災害医学・抄読会 070119

慈恵病院/佐野伊川谷病院/西神戸医療センター

(山口利之、佐野 均、小林克己:そのとき医師たちになにができたか、清文社、大阪、1996、 p.139-154)


【慈恵病院】

 被害は建物および設備の点では比較的軽微であった。しかし、いわゆるライフラインの停止により、給食、トイレ、酸素投与、消毒等が困難になり、長期間にわたり手術不能であった。電話の不通が長く続いたため救急隊から予告なしに当院への患者転送があり、当院も対応ができなかった。病院の近所に住む職員が多かったため、職員の出勤状況は比較的良かった。他院通院中の患者が交通事情悪化のため当院に来て投薬、注射を希望したが薬剤名が不明のため投与できなかった面もあった。ガスが3月末まで供給されなかったため手術室ではオートクレーブが作動できず、滅菌は外来のオートクレーブ(電気により作動可能)1台をフル回転させねばならなかった。薬品、物品等に関しては不足するということはなかったが、備蓄に限界があるため職員は不安であった。食事はパンだけのこともあったが、すべて炭火で作れる食事を外注していた。また、カルテやフィルムの散乱により、整理が困難であった。今後の参考として、携帯電話の設置、井戸を掘ること、重傷者をすぐ他府県へ移送するためヘリポートを造ることなどが考えられる。

【佐野伊川谷病院】

 震災による直接の被害は軽く建物の被害も余りなかったが、ライフラインの復旧はかなり遅れ、1ヶ月以上も水道、ガスは止まっていた。郊外型の病院のため職員が近くに住んでいて、自分達の家にも被害があったのに病院が心配で駆けつけてくれた職員が多数いた。外来にはけが人の方を含め避難の方も集まっていた。救急外来にてCPRを行っていた患者のところで電源が欲しいとの要請があったため、キャンピングカーを移動して車の自家発電装置を動かし、心電図、照明の電源を確保した。前年の夏に2回ほど雷による停電を経験していたため、各詰所には大きなタイプの懐中電灯を3〜4個常備していたのが非常に有用であった。また、当院では地下のピットより湧水(地下水)がかなりあったため、トイレの水には困らなかった。冷暖房、厨房の燃料源として天然ガスを使用していたため、給食の準備はまったくできないため病院関連の老人ホーム(プロパンガス使用)に依頼した。暖房が停止して院内はかなり寒くなったが、患者からは大きな不満が出なかった。テレビで見ていると患者の振り分けがまったくできておらず、俗にいわれる陸の孤島になってしまったという実感があった。当院は十分に余力があったため、次の日から一週間にわたり医師、看護師、事務の3名で軽自動車にてボランティアで巡回診療に回った。

【西神戸医療センター】

 震災による建物、設備の被害は比較的軽く、ライフラインの復旧も早かったため、日常診療の維持にはほとんど影響がなかった。ただ、開院5ヶ月目の未熟な初期診療体制をとっていたという状況に加え、交通網の遮断により職員は7割から8割の出勤率で、急激な患者増に直面しその後も長くマンパワーの不足に悩まされた。震災直後に来院した患者は近隣で震災に遭遇し自力で来ることができた軽症の患者だけだった。神戸市中心部から避難し近親者宅に身を寄せている多数の他院通院患者が、症状の悪化をきたしたり、内服薬を家とともに失ったため来院した。そのような患者が昼夜を分かたず来院し、不明瞭にしか覚えていない病名や長い病歴の聴取からはじめて、薬品名、用量まで一人ひとり聞き出し処方するのに大変な時間がかかり、平常時の診療とは違った混乱を引き起こした。CK8000単位以上の高値を示したcrush injuryの患者は11名あり、そのうち9名が震災当日入院し、うち2名は、予備知識のなかった私たちには診断を考える間もなく、重篤なショック状態に陥り、透析導入することも不可能となり24時間以内に亡くなっている。一方、血液透析を行いえた4名は、1ヶ月以内に全員離脱した。震災を経験してみて反省すべき点としては、限られた情報から重大な事態を推測する想像力が私たちに乏しかったこと、そして不足した情報を求めて自らが外に出て行くという態度が我々になかったことが考えられる。もうひとつは普段より診療情報をお互いに連絡しあう基盤があれば、公的機関によらずとも情報伝達と相互援助がなしえたと考え、これが多くの分野で整備されていなかったことが問題と思われた。


MIMMS―英国における災害教育システム

(島津岳士:エマージェンシー・ケア 19: 1145-1156, 2006)


 近年、国内外で種々の災害が多発していることから、わが国でも災害医療への関心が高まりつつある。それに伴って災害医療教育の重要性が広く認識されるようになったが、卒前・卒後教育あるいは就業者研修において十分な災害医療教育がなされているとはいえない。むしろ、災害医療の基本やほかの職種との連携を含めた実践的なシステムを模索しているのが現状といえる。そこで、災害医療教育の世界的な標準として知られているMIMMSについて紹介する。

 MIMMSは“Major Incident Medical Management and Support”の略である。その名の通り、大災害(major incident)時に広く医療(medical)にかかわる警察、消防、救急、医療機関、行政、ボランティア組織などの各部門の役割と責任、組織体系、連携の仕方、対処法の実際、現場活動のための適切な装備など(management and support)について、講義と訓練を行う少人数向けの教育システムである。これは医療機関(医療、救急)だけでなく、大災害に関与するすべての参加組織(者)が共通認識を持ち、共通語として理解することを目標としている。MIMMSの教育は1995年から英国各地で開催されるようになったが、今日では日本も含め世界66カ国で開催されており、集団災害医療の国際的な基準の一つとなっている。以下にMIMMSコースの概要を紹介する。

1.CSCATTT

 災害時にはC(Command:指揮命令系統)、S(Safety:安全)、C(Communication:情報伝達)、 A(Assessment:評価)、T(Triage:トリアージ)、T(Treatment:治療)、T(Transport:搬送)の順番に従って実施していく。

2.安全の1-2-3

 医療従事者は 1.まず自分の安全、2.次に現場の安全を確認し、3.生存者の安全を確認した上でなけ れば近寄ってはいけない。

3.情報伝達

 災害に関する情報伝達において重要な事項の頭文字を並べたものが“METHANE”である。M(大事故災害「待機」または「宣言」)、E(正確な発災場所)、T(事故災害の種類)、H(危険性)、A(到達経路)、N(負傷者数)、E(緊急サービス機関)

4.トリアージ

 現場ではトリアージ・シーブ(ふるい分けトリアージ)と呼ばれる簡便な方法を実施する。二次トリアージはトリアージ・ソートと呼ばれ、呼吸数、収縮期血圧、意識レベル(GCS)、などに基づいて優先順位を決定する。

5.治療と搬送

 現場救護所での治療の目的は「傷病者を病院まで安全に搬送できるようにすること」であると明確に定義されている。 MIMMSは災害医療の国際的な基準となっている優れたシステムであるが、わが国では体系的に取り入れようとする動きはいまだに乏しい。その理由としては日本では関与する各組織の独自性、独立性が強いため共通の認識や連携を持つことが困難であることなどが考えられる。しかし、近年MIMMSの概念に基づいた災害医療体制の確立に取り組む自治体などもみられおり、厚生労働省によって進められているDMAT計画においてもMIMMSの概念が盛り込まれていることから、MIMMSの概念は着実に日本の災害医療に影響を及ぼしつつある。今後は 1.卒前、卒後、就業中の災害医療教育においてMIMMSの概念を普及させること、2.MIMMSコース受講希望者の要望に応えられるようにすること、3.MIMMSの概念に基づいて日本の現状に合致した災害対応システムを確立することなどが今後のわが国の災害医療の方向性にかかわる重要な課題である。


化学剤、生物剤、放射線物質による被害の特殊性

(越智文雄:インターナショナルナーシングレビュー 28: 76-81, 2005)


 化学剤、生物剤、放射線物質による被害では医師や看護師が二次汚染(感染)し、医療関係者に被害が出ることがある。このため医療関係者はこれらの物質の特殊性を理解し、対処方法を知っておかなければならない。

<化学剤・放射性物質への対応>

 化学剤や放射性物質の事故における重大なことは化学剤・放射性物質の汚染を広がらせないことである。発生現場からの距離によりホットゾーン・ウォームゾーン・コールドゾーンに分類する。

 医療施設は除染済みの患者を受け入れることを原則とし、未除染の患者が来た場合には外で患者を除染してから受け入れなければならない。そのためには救急外来前に除染場が併設されていることが望ましい。最近では除染用のテントも市販されている。

化学剤

 有機化学剤には神経剤・びらん剤・窒息剤・血液剤がある。びらん剤・神経剤は揮発性が低いため必ず除染をしなければならず、揮発性の高い血液剤は必ずしも必要ではない。

 神経剤:コリンエステラーゼと結合することによりアセチルコリンが分解されず過剰な刺激状態となる。治療にはアトロピン・PAM・ジアゼパムの投与が有効である。

 びらん剤:眼には結膜炎、皮膚には紅斑・水疱・壊死を起こし気道には上気道出血・気管支攣縮を起こす。特別な治療薬はなく通常の熱傷の治療に準じ治療が行われる。

 窒息剤:吸入後、軽度では咳・胸部圧迫感を起こし中等度では12〜24時間で肺水腫を起こし重度暴露では24〜48時間で無酸素症となる。治療は安静・酸素投与・人工呼吸であり気管支拡張薬を投与する。特効薬はない。

 血液剤:数秒で症状が発現し、症状は中枢神経・心臓が主に影響を受け皮膚が鮮紅色になるのが特徴である。高濃度吸入では数分で呼吸停止・心停止を起こす。治療は亜硝酸アルミもしくは硝酸ナトリウム投与後、チオ硫酸ナトリウムが投与される。

【防護・除染】
 化学剤は気道から吸収され、通常の衣服や皮膚を透過するため、汚染した地域に入るに は防護マスクと防護衣が必要である。除染は衣服を除去し、皮膚を大量の水もしくは0.5% の次亜塩素酸ナトリウム溶液で洗う。

生物剤

 炭疽菌:感染経路は皮膚・呼吸器・消化管からであり、なかでも吸入炭疽は最も重篤で急激に呼吸困難とショックをきたす。死亡率は極めて高く80〜90%である。ワクチンはあるが日本では使用できず、暴露が疑われた時点で抗生剤(シブロキサンやペニシリン)を60日内服する。発症後はできるだけ早く抗生物質を静脈注射で投与し、症状が軽快したら抗生剤を内服に変え60日間投与する。炭疽菌は人から人に感染はないので患者を隔離する必要はない。

 天然痘:患者の唾液・水疱液から感染し感染力が非常に強い。赤い斑点が顔・四肢に広がり水痘に似た症状を示すが、水痘は体幹を中心に出現する点で鑑別することができる。死亡率は30%であり、暴露を疑われたときは直ちにワクチンを投与する。発症してからの有効な治療法はない。天然痘の診断がついてから16〜17日間は厳重に隔離する。発病するまでは感染性がないので隔離の必要はない。

【防護・除染】
 個人防護はワクチン接種や抗生剤の予防投与が第1であり、患者に接する場合N95マスク のような高密度フィルターを持ったマスクや防水性の防護衣・手袋を着用する。また生物 剤は通常、除染は必要ないが、炭疽菌の乾燥粉末を浴びた場合は服を脱ぎシャワ―を浴び る。感染性のある患者を病院に受け入れる際には患者を密閉した状態で院内に運び陰圧室 に隔離する。

核兵器・放射性物質

 放射線が人体にあたると細胞のDNAを傷害し、細胞の再生を傷害する。1Sv以下の被爆では臨床症状を呈さないが、7〜8Svの被爆では致死率100%である。

【防護・除染】
 個人防護は放射線降下物に対する防護が主体となり、皮膚への付着や吸い込むことを防ぐために防護マスクの装着、防水性の防護衣、手袋の装着が必要である。また放射線降下物で汚染された患者の除染は洗剤のついたスポンジで拭い取る。汚染がなく被爆のみの患者は除染の必要がない。


被害を極限する地域防災力の強化策

(佐藤喜久二:主動の地震応急対策、東京、内外出版、2004、168-176)新須磨病院/神戸徳洲会病院


地域防災力の現状と課題

(1)地域防災力とは

 ここでは、地域防災力とは「地域において自助と共助の役割を果す個人や団体・組織、すなわち、地域住民や自主防災組織、さらに、消防機関・警察などの防災関係機関はもとより、地域に所在する事業所、学校、民間病院などあらゆる組織が有する発災時の活動能力」とする。

(2)防災力向上の取り組みの現状

  1. 地域住民、自主防災組織中心の発想

     現在、各自治体でも地域防災力の強化について積極的な取り組みを行っていますが、その対象は、消防などの防災関係機関を除けば、地域住民、すなわち町内会や自主防災組織におかれているのが現状です。これは「自らの身は自ら守る。自らの町は皆で守る。」という自助・共助の精神を具現するにあたって最小限の取り組みといえます。消防機関や自主防災組織のみならず、地域社会に所在している一般事業所や、病院、学校など、さらに対象を広げていくことが必要であると思います。専門調査会調査によれば、「企業の地域防災訓練への参加呼びかけ、防災に関するアドバイスなどを実施いているか」との質問に対し、それら働きかけの制度や仕組み・計画があると答えた自治体は、2215自治体のわずか17%強にすぎず、地元事業所に対する働きかけについてはほとんど行われていないのが実態です。

  2. 行政主動の取り組み

     一部の自主防災組織やボランティア団体の活動を別にすれば、各自治体における取り組みの主体は防災訓練に代表されるように、ほとんどの活動が行政主導で企画・調整され、実行されているのが実態です。地域防災力を高めるためには地域社会の中に自主自立の意識を植え付け、育てていく努力が必要です。

  3. 個人の対処能力向上が中心

     自主防災訓練の訓練内容は初期消火活動や炊き出し、避難所への避難、救出救助活動など、そのほとんどが個人の対処能力の向上を目指したものが中心です。それだけではなく、地元事業所や病院、養護施設など、一般市民が日常かかわりを持っている多くの施設、団体、機関との連携要領をさらに訓練しておく必要があります。

  4. 強化策は現地での実働訓練が中心

     地域防災力を強化する最も一般的な手段は、住民参加型の訓練です。防災マップなどを作成して住民に配布するなど、地域防災力の強化に向けた新たな取り組みをしている自治体もあります。今後は、地域の特性を踏まえながら新たな取り組みをしていく必要があります。

(3)現状での課題

  1. 理念の啓発のみでは不十分

     これまで、「自らの身は自ら守る。自らの町は皆で守る。」というスローガンを掲げて地域レベルの防災力強化に向けた取り組みを行ってきましたが、このような理念の啓発や自主防災組織リーダーの教育だけでは限界があると思われます。自主防災組織育成に関する行政自身の発想の転換が求められています。

  2. 地域格差の拡大

     自主防災組織の組織率などを考えると、自主防災への取り組みについて地域格差が拡大しているように見受けられます。各自主防災組織自体の活動意欲もさることながら行政自身の問題意識や自治会などへの指導内容・指導方法などに課題があると考えられます。

  3. 自治体における積極的働きかけ不足

     自治体主催の防災訓練には、ほとんど地元事業所の参加はありません。ましてや、地域の応急対策活動に最も貢献できるはずの民間医療機関や自衛消防隊などを有する大手事業所、あるいは発災時に地域の混乱防止に大きな影響を及ぼす恐れのあるスーパーなどの大型商業施設などが参加することはほとんどありません。この背景には、防災訓練を企画する側に、それらの事業所の参加による地域防災力の強化の発想がないことが原因です。

  4. 地元事業所などの協働参画意識の低さ

     防災活動に対する地元事業所の協働参画意識は一般に高いとはいえません。地域社会と事業所の協働関係や事業所およびその周辺地域での安全体制、防災体制などについて改めて見直す必要があるように思います。


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