JR福知山線脱線事故の対応

 

兵庫医科大学病院 中央放射線部 源 貴裕

第一報

思いもせぬ大惨事-から、はや1ヶ月が過ぎました。御亡くなりになられた方々の 御冥福をお祈りすると共に、事故に遭われました方々には御見舞い申し上げます。

当日、兵庫医科大学病院には113名の負傷者の方が搬送され、内91名の方の 撮影が行われました。予期せぬ大惨事に対して大きな問題が生じることなく 対応できたのは、適切な上司の判断と現場で対応にあたった担当者たちの機転の 効いた対応、そして何よりも連携プレーによる迅速な対応が行われたチーム ワークによるものだと今回改めて痛感致しました。 今回の第一報では、事故当初における救急対応時の病院の様相を中心にお伝えさ せて頂きます。

事故発生から十数分後、尼崎消防本部から当院救急救命センター に事故の第一報とそれに伴う患者搬送の要請が入り、我々中央放射線部にも緊急 対応依頼の連絡が入りました。当初は「脱線事故発生、多数の負傷者が搬送 されてくる」との情報しか入らず、何処でどのような事故が発生し、どのような 状況かも把握できないまま、電話を取り次いだ私は上司に報告し、緊急体制に 入りました。その時点では午前9時40分すぎで、もちろん外来業務は始まっていた ため、救急救命センターの医師・看護師を中心に各病棟の医師・看護師等(百数十 名)がスタンバイし、我々中央放射線部でも、私を含めた当直明けの技師2名と 当日の救急救命センター担当技師1名にて準備に入りました。
当院では、救急救命センターに向かい合った形で、通院中の時間外の患者さまに 対応する時間外外来の施設があり、今回負傷者はトリアージカードを用いて重傷度 の高い方は救急救命センターへ、中度の方はその時間外外来へ、軽度の方は1階 ロビーと振り分けられる対応が執られました。そこで我々は、病室撮影用の ポータブル装置を救急救命センター処置室(ストッレチャー3台のスペース)に 1台、時間外外来診察室(診察台10台程)に2台設置しました。軽度の負傷者の 方には一般撮影室まで脚を運んで頂きました。

9時50分、最初の負傷者が搬送され、待機していた我々3名にて撮影・撮影介助・ 現像に作業分担し対応しました。その後は救急車だけでなく、列車の座席シートを 担架代わりにして警察護送バスやパトカーにて搬送された負傷者が次々と集まり、 痛みと不安のため泣き叫ぶ人や裂傷のため全身血だらけになった人、その上に当院 のスッタフや消防・警察関係から報道関係と人だかりになり、まさに野戦病院に いるかの様相でした。負傷者が増えるにつれ救急救命センター処置室に技師1名、 時間外外来診察室に技師2名と分担し、一人で撮影から現像まで全ての作業を 行わなければならない状態になりましたが、時間が経つにつれ手の空いた技師が 集まり、ポータブル装置1台につき撮影・撮影介助・現像の作業分担が行える ようになり、迅速に対応できるようになりました。

撮影に関しては、当院では通常なら撮影オーダーはRISにて依頼されますが、 今回のような場合、迅速にかつ、より多くの負傷者の方々の撮影が行えるように ポータブル装置に可能な限りカセッテを載せ、その場で撮影依頼を確認し撮影を 行いました。撮影されたカセッテは負傷者ごとにまとめられ、撮影者から現像 担当者に患者情報や撮影情報が口頭もしくはメモで伝えられ、その情報をもとに 現像し、新たなカセッテを再び現場まで運んで来るような形態を採りました。 撮影はできる限り、1部位につき必要な方向1方向の撮影にして頂きました。 患者さまの氏名等の情報は、トリアージカードの番号や氏名で確認登録し、 少ない情報ですがフィルムの間違いが生じないように努めました。入院中の患者 さまの一般撮影・病室撮影に関しては、緊急性の低い方は午後の撮影にして頂き、 外来一般撮影では1室のみを一般外来撮影専用とし、残りは負傷者の方の緊急撮影 に使用しました。またTV装置や治療用シミュレーターも可能な限り使用し撮影を 行いました。CT撮影においても負傷者の方の緊急撮影を優先とし、予約の患者さま は、そのあい間に撮影を行う形を採りました。
撮影のピークは午後12時前後となり、勿論誰もが昼食も取れないまま撮影を続け、 落ち着いたころには午後1時を過ぎていました。しかし、軽症の方々の撮影は、 まだまだ残っており交代で食事を済ませ、撮影し終えたのが午後4時前でした。

今回の事故に遭われた方々には申し訳ないのですが、今回の事故が平日の 日中で業務時間内であったこと、そして人材・機材が十分に使用でき迅速な 対応が行われたことにより被害を最小限に止めることができたのではなかろうかと感じております。もし阪神淡路大震災のように夜間帯で人材・ 機材も十分に対応できない場合に起きた大惨事を考えると、我々はどのように 対応すれば良いのか不安でなりません。

第二報

第二報では、今回の対応での良かったことや問題点、間違って伝わっている 情報等についてお伝えできればと思っております。
あの事故からもう2ヶ月が過ぎました。運休していたJRも動き出し、 あの大惨事を忘れられたかの様に、世の中は元の動きを取り戻しています。 しかし、我々はこの度得た経験と教訓を忘れることなく、後輩たちや他施設の 方々にお伝えすることが、この災害を経験した兵庫医科大学病院の役目だと 考えております。 当院では消防訓練は勿論のこと、阪神大震災を経験したことを教訓に大規模 災害の受け入れ訓練も行われています。その成果があったのか、今回の災害で も大きな混乱もなく、多くの負傷者の方々を受け入れることができました。 その中で、訓練では現れなかった幾つかの問題点も浮き彫りになってきました。 第二報では、実際に経験したことにより感じたこと、問題点などを中心にお伝 え致します。何が正しい方法なのかは、ここでは言及いたしません。そこで諸 先輩方をはじめ皆様には、お伝え致します内容を参考にして頂き、今後の活動 に繋げて頂ければ幸いかと存じます。

1. 状況把握について
当院では各撮影室までには至りませんが、各部署に院内ネットワークの端末 が数台設置されております。TVやラジオ中継には及びませんが、インターネ ットの活用で事故等の状況が把握できました。しかし、今回救命救急センター 撮影室には、端末が設置されておらず、現場での事故の状況は判断できません でした。
2. トリアージタグについて
重傷度の判定についてトリアージタグの有用性は、周知の通りだと思われま す。一度に大勢の患者さまが来院したことや予め発番しておいたトリアージ タグの不足等の問題で、タグを所持されない患者さまやタグ番号が無く氏名 のみ書かれたタグの発生等の問題があり、患者情報の統一がなされません でした。
また、患者さま自身がタグについての認識がなく、タグがゴミ箱に捨てられ るなどのケースも見受けられました。医療関係者だけでなく、一般の方々にも 広くトリアージタグの認識を深めて頂きたいたいと感じました。
3. ポータブル装置の利用
被曝の問題はありますが、ポータブル装置の可動性の良さを再認識いたしま した。今回のように一度に多くの患者さまが搬送されたときには、医師や看護 師はその処置で手が離せず、撮影指示を頂く状況ではありません。今回は処置 現場にポータブル装置で出向き、こちらから撮影依頼を聞き出して撮影を行い ました。ポータブル装置の使用にあたっては、装置の整備等にも注意が必要か と思われます。充電不良では、多くの撮影ができません。
4. 役割分担・連携
一人で撮影を行うと現像処理に時間が取られ、撮影を待って頂くことになり ます。撮影・撮影介助・現像処理と分担・連携作業を行うことで時間のロスが 少なくなり、一度に多くの方々の撮影を行うことができました。連携プレーの 重要性を感じました。
5. 一般外来患者の待ち時間
待合室でのTV等から情報を得ていたためか、一般外来の患者さまや予約の 患者さまからは待ち時間における苦情はありませんでした。負傷者の方々を優 先しつつも、出来る限り一般外来の患者さまを撮影したためでしょか?全館 放送等を通じて、今の状況を一般の患者さまにお知らせするのも一つの手段 かもしれません。
6. 情報(氏名等)の間違いと修正
一度に百名近い患者さまを撮影したにもかかわらず、フィルム違い等の問題 は、ほとんど発生していません。ただ、患者情報が番号のものや氏名のものが 混乱し、後日、情報整理や患者情報の修正にかなりの時間と労力が割かれ ました。このような事故の場合、今後裁判等の問題もあり、本人確認や撮影時 間など出来る限り正確な情報を簡単に入力・参照できるシムテムを準備して おく必要があります。
7. 噂
当日、当院では事故による負傷者のアンギオ検査は行われておりません。 しかし後日、発覚した噂では、止血目的で何人もの方々のアンギオ検査が 行われ、夜遅くまで検査が行われていたと言う事でした。真実とは異なり、 噂はどんどん大きくなっていきます。
8. デジタル化の問題
当院では一般撮影系は全面CR化されています。どのメーカーでも現像処理 前に患者情報や撮影情報の入力が必須となります。撮影オーダーがRISにて 行われている当院では、そのため現像処理において各情報を手入力で行った ため、手間取りました。予めデフォルト情報を作成して置くのも良いかもしれ ません。
9. 夜間帯の大惨事への対応
今回の事故は、業務時間中であったため、機材や人材を豊富に使用できまし たが、夜間帯など時間外の場合、どのような対応をとるのか、それぞれの施設 で再認識された方が良いかと思われます。震災のように機材が十分に使用でき ない場合もシミュレーションされて置いた方が良いでしょう。
最後に阪神地区の会員の皆様をはじめ、今回の事故に携われた技師の皆様、 本当にご苦労さまでした。私の施設での経験を皆様に周知いたしましたが、 この報告が近い将来起こるとされている東・南海地震や、各種の大規模災害で、 皆様の施設の垣根を越えた連携プレーの実践の一助にでもなればと願っており ます。これにてJR福知山線脱線事故の報告を終えさせて頂きます。二度に わたり、執りとめのない文章をお読み頂き、有難うございました。
(2005.06.25)