研究概要

(1)Gタンパク質共役型受容体としてのエンドセリン受容体の動態制御機構の研究 ―心血管系疾患の発症・進展のメカニズムの解明に向けて―

Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は膜受容体の一種であり、ホルモンや神経伝達物質を結合して、細胞外の情報を細胞内に伝達します。この受容体が活性化されると、細胞質領域に結合しているGタンパク質を活性化し、細胞応答を引き起こします。一方で、活性化された受容体の細胞内領域のカルボキシ末端付近ではセリン/スレオニン残基がGタンパク質共役型受容体キナーゼによりリン酸化されます。その結果、リン酸化部位にβアレスチンというタンパク質分子が結合し、Gタンパク質とGPCRとの再結合を阻害します。GPCRは、同時に、エンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれます。これにより、細胞外にホルモンや神経伝達物質が存在する条件下においても、Gタンパク質の活性化が起きないこと、細胞表面からGPCRがなくなること、などのために、細胞応答は起こらなくなります。このようにホルモンや神経伝達物質の存在下においてもGPCRによる細胞応答が起こらなくなる現象を脱感作といいます。脱感作は、GPCRによる細胞応答の時間や強さを制限する仕組みであり、生体の恒常性の維持に重要であると考えられています。脱感作など、GPCRによる細胞応答の時間や強さ等を調節する仕組みが適切に機能しなくなった場合には、病態の発症につながる可能性も考えられます。実際に、一般的に用いられている薬の40%前後はGPCRを標的とするもので、GPCRの活性化や不活性化により、症状を緩和します。このことからも、GPCRの応答時間や強さは、生体の恒常性の維持に重要であると考えられています。

 

エンドセリン(ET)は、血管の収縮および弛緩の制御、細胞増殖の亢進などの生理作用を有する一方で、高血圧症、動脈硬化症、心不全、脳血管攣縮、肺高血圧症などの心血管系病態の発症・進展においても重要な役割を果すことが知られています。ETの作用を細胞に伝達するET受容体(ETR)にはA型(ETAR)とB型(ETBR)の2種類があり、どちらも細胞膜上に存在します。それらETRは、GPCRファミリーに属し、ETが結合すると、Gタンパク質をはじめとする細胞内シグナル伝達系を活性化して、細胞応答を引き起こします。例えば、ETARは主に血管平滑筋細胞に発現し、ETARの活性化は血管平滑筋細胞の細胞内カルシウム濃度の上昇を誘発して血管平滑筋の収縮をきたし、血管の収縮を誘導します。一方ETBRは主に血管内皮細胞に発現し、ETBRの活性化は一酸化窒素の合成および分泌を介して血管平滑筋の収縮を抑制し、血管の弛緩を誘導します。

ETARもETBRもアゴニストであるETが結合すると、エンドサイトーシスにより細胞内へ取り込まれます。これは、ETにより引き起こされる細胞応答の持続時間や強さを適切な範囲に収めるための仕組みであるとされています。2種類のETRは、アミノ酸配列が酷似しているにもかかわらず、細胞内における動態―(細胞内への取り込み、細胞膜へのリサイクリング、リソソームへの輸送と分解等を、受容体動態と呼ぶ)―が異なります。すなわち、ETARは刺激後細胞内に取り込まれた後(エンドサイトーシス)細胞膜へ戻る(リサイクリング)のに対して、ETBRはエンドサイトーシス後細胞膜へは戻らずにリソソームへ輸送されて分解されます。この結果、ETARは繰り返し刺激に対して細胞応答を誘発できるのに対し、ETBRは繰り返し刺激には反応出来ません。このように、ETARとETBRの繰り返し刺激に対する応答の違いは、2種類のETRの受容体動態の違いに起因すると考えられます。そしてこのことは、受容体の刺激による細胞応答の持続時間や強さは、受容体動態による制御を受けることを示しています。

我々は最近、2種類のETRの動態の違いが受容体のユビキチン化の有無によるものであることを見出しました。すなわち、アゴニスト結合後ETARはユビキチン化されないのに対し、ETBRはユビキチン化されました。そして、ユビキチン化されないETBRを作製し、その受容体動態を調べたところ、変異受容体は(野生型ETBRのようにリソソームへ輸送され分解されるのではなく)ETARと同じように、細胞膜へリサイクリングされるようになることを見出しました。また、野生型ETBRはくり返し刺激を与えた場合、2回目以降の刺激にはほとんど反応しないのに対して、ユビキチン化されない変異受容体は2回目以降の刺激にも反応できるようになりました。

他方、これまでに、ETRが動脈硬化症や心不全、肺高血圧症などの病態発症部位で発現量が増加していることが報告されています。そのことから、それらの病態では、ETARやETBRの増加による過剰な細胞応答が、病態の発症・進展の一因となる可能性が考えられています。ETRの細胞内移行や分解およびリサイクリングの制御機構の解明は、それら病態の発症・進展の分子機構の解明に新しい展望を開くかもしれません。しかし、今のところ、その詳細なメカニズムは明らかにされていません。私達は、2種類のエンドセリン受容体の動態制御機構の解明を通して、上述した心血管系疾患発症・進展の分子機構の解明、さらには、新しい治療法の開発に貢献できることを期待して、研究に取り組んでいます。

 

語句の説明

エンドセリン(ET) : 21アミノ酸からなる生理活性ペプチド。ET-1、ET-2、ET-3の3種類が存在する。
Gタンパク質共役型受容体 : 細胞膜を7回貫通する特徴的な構造をもち、細胞内にあるC末端を介してGタンパク質の活性を制御する。ホルモンや神経伝達物が作用するとGタンパク質を活性化し、細胞内シグナル伝達系が活性化される。ヒトには数百種類存在するとされ、大きなファミリーを形成している。
エンドサイトーシス : 細胞外の巨大分子が細胞内に取り込まれる現象のこと。この過程では、取り込まれる分子が細胞膜により被覆された後、その部分の細胞膜が陥入し、最終的に陥入した細胞膜が切り離されて小胞を形成する。
受容体動態 : 細胞表面の受容体の細胞内への取り込み、細胞膜へのリサイクリングおよびリソソームへの輸送等、細胞における受容体の動きのこと
ユビキチン化 : ユビキチンは、76アミノ酸からなるタンパク質。ユビキチンはユビキチンリガーゼにより他のタンパク質のリシン残基に付加されるが、これをタンパク質のユビキチン化という。

 

 

(2)タバコ煙に関する研究

喫煙は、動脈硬化症や虚血性心疾患、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、癌など、様々な病気の原因の一つであると考えられています。タバコの煙の中には、4,000種類を超える化合物が含まれています。しかし、これらの化合物の中のどの成分が、病気の原因となっているか、これまで全く分かっていませんでした。

タバコの煙は、細かい粒子成分(タール相)とそれ以外の気体成分(ガス相)の2つの成分に大きく分けることができます。私達の口や鼻から身体の中に入ったタバコの煙は、気管を通って肺に達します。ところが、粒子成分は肺の上皮細胞によって止められるので、体の中には入っていけません。また、タバコ煙に含まれる化合物の中では、反応性が極めて高い活性酸素種(ROS)が細胞傷害活性を持つことが知られていますが、ROSの寿命は非常に短いため、活性を保ったまま体の中に入っていくことはできないとされています。このため、私達の様々な臓器に悪影響を与えるのは、タバコ煙の気体成分に含まれる比較的安定性の高い化合物であると考えられています。

そこで、私達は、タバコ煙の中のガス相に着目しました。ガス相に含まれる、細胞を傷害する作用のある物質を明らかにするため、液体クロマトグラフィーを用いてガス相を幾つかの分画に分け、どの分画が細胞傷害作用を持つか調べました。続いて、細胞傷害作用を示した分画に含まれる化合物を、液体クロマトグラフ/質量分析計(LC/MS)およびガスクロマトグラフ/質量分析計(GC/MS)によって同定しました。その結果、タバコ煙の成分としてよく知られているアクロレイン(Acrolein)の他に、新たにメチルビニルケトン(methyl vinyl ketone)と2-シクロペンテン-1-オン(2-cyclopentene-1-one)という2種類の細胞傷害活性を持つ化合物の同定に成功しました。

私達は、タバコ煙のガス相が細胞に傷害を与えるメカニズムにも興味を持っています。私達は、タバコ煙のガス相が、細胞の中でプロテインキナーゼC(PKC)やNADPHオキシダーゼ(NOX)という酵素を活性化すること、そしてこれらの酵素の活性化が原因となって細胞がROSを産生し、このROSが細胞に傷害を与えることを見出しました。さらに、私達が同定したアクロレインとメチルビニルケトンも、同様のメカニズムで細胞傷害を引き起こすことが分かりました。

今後は、タバコ煙のガス相中の有害成分が生体に与える影響のメカニズムを明らかにすると共に、そのメカニズムに基づいたタバコ煙の無害化方法を開発することによりタバコ煙による健康被害の防止方法の確立に取り組んでいきたいと考えています。