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2007年03月 アーカイブ

2007年03月02日

交差点

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「OpenSky 2.0」に行ってきました。

これは、八谷和彦というアーティストが、
「個人的に飛行装置を作れるか検証する」
という目的で始めたプロジェクトの展示会です。


彼のことをほとんど知りませんでした。
ただ、夢見がちなことを現実にしてしまおう、
という、たいそう夢見がちな行動に惹かれただけです。


その過程の一部始終が、携わった人の気持ちも含めて克明に記録されており、
私はこの人の「真剣さ」に、「思い」に、すっかり虜になりました。

さらに素晴らしいのは、
この展覧会が、
展示そのものが楽しめるよう
しっかり見る人が意識されたものであったことです。脱帽でした。


クイズに正解して、東京の空をシミュレーターで飛びました。
操縦の難しさから八谷氏の努力を感じ、
上から見下ろす景色に夢の続きを心から応援しようと思いました。


そしてさらに夢かと思ったのは、
高校時代の友人と、その会場ではちあわせしたという偶然です。
展示会場を上から見下ろしながら、空を飛ぶことに思いを馳せ、
後ろを振り向くと、見たことのあるシルエット。

いろいろなものの交差点を見ました。

八谷和彦 「OpenSky 2.0」
会場: NTTインターコミュニケーション・センター
スケジュール: 2006年12月15日 〜 2007年03月11日
住所: 〒163-1404 東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー4階
電話: 0120-144199

2007年03月03日

ちょっと大きいことだけど

夜ご飯を食べながら、NHKをつけていた。

「その時歴史は動いた
  東京オリンピックへの道 〜平和の聖火 アジア横断リレー〜」

1964年東京オリンピックで、田畑政治氏が見せようとした
平和への思いに心打たれた。

聖火は日本が第二次世界大戦で闘ったアジア地域を巡り、
台湾・沖縄を通って東京まで運ばれた。
そして最終ランナーを務めたのは、
原爆が投下された1945年8月6日に広島で生まれた坂井義則青年。

その思いは全選手に波及したのか、
熱闘が過ぎ去った閉会式、
各国の選手たちが国の壁を越えて共に入場してきた。
入り乱れてはためく万国旗がまぶしかった。

それから40年が経ち、
また東京でオリンピックを開催しようという気運が立ちこめ始めた。
今年はその流れに勢いをつけるかのように、
東京という大都市の真ん中で3万人規模のマラソンもスタートした。

2016年にもし日本でオリンピックができるとしたら、
スポーツという国の壁を越えた共通点を通して平和を願った田畑氏の熱意を、
また52年の歳月を経て、再燃させられたらと思う。

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昨年1ヶ月アメリカにいた時、どうしても払拭できなかった違和感は、
一回りも二回りも年上の看護師さんを、First Nameで呼ぶことだった。
それは単純に年上であるということだけでなく、
本当に尊敬すべき人であったからなおさらのこと。
丁寧語と普通の言葉とを使い分けられない、
尊敬を伝える術が分からない、ことへの違和感。

その時思った。私は日本人だ。
上下関係厳しい教えが、体の中に流れている。
そういうものを大切にすることの欠点もあるけれど、
良い点だとも思った。

そういう古き良きを守るということが、
必ずしも価値のあることだとは思わないけれど、
「これからどうしていきたいのか、どんな国にしていきたいのか」
という願いや希望を持ち、
それを実現するために残すべきものは、残していくべきだと思う。
決して周りの状況から「こうすべきだ」と判断するのはなく。

たとえば、
「日本が武装を拒み続けるのは、世界情勢に反することで、平和憲法は改正すべきだ」
ということではなく、
「平和を願う国にしたい、だから平和憲法を残そう」
という願いとそれを実現する意志を持つ姿勢をとるべきだということだ。
(『平和憲法を世界遺産に 中沢新一・太田光』)


日本が平和を伝える上で、
私が感じたその厳しい教えは、
きっと大切な考え方だと思う。
人を思いやるのが、平和へ繋がると思うから。

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小田急線が終点の新宿駅に着いた時、
「この先もお気をつけていってらっしゃいませ」
と車掌さんがアナウンス。

2016年に東京でオリンピックが行われるとしたら、
私は、日本人として、
控え目で、他人を尊重する日本人の文化で、
ここにやってきた様々な国の人々を、
あのアナウンスみたいにもてなせたらいいな。

2007年03月15日

これは何本?

何事にも気乗りしない気分を変えたくて、
パッチアダムスのDVDを見始めた。


医学部の特殊かつ閉鎖的な環境に存在するルールをはみだそうとも、
患者のためになることならいとわず実行するパッチ。
それを良く思わない医学部長。


ルールというのは、
ある失敗に対する反省や、起こりうる失敗への予防として生まれる。
だけどその実情を忘れると、そのうち、
「ルールさえ守っていれば」という甘えや、
「ルールは守らなければ」という本質のはき違えが、
起きてくるのだと思う。

というのも、とあるテレビ番組で、
「マニュアルというのは、失敗の積み重ねで出来上がっているが、
 最近はその”失敗”を知らずに、マニュアルさえ守れば、と考える
 ”偽ベテラン”が増えている」
という言葉を聞いたから。

それぞれの世界は各々特殊だからこそ、
厳格なルールが適応される必要があるわけで、
しかしその本質を見失っては、
そのルールは形骸となり、時に弊害となるわけで。


なぜこのルールがあるのか?
なぜこの過程が必要なのか?
その疑問と答えの繰り返しだ。

2007年03月30日

6+6×3=24

あとがきだけ読み残した本がたくさん積まれていて、
ここ数日は、
それらを一気に読みこなして本の背表紙をパタンパタンと閉じていく、
そういった日々だった。


世の中が高速で春めいて、
境界線がぼんやりとした限りなく白に近い桃色に
視界の端々が染まっている。

毎年見てきた桜が、今年はいっそう大切に感じられた。

自分がこれまで走ったり、歩いたり、立ち止まったりした道を
もう一度おさらい。寒い冬から新しい春への移り変わりの中で。
それは涙を誘うに十分なほど感傷的な作業。

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24年間を過ごした土地を去ります。
6年間お世話になった小学校は、
現在立て直しの真っ最中で瓦礫の山。
6年間お世話になった中高は、
今どうなっているのかな。
6年間お世話になった大学は、
これまでもこれからも大切な仲間との
大事な繋がりの場所だ。ありがとう。

最後の本を読みきって、背表紙を閉じる。ぱたん。

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