市立札幌病院医科研修問題

【判決文および関連資料】


目次
主文
理由(犯罪事実)
別紙一覧表
参考:
 1)裁判長の付言
 2)被告・弁護団の判決後記者会見より
 3)厚生労働省医政局医事課長回答 医政医発第87号


主文

平成15年3月28日宣告 裁判所書記官 福井 敬
平成14年(わ)第95号 医師法違反被告事件 判決

本籍 札幌市○○・・・・
住居 同市○○・・・・
職業 医師
被告人 松原泉
昭和25年○月○日生

主文

  被告人を罰金6万円に処する。
罰金を完納することができないときは、金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告人の負担とする。


理由(犯罪事実)

理由(犯罪事実)

 被告人は、札幌市中央区北11条西13丁目1番1号所在の市立札幌病院に勤務する医師であり、平成9年4月1日から平成11年3月31日までの間、同病院救命救急センター副部長、同年4月1日から同センター部長として、同センターの業務全般を管理しているものであるが、歯科医師である研修医A、研修医B及び研修医Cが、いずれも医師の免許を取得していないことを知りながら、平成10年8月から平成11年3月までの間、同年8月から平成12年3月までの間及ぴ同年8月から平成13年3月までの間、それぞれ前記研修医Aら3名を、順次、医師の資格を持つ研修医と同様の研修を行わせることとして同センターに受け入れ、当直医又は担当医として配置し、

第1 前記研修医A及び同センターの医師らと共謀の上、研修医Aにおいて、別紙一覧表番号1ないし4記載のとおり、平成10年8月26日から平成11年2月13日までの間、前後4回にわたり、同市白石区○○○先道路に停止した救急自動車内等で、歯科に属さない疾病に関わる患者である○○○外2名に対し、気管内挿管等の医行為を行い、

第2 前記研修医B及ぴ同センターの医師らと共謀の上、研修医Bにおいて、同表番号5ないし9記載のとおり、同年9月28日から同年10月6日までの間、前後5回にわたり、前記病院で、前同様の患者である○○○外1名に対し、右大腿静脈からのカテーテル抜去等の医行為を行い

第3 前記研修医C及ぴ同センターの医師らと共謀の上、研修医Cにおいて、同表番号10及ぴ11記載のとおり、平成12年8月14日及び平成13年2月4日の前後2回にわたり、前記病院等で、前同様の患者である○○○外1名に対し、腹部の触診等の医行為を行い、

もって、医師でないのに医業をなした。

(証拠の標目)括弧内の甲、乙の番号は、証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。

判示事実全部について

判示冒頭の事実について

判示第1の別紙一欄表番号1の事実について

同表番号2の事実について

同表番号3の事実について

同表番号4の事実について

同表番号5及び7の各事実について

同表番号6の事実について

同表番号8の事実について

同表番号9の事実について

判示第3の事実について

判示第3の同張番号10の事実について

同表番号11記載の事実について


(補足説明)

1 本件各行為が医師法17条に違反することについて

 別表記載の本件各行為は、いずれも医師法17条が禁止する医行為に該当し、医師の資格を持たない研修医Aら本件歯科医師らは、これらの行為を医師として行ったものであるから、医師法17条に違反して医業を行ったものと認められる。

 弁護人らは、本件歯科医師らは歯科医師の資格を持つ研修医として指導医の指導監督の下で、指導医の手足として本件各行為を行ったにすぎないから、本件各行為は医師である指導医が行ったものというべきであり、医師法17条に違反しないと主張する。しかし、そもそも、医師の資格を持つ研修医が研修として行う行為は、指導医の指導監督を受けていても、その研修医自身の行為と見るべきである。本件歯科医師らは、医師の資格を持つ研修医と区別されることなく、これと同様の立場で本件各行為を行ったのであるから、指導医の指導監督を受けていたとしても、その行為は本件歯科医師ら自身の行為と見るべきである。したがって、本件各行為は、医師の資格を持たない歯科医師が行ったものと見るほかはない。また、本件歯科医師らは、歯科医師としての資格と経験を有し、本件各行為で用いられた各手技についても歯科口腔外科の分野で相応の経験を積んでいたと認められるが、歯科医師が歯科に属さない疾病に関わる患者に対しでそのような手技を行うことは、歯科医師がその手技にどんなに熟達していても、明らかに医師法17条に違反する。本件各行為は、いずれも歯科に属さない疾病に関わる患者に対して行われたことは明らかであるから、医師法17条に違反する。

2 違法性が阻却されないことについて

 弁護人らは、仮に本件各行為が医師法17条に違反するとしても違法性がないと主張するが、本件各行為について違法性を阻却するような事由は認められない。

 すなわち、弁護人らは、歯科の患者の全身管理等に関する技術を歯科医師に修得させる必要があり、そのためには、医科の麻酔科や救急部において研修をする以外に方法がないところ、本件各行為はそのような研修の一環として行われたものであるから、社会的に正当な行為として違法性が阻却されると主張する。しかし、本件歯科医師らのような歯科口腔外科に属する歯科医師にとって、そのような技術の修得が求められるとしても、その技術を修得するために、突発的な事態に緊急に対応することが強く要求される救急医療の現場で、医師の資格を持つ者と全く同様の研修を行わせるという方法をとることは、そこで行われる個々の具体的行為の実質的危険性の有無及び程度にかかわらず、医師と歯科医師の資格を峻別する法体系の下では、許されない。本件各行為は、このような方法で行われた研修の一環として行われたものであるから、社会的に見て許容される範囲を逸脱しており、正当行為と評価することはできない。

 また、本件各行為は、反復継続して行われた行為の一環であり、いずれも処罰するに足りる実質的な違法性がある。

 なお、本件歯科医師らは、本件各行為が歯科に属さない疾病に関わる患者を対象としていることを十分承知していたのであるから、本件各行為が違法であることを認識することができたと認められる。

3 被告人が共同正犯の責任を負うことについて

 被告人の市立病院における地位は、判示のとおりである。同病院には、救命救急センターを含む31の診療科があり、各診療科の部長が各診療科の統括責任者となるものとされていたが、センターには実質的に被告人以上の地位の者がいなかったため、平成6年に医長となった当時から現在に至るまで、被告人がセンターの責任者として、センターに属する医師の統括、他の診療科との調整等を行っていた。

 市立病院における研修医の募集、採用、処遇、研修する各診療科への配置及びその期間の調整等については、病院長の諮問機関であるレジデント教育委員会の決定事項とされていたが、研修医の具体的な研修方法、研修内容をどのようにするかについては、各診療科の判断に委ねられていた。被告人は、平成6年ころから、センターの責任者として同委員会の委員を務め、研修医の受け入れについて他科との調整に当たるとともに、センターでの研修方法、研修内容の決定について最終的な責任を負っていた。

 本件に先立って、初めて歯科医師を研修医としてセンターに受け入れるかどうかが問題となった平成8年11月ころ、センターの上級医が話し合いをした際、出席者の1人から反対意見が出たものの、肯定的な意見が大勢を占めたので、被告人は、診断書等を作成する場合は医師と連名にするようにという注意をした以外は特段の留保をすることなく、医師の資格を持つ研修医と区別せずに取り扱うようにセンターの医師に指示した。その結果、平成9年1月1日から同年3月31日までの間、初めて歯科医師を研修医としてセンターで受け入れることとなったが、その歯科医師は、医師の資格を持つ研修医と同様にセンターの当直医のローテーションに組み込まれ、気管内挿管、中心静脈路確保等の医療行為を行った。本件歯科医師らは、このようにして始まったセンターにおける歯科医師の研修医として、順次センターに受け入れられたものである。

 被告人は、本件歯科医師らが行った本件各行為について個別に認識していたとは認められないが、センターの責任者として、研修内容について上記のような指示をし、その指示に従って研修が行われ、その結果本件歯科医師らが本件各行為を行ったのであるから、本件歯科医師らが研修医として本件各行為を行うについて、欠くことのできない決定的な役割を果たしたものと認められる。したがって、被告人は、本件歯科医師らが本件各行為を業として行ったことについて、単にその機会を与えこれを容易にしたというにとどまらず、同人らを直接指導監督する 立場にあった上級医らと共に、共同正犯としての責任を負う。

 なお、被告人は、歯科医師を研修医として受け入れるに当たって議論があったにもかかわらず、本件歯科医師らに歯科に属さない疾病に関わる患者を対象とする行為を行わせたものであるから、本件各行為が違法であることを認識していたと認められる。

4 その他の弁護人の主張について

 弁護人らは、このほかにも、本件公訴提起の手続が公訴権を濫用したものであり違法であるとか、医師法17条の規定が不明確であって憲法31条に違反するなどと主張するが、本件各行為が実質的に違法なものであることは既に説明したとおりであり、被告人の関与の程度に照らせば、本件公訴提起の手続に所論の違法があるとは認められないし、本件各行為が医師法17条の禁止する行為であることは明らかであって、何ら不明確な点はないから、同条の規定が憲法31条に違反しないことも明らかである。また、本件各行為を処罰することが、憲法22条に違反しないことも明らかである。


(法令の適用)

罰条

 第1ないし第3の各行為につき、いずれもそれぞれ包括して刑法60条、平成13年法律第87号による改正前の医師法31条1項1号、17条

刑種の選択
 いずれも罰金刑を選択

併合罪の処理
 刑法45条前段、48条2項

労役場留置
 同法18条訴

訴訟費用の負担
 刑事訴訟法181条1項本文


(量刑の理由)

 本件は、救命救急センターの責任者である被告人が、研修医として同センターに配置された歯科医師に医師の資格を持つ研修医と同様の医療行為をさせたという医師法違反の事案である。

 本件各行為は、そもそも、歯科の患者の急変状態等に適切に対応する能力、全身管理の能力等を身に付けたいという歯科医師側の要望に端を発したものであり、歯科医師らがそのような能力を習得しようとした動機自体は、非難されるべきものではない。むしろ、歯科医師がそのような能力を修得することは、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、国民の健康な生活を確保することにつながるというべきであり、歯科医師らに私利私欲を図る目的がなかったことは明らかである。しかも、本件各行為を行った歯科医師らは、いずれも歯科口腔外科という医科と重なる領域の専門分野で相応の経験を積んでおり、本件各行為を実施するについて、医師の資格を持つ研修医と比較して能力的に劣るところはなかったと認められる。実際にも、本件各行為によって、その対象となった患者の生命、身体等に具体的な危険が及んだという事実は認められない。このような事情に照らすと、歯科医師らによる本件各行為自体の犯情は、悪質とは言えず、歯科医師らについて処罰が求められていないことは、十分理由がある。

 しかし、被告人は、救命救急センターという人命に深く関わる部署の責任者の地位にありながら、医師と歯科医師との資格の違いについて配慮することなく、安易に、歯科医師の資格しかない者が医師と同様の行為をすることを長期間にわたって継続させたのであるから、その責任は軽くはない。検察官の主張するようにセンターの人材確保のために本件犯行に及んだとまで認めることはできず、もっぱら歯科医師側の強い要望に応えて、歯科医師らをセンターに受け入れたと認められることを考慮しても、被告人に対しては相応の処罰を持って臨む必要がある。

 よって、主文のとおり判決する。

(求刑罰金6万円)
(検察官平野達也、私選弁護人村松弘康外4名各出席)
  平成15年3月28日札幌地方裁判所刑事第2部


別紙一覧表

番号犯行年月日犯行場所患者氏名犯行の内容
平成10年 8月26日札幌市白石区北郷4条8丁目8番先道路に停止した救急<自動車内等P(当時27歳)気管内挿管、左大腿静脈路確保等
平成11年 1月10日同市中央区北*条西**丁目1番1 Q方等Q(当時87歳)気管内挿管、静脈路確保等
同年 2月13日市立札幌病院R(当時68歳)下大静脈フィルター挿入手術及び輸血の同意を得る目的での親族に対する手術内容、手術の目的、手術の危険性等の説明及び同意の取り付け
同日同上同上右大腿動脈血栓除去等手術において第1助手として筋鉤を用いるなどをすることによる手術の補助
平成11年 9月28日同上S(当時73歳)右大腿静脈からのカテーテル抜去
同日同上同上気管内挿管したチューブの抜去
同月29日同上同上左撓骨動脈からのカテーテル抜去
同年10月 3日同上T(当時6歳)脳圧センサー設置術等の同意を得る目的での親族に対する手術内容、手術の目的、手術の危険性等の説明及び同意の取り付け
同月 6日同上同上気管切開術の同意を得る目的での親族に対する手術内容、手術の目的、手術の危険性等の説明及び同意の取り付け
10平成12年 8月14日同上U(当時85歳)腹部の触診
11平成13年 2月 4日同市清田区平岡2条1丁目5番先道路に停止した救急自動車内等V(当時56歳)右大腿静脈路確保

(患者氏名、住所などは省略)


■参考1:裁判長の付言(閉廷前、松原被告に向かって)

 一言つけ加えます。あなたの医療や救急に対する熱意や貢献には敬意を表します。しかし、現行法では、医師と同様の研修をしたのでは医師法に明らかに違反します。あなたは問題を提起した。これからはあなたの経験や熱意を新たな制度構築などに生かしていただきたい。


■参考2:被告・弁護団の判決後記者会見(03/03/28)より

〇村松弘康弁護団長

〇松原 泉医師

「市立札幌病院問題 判決の日」(杉山正隆)より
http://www.evanam.jp/izm/journal/index.html


■厚生労働省医政局医事課長回答 医政医発第87号

 平成13年9月10日、厚生労働省が札幌市保健所の照会事項2点に対し、医師法17条違反であると回答したもの


【照会事項1】

 救急救命センターにおいて、歯科医師が歯科口腔外科の研修の一環として、歯科に属さない疾病に関わる診察、点滴、採血、処置及び注射等の医行為を次のように行う場合の是非について
 1)医師の指示の下において、歯科医師自らが行う場合。
 2)歯科医師が自ら行わず、看護婦に指示して行わせる場合。

【照会事項2】

 歯科医師が、歯科に属さない疾病に関して、次のように書類を作成することの是非について
 1)医師の指示の下において又は医師と連名により、診断書、死亡診断書及び処方せんを交付すること。
 2)死体検案書を医師と連名により交付すること。
 3)医師の指示の下において又は医師と連名により、添書・依頼書、指示せん、手術同意書、輸血同意書及び保険会社等に提出する各種証明書を交付すること。


【照会事項1】について

 一般に、歯科医師が、歯科に属さない疾病に関わる医行為を業として行うことは医師法第17条に違反する。

 したがって、歯科医師による行為が、単純な補助的行為(診察の補助に至らない程度のものに限る。)とみなし得る程度を越えており、かつ、当該行為が、客観的に歯科に属さない疾病に関わる医行為に及んでいるのであれば、医師の指示の有無を問わず、医師法の第17条に違反する。

 なお、歯科医師が、看護婦に指示して診療の補助を行わせることは、当該指示が客観的に歯科に属さない疾病に関わる場合には、当該指示自体が、医師法第17条に違反する。


【照会事項2】について

 一般に、診断書、死亡診断書又は処方せん(以下「診断書等」という。)の交付については、それが歯科に属する疾病に関わるものである限り、歯科医行為として、歯科医師が業として行うことは何ら法令に違反するものでない(歯科医師法第17条)。

 しかしながら、歯科医師が、歯科に属さない疾病に関して診断書等を交付することは、医師の指示の有無を問わず、医師法第17条に違反する。歯科医師が医師との連名により診断書等を交付する場合も同様である。

 また、歯科医師が検案書を交付することは、疾病の種類を問わず、医師法第17条に違反する。

 その他の各種証明書についても、歯科に属さない疾病に関する医学的判断を表示若しくは証明する文書又は医学的判断に基づく意見を記載した文章である場合、歯科医師が交付することは医師法第17条等に違反することとなる。

 なお、手術同意書又は輸血同意書については、事前の説明を前提としているものであるが、歯科医師が歯科に属さない疾病に関するものについて、同意を得ることを目的とした説明を行うことは、医師の指示の有無を問わず、医師法第17条に違反するものであることから、当該同意書を交付することも許されない。歯科医師が医師との連名により当該同意書を交付する場合も同様である。


□関連資料:http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/02/shika.htm