航空機内での救急医療援助に関する医師の意識調査
〜よきサマリア人の法は必要か?〜

旭中央病院神経精神科 大塚祐司
(宇宙航空環境医学 41:57-78, 2004)

ウェブ責任者:県立新居浜病院麻酔科 越智元郎

(貴重な資料を掲載させていただきました大塚祐司先生に感謝申し上げます。また本資料の、著作権などに関する責任はすべてウェブ責任者が負います。)


アクセス数(2008年5月4日〜) 

目次

 □Abstract
 □はじめに
 □対象と方法
 □結果
 □考察
  ■I.ドクターコールの際に病状の情報提供をすること及び関連する問題点
    A.病状の情報提供と患者のプライバシー権についてB.医師の臨床研修と機内医療についてC.プライバシー権に関する他の問題
  ■II.機内搭載医療品について
  ■III.法的責任問題について
    A.応招義務と機内医療について
     1.「診療に従事する医師」、2.「正当な事由」3.応招義務についての裁判所の見解4.応招義務と私法の関係
    B.刑事法上の問題点
    C.民事法上の問題点
     1. 契約1)機内での急病人診療と契約2)契約に関連した問題
     2. 不法行為
     3. 事務管理
      3-1)事務管理の意義,成立要件,効果
      3-2)機内医療にて適用される法律
      3-3)機内医療と事務管理制度に関する問題点
       (1)管理継続義務(2)管理の方法の義務(3)管理者の注意義務(4)本人の費用返還義務(5)その他の問題
      3-4)過失責任について(1)注意義務の程度(2)注意義務の判断基準
      3-5)訴訟になったときの問題点(1)医師に対する保障(2)法廷外でのリスク
  ■IV.報酬,費用
  ■V.よきサマリア人の法は必要か?
    1.人命救助促進とよきサマリア人法2.日本におけるよきサマリア人法の検討3.医師を保護するよきサマリア人法の新規立法にあたっての問題点
 □まとめ謝辞
 □参考文献Appendix:航空機内での急病人診療に関する医師の意識調査(質問票)


Abstract

Investigation on consciousness of physicians concerning to in-flight emergencies
- Are Good Samaritan Laws Needed ? - 

Yuji Otsuka
Department of Psychiatry Asahi General Hospital

(Japan Society of Aerospace and Environmental Medicine 41: 57-78, 2004)

Since 1990's, the level of the in-flight medical drugs, supplies and instruments on board the Japanese airlines has reached the world's top level. However, the responding ratio to the doctor call (request to physicians to offer help for in-flight medical events) still remains at a level of 60 - 70%. In this respect, we performed an investigation regarding the doctor call by disseminating questionnaire to the physicians. As a result, 41.8% of the doctors who responded to inquiry replied that they would agree to respond such request, while 49.2% of them replied that they do not know how to decide until they actually meet such emergency case, and 7.5% of them answered that they would not respond such request. The reasons not to respond to the doctor call were as follows: Because they do not know exactly whether the disease in question is in their specialized field or not at the time doctor call (74.6%); there is the problem of legal liability (68.7%); the physicians are not on official duty (43.3%); they have no exact knowledge of the drugs and the instruments on board (21.0%); it is not certain whether payment would be made or not (0%); and other replies (6.0%). Regarding the reward for the help offered, the results were: they do not request the reward (52.2%); they don't know (22.4%); they need reward (11.9%); and other replies (11.9%). Regarding the necessity of establishing the Good Samaritan Laws in order to raise the responding ratio to doctor call, the answers were: such laws are needed (52.2%); they don't know (32.8%); such laws are not necessary (10.4%); and other replies (3.0%). These results suggest that, in order to obtain cooperation from the doctors, it would be necessary to give information on the disease conditions of the patient and on drugs and the instruments on board to the doctors, and to solve the problem of legal liability. However, to provide the information on the disease conditions may lead to the infringement of privacy right, and it is difficult to do so. In contrast, to give information on the drugs and the instruments on board is the means easy to carry out. The most complicated problem is legal liability. Japanese laws are based on a legal system, which is closer to the legal system in the continental European countries. However, unlike the doctors in these countries, Japanese doctors have no obligation to offer medical service for emergency case, which they may encounter outside their own hospitals. If medical malpractice is performed, legal necessity may be applied from the viewpoint of criminal law, and the doctor may be exempted from legal liability. From the viewpoint of civil code, there remains ambiguity in the laws to be applied. If we consider the position of the doctor, there is high possibility that negotiorum gestio (agency of necessity) is applied, and the doctor is exempted from legal responsibility unless it is based on intention or on gross negligence, but there is no judicial precedent for such case. Despite of the fact that all doctors who answered to the questionnaire had good knowledge of negotiorum gestio (agency of necessity), more than one-half of the doctors replied that it is necessary to newly establish the Good Samaritan Laws. These results reveal that it is important to have sincere discussions on the establishment of the Good Samaritan Laws in future.

Key words: In-flight medical events, legal liability, Good Samaritan Laws


はじめに

 1990年代初頭まで,日系航空会社の機内には外傷時の処置の際に用いるファーストエイドキットと大衆薬の入ったメディシン キットが搭載されているのみであった4)。しかし1993年より国際線に医師用の医薬品・医療器具(以下医療品)が搭載される ようになり15),その後も,航空会社,旧運輸省航空局・旧厚生省,航空医学専門家の産官学が一体となって機内に搭載されて いる医療品を段階的に見直し,通知及び法令の改正を経て,現在では世界のトップレベルにまで充実した内容の医療品が搭載 されるようになった3)5)13)14)39)56)64)。機内で急病人・怪我人(以下急病人)が発生した際にはまず客室乗務員が対応し て,診療が必要と判断されれば,搭乗しているかも知れない医師に医療援助の協力を呼びかけるアナウンスであるドクター コールが行われる14)。しかしながら,機内搭載医療品が充実の一途を辿った約10年の間に医師数自体も増加したにも関わら ず,ドクターコールに対する協力の申し出率はほぼ横ばいであり,約30%〜40%のケースでは医師の応招がなく,約10%の ケースでは客室乗務員以外に何の医療支援も受けられていない 4)6)7)14)39)。米国では旅客機で急病人が発生した際に同乗の 医師が協力している確率は約40%と推測されており21),世界的に見ても医師が搭乗して協力している確率は8%から86%の間 と大きな差がある29)。こうした中で日系航空機内では比較的協力が得られてはいると言えるが,日本航空(以下JAL)の報告 によると医師の援助を得るために必要としたドクターコールの回数は,1回が70%,2回が23%,3回が5%,4回以上が2%で あった45)。このことは,ドクターコールに協力する医師ですら躊躇していることを示しており,ドクターコールに応じていな い医師も相当数いる可能性も考えられる。従って,機内医療に対する医師の考え方を調査することは,今後の航空機内救急医 療体制の改善を考える上で有用だと思われる。

 当院は千葉県北東部にあって28科956床を有する三次救急医療施設で,藤立病院,日本医科大学附属北総病院,成田赤十字病 院などとともに新東京国際空港後方支援病院となっている。そこで,普段から航空医学の諸問題に絡んだ患者を診察する機会 のある医師が,日常的な診療とは異なる機内急病人発生時の診療についてどのように考えているかの意識調査を行った。


対象と方法

 対象は当院の常勤医176名で,全科合同の医局会にて筆者が機内医療の法的問題について発表し,終了後無記名式のアンケート への記入を依頼して回収した。アンケートで尋ねた内容は,専門科,医師としての経験年数,ドクターコールの経験の有無, ドクターコールに応じる医師が気にすると思うこと(複数回答可),ドクターコールに医師が応じないと思う理由(複数回答 可),報酬の必要性,よきサマリア人法の新規立法の必要性,であった。詳細は Appendix に記した。

 医局会での発表の要旨は「これまで機内で発生した急病人の診療に当たった医師に対して医療過誤訴訟を起こされた例はな い。刑事法上は緊急避難が適用され違法性が阻却される可能性が高いが,民事法上その位置づけは曖昧で契約,不法行為,事 務管理,緊急事務管理などの適用が考えられる。過去の通常の医療過誤についての学説・判例・通知及び当該医師の置かれた 立場を考慮すると緊急事務管理が適用され注意義務が軽減されると思われるが,本問題に関する判例はない。従って,機内で 急病人の治療に当たった医師を保護することを明確にするためによきサマリア人(びと)法(Good Samaritan Laws)の新規立 法について議論する必要があるように思われる。」というものであった。


結果

 67名(38.1%)の医師から回答を得られた。回答者の専門科は図1に示した。経験年数別に見ると10年以上52.2%(35名),5 年以上10年未満16.4%(11名),5年未満31.3%(21名)であった(図2)。ドクターコールの経験者は4.5%(3名),未経験 者は95.5%(64名)であった(図3)。ドクターコールに遭遇したら申し出ると回答した医師は41.8%(28名),その時になら ないとわからないと回答した医師は49.2%(33名),申し出ないと回答した医師は7.5%(5名),その他1.5%(1名)であっ た(図4)。ドクターコールに応じる医師が気にすると思うことについては次の「ドクターコールに医師が応じない理由」と選 択肢・回答とも重複するため省略した。ドクターコールに医師が応じないと思う理由(複数回答可)としては,ドクターコー ルに際して急病人の病状がアナウンスされず自分の専門領域の範囲か否かわからない(図表では「病状」,以下同)74.6% (50名),法的責任問題を問われたくない(「法律」)68.7%(46名),仕事中ではない(「非番」)43.3%(29名),搭載 されている医療品がよくわからない(「医療品」)21.0%(14名),報酬の有無が曖昧(「報酬」)0%(0名),その他6.0% (4名)であった(図5)。その他に含まれる少数意見としては飲酒や睡眠不足などが挙げられていた。診療に対する報酬につ いては不要とするものが52.2%(35名),わからない22.4%(15名),必要11.9%(8名),その他11.9%(8名)無回答1.5% (1名)であった(図6)。その他に含まれる少数意見としては謝礼や衣服が汚れた場合の弁償を必要とする意見があった。ド クターコールの申し出率を上げるためによきサマリア人法を新規立法することが必要だと答えた医師は52.2%(35名)であ り,わからない32.8%(22名),不要10.4%(7名),その他3.0%(2名),無回答1.5%(1名)であった(図7)。また,ド クターコールに申し出ると回答した医師群28名(表中「申し出る」と標記以下同)とその時にならないとわからない・申し出 ない・その他と回答した医師群39名(表中「わからない・申し出ない」)に分け,医師としての経験年数(表1),ドクター コール経験の有無(表2),ドクターコールに応じない理由(表3),報酬の必要性(表4,無回答の1名は除外),よきサマリ ア人法の新規立法の必要性(表5,無回答の1名は除外)につき検討したが,両群に有意差は見られなかった。

 尚,アンケート実施時に航空各社の機内搭載医療品のリスト5)56)をコピーして配ったが,その多くは持ち帰られずに机上に残 されていた。この点については後述する。


考察

 本調査の結果では,ドクターコールにて医師が協力を申し出る際に最も問題となり得るのは急病人の病状に関する情報で,僅 差で法的責任問題が続いた。これらに加え,搭載されている医療品の情報も重要視されていた。報酬はドクターコールに対す る申し出と無関係と全員の医師が考えており,必要とする意見は10%強に留まった。また,よきサマリア人法の新規立法に肯 定的な医師は50%を超えた。アンケートの回答率が38.1%に留まった理由としては,医局会が開かれるのが平日の夕方であ り,手術,外来・病棟業務,救急当直,出張などで出席出来ないできない医師が多数いたためと思われる。概算ではあるが, 出席者数を母数とした回答率は70〜80%程度と推測される。

 以下,意識清明で精神的及び道徳的に成熟している乗客が急病に罹患した際に機内アナウンスにて医師が探され,名乗り出た 医師が治療を行うという前提の元に,ドクターコールに際しての病状の情報提供,搭載されている医療品,日本国内法を中心 とした現時点における法的責任問題,報酬,よきサマリア人法について考察する。また,病状の情報提供の項にて顧客情報に 基づき航空会社がアナウンスをせずに直接医師に診療依頼をするケース,法的責任問題の項にて医師が患者に診療を受ける意 思を確認してから診療に入るケースについての問題点も併せて考察する。

I.ドクターコールの際に病状の情報提供をすること及び関連する問題点

 ドクターコールの際に医師が,急病人の症状が自分の専門領域で治療可能なのかを気にするのはもっともなことである。本 調査でも67名中50名(74.6%)が「病状」をドクターコールに対する申し出を躊躇する理由としてあげており,本問題の解決 が機内医療への医師の参加を促すために最も重要と思われる。考えられる主な対策としては,航空会社が急病人の情報を提供 すること,機内で多く見られる疾患に対応可能な医師を増やすこと,が挙げられる。

A.病状の情報提供と患者のプライバシー権について

 ドクターコールの申し出率を上げるためにアナウンスにて病状を知らせるという手段には,プライバシー権侵害についての問 題が絡んでくる。プライバシー権は2003年に個人情報保護法案が成立するまで成文法に直接規定されてこなかった概念である が,憲法学説の通説的見解によると憲法13条(幸福追求権)によって根拠づけられ,民事上,その侵害は不法行為(民法709 条)の要件の一つである権利侵害に相当し,民事責任を発生させる91)。プライバシー権侵害の成立要件に関しては三島由紀夫 の私小説につき争われた「宴のあと」事件の判例がリーディングケースとなっており,学説はこれを支持し101),後の判例も 影響を受けた92)。この裁判で判示されたプライバシー権とは,公開された内容が,第一に 1)私生活上の事実又はそれらしく受 け取られるおそれのあることがらであること,2)一般人の感受性を基準として公開を欲しないことがらであること,3)一般の 人々に未だ未知のことがらであること,第二に被害者が公開により不快,不安の念を覚えたこと,とされている 101)。他人に 知られたくない情報として過去の裁判で問題になったものの中には,個人の病歴,健康状態,身体的特徴も含まれている37)。 ただし,私生活上の事実の公表があったとしても,当該者の承諾が得られているか法令に基づいていた場合,あるいは正当な 業務行為であれば,違法性は阻却される101)。

 ドクターコールの際,急病人の同意を得ずに病状のアナウンスをしたり,診察を受諾するかわからない乗客としての医師に対 して病状の情報を事前に提供することは急病人に対するプライバシー権の侵害ともなりかねないため,客室乗務員と航空会社 は民事責任を負う可能性がある。さらには,不特定多数へ病状を知らせるアナウンスは無関係の乗客の不安や動揺を煽る結果 ともなりかねず,たとえ急病人の同意が得られたとしても実際には困難と思われる。よって,病状の情報提供以外の方法を工 夫して医師が申し出をしやすくすることが大切と考えられる。

B.医師の臨床研修と機内医療について

 医師が急病人の病状について自らの専門分野か否かを気にするということは,言い換えると自分に診ることが出来るか否かを 気にしているということだと思われる。従来,多くの医師が医学部卒業後は大学の特定の講座に所属し,最初から専門分野の 臨床研修に従事するストレート方式によって研修を受けていた。ストレート方式では専門分野に早く精通することが可能であ る一方,大学から出向した関連病院にて救急の全科当直を行う内科や外科などのいわゆるメジャー科の医師以外は専門外の疾 患を診る機会が少ないという欠点がある。医師国家試験は筆記試験であるため,医療現場で経験を積んだ疾患でなければ,実 際の診療は困難と思われる。従って,多くの医師がストレート方式とは別の方法によって幅広い疾患を経験出来るようになれ ば,機内で発生した急病人の病状に対する不安が減る可能性がある。

 この点において重要なのは,2000年12月の医師法改正に伴い2004年4月より実施される,臨床に従事する機会のある全ての医 師に対する臨床研修の必修化である。新臨床研修制度の下では,研修医は厚生労働大臣指定の臨床研修指定病院にて,1年目に 内科6ヶ月以上と外科,救急を,2年目に小児科,産婦人科,精神科,地域医療コースを各1ヶ月〜3ヶ月で回るローテート方式 にて研修を受けることになっている。新制度では,日常の診療で遭遇することの多い疾患や緊急を要する疾患に適切に対処で きるような基本的な診療能力を身に着けることが目標の一つであり,厚生労働省医政局長通知で示された「経験すべき症状・ 病態・疾患」と機内で発生する疾患の多くは共通している14)49)56)。従って,今回の調査で最も重要と思われた問題は,臨床 研修制度改革により解決する方向へ向かうことが期待される。

C.プライバシー権に関する他の問題

 プライバシー権に関連した問題として,急病人発生時にアナウンスにて医師を探さず,航空会社が持っている顧客情報に基づ き搭乗している医師に診療を依頼するケースも挙げられる。この方法は緊急時に医師を探す効率的な手段ではあるが,私人の 所属はプライバシーに該当し,マイレージサービスを受けるなどの理由にて乗客が提供した情報を航空会社が別の目的に流用 することは,1990年代以降台頭してきている,プライバシー権を自己についての情報を本人が管理する権利,とする自己情報 コントロール権説に従えば,医師に対する権利侵害に相当する可能性がある36)。

 しかしながら,航空会社は乗客と運送契約を締結しており,「善良な管理者の注意」という最も厳しい注意義務(善管注意義 務,民法298条,400条,644条)をもって運送しなければならず,運送に関連して乗客が怪我などを負った際には,その健康生 命を守るために最善の努力を尽くさなければならない。運送に関連しない急病につき,航空会社に上記の義務が生じるか否か については通説・判例がない。久保野は,契約関係に基づいて一定の特別な関係にある者同士で,相手方の安全を守ることが 出来るように,人的,物的環境を整えなければならない義務が契約上の義務として認められることがあるが,それと同じもし くは類似の義務として航空会社に何らかの救助義務が認められる可能性がある,としている32)。これに対してJALは,航空会 社は旅客の安全を確保すべき一般的な義務を負っており,疾病の発生した旅客に対しては可能な範囲で適切な措置を取るべき 義務があり,この義務は善管注意義務であるとの見解を出している102)。JALの見解は,乗客の安全輸送の観点から義務を厳し く取って善管注意義務と解釈していると思われ,実際には義務があるにせよ航空会社には過失がない上に緊急時に航空機内と いう限られた状況の中で対応するため,JALの解釈よりも注意義務の程度が軽減される可能性がある32)。しかしながら,航空 会社に義務が存在することには間違いがないようである。

 以上のことから,顧客である医師の情報流用は,医師のプライバシー権と患者を救助すべき航空会社の義務が対立する局面だ と想定される。この点,機内での急病人に対する診療は人の健康生命に関わる事項であり,緊急性・公益性が認められる状況 でもあるため,医師に対するある程度のプライバシー権侵害となるような情報流用であっても違法性が阻却されるであろう。

II.機内搭載医療品について

 本調査にて67名中14名(21.0%)の医師がドクターコールへの申し出を躊躇する要因として「医療品」を挙げた。そのため, 機内搭載医療品について多くの医師に情報を提供して関心を持ってもらうことが重要だと思われる。

 航空法施行規則(150条2項)の規定により,客席数が60席を超える日系航空会社機内には「救急の用に供する」最小限の医療 品装備が義務付けられている。大手三社では規定されている医療品の範囲を超えた種々の医療品も搭載され55),1994年以降繰 り返し公表されて,医師に対して緊急時の協力が呼びかけられてきた3)5)13)14)39)55)56)64)。エアカナダでは年間70〜100回 程度ドクターズキットが使用され,6〜10回の緊急着陸が回避されていると見積もられている28)。医療のための緊急着陸では1 回当たり3000ドルから10万ドルものコストがかかるとされており27),機内医療環境の整備・活用は乗客のみならず航空会社に とってもメリットが大きいものと思われる。

 しかしながら前述の通り,本調査のアンケート時に配布したドクターズキット等のリストがあまり持ち帰られなかったことか ら,多くの医師は機内搭載医療品の内容に興味を持っていないとも考えられる。従って,今後の対策としては全日本空輸(以 下ANA)のようにドクターズキットを含んだ医療品の全リストを公開したり56),JALのようにドクターズキットの内容をイン ターネット上で公開したりするなど,なるべく多くの情報が医師の目に入るようにすることも考慮する必要があるように思え る。さらに,機内搭載医療品についての情報提供には卒前の医学教育も大切だと思われる。現在,一部の大学では病院外での 救急医療についての講義や実習が行われているが,その一環として機内医療を取り上げるという方法も考えられる。これによ り日系航空会社の機内では様々な診療行為が可能であることを医学生が知ることになり,機内医療の更なる充実につながる可 能性がある。

III.法的責任問題について

 機内急病人診療時の法的責任問題は医師の関心事の一つであり20),ドクターコールに応じている医師でもこの問題を気にしつ つ協力している24)。本調査でも67名中46名(68.7%)がドクターコールに応じない理由として「法律」を挙げており,この問 題について現状を分析し,将来的な課題を検討することは重要だと考える。

 機内で発生した急病人診療時の医療過誤に関しては,航空会社が提訴され240万ドルもの損害賠償金の支払い命令が出されたこ とがある57)。この事件はマイアミ発フランクフルト行きのルフトハンザ・ドイツ航空機内で起きた。マイアミ離陸後,気分が 悪くなった男性乗客がドクターコールに応じた医師の診察を受けたが,医師は緊急着陸の必要性はないと判断した。しかし乗 客はアムステルダム上空にて「心臓麻痺」の状態となり,フランクフルト到着後病院に搬送された。一命を取り留めた乗客は フロリダで裁判を起こし,裁判所は医師の意見を信じて飛行したルフトハンザ・ドイツ航空の過失を認定した。

 この事件を契機に米国を初めとする欧米諸国の国々の航空会社を中心に機内への自動式除細動器が搭載されるようになった。 尚,米国では後の1999年に連邦最高裁判所が,国際運送における航空会社の責任を国際的に統一する主旨のワルソー条約上の 責任が認められなければ他の法律によっても航空会社の責任を問うことは出来ない,として条約の排他性を認めた57)。ワル ソー条約17条では,航空会社は事故により生じた乗客の死亡又は障害から生じた損害について損害賠償責任を負うとのみ規定 しているため,現在同国では機内で事故とは無関係に発生した急病人への対応について航空会社の損害賠償責任を問うこと自 体が困難になっている。

 これに対して医師個人の責任を問うことは今でも可能である。従来,航空機内で診療に当たった医師に対する訴訟は世界で一 例も報告されて来なかったが5)20)27)30)57),2002年8月15日号のThe New England Journal of Medicine誌上には訴訟を起こ された米国の医師の報告が初めて掲載された62)。ここで報告されたのは,飛行中の機内で乗客に致死的な重度の気管支喘息発 作が生じ,米国の医師と英国の医師・看護師,乗務員が2時間近く心肺蘇生を行ったが不成功に終わった事例である。後日,米 国の医師は州及び裁判所に呼ばれ数回に渡る審理を経て,原告の訴えはよきサマリア人法に基づき棄却となった。しかしなが らこの医師はレジデントであったために職場からの法的援助が得られず,報告にて,引き続き機内医療への協力は勧めるもの の被告は感情的・財政的・時間的損失を被る,と述べている。

 米国以外の国での医師の法的責任に関する問題には明確な法律あるいは法律家の間で統一された見解はなく,特に国際線では どの国の法律を適用するのかについてすらはっきりしていない。公法上,航空機はその旗を揚げる権利を持つ国の管轄下に航 行するという旗国主義に従えば,公海上もしくは航空会社が所属する国の領内では航空機の登録国の法律が適用される。外国 の領空では領空を支配する国の領空主権が適用されるのが原則であるが,航空機の登録国と管轄権が競合するケースも想定さ れ,どちらの国が優先するのかについて確立された考え方はない。民事法上も同様で,航空会社の所属国,乗客の国籍,医師 の国籍,医療が行われた領域を支配する国などが全て異なった場合に,どの国で提訴してどのように裁判が行われるのかとい う問題が絡んでくる57)。この問題を検討するにあたり参考となるのが次の事例である52)。

 事件は1998年12月5日バンコクからブダペストへ向かうハンガリー国籍のマレーヴ・ハンガリー航空機内にて起こった。離陸後 まもなくして,34歳のフィンランド人男性乗客Pettersonが同行していた男性と二人で暴れ始めた。Pettersonは酒に酔ってお り,かつ薬物を使用していた可能性もあった。二人は他の女性乗客達をシートから引きずり出して,髪の毛にライターで火を つけようとした。そして騒ぎを鎮めようと止めに入った機長に対して暴行を加えた。数名の男性乗客の助けを借りて機長は Pettersonを後方のギャレー近くの座席にベルト及びシートベルトにて縛り付けた。それでも尚,叫んだり蹴ったりし続けたた め,同乗していたブダペスト在住の呼吸器疾患を専門とする医師が応援を要請されジアゼパム10mgが注射されたを注射した。 しかし,イスタンブールへ緊急着陸する5分前にPettersonは心肺停止の状態となり,心肺蘇生を行われたが死亡した。着陸 後,医師,数名の乗客,パイロット,客室乗務員がトルコ当局に身柄を拘束された。夜通しの事情聴取を経た後に,ブダペス トへの飛行再開が許され,12月6日の夜に到着した。

 この事件が掲載されたBritish Medical Journal上に寄せられたPettersonの死因に対する医師の見解は分かれ,体位性窒息 (positional asphyxia)54),もしくはアルコールや薬物がジアゼパムの作用を強化したことによる死亡1),という二つの意 見が出された。前者では,本例は警察などで見られる古典的な例で,アルコールや薬物の影響下にて身体拘束をしたことによ る窒息としていた。後者ではジアゼパムの危険性を指摘し,死亡を避けるために,1)気道確保のための十分な医療器具の準備 がなされ,2)心肺蘇生時に備えて静脈ルートを予め確保し,3)ジアゼパムは過量投与にならないように緩徐に注射し,C脈 拍,血圧,呼吸,皮膚色,意識レベルを継続的にモニターすべきであった,とのコメントが添えられていた。

 この事件を例に考えると,専門家の意見が分かれるような医学的に微妙な事例について一方の当事者のみを拘束したトルコ当 局の捜査の違法性の有無についてマレーヴ・ハンガリー航空や事件に関わった医師らがトルコ当局に対して刑事・民事上の責 任を問うケース,Pettersonの遺族がマレーヴ・ハンガリー航空や医師らの刑事・民事上の責任を問うケース,マレーヴ・ハン ガリー航空や医師らがPettersonと同行して一緒に暴れていた男性に対して民事上の責任を問うケース,など様々なケースが想 定される。しかしながら,どこの国の法律・裁判所により紛争が解決されるかという明確な答を出すことは出来ない。このよ うな複雑な問題をはらんでいるため,医療過誤と法的責任の問題は「航空医学の分野で最も大きな問題」とまで言われている 28)。

 日本国内法の範囲内に限っても,機内で発生した医療行為に関する法的責任問題については刑事・民事上の通説・判例が存在 せず,ドクターコールがかけられたときに医師が躊躇する一因となっているものと思われる。国際法と機内医療の問題につい ては三好の論文などにさらに詳しくあるため28)57),ここでは日本国内法の適用範囲内で日本の医師免許を持った医師の診療 行為についての法的責任問題を中心に検討する。

A.応招義務と機内医療について

 本調査のドクターコールに医師が応じない理由にて67名中43.3%が「非番」を理由に挙げていたが,医師法で規定されている 応招義務が機内でも適用されるのか否かが問題となる。この応招義務の有無により,特に民事上の問題についてその後の議論 の経過が大きく変わって行くため,最初に考察すべき重要な点である。

 医師法19条1項は「診療に従事する医師は,診察治療の求があつた場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならな い。」と医師の応招義務を規定している。この応招義務は,医業独占を認める免許と引き換えに医師が国家に対して負ってい る公法上の義務である34)38)48)。応招義務違反に対して刑事上の罰則を定めた規定はないが,違反を繰り返せば,医師法7条 「医師としての品位を損する行為のあつたとき」に該当する可能性もあり,医師免許の取り消しや停止などの行政処分の対象 となり得る34)43)51)。本問題に関して上記条文の文言中において重要なのは,「診療に従事する医師」と「正当な事由」であ る。

  1. 「診療に従事する医師」

     「診療に従事する医師」とは,業として診療を行っている医師である48)。業について通説・判例とも,反覆継続の意思をもっ て行うこと,とする立場にほぼ一致している。さらに,反覆継続の意思が認められれば,一回の行為でも業となり,本業か副 業か,報酬を得たか否かは業の成否にかかわりがないとする点でも同様に一致している34)48)。

     JAL及びANAの統計によれば,機内で急病人が発生する確率は国内線で1000便あたり0.5〜1.1人,国際線で3.4〜5.5人と稀であ り55),このうちドクターコールがかけられるのは国内線で25.0%〜51.4%,国際線で60.7%〜66.7%となっている14)56)。本 調査においてもドクターコールに遭遇した医師は4.5%に過ぎず95%以上の医師がドクターコールを経験したことがなかった。 よって航空機内で急病人が発生した際に乗客として偶然居合わせた医師は,診療を前提に搭乗しているとは推測出来ず,診療 を反復継続する意思もないと思われ,診療を行っても業にはあたらず「診療に従事する医師」ではないと解釈できる81)102)。

  2. 「正当な事由」

     診療拒否の「正当な事由」に関する具体的内容について旧厚生省は通知にて例示しており50),学説・判例もこれを支持・踏襲 している48)60)。病医院にいない医師については通知で例示がなく,当局は応招義務の対象外と解釈しているものと思われ る。学説でも同様で,平林が簡潔にまとめた「正当な事由」の様々な議論の中で,「勤務医が自宅で診療を求められた場合」 も正当事由としてあげられている34)。ただし,緊急時は自宅にいる勤務時間外の勤務医に応招義務が課せられるとする説もあ る48)。

  3. 応招義務についての裁判所の見解

     医療過誤訴訟において,裁判所は応招義務を原則として厳格に適用しているものの60)94)100),患者の病状,診療を求められ た医師又は病院の人的・物的能力,代替医療施設の存否等の具体的事情を考慮している25)。ドクターコールの場合のように, 院外での事故・疾病発生時にたまたま居合わせた勤務外の医師の医療過誤に関する判例はないが,応招義務が争点の一つと なった通常の医療過誤訴訟において名古屋地裁では次のような見解を出している63)。

     「一般に医師は(中略)祝祭日または休日などの休診日あるいは診療時間終了後においてまで常に通常の診療時間帯と全く同 程度の診療業務に就くべき義務を負うわけではない。けだし,そのように解しないと,医師に対し年中無休の無限定の責務を 課すことになり,実際的ではないからである。」

     本裁判例は医師に対する無制限の義務を否定しており,この見解から推測すると,飛行機などで移動中の医師に対してまで応 招義務は課されないとの考え方が適切と思われる。

     以上により,一部の反対説はあるものの,通知・学説・裁判例の流れから,乗客として搭乗中の医師に応招義務は生じないと 考えられる。もっとも,ドクターコールで呼びかける対象は「お医者様,看護師の方」(JAL),「お医者様,または医療関係 者の方」(ANA)であり81),特定の医師に診療を依頼している表現ではない。従って,診療依頼自体存在せず,応招義務の有 無という論点すら出ないという考え方も可能と思われる。

  4. 応招義務と私法の関係

     応招義務に関しては,国家と個人の関係を規定する公法である医師法で規定された義務違反により,個人と個人の間を規定 する私法である民法上の責任を問われるかという問題も生じる43)77)。かつての通説では,医師と患者の間に診療契約が結ば れていなければ公法上の応招義務違反を理由に民事責任を追及できないとしていた60)。しかし近年は民事上の義務を認める学 説が有力となり43),現在の通説では,応招義務は公法上の義務であるが患者の保護のための義務でもありこれに違反する場合 には医師に過失または債務不履行があるものと推定できるとしている60)。また有力説は,応招義務違反自体は過失または債務 不履行を構成せず民事上の義務に転用されるものではないが,回避可能な結果が応招義務違反によって回避できなかった場合 には過失または債務不履行となるとしている34)。いずれにせよ応招義務違反により民事責任が発生し得るという点において は,現在の学説は一致している94)100)。下級審判決の動向も同様で,1982年の判決ではかつての通説を採ったものの38), 1986年の判決では現在の通説を採っている84)。

     以上のことから,応招義務を民事上の義務に転用するという通説の立場に立つと公法上の応招義務がない場合は民事上の義務 もなく,応招義務は直接的に民事上の義務に転用されないとする有力説の立場に立つと当初より民事上の義務自体がないこと になる。従って応招義務が生じない機内急病人発生時には,医師は患者や航空会社と別途契約を結ばなければ民事上の義務も 生じない70)。

 次に機内医療における医療過誤に関する法的問題点について考察する。

B.刑事法上の問題点

 刑法とは,何が犯罪となるかを定めるとともに,その犯罪に対応する刑罰の種類と量を定める公法である71)。犯罪が成立す るためには,1.刑罰法規によって類型化された違法かつ有責な行為である構成要件を満たし,2.違法性阻却事由に該当せず, 3.責任阻却事由がないこと,が必要とされる72)。例えば,刑法199条に該当する殺人を犯しても,正当防衛(刑法36条)が適 用されれば違法性阻却事由に該当し,心神喪失(刑法39条1項)が適用されれば責任阻却事由に該当し,いずれも犯罪が成立し ない。

 違法性阻却事由の一つである緊急避難は,「自己又は他人の生命,身体,自由又は財産に対する現在の危難を避けるため,や むを得ずにした行為は,これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り,罰しない。」と刑法37 条1項にて規定されている。「現在の危難」とは,保全すべき法益に対する侵害が現に存在していること,または侵害の危険が 切迫していることをいう。「やむを得ずにした」とは,法益保全のために唯一の方法であって,他に可能な方法がないという 意味である。さらには「生じた害」と「避けようとした害」との法益の比較は,客観的標準によって行うことを要する。ただ し,一般的な標準を導き出すことは困難であり,個別具体的に社会通念に従い法益の優劣を決すべきとされている。また,緊 急避難が成立するためには社会的相当性も要求される73)。医療過誤に関した刑事事件では業務上過失致死傷罪が適用される が,違法性阻却事由に該当すれば犯罪が成立しない。

 客室乗務員は訓練時及び昇格時に定期的にファーストエイド教育を受けており12),一般人よりは病態の把握が正確と思われ る。従ってドクターコールに該当する乗客は重症化する可能性が十分にあり,実際に機内で発生した急病により死亡した統 計・症例の報告は多い3)4)6)13)68)75)76)。ANAの報告では,1993年度から5年間で行われたドクターコールは国内線・国際線 合計で709件であった。このうち11.6%(82件)でドクターズキットが使用され,2.3%(16件)で緊急着陸がなされ,0.6% (4件)で死亡者が出た56)。これらのデータから機内で発生した急病人には重症者の割合が比較的高いことがわかる。勿論, 全例が重症というわけではないが,急病の経過・予後の正確な予測は困難であるため,ドクターコールがかけられた時点で既 に急病人に「現在の危難」が生じているものと考えられる。さらには航行中の航空機内での急病人に対する診療は,場所的な 制約,利用できる医療品など多くの制約下で行われるため,緊急に「やむを得ずに」行われるものと思われる28)56)。また, 「生じた害」と「避けようとした害」との法益の比較については,あくまでも個々の事例に即して検討しなければならない が,危難が迫った乗客に対して同乗していた医師が普通に診療にあたることは,「避けようとした害」が治療によって「生じ た害」よりも大きいものと推測され,社会的相当性を有するものと思われる。

 以上のことから,航空機内での急病人診療に際して,刑事上は緊急避難が成立して違法性が阻却される可能性が高いと考えら れ103),旧厚生省健康政策局医事課も同様の見解を出している5)。

C.民事法上の問題点

 機内での医療行為にて刑事上,犯罪が成立する可能性が相当低いと想定されるのに対して,民事上の責任を問われる可能性は あり得る。近代日本法下では刑事上の責任と民事上の責任の分化が明確にされており,両者の発生が常に相関性をもっていな ければならないというものではない80)。実際に,通常の医療過誤で刑事罰の対象とならずとも,民事訴訟において責任が認め られることは珍しくない2)26)。

 民法では生じた損害を金銭的に評価してその損害額を金銭にて支払うという賠償方法を原則としている(民法417条,722条1 項)。医療過誤訴訟では,患者と医療法人の間で締結された診療契約の義務違反を前提とする債務不履行(民法415条),医師 を雇っている医療機関の使用者及び医師個人の患者への注意義務違反を追求する不法行為(民法715条,民法709条)を根拠と して争われることが多い26)。債務不履行もしくは不法行為の一方のみを根拠に請求することも可能で,医療機関もしくは医師 個人に全額請求することも出来るが,一般的には,両責任の予備的併合による請求がなされる69)99)。

 機内で行われる医療行為の法的位置づけは明確ではないが,当該乗客と医師個人とが結ぶ準委任契約,義務なくして行う事務 管理(緊急性が認められれば緊急事務管理)の成否が問題となり,また,医療過誤の場合には過失による不法行為も問題とな り得る57)103)。

 次に機内急病人診療時に医療過誤が生じた際にどの法律が適用されうるか,また,適用されるとしてどのような問題が生じる かについて,契約,不法行為,事務管理・緊急事務管理の順に検討する。

1. 契約

1)機内での急病人診療と契約

 契約は当事者間に申し込みと承諾という相対する意思表示の合致があってはじめて成立する。申し込みには契約内容の特定が 必要であり,その内容を受け入れるのが承諾である。通常の診療では医師に応招義務が課されているため,通説上契約の承諾 義務が生じ,患者側が申し込んだ時点で医療契約が成立する60)98)。これにより医師は最善を尽くす手段債務を負う99)。医療 契約は通説・判例にて準委任契約と解されており99),委任に関する規定が準用される(民法656条)。委任には有償委任と無 償委任があるがローマ法以来の伝統で無償が原則とされており83),特約がなければ報酬を請求出来ない(民法648条)。しか しながら,実際には代表的な委任契約である弁護士や準委任契約である医師の業務が無償では行われておらず,最高裁は,弁 護士への訴訟委任において報酬の合意が成立していなかった場合にも合理的な報酬額を請求できることを認めた95)。

 機内急病人診療時には応招義務が発生しないため,診療時に当事者間に契約が成立したかが問題となる。ドクターコールの際 は,急病人自身が直接の診療申込者ではなく,診療主体と診療契約の性質さらにその法的効果が明確ではない70)。航空会社が 当該乗客から黙示の代理権を授与された,あるいは,航空会社が当該乗客の無権代理となったとする考え方もある。しかし, 航空会社から医師に対しては代理人としての意思表示がなく,医師も航空会社を代理人とは思っていないはずである。加え て,当該乗客からの追認もないため,代理関係は存在しないものと思われる57)。

 さらには,通常の診療と機内での診療が最も異なる点の一つが,無報酬での診療が慣習となっていることである22)23)27)。英 国人医師が米国領土飛行中のアメリカン航空機内での急病人診療に対して航空会社に報酬を請求した少額訴訟がロンドンで あったが,報酬請求について世界各国の医師から疑問の声が上がり,裁判所も請求を認容しなかった22)23)。

 以上のことから,報酬については事実上有償である診療が機内では無償で行われているため,委任契約に対する最高裁の考え 方をあてはめても医師の立場から見ても,機内での診療は契約というよりも自発的な救助に近い性質のものと推測される。 従って,当事者同士に契約を成立させようとする確定的意思があるとは考え難く,代理関係も成立しないため,契約とするに は無理があると思われる85)。

2)契約に関連した問題

 米国連邦航空局の医師らは,機内医療に協力する医師に対して以下のことを推奨している27)。

  1. 身分を正確に明らかにして,持っている医療資格を明言する。航空会社によっては医療資格の証明を求める。
  2. 出来るだけ完全に病歴を聴取し,自らの印象を当該乗客や家族に説明する。そして,診察や治療を始める前に同意を得る。 意思能力のない乗客については同意の意思を推測する。
  3. 同意を得られたら,身体所見の診察に入る。
  4. 当該乗客が自分と同じ言語を話さなければ,通訳を要求する。
  5. 乗務員に臨床所見の印象について説明する。
  6. 患者が重症であれば,最も近くて(対応するのに)適した空港への緊急着陸を要求する。
  7. 可能であれば,地上で医療支援を行っているスタッフと連絡を取る。
  8. 所見,印象,治療,乗務員および地上支援医療スタッフとのやり取りを書類に記載する。
  9. 自信を持って行えない治療はしない。よきサマリア人法は,同じ資格を持ち同様のトレーニングを積んだ者が同じよう な状況下で行うであろう行為のみを免責とすることを忘れてはならない。

 このうち2.で推奨されている,診察や治療の前に同意を得ることと契約の異同が問題となり得る。この問題については法学者 の間で議論がなされたことがないと思われるため,本稿では大谷の著書にて展開されている議論を要約し,それを基に私見を 述べる。

 「通常の診療場面において診療契約が成立しても,個々の医療侵襲に対して患者が同意しているとまでは解釈されていない。 よって同意のない医療行為は,専断的治療行為として違法となり,治療に成功しても民事責任もしくはそれと合わせて刑事責 任が成立する。同意の対象となるのは侵襲の内容であるが,検査をするだけでも苦痛を伴う場合は同意の対象となる。また, 侵襲が軽微なものであっても,患者にとって予見できないものであり,一般に本人の同意に基づいて実施すべき場合には,同 意を要すると解すべきとされている70)。」

 以上の議論を通常の診療にあてはめると,病医院を患者が訪れ診療契約が成立しただけでは,処置・検査に同意したとは法的 に解されず,各処置・検査を行う前に,個々について説明し同意を得られなければ違法となる,と解釈できる。

 航空機内の診療では,周囲に多数の乗客がおり,完全にプライバシーが保護された状況下ではない。よって,検査機器が不十 分な中で重要な役割を果たす聴診,視診などでさえ同意(黙示の同意を含む)を得ずに行うと,民事上は不法行為(プライバ シー権の侵害)となり得る。また,補液や薬剤の注射などの処置も同意なく行うと,傷害罪(刑法204条)に該当する可能性が ある。従って,2で推奨されている説明と同意は契約ではなく,通常の診療において契約締結後になされる個々の侵襲等の刑 事・民事上の違法性を阻却するために行われる説明と同意と同じ性質であると思われる。

2. 不法行為

 民法は「故意又は過失に因りて他人の権利を侵害したる者は之に因りて生じたる損害を賠償する責に任ず。」と不法行為を 規定している(民法709条)。この制度は契約関係がなくても一定の要件のもとで損害賠償請求を行うことを可能にしたもの で,私的な喧嘩から交通事故,公害,薬害,さらには名誉毀損に至るまで,広範な領域で重要な役割を演じている96)。医療過 誤訴訟では,前述のように債務不履行と合わせて予備的併合による請求がなされ,医師と医療機関の双方に責任を問うことが 多い。その際に,契約の債務不履行の当事者となり得る開設者以外の医師個人の責任を問う根拠がこの不法行為である。

   従って,航空機内で発生した急病人診療時に生じた医療過誤にて患者との契約関係がない医師個人の責任が問われる場合に は,不法行為を根拠に損害賠償請求訴訟が起こされることが想定され,その請求が認容される可能性はある。

3. 事務管理

3-1)事務管理の意義,成立要件,効果

 民法には,人は自らの意思に基づき他人との関係において権利を取得して義務を負担する,という私的自治の原則があり, 自らの意思によらず他人の事務の管理を義務付けられることはないし,相手の同意なく他人の事務の管理をすることは違法と なる。しかしながら,長期海外旅行中の隣家の窓ガラスが突風で割れたため無断でガラス修理を注文する,などの場合のよう に契約関係になく他人の事務の管理をすることが想定されている。この時に適用されるのが事務管理(民法697条)である。事 務管理はローマ法を起源とする法律で,ローマ帝国の発展と拡大に伴って増大した不在者の財産管理を容認する法として誕生 した90)。通説によれば事務管理の成立要件は,1)他人のために事務の管理をはじめること,2)義務なくしてすること,3)本人 のために不利になることまたは本人の意思に反することが明らかでないこと,である9)。ここでいう事務とは人の生活に意義 のある仕事(作為)であればよく77),他人の生命ないし健康を救助する行為も事務管理に含まれる8)。事務管理の効果とし て,事務管理の違法性阻却,管理者の義務の発生(管理継続義務,管理の方法の義務,管理者の注意義務,管理開始通知義 務,計算義務),本人の義務の発生(費用返還義務),が挙げられる66)。また,「本人の身体,名誉,又は財産に対する急迫 の危害を免れしむる為めに」事務管理を行った場合は緊急事務管理が成立する(民法698条)。

3-2)機内医療にて適用される法律

 ドクターコールにわざわざ応じて機内急病人診療を行った医師は「他人のために事務の管理をはじめること」及び「本人のた めに不利になることまたは本人の意思に反することが明らかでないこと」には異論がないであろうから,その診療行為に対し て事務管理が適用されるにあたり最も重要な点は,事務管理の「義務なくして」診療に当たっているか否かという点である。 これについては先に検討したように,医師は民法上の「義務なくして」診察に当たっており,事務管理が成立すると考えられ る。

 診療業務に就いていない医師が通りすがりに急病人に遭遇した場合の法的問題を検討した法学者は少ないが,内田は「たま たま医者が行き倒れの人を見つけて自分の病院に運び治療をした場合は」「医師の治療行為は事務管理になる」とし97),小野 は「たまたま乗車していた医者が急患に会い,本人の依頼を受けずに応急処置したようなときは,緊急事務管理となる。」と している66)。乗務員の依頼による場合は,その運送機関の主体者と乗客との間の事務管理とする説もあるが,医師に義務がな い上に,管理者は私人でも法人でも複数でも構わないため41),航空会社と乗客との間のみならず,医師と乗客との間にも事務 管理が成立すると思われる。

 次に事務管理と緊急事務管理のどちらが適用され得るかを検討する。両者の違いは「急迫の危害を免れしむる為めに」事務 管理を行ったかということである。この点を通説は,管理者が悪意(故意)もしくは重過失なしに主観的に急迫の危害が存在 すると信じたことで足り,客観的に存在することまでも要求していないとしている9)。刑事法上の問題点の項で述べたよう に,ドクターコールは乗客として乗っている医師が日常的に遭遇するわけではなく,急病人に「急迫の危害」が迫っていると 信じるに足りる状況である。従って,ドクターコールがかけられる際には,主観的に当該乗客に対して「急迫の危害」が迫っ ていると医師が判断すると想定され,その診療行為に対しては緊急事務管理が最も適用され得ると思われる。

3-3)機内医療と事務管理制度に関する問題点

(1)管理継続義務

 開始した事務管理を任意に中止すると本人が不利益を被ることがあり,一旦事務管理を始めた時は,本人・その相続人・法 定代理人が管理出来るようになるまでは,管理を継続しなければならない。ただし,管理者に危険がおよぶ場合は継続する義 務はない10)。また,通説によれば継続を中止しても本人に不利益とならなければ継続義務はない66)。

 例えば機内で医師が喘息発作の乗客の治療に当たった場合,発作が続く限り着陸後に空港勤務の医師や航空会社の地上職員な どに引継ぎ正式に医療ルートに乗せるまで治療を継続しなければならない。しかし,途中で乱気流のために機体が激しく揺れ て点滴ルートが外れた場合には医師自身の安全確保のために揺れが収まるまで一旦治療を中断しても構わないし,飛行中に発 作が治まれば治療を継続する義務はなくなることになる。

(2)管理の方法の義務

 事務管理において,管理者が本人の意思を知っているか知ることができる場合にはその意思に従って管理を続けなければな らず(民法697条2項),本人の意思を知ることができない場合には本人の利益に最も適する方法で管理することになる(民法 697条1項)。本人の利・不利の判断は,事務の性質に応じ客観的になされる41)。これらの規定と機内医療との間で問題となる のは,医師がどこまで診療に踏み込むかということである。

 急病人の疾患が医師の専門範囲,もしくは専門外でも診断・治療に通じているのであれば通常通りの診療をして構わないと思 われる。しかし,診断・治療に自信が持てない場合には,本人の意思もしくは利益に最も適する方法での診療は困難だと思わ れる。実際に米国連邦航空局の医師も,自信を持って行えない治療はしないように推奨している27)。従って,ドクターコール に応じた医師が必ず治療をしなければならないわけではなく,診療に自信が持てない場合などには,病歴聴取やバイタルサイ ンの測定などに留めておき,地上の医師に相談することで管理者としての義務を全う出来るものと考える。

(3)管理者の注意義務

 事務管理と緊急事務管理の大きな違いは,その効果の一つである管理者の注意義務にある。事務管理では善管注意義務が要求 されるのに対して,緊急事務管理では管理方法につき,管理の開始に際しても,継続中にも,急迫の危害が存在する限り,悪 意(ここでは本人を害する意図があること)もしくは重過失がなければ本人に生じた損害について管理者の損害賠償義務は生 じない42)97)。この注意義務の軽減は,本人の意思ないし利益についての管理者の判断にも及んでいる42)。

 従って,緊急事務管理適用下の機内医療に協力した医師は診療の内容のみならず,診療の必要性,治療の継続性,地上の医師 にコンサルトする必要性,の判断についても注意義務が軽減される。

(4)本人の費用返還義務

 事務管理に際して,管理者が要した費用に関しては本人による償還が規定されているが(民法702条1項),管理者が被った損 害については明文の規定も判例もない。費用について,医師は手当てに対する費用の償還請求ができるとする説66),報酬を認 める一方で注意義務の軽減はしないとする説がある82)。医師への報酬を費用とすることについては,法律の解釈上矛盾はない ものの,契約の項で記した通り医師は報酬を受け取っていないため,実際にこの解釈が用いられることはないように思われ る。

 損害については衣服への血液付着などの財産的損害と,針刺し事故による感染などの身体的損害に分けられる。前者につき通 説は費用として解釈し,被救助者への請求を可能としている。後者については諸説があるが,芦野は「公的な保証で十分であ る場合にはそれによるものとし,それでは不十分である場合は,事務管理法理に基づき,救助行為が必要な状況となるについ て被救助者に過失がある場合(自殺など)には,それを媒酌して,国家及び被救助者双方に妥当な額を負わせるべきであると 考える。」と述べている10)。また広中は,「人命救助を救助者と被救助者の民事上の債権債務として解釈することは不適切で あり,特別立法を要する」と公的補償の必要性を強調している35)。現在,この特別立法に該当する法律として,警察協力者災 害給付法,海上保安協力者災害給付法,消防法があるが,その金額は十分なものではない10)。

 機内での医療行為に関連した医師の財産的身体的損害についての補償は法律の想定外と思われ,学説でも論じられていない。 費用と解釈される衣服の血液による汚れなどの財産的損害は少額である上に,医師が急病人に費用を請求することは心理的に 抵抗があると思われ,実際に請求がなされることはないものと推測される。身体的損害については結果が重大で補償金が高額 となる可能性があるために,費用と解釈して患者から請求するのは酷である。この点,芦野説及び広中説にあるように,急病 人に過失なく,飛行機の振動による針刺し事故などの不可抗力により医師が身体的損害を被った場合,公的扶助を利用するこ とが望ましいと思われる。ただし現在そのような制度はなく,明確な規定を作ることが必要である。

(5)その他の問題

 これまで議論した問題点の他,緊急事務管理は急迫時に注意義務を軽減する消極的意味合いを有するに過ぎず,救命行為の普 及促進に直接的に影響するものではないこと65),法律家以外の者には人命救助との関係がわかりにくい規定であること53), 重過失でなかったことの立証負担は医師側にあること53),という問題もある。

 以上のことから,機内医療において緊急事務管理はある程度まで医師の権利を保護してはいるものの,医師の協力を促進する ものではなく,協力した医師の身体的損害に対する補償制度も十分に整備されたものではないと言える。

 次に,医師の過失を判断する際の基準について考察する。

3-4)過失責任について

 機内で生じた医療過誤に対して緊急事務管理が適用される際に,具体的争点がどこにありどのように扱われるのかということ が問題となる。医療過誤訴訟で損害賠償請求が認められるための実質的要件は 1)注意義務違反(不適切な医療行為)の事実, 2)注意義務違反の原因が医師側にあること(医師に過失があること),3)患者に損害が発生していること,4)注意義務違反と 損害との間の因果関係があること,であり26),特に注意義務違反(過失)の存否が重要な問題となる。注意義務は結果に対す る予見義務と回避義務から成り立ち,予見可能かつ回避可能であるにも関わらず回避措置を怠った時に過失責任を問われる 70)。緊急事務管理が適用される局面でも同様に,注意義務違反が重要な争点となることには変わりない。

(1)注意義務の程度

 過失責任を負う場合の基準となる注意の程度は,原則として「善良な管理者の注意」である。これは債務者の職業,その属す る社会的・経済的な地位などにおいて一般に要求される程度の注意であり67),この注意義務に反した時に過失と認定される。 過失の程度には過失のない無過失,(軽)過失,重過失があるが,法的構成により注意義務のレベルは影響を受けるべきでは なく77),債務不履行,不法行為,事務管理では,どの規定が適用されても軽過失もしくは重過失にて損害賠償責任が生じる。 これに対して緊急事務管理では,前述のように重過失の時のみ損害賠償責任が生じるとされ,上記の規定よりも要求される注 意義務が一段緩和されている。

 最高裁の判例による重過失とは,「通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも,わずかの注意さえすればたやすく違 法有害な結果を予見することができた場合であるのに,漫然とこれを見過ごしたような,ほとんど故意に近い注意欠陥状態を 指す」とされている78)。ここでいう「通常人」とは全ての人間の平均人という抽象的意味ではなく,当該種類の行為について 当該の年齢,職業,地位,地域,立場等に属する通常人である78)。

 従って,本問題における重過失とは,「通常の医師としては考えられないような,ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状 態」と解釈できる。すなわち,緊急事務管理が適用される状況では,上記のような状態でなければ免責となる。しかしなが ら,軽過失・重過失という過失責任の違いは質的な違いではなく量的なものであり67),実際には機内という特殊な状況下での 急病人診療時に求められる注意義務の判断基準が問題となる。

(2)注意義務の判断基準

 医療過誤訴訟における注意義務の判断基準を最高裁は,「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である」と 判示してきた。ここでいう「医療水準」とは医学の最先端の水準である医学水準よりも一段低いものである33)。医療水準の判 定について最高裁は,「全国一律に絶対的な基準として考えるべきものではなく,診療に当たった当該医師の専門分野,所属 する診療機関の性格,その所在する地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮して決せられるべきものである」としてい る。これは医療水準を一律なものとせず,当該の医師なり医療機関なりに関する具体的な状況をも考慮して決めるとする見解 である61)。従って,専門機関では高度な注意義務が課せられる一方で,一般開業医については「一般開業医院において,実践 されている」「医療水準によって決すべき」とされている99)。

 機内での医療行為は,場所,機材,医療スタッフが不十分な中で行われる。騒音は聴診を,暗い照明は視診を,揺れは注射針 の刺入を,飛行高度の変更による気圧の変化は点滴速度の調節を妨げる。そして全ての医師が様々な救急疾患に対応できるわ けではないにも関わらず18),ドクターコールでは病状が知らされない。このような劣悪な環境下にて診療せざるを得ない医師 の注意義務は,たとえ緊急事務管理が適用されなくとも相当程度軽減されると思われる83)。ただし,JALやANAのようにテレメ ディシン(遠隔医療)を行っている航空会社の機内での診療行為については,診療方針の立たないことが明らかな疾患を,著 しい注意欠如により地上にコンサルトしない場合には過失責任を問われる可能性もあり,診療に迷う病態であればこのような システムを利用した方が良いと思われる。実際,2000年から2001年の間の1年間に,JALで22件,ANAで6件のテレメディシンの 利用があった45) 74)。

3-5)訴訟になったときの問題点

(1)医師に対する保障

 実際に訴訟になったときには,原告(急病人)側が不法行為及び債務不履行を持ち出し,被告(医師)側が緊急事務管理によ る免責を主張するという構図になると思われる。そして医師が敗訴した際には原則として医師自身が損害賠償金を支払うこと になる。その際,医療過誤訴訟対策として個人的に加入している医師賠償責任保険が適用される場合がある。適用範囲につい て損害保険会社は,1)国内線の場合は適用,2)日本領空内であれば航空機の国籍に関係なく適用,3)無主地上空においては日 本国籍の航空機の場合のみ適用,4)外国領空内においては航空機の国籍に関係なく適用不可能,としている32)55)。

 これとは別に,JALとANAは紛争が生じた際に弁護士費用まで含めて医師を保護する方針を公表している5)。諸外国を見渡すと エールフランス,旧スイス航空,KLMオランダ航空,スカンジナビア航空では医師を'occasional employees'30),エアカナダ では'an agent'とみなし28),協力した医師の法的責任を保険にて保障している。その一方で米系航空会社などは医師を保護す る方針を打ち出してはおらず30),航空会社による保障が世界的な流れになっているわけではない。また,JAL及びANA以外の日 系航空会社は医師に対する保障問題についての見解を公表していない。

 以上のことから,医師賠償責任保険に加入していない医師が,法的責任を保障していない航空会社を利用した際に生じた医療 過誤訴訟にて損害賠償請求が認容された場合,医師個人が負担することになる。

(2)法廷外でのリスク

 機内診療における医療過誤については過去に判例がないため,三重県の隣人訴訟のように全国的に注目を浴びて当事者の生活 が破壊されるという,法廷外での危険性も伴っているように思われる。

 隣人訴訟とは,普段から仲の良かった近所の人の子供を善意で預かっていて,7〜8分だけ目を離した間にその子供が近くのた め池で溺死した事件である。溺死した子供の親は預かった子供の親に対して第一次的に子の保護監督を委託した準委任契約の 債務不履行責任,予備的に不法行為を根拠に損害賠償を求めた。裁判所は契約関係について否定したものの,不法行為は一部 認めた。この紛争が特徴的であったのは社会問題になったことであり47),子供を預かった側の賠償責任が認められた旨が報道 された直後に,原告への嫌がらせ電話,非難の手紙が集中し,原告は転職を余儀なくされ,一部勝訴判決にも関わらず訴えを 取り下げた。さらにこのことが報道されると,今度は一転して控訴をしていた被告らにも非難の電話が相次ぎ,被告らもその 圧力を前にして訴訟取り下げに同意し,訴訟が消滅するという異例の形で紛争の決着がついた44)。

 ドクターコールに応じた医師が診療するという場面はテレビドラマでも使われたことがあり,万が一医療過誤訴訟が起こって 報道された時の反響は大きいと思われる。加えて,法的位置づけが不明確で先例のない訴訟であるため,訴訟の結果如何に関 わらず,隣人訴訟と同様の経過を辿り当事者の生活が破綻する危険性もある。よってなるべく余分な論争の広がりが生じない よう,機内医療に対して適用される法律を新設することが必要ではないかと考える。

IV.報酬,費用

 ドクターコールに医師が応じないと思う理由として,報酬の有無が曖昧と回答した医師は67名中0名(0%)であった。また, 診療に対する報酬については不要とするものが34名(50.7%)と過半数に達したのに対して,必要とした医師は6名(11.9%) に留まり,報酬は必要とされていないと思われた。

 機内で診療を行った医師に対して,費用や報酬は支払われないが謝礼が渡されることはある。この謝礼は急病人ではなく航空 会社から渡されるため,費用や報酬とは法的性質が異なる。一般に医師は報酬をもらってはならないと考えているが,旅行 券・ワイン・座席のアップグレードなどの謝礼程度は容認しており,これらを報酬とは捉えていない27)。契約の項で記した, 医師が機内で行った診療行為についての報酬を航空会社に請求した事例は費用と報酬を考えるにあたり興味深いため,ここに 詳しく引用する22)。

 1997年ロサンゼルス発欧州行のアメリカン航空機内で,離陸後20分程でドクターコールが行われた。休暇を家族とロサンゼル スで過ごして帰る途中にたまたま乗り合わせていたロンドンの精神科医Stevensは,他に最適な医師がいるであろうと考え当初 は名乗り出なかった。しかし,再度ドクターコールがなされた時に名乗り出た。胸痛と呼吸困難を訴えていたアイルランドの 女性客は下肢の静脈塞栓を繰り返しており,抗凝固剤を投薬されていたが治療が中断していた。肺血栓塞栓症と診断した Stevensは酸素を投与し,一旦病状は回復したが,その後再増悪したためStevensはシカゴへの緊急着陸を指示した。ロンドン 到着後Stevensは乗務員から「安物シャンパン」を受け取り,約1ヶ月後に航空会社より主要な休日には使えない50ドル(30ポ ンド)相当の旅行券を受け取った。ただし,航空会社はこの旅行券の価値は250ドルであると主張していた。Stevensは機内で 治療にあてた4時間半分の治療費を1時間当たり120ポンド(200ドル)として,540ポンド(900ドル)の報酬を航空会社に求め た。航空会社は「会社の方針にてこのような場合に医師に支払いはしていない。本件は医師と患者の間の問題であり当社の機 内で治療が行われたのは全くの偶然である。」と主張し,支払いを拒否した。Stevensは「もし全てが上手く行かなかったら, 支払いきれない程莫大な額の医療過誤訴訟に巻き込まれていたかも知れない。」と主張し,航空会社の支払いを求めて裁判所 に提訴した。しかし,前述のようにこの主張は認められず,各国の医師からの批判も相次いだ。

 本事例が示すように,機内医療にて報酬を支払うという考えは,極めて例外的であるというのが世界的な受け止め方である。 従って,慣習的に医師に支払われている謝礼は運送契約しか締結していない航空会社から出される上に,通常の報酬に比して 低額なものであるため,法的裏づけのない「気遣い」と解釈することが適当だと考える。

V.よきサマリア人の法は必要か?

 アンケートに回答した医師全員が緊急事務管理の規定と意味を知っていたにも関わらず,ドクターコールの申し出率を上げる ためによきサマリア人法を新規立法することが必要だと答えた医師は67名中35名(52.2%)と過半数に達し,不要と回答した 医師は7名(10.4%)に留まった。よって,今回回答した医師の間ではよきサマリア人法は必要とされているように思われた。

1.人命救助促進とよきサマリア人法

 法的に人命救助を促進するには,直接強制と間接奨励という二通りの方法がある。直接強制とは法律で救助・通報を義務付 けて違反者には軽い罰則を課すもので,間接奨励とは救助に伴う費用の償還,救助の失敗に対する免責,救助の成功に対する 報奨等を予め法で規定し「お気楽さ」を整備することによって救助行為を促進するものである40)。

 ところで西洋法体系にはローマ法の影響を受けた欧州大陸法系と判例の積み重ねにより構築された英米法系の二大大系があ る。前者にはドイツ,フランス,イタリア,スイス,オーストリア,ベルギー,スペイン,オランダなどの欧州大陸諸国や南 米諸国などが含まれ,後者には英国,米国,カナダ,オーストラリア,ニュージーランド,アイルランドなどが含まれる40) 59)93)。第二次大戦後に制定・改正された日本の憲法や法律(刑事訴訟法,労働法など)には英米法の影響を受けたものもあ るが46),刑法,民法などの中核となる法律は,ドイツ法の影響を強く受けているため日本法は大陸法系を基礎として成り立っ ていると言える。一般に大陸法系の国々では法律による直接強制にて救助を促進する一方で,費用償還や報奨などの間接奨励 制度も整っている40)93)。

 大陸法系の国々に対して英米法系の国々には費用償還や報奨に相当する制度はなく,この点,機内医療に協力する医師に対す る保護は事務管理制度などを持つ大陸法系の方が手厚いと考えられる11)。しかしながら一部の英米法系の国,特に米国,には 大陸法系にはない別種の間接奨励に相当する法律が制定されている。故意または重過失の場合を除いて病人やけが人の救助に 当たった医師等の民事責任を免責とするよきサマリア人法である。この法律は元々医師のみを免責とする主旨であったが,州 によっては一般人も免責の対象としており,全 50州とコロンビア特別区に制定されている31)58)。さらに本法は州法のみなら ず連邦法としても制定されている。例えば機内に搭載されている医療品の再評価等を定めた法律であるAviation Medical Assistance Act of 199816)のSection 5や連邦政府の建物内に自動式除細動器の設置を義務付けた法律であるCardiac Arrest Survival Act of 200019)のSection 4などがそれで,救助に当たった者や航空会社を保護する規定が記されている。よきサマ リア人法は法心理学的に救助を促進すると考えられているが88)89),その検証は難しい31)。

2.日本におけるよきサマリア人法の検討

 日本では直接強制に該当する法律はないが,救助時に被った身体的損害に対する公的補償制度も十分ではなく,補償制度が 充実しない限り直接強制に該当する法律の立法は救助者に不利となるため不適切と考えられる。これに対して,立法にて間接 奨励を行っても直接的に権利を侵害される存在がないように思われる。そしてその中心となるのがよきサマリア人法である。 交通事故などで居合わせた被害者に対する一般人の救助を促進する目的で,よきサマリア人法の新規立法を要望する声は消防 関係者から上がっており79)87),旧総務庁の「交通事故現場における市民による応急手当促進方策委員会」(以下委員会)や 「応急手当の免責に係る比較法研究会」(以下研究会)にて検討され,報告書及び法学雑誌「ジュリスト」上に結果を公表さ れた31)53)65)85)。

 この時は,委員会にて「救命手当ての普及促進を目的とした法制度を考えると,事務管理制度を経由することなく直接的に不 法行為責任からの免責措置を講じた規定を置くという方策も考えられる。しかし,現状においては,現行法の緊急事務管理に よってほとんどのケースをカバーでき,免責の範囲はかなり広いので」「将来的な課題として,補償関係等も含め,引き続き 慎重に検討する必要があるが,現時点では新たな法制定や法改正までは必要がなく,現行法における免責制度を周知させるこ とに力点が置かれる必要がある。」との結論が出された85)。

 これに対して研究会は日本版よきサマリア人法が必要だとの結論に達し,試案を提示した53)。試案における日本版よきサマリ ア人法のメリットとして,1)緊急事務管理にあたるかどうかを問題にする余地がないこと,2)医師,看護師,その他の救命手 当ての専門家も本法の対象となること,3)依頼されて手当てを施した場合であっても免責の効果が認められること,4)緊急事 務管理では手当て者の方が重過失がなかったことを証明して初めて免責が認められるが本試案ではこの証明責任を被手当て者 側に転嫁しているということ,などが挙げられている53)。

3.医師を保護するよきサマリア人法の新規立法にあたっての問題点

 機内医療に参加する医師を保護するための日本版よきサマリア人法新規立法にあたって明確にしなければならないことは,1) どの状況下の医師に適用するのか,2)事務管理における管理者の費用請求権(民法702条)との整合性,である。

 1)については航空機内だけに適用するのか,あるいは航空船舶など急病人を病院に搬送するのに時間がかかる状況に限るの か,もっと幅広く「診療に従事」していない医師全てに適用するのか,という問題がある。この点,十分な医療品がなくても 医師が対応できる疾患が少なからず存在し,機内のみならず道端でのボランティアの医師による診療活動を促進することにも 意味があることから,「診療に従事」していない全ての医師に適用することが望ましいと思われる。

 2)については現在学説上の争いがある費用(財産的損害も含める)と損害(身体的損害に限定)を明確に区別する規定を設け る必要がある。費用については高額になることは考え難い上に,実際に医師が急病人に対して請求する可能性は極めて低いと 予想されるため,急病人が医師に支払うという規定を設けることで十分だと思われる。損害については高額となる可能性もあ るため,公的補償制度の利用を規定することが望ましい。具体的には事務管理における本人の費用返還義務にて議論した芦野 説にある,公的補償をベースとして額が不十分な場合には急病人の過失に応じて国家及び急病人双方に妥当な額を負わせる, という方針に裁判所が関与する余地を設ける,という方向が適切だと考える。公的補償については,日常的に感染予防などに 細心の注意を払う習慣が出来上がっている医師に対して実際に適用される局面がほとんどないと想定されるため,対象となる 医師個人に対しては十分な補償額を用意することが可能で,これにより医師も急病人も保護され,財政的な負担も限定的に留 まるものと思われる。また,注意義務を軽減する以上,報酬規定は不要と考えられる。

 もちろん,裁判を受ける権利は何人にも保障されているため(憲法32条),よきサマリア人法により訴訟を100%抑えることは 不可能ではある17)62)。しかしながら,患者側の思い違いによる無事故訴訟が現実に起きている以上86),少なくとも無意味と も思える紛争から医師を保護することを医師・国民双方に対して宣明する必要がある。紛争が起こった際に弁護士に対する報 酬まで負担して医師を保護することにより,乗客として搭乗した医師の機内医療への参加を促す現在のJALやANAの「民間版間 接奨励」は大変優れたものであるが,航空自由化により競争が激化する中でどの航空会社にも出来ることではないし,万が 一,当該航空会社が倒産したら医師に対する保障も消失してしまう。法的には現行法に医師の身体的損害を保証した民法改正 もしくは特別法の立法がなされることで医師の立場を保護し得るものではあるが,心理的に医師の協力を促進するものではな い。機内医療に医師の参加を促し,世界的に見て高水準な日系航空会社の機内搭載医療品をこれまで以上に有効活用し,乗客 の安全輸送体制を確立するためにも,日本版よきサマリア人法の必要性について幅広い分野の者が参加して議論することが大 切だと考える。


まとめ

 航空機内における急病人の診療に関する医師の意識調査を行った。機内医療に医師のさらなる協力を得るために改善可能か つ最も複雑な問題は,法的責任問題の解決であった。緊急事務管理は医師からは不十分と受け取られている可能性があるた め,間接奨励の中心となるよきサマリア人法の必要性について,今後幅広く議論して行くことが重要だと思われた。


謝辞

 本稿を終えるにあたり,貴重なご助言と文献提供を賜りました駿河台大学法学部助教授芦野訓和先生,並びに航空医学専門 家以外の医師としての立場からご助言を賜りました旭中央病院神経精神科部長川副泰成先生に深く感謝いたします。


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94)滝井繁男,栗原良扶:救急医療法の再検討.ジュリスト,641,29-35,1977.
95)内田貴:役務型の契約.民法U,債権各論,内田貴著.東京大学出版会,東京,pp. 253-286,1997.
96)内田貴:不法行為法・序説.民法U,債権各論,内田貴著.東京大学出版会,東京,pp. 299-309,1997.
97)内田貴:事務管理.民法U,債権各論,内田貴著.東京大学出版,東京,pp. 509-518,1997.
98)内田貴:契約の成立.民法T,総則・物権総論,内田貴著.東京大学出版,東京,pp. 33-87,2000.
99)植木哲:医療の判例法理.医療判例ガイド,植木哲,斉藤ともよ,平井満,東幸生,平栗勲著.有斐閣,東京,pp. 2-91,1996.
100)山田卓生:救急病院の診療拒否と不法行為責任.ジュリスト,873,88-91,1986.
101)山口忍:私生活上の事実の公開.名誉・プライバシー保護関係訴訟法,竹田稔,堀部政男編.青林書院,東京,pp. 153-170,2001.
102)山本善明,安藤秀樹:航空機内救急患者発生と医療.日本医事新報,3674,136-137,1994.
103)山本善明:機内医療の法的問題.宇宙航空環境医学,355,194,1998.


図1

   回答者67名の専門科内訳は内科37.3%(25名),小児科または新生児科16.4%(11名),神経精神科11.9%(8名),産婦人科 9.0%(6名),泌尿器科6.0%(4名),外科または心臓外科4.5%(3名),皮膚科,整形外科,歯科口腔外科または歯科各 3.0%(2名),耳鼻咽喉科,眼科,中央検査科または臨床病理科各1.5%(1名),不明1.5%(1名)であった。

図2

 回答者の医師としての経験年数は,10年以上52.2%(35名),5年以上10年未満16.4%(11名),5年未満31.3%(21名)で あった。

図3

 ドクターコールの経験がある者は4.5%(3名)で,95.5%(64名)の者は未経験であった。

図4

 ドクターコールに遭遇したら申し出ると回答した医師は41.8%(28名),その時にならないとわからないと回答した医師は 49.2%(33名),申し出ないと回答した医師は7.5%(5名),その他1.5%(1名)であった。

図5

 医師がドクターコールに対して申し出ないと思う理由を問うた本項目は複数回答可であった。結果は,ドクターコールの時点 では急病人の病状が自分の専門領域か否かが不明確74.6%(50名),法的責任問題を問われたくない68.7%(46名),仕事中 ではない43.3%(29名),搭載されている医療品がわからない21.0%(14名),報酬の有無が曖昧0%(0名),その他6.0% (4名)であった。

図6

 診療に対する報酬については不要とするものが52.2%(35名),わからない22.4%(15名),必要11.9%(8名),その他 11.9%(8名),無回答1.5%(1名)であった。

図7

 よきサマリア人法を新規立法することが必要だと答えた医師は52.2%(35名)であり,わからない32.8%(22名),不要 10.4%(7名),その他3.0%(2名),無回答1.5%(1名)であった。


表1

 医師の経験年数とドクターコールに申し出る意思については,経験5年未満の医師にドクターコールにわからない・申し出ない と回答した者が多かったが,有意差は認めなかった。(Fisher's exact probability,p=0.13)

表2

 ドクターコールの経験と申し出る意思の関係。有意差はないものの,ドクターコール経験ありと回答した3名のうち2名は申し 出る,残りの1名はわからないと回答している。(Fisher's exact probability,p=0.57)

表3

 ドクターコールに対して申し出ると回答した医師はドクターコールに医師が躊躇する最大の理由として「病状」を挙げ,わか らない・申し出ない・その他と回答した医師は同理由として「法律」を挙げたが有意差は認めなかった。 (Fisher's exact probability,p=0.78)

表4

 報酬の必要性については両群とも不要とする意見が最も多く,有意差も認めなかった。 (Fisher's exact probability,p= 0.15) (無回答1名)

表5

 よきサマリア人法の新規立法の必要性については両群とも必要とする意見が最も多く,有意差も認めなかった。(Fisher's exact probability,p=1.0)(無回答1名)


Appendix:航空機内での急病人診療に関する医師の意識調査(質問票)


Q1 主な診療科はどれですか?
1.内科  2.小児科または新生児科  3.外科または心臓外科 
4.整形外科  5.リハビリテーション科  6.脳神経外科  
7.産婦人科 8.皮膚科  9.耳鼻咽喉科  10.眼科  
11.泌尿器科  12.神経精神科 13.形成外科  
14.歯科口腔外科または歯科  15.放射線科  16.麻酔科 
17.中央検査科または臨床病理科 

Q2 医師の経験年数は何年ですか?
1.5年未満 2.5年以上10年未満 3.10年以上

Q3 航空機内でのドクターコールを経験したことはありますか?
1.ある 2.ない

Q4 搭乗した機内でドクターコールがアナウンスされたら
   援助を申し出ますか?
1.申し出ると思う 2.その時にならないとわからない 
3.申し出ないと思う 4.その他(                    )

Q5 ドクターコールに対して援助を申し出る医師が気にかけるのは
   どんなことだと思いますか?(複数回答可)
1.急病人が自分の専門領域(あるいはわかる疾患)の範囲か否か
2.搭載されている医薬品・医療器具の種類について
3.診療した結果が悪かったときに法的責任を
    問われるのではないか
4.報酬の有無
5.その他(                    )

Q6 ドクターコールに対して医師が援助を申し出ないことが
     あるのはなぜだと思いますか?(複数回答可)
1.急病人の症状がアナウンスされず自分の専門領域の
  範囲か否かがわからないから
2.搭載されている医薬品・医療器具がよくわからないから
3.法的責任を問われたくないから
4.報酬の有無が曖昧だから
5.仕事中ではないから
6.その他(                                  )

Q7 機内で発生した急病人診療に対して報酬は必要だと
     思いますか?
1.必要 2.不要 3.わからない 4.その他(            )

Q8 現時点において機内で発生した急病人診療に関連する
      法的問題は明確ではありませんが,ドクターコールに対する
   医師の申し出率を上げるために「良きサマリア人の法」の
      新規立法が必要だと思いますか?
1.必要 2.不要 3.わからない 4.その他(            )

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