、コモセンスというのは日本語でいう常識といって、それがまた世界の非常識になったりするが、実際にコモセンスというのは共有しているその感覚である。家庭医とはこういうことをやるんだということを皆が共有できている感覚を持っているというんのは非常に大事だが、それを我々は全国でも使えるように文章化してみようということである。私たちが家族●の方法とか家族志向型とかそれぞれ細かくいろんなことを書いて皆さんにお示しすることになると思うが、それはあくまでもコモセンスから発しているんだということで、みんなはその診療の中で教育の中でやれるのである。これを参考にして実際に実践できるということで理解をしていただきたい。明日また話をしたいと思う。もう一つ大事なことは、自分たちの施設ではこういう教育ができるとか自分はこういう家庭医になりたいとか、そういう思いが強いし、それは出て当然だと思うが、もう一つは、それは本当に日本の社会の人たちに必要なことなのかということである。そして学会というものが今NPO法人になった。そのNPO法人が学会として認定するプログラムを作り、そしてそこで認定医を作るということになると、社会に対して一定の責任が出てくる。これは非常に連携をとって協力をしてもらっている英国の家庭医学会の教育のディレクターからも言われるが、それはもう責任があることなんだと。社会に対してそれをちゃんとやれる、つまり認定医のレベルというのはすぐ社会に対して責任になるんだということで、かなり釘をさされているというか励まされている。そいういうことで自分たちがこういう教育ができる、自分たちがこうなりたい、それだけではないということである。日本の中で、日本の人たちに聞いてみて、本当にこれがいい家庭医なのか、これがいいプログラムなのかということを考えていかなければいけないと思う。
竹村 ありがとうございました。では大園先生お願いします。
大園 パワーポイント資料)みなさんこんにちは。長崎大学の総合診療科の大園と申します。私は、来年の学会を名古屋国際会議場で、第21回日本家庭医療学会とプライマリケア学会、総合診療医学会と一緒にやっていくということで、第21回の日本家庭医療学会の世話役に徹してやらせていただくのでよろしくお願いします。僕自身も長崎大学の総合診療科研修で、僕自身が6ヶ月間ミシガン大学の日本人健康プログラムといって、逆に教育研究に悩んで、というのは大学病院で家庭医療なんてのはやっぱりできないんじゃないかなということと、地域でやらないといけないなということで、先ほどから離島とか僻地、都市型というのが出てきているが、考え方を変えて、大学は全人的医療というか、心と体とケア、そういう総合的なものをやって、その大学自身を離島とか僻地に移して、そこで家庭医療研修をやりたいということで、長崎は五島列島という離島の中核病院も診療所もあるので、これは大学と組み合わせて2年間継続診療、それも70人ぐらいしかいない診療所から200人から、そういったもので、大学の拠点を離島に置いたという。(次へ)それからもう一つ、今度文科省からお金が出たので、年間4000万。僻地医療研修医コースを。本当は家庭医療研修コースにしたかったが、まだ家庭医療研修プログラムという形できちんとできていないので、できればそういう名前を使わせてもらいたいということで、この研修プログラムで出来たものを非常に期待している。そこで僻地にも大学に拠点を置いて、教授なり講師に教える人を僻地に持っていきたいということで、過疎の地域を選んでそこの市民病院と一緒に家庭医療研修をやりたいということである。(次へ)僕自身はミシガン大学のフェダー先生とかと4回・・・。フェダー先生がおっしゃるには、第一世代は家庭医療というシステムを作る。向こうでいうシュエン教授というミシガン大学の家庭医療学科の教授だが、その先生が第一世代で何とか作った。運営委員の先生方をはじめいろんな先生が努力してかなりいいものを作ってこられているし、実際アメリカに行かれたり、現地でやられている。佐野先生はアメリカまで行って何とかしたが、フェダー先生はそういうシステムがちゃんとあって、そういったものをマスターして出てきた第三世である。僕らは第一世代として、何とかこの家庭医療のプログラム作りに協力させていただければと思う。(次へ)(次へ)やっぱり家庭医療と総合診療部はやっぱり違うんじゃないかということで(次へ)こういう構造を離島や僻地に置いて、僻地医療学講座と。大学には入っているが、医学教育とか研修をやると。実は同じ長崎県でも方言とか文化とかいろいろ違う。大学が行って教えるというのではなく、大学がそのまま移住してやろうということで取り組んでいる。(次へ)前●教授、うちの総合診療科の助教授が行っている。その隣が自治医大の中崎先生という自治医大出身の先生も入っている。(次へ)ということで、こういう僻地医療学講座というものをやって、僻地に拠点アイデアを。(次へ)こういうGPというものを貰って、また予算が、今どんどん県とか市とか文科省とか厚生省とか、地域にお金もたくさん出してくれるので、かなり大きな展開になって、突破口になればと思っている。(次へ)こういったいろんな診療所で研修、医学教育をやってしまおうという・・・。(次へ)やっぱり現地で、離島で、僻地でやっておられる先生方はちゃんとした家庭医である。非常に素晴らしい先生が多い(次へ)農業をやったりして、いろんな家庭医としてやっておられる。(次へ)本当の地域医療である。(次へ)学生とか研修医とかも、いろんな診療所があるので、生の地域医療を学ぶことができる。(次へ)さっきの先生なんか合鴨猟法という農業をやったりとか、いろんなことをやっている。僕自身はむしろ教えられて、何とかこのシステムを作るのに協力できればと思っている。
竹村 ありがとうございました。
松下 パワーポイント資料)奈義ファミリークリニックの松下と言います。よろしくお願いします。2分間で現在のうちの現状をお話して、もう2分間、来年度以降はこうしたいということを話したいと思う。平成7年に奈義ファミリークリニックが出来た。岡山県の北のほう奈義町という人口7千人ぐらいの小さい町が無医村になるということで、奈義町と日本原病院という一般病院と川崎医大の総合診療部の三者が協力して、第三セクターみたいな格好で始まった。(次へ)こんな感じの診療所で(次へ)こんな町である。(次へ)約10年間、後期研修を育てるというか、最後の仕上げをする場所として2年間提供するという形で川崎医大の総合診療部の総仕上げの場所としてずっと使われてきた。(いくつか次へ)電子カルテ(次へ)患者層は高齢者がかなり多い地域で、小さい山が小児のほうにもあって、自衛隊があるので小児がある。(次へ)これぐらいこじんまりしたフタッフである。(次へ)現時点で、こんな感じで診療しているが、僕が来て今5年目になるが、僕以外に2人後期研修医を雇って、3人体制の診療所ということでやっている。何というか、教育するつもりでここに来たが、ヒーヒー言いながら家庭医をやっているというのが現状で、なかなか充分な時間を教育に注ぎにくいという格好がしてきて、それをどうやっていこうかと思っている。(ワード文書資料)川崎医大の仕上げの場所としてスタートしたが、うちの教授が三重大学に移ってしまわれた関係もあり、残念ながら川崎医大のほうはあまり家庭医を育てることに興味がなくなってしまった。今、僕が抱えている二人が最後の研修医ということで、彼らが卒業した来年度から、全国公募で人を雇うと。しかも僕が個人的にひっぱってこないといけないという現状で、どうしようかというふうに動き始めていて、来年来る先生は一人確保できた。今こういった家庭医療学会のプログラムを今後どういうふうにするかということが話し合われていると思うが、今まで私がやっていたのは、もうほとんど仕上げの部分なので、かなり放っておいてもやってくれる先生が多かったので、半分パートナー、半分研修という格好が強かったが、もう少し初期研修終了後の先生を受け入れて、3年間ぐらいで家庭医を作るようなそういったものをこの診療所で全てやってみようという挑戦を今、しようと思っている。(次へ)(次へ)3年目の先生を診療所でいきなり受け入れるのはちょっと厳しいということで、4年目、5年目をフィックスという格好でさっきの外来に似ている格好で入ってもらうのだが、診療所で受けてペーストして外に出さずにどうやって院外研修というか、他科研修をするかということで、外来のコマとして一コマか二コマぐらい、例えば耳鼻科の外来研修に開業医のところに行ったりとか、今までもやっていたが、●をいくという格好をとることと、3年目の先生は、いま交渉を始めたところだが、車で30分ぐらいのところに500床の急性期病院があり、津山中央病院というのだが、そこで話をつけて、3年目の研修を1年間そこでずっと受けてもらって、内科を含めた急性期の医療に少し力を注ぎながら、週一回木曜日だけうちの診療所に来てもらって、4年目、5年目はうちで受けるというような、そういう3年間構想を始めようというところである。
竹村 ありがとうございました。次は大滝先生お願いします。
大滝 9月に東京医科大学の新宿の病院に総合診療部ができた。できたといってもやっと私の部屋の片づけが済んだ状況である。来年の1月から一部の診療を始めて4月から本格的に診療を行う予定。学内の研修医が外来診療を中心に研修する予定だが、今いろいろ相談をしているところ。今も話題になっていたが、後期研修は大学だけでは仕上げが全然出来ないと思うので、是非いろいろなところと協力して、家庭医になりたいという人たちの研修のネットワークを作って行けたらと思う。ちょうど今日の昼過ぎまで、東京医大の指導医ワークショップに参加していたため遅れました。どうぞよろしくお願いします。
竹村 ありがとうございました。私は竹村と申します。よく、どこの所属だと言われるので、ここでまとめて話してしまおうと思う。私、正式には三重大学医学部附属病院総合診療部の竹村だが、うちのボスが「竹村君、ちょっとそれはないんじゃないか。違う名前があるだろう」と言われる。実は先ほど話し合ったように、4月から三重大学大学院医学系研究科家庭医療科というのができた。そちらの名前を使えと圧力を感じるが、学校では使うなと言われる。あなたの所属は附属病院だから使うなと言われて、しかしボスからは使いなさいと言われる。一応この辺の難しい狭間で生きている。只今から休憩に入りたいと思う。

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