災害医学・抄読会 110311

災害医療に関係する法令

(山本光昭、大橋教良・編 災害医療、東京、へるす出版、2009、p.2-9)

はじめに

 わが国では大災害を経験するごとに、その教訓を活かすため、災害対策にかかわる関係法令や国庫補助制度等について整備や改正が行われてきている。本項では、わが国における災害対策にかかわる関係法令と、阪神・淡路大震災後に整備された災害医療体制について解説する。

わが国の災害対策に関係する法令

(1)災害対策基本法(昭和36年11月15日法律第223号)

 わが国の災害対策の根幹をなすもので、1959(昭和34)年の伊勢湾台風を契機として制定された。1)防災に関する責務や組織、防災計画 2)災害予防・応急・復旧・復興の各段階における各主体の役割や権限 3)財政金融措置と災害緊急事態等の事項が定められている。 なお災害対策基本法においては自然災害として暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火その他の異常な自然現象による被害とし、事故災害として大規模な火事もしくは爆発、または放射性物質の大量放出、多数の者の遭難を伴う船舶の沈没等の大規模な事故による被害と定義している。

(2)災害救助法(昭和22年10月18日法律第118号)

 1946(昭和21)年の南海地震を契機として制定された。災害に際して、国が地方公共団体、日本赤十字社その他の団体および国民の協力の下に、応急的に必要な救助を行い、災害にかかった者の保護と社会の秩序の保全を図ることを目的としている。具体的には、自然災害により、1)多数の住家の危害、2)生命・身体への危害、3)罹災者の救護を著しく困難とする特別の事情がある場合で、かつ、多数の世帯の住家が滅失した状態またはそれを生じるおそれをもたらす被害が発生した被災地(市町村)に、都道府県知事が適用し、自衛隊や日本赤十字社に対して応急的な救助の要請、調整、費用の負担を行うものである。

(3)その他

阪神・淡路大地震後の災害医療体制

 現在のわが国の災害医療体制は、阪神・淡路大震災で得られた教訓に基づき、国庫補助制度を活用して整備されてきたが、2007(平成19)年4月に施行された改正医療法第30条の4第2項に基づく「4疾病5事業」の1つとして「災害時における医療」を医療計画に明示することが義務づけられ、災害医療体制の充実が図られている。

1. 災害拠点病院の整備

 災害拠点病院とは、1)重篤救急患者の救命医療を行うための高度の診療機能 2)傷病者の受け入れおよび搬出を行う広域搬送への対応機能 3)自己完結型の医療救護チームの派遣機能 4)地域の医療機関への応急用医療資器材の貸し出し機能 5)要因の訓練・研修機能 を有する病院で都道府県が指定するものである。各都道府県ごとに1ヶ所ずつ「基幹」拠点病院を、各二次医療圏ごとに1ヶ所ずつ「地域」拠点病院を指定しており、1)〜4)は「基幹」「地域」共通の機能、5)は「基幹」のみの機能としている。災害拠点病院指定にあたって最も重要な点は、ヘリコプターの離発着場を必須の条件としている点である。

2. 広域災害・救急医療情報システム

 災害医療情報に関し、全国共通の入力項目を設定し、被災地の医療機関の状況、全国の医療機関の支援申し出状況を全国の医療機関・消防本部・行政機関等が把握可能なシステムとし、災害時に迅速かつ的確に救援・救助を行うことを目的とする。本ネットワークでは、医療機関・消防本部・保健所を含む行政機関等が端末機器を設置し、各都道府県ごとに都道府県センターを、そして都道府県センターをバックアップするバックアップセンターを設けている。また、インターネットを通じて、災害医療情報を発信している。

3. 災害医療に係る保健所機能の強化

 医療機関・医療関係団体・消防機関・関係行政機関・ライフライン事業者・住民組織等の災害医療に関連するさまざまな関係機関・団体との連携の推進を担う行政機関として位置づけられるとともに、災害発生後の初期救急医療段階においても、自律的に集合した医療救護斑の配置調整・情報の提供等を行うこととなった。2001(平成13)年3月には、保健所を地域における健康危機管理の中核機関としても位置付けている。


搬送間の医療

(中田敬司、山本保博ほか・監修 災害医学、東京、南山堂、2009、p.206-213)

搬送間の医療の役割

 災害医療活動の3T’s:treatment、transportation、treatmentの重要な鎖

目的

 迅速に必要な処置可能な医療機関に搬送する
 患者の様態が悪化しないように観察・処置をする

注意:状態変化が内か細心の注意を払って観察、必要に応じて可能な対処

 搬送前より高度な治療は行うことは考えないほうがよい

場所・位置と時間経過による搬送の区別

 災害現場から現場のトリアージポストまで
 現場のトリアージポストから被災地の医療機関まで
 初期医療機関から被災地最寄りの被災拠点病院など
 最寄りの災害拠点病院から被災地外の災害拠点病院など

搬送手段

 1.陸上搬送:ストレッチャー、救急車、一般車輛
 2.航空機搬送:ヘリコプター、固定翼機
 3.水上搬送:救急救助艇、旅客船、自衛艦

1.陸上搬送におけるポイント

 A)徒手

徒手搬送は最小限にとどめる必要がある→搬送用資器材による搬送を最優先する

 B)平担架

原則:保温、動揺の回避、水平の確保
先頭方向:基本的に足部側 斜面・階段の昇り…頭部側
激しいショック、下肢骨折など:頭部側をやや低く
階段の昇りは足部から、降りは頭部から

 C)ストレッチャー

原則:水平確保、動揺の回避、固定バンド・安全枠のロックによって安全を確保
ポイント:傷病者への声掛けと観察の継続

 D)救急車(車輛)

目的:救命、症状の悪化防止および苦痛の軽減
特徴…狭い閉鎖空間、振動、動揺
  →観察用機材にアーチファクト→触診や聴診などの五感による観察が重要

ポイント:観察および必要な応急処置の継続
体位管理  ex)誤嚥の回避
ショック例→トレンデレンブルグ体位
(頭部外傷、緊張性気胸、心タンポナーデは例外)
静脈路確保・輸液開始・急変時の薬剤投与準備(軽症例を除く)

2.航空機搬送

目的:救急車搬送と同様
特徴:A)気圧 B)加速度 C)照度 D)騒音 E)振動

A)気圧: 1.低気圧 2.低酸素 3.乾燥

  1. 低気圧→体腔内ガスの膨張、輸液バッグ・ルートの気泡、カフ類の確認
       体腔内ガスの膨張:胸腔ドレーン、イレウス管(イレウスの場合)
       輸液バック・ルート:事前にエアーを抜いておく。ルートの 気泡は特に注意
       カフ類:内圧を随時チェック、カテーテル類のバルーンは空気ではなく生食で

  2. 低酸素:気圧の変化に基づいた酸素投与量の調節

  3. 乾燥:尿量、中心静脈圧で輸液をコントロール(特に小児、広範囲熱傷の場合)
      気道の加湿、洗浄

 B)加速度: 2G前後の加速度

頭の方向について特に配慮が必要なのは、脳圧亢進

 C)照度:照明は基本的に配慮されていない→必要に応じて準備

 D)騒音:80〜85dB
  機内では通常の会話は不可能→筆談ができる体制、意思疎通方法の事前確認
  機材のアラーム音は50cm離れると聞こえない→音量の調節、ライトアラーム

  個人装備として耳栓やヘッドホーンセット
  聴診が困難→視診や触診、観察用機材(パルスオキシメータ、自動血圧計、ECG)

 E)振動  →着座が基本 →観察や処置などやむを得ない場合、身体の確保が必要

災害時広域搬送と優先順位

1.広域搬送緊急医療の目的:被災地外での高度な医療の提供

 被災地内の医療負担の軽減

2.広域搬送適応疾患:胸・胸部外傷、頭部外傷、クラッシュシンドローム、広範囲熱傷、集中治療を要する患者、その他

3.広域航空搬送トリアージ

 ポイント:何時間以内に被災地外後方病院に搬入すべきか

 緊急度A:緊急度の高い患者は発災後8時間以内に後方搬送終了
 緊急度B:次に緊急度の高い患者は24時間以内に後方搬送終了

A.クラッシュシンドローム
 病院へ搬入されるのは発災後3時間以降
 診断のポイント:長時間四肢臀部を重量物で狭圧されたエピソー ド

 患肢の知覚運動麻痺
 黒褐色尿

 *早期:、バイタル安定、幹部皮膚は肉眼的には正常、 患部の腫脹・疼痛はない
 初期治療のポイント:急速輸液が最も重要な初期救命治療

 生食または乳酸リンゲル1000mlを全開輸
 膀胱カテーテル留置

 緊急度A:利尿なし→輸液をさらに継続しつつただちに広域搬送
 緊急度B:利尿あり→輸液速度をゆるめ広域搬送の待機

 B.広範囲熱傷:20≦BI≦50

 C.体幹・四肢外傷

 D.頭部外傷

4.不搬送基準

 A)体幹・四肢外傷
  FIO21.0の人工呼吸で、SpO295%未満
  急速輸液1000mlの後に、収縮期血圧60mmHg以下

 B)頭部外傷
  意識がGCS≦8またはJCS3桁で、かつ両側瞳孔散大
  頭部CTで中脳周囲脳槽が消失

災害医療の現実と今後

 特に災害時医療は頭で考えているほど容易ではない。常日頃、高機能の医療機器 や装備に囲まれ恵まれた環境下での業務に慣れている医療従事者は、場合によっては何もできなくなる恐れすらある。したがって、日常から積極的に患者搬送に従事したり、災害医学教育訓練を受講したり、またそうした研修訓練を企画するな ど、災害医療の準備として取り組む必要がある。


千葉DMAT

(松本 尚、石原晋ほか・監修 プレホスピタルMOOK 9 DMAT、東京、永井書店、2009、207-210)

1.千葉県DMAT運営要綱と運用マニュアル

 平成17年3月からの「日本DMAT隊員要請研修」の開始、同年7月の中央防災会議でのDMATの充実・活用を謳った防災基本計画の修正などを受け、千葉県では、平成19年4月にDMAT運営要綱とDMAT派遣要請などの具体的手順を定めた運用マニュアルが策定された。

 この運営要綱の出動基準では、知事からの派遣要請以外の理由においてのDMATの出動が認められることになった。これは、DMAT指定医療機関の長が独自に出動の判断ができるというもので、発災に即応できるという点で医療チーム側から見ると大変好ましいことだと言える。

 また、DMAT派遣までに要する時間を極力短縮するために派遣要請の特例が設けられている。これは、当該消防機関がDMAT派遣が必要と認めた時にDMAT指定医療機関の長に要請を依頼できるようにしたものである。しかし、この特例でも手続き上は統括消防機関を経由しなければ正式な派遣要請にはならないという点は問題である。よって、緊急時には被災地の消防機関からDMAT指定医療機関に直接派遣要請し、派遣要請後に速やかに被災地の消防機関が統括消防機関にその旨を連絡する、といった案も容認されるべきである。

 さらに、DMAT隊員の負傷などに関わる補償に関して、災害救助法にあっては県からの要請、地方公務員法または労働基準法にあっては任命権者、所属長の業務命令によらない場合は、これらの補償は適用されないことになっている。一刻も早く現場に向かいたいという反面、正規の手続きを踏まなければ補償を得られないという問題もあり、ここに出動直前の医療チームの悩みが存在する。

2.千葉DMATのこれから

 千葉DMATの問題点として、次のようなことが挙げられる。

  1. 県内の各消防機関がDMATについてどれだけ理解しているかが不明である。

  2. 故に、実災害時に迅速なDMATの派遣要請が行われるか懐疑的である。

  3. 派遣要請後の消防機関とDMATとの連携が移動から現場での活動に至るまで十分行われるか不明である。

  4. 県内のDMATの意思統一が図れているか不明である。

 1.については、講義・訓練を実施しているものの、講義では理解に限界があるし、訓練でも事前に作成されたシナリオをこなすだけでは実効性に乏しい。

 2.については、要請の手続きについてあいまいな点が多く、実災害発生時には関係機関が派遣要請に手をこまねいている間に報道を聞きつけたDMATが自らの意思で現場に集まることになるだろう。

 3.4.については、指揮命令系統が現場でどのように構成されるかが不確かである。


 これらの問題の解決方法として、まず千葉県DMATに登録されている隊員全体が一同に会して行動目標、現状と問題の把握、訓練についての認識を確認すべきである。このような会議は年に少なくとも2回は開催されるべきである。

 また、災害時にこだわらずに日常の救急事案の中で多数傷病者の事案にも積極的に出動して経験値を増やすべきである。「救急医療と災害医療は別物」ではなく、「救急医療の延長に災害医療がある」と考えるべきである。

 さらに、訓練でも自治体がシナリオを作成して参加機関の動きを細部まで決めている現状から、DMATが中心となって訓練の立案、実施、評価を進める方法に変更して臨機応変に対応する能力が養われるようにすべきである。各自治体が散発的に開催している訓練も、DMATの参加するものについては全て一元的に管理すれば、訓練を行うごとにその経験を生かすことができるようになるだろう。


メディアの役割

(中村通子、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.286-290)

災害現場でのメディア

医療者としてのメディアへの対応

 災害医療従事者は、あらかじめ医療救護活動計画にメディア対策を盛り込み、 訓練にもメディア側の視器責任者の参加を求める等、日頃から連携を念頭に置い て準備する。

 災害時には

安否情報提供と個人情報保護法

  「人の生命、身体または財産の保護のために必要がある場合であって、本人の 同意を得ることが困難であるとき」(個人情報保護法23条)に該当すれば、在比 確認に必要な範囲で患者の情報を提供できる。

実例

□災害時のメディア

□メディアへの対応


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