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2006年07月 アーカイブ

2006年07月08日

詰め込む

専門性のある人に対して、説得力がある人になるためには、
どんなに問題意識が強くても、知識なくちゃだめなんだ。

その事実を常に頭に置きながら、知識を詰め込む努力をしなくちゃいけない。
今に疑問を抱かなくちゃいけない。
私は何を目指してたんだっけって、方向修正しなくちゃいけないんだよ。

魔法はなかなか解けちゃくれないが、少しずつね。

2006年07月10日

言いたいこと

なんだかんだ言って、言いたいことや主張したいことはいっぱいあって、
「しろばかり」はそんな場所になってた。
あんな生産的な文章を自分が書いていたという事実が、
今となっては驚愕だったりする。
でも是非、あんな文章をまたかける活力を持ち直したいと思う。


今日江國香織の「とるにたらないもの」というエッセイを読んでいて、
私もあんな風に自分の日常からいろいろ想像を膨らませたり、
いろんなことを関連づけたりして、物事を考えたいと思った。

しろばかりを書けていた頃は、少なくとも今よりその地点に近かった。
もう一度手を伸ばしてみようね。

2006年07月25日

夏色

先週金曜日でいよいよ病棟の実習が終わった。
私が11ヶ月弱で出会ってきた患者さん、先生方のことを思い出している。
失敗したことも、嬉しかったことも、いっぱいあった。
だけど、支えてくれた人たちのおかげで何とか終えることが出来た。

そんなありがとうを伝えた友達は、
実習が始まった当初、本当に心が乱れてしまっていた私を見て、
「混乱していた」と言った。

2週間毎に変化する状況に対応して行く術を知らず、
周りの新しいものに、怯え、不安を隠しきれずにいた。
頭の中は「混乱」していたのだろう。

父はそんな私の話を聞いて、「どうしてそんな大変な実習を課すのか。」
と疑問というか、答えというか、そんな言葉をくれた。
これから出会うたくさんの患者さんの前で、混乱しないように。これは訓練なのだ。


そんな毎日が嘘のような流れの緩やかさが今ある。
となりの家から漂ってくる夕飯のにおい。
暑さに混じる涼しい風。
夜寝る前に心を落ち着けて本を読む。

夏だ。夏がやってきている。
心はそれにおどるおどるおどる。
また外へ向かって行こうとする心が育つ。

二つの世界を行き来する術を、この夏は身につけよう。
基礎の上の彩り。そういうものを持つ人になりたいから。

2006年07月26日

赤ちゃんが生まれる時

Lingkaranという雑誌があって、ある日その雑誌のwebsiteの掲示板を読んだ。
以前お産を特集した号があり、その記事に対するコメントだった。

4年前に帝王切開で子供を産んだお母さんの傷み、
雑誌で奨励された「自然なお産」に対する疑問、
そういった言葉が書かれていた。

帝王切開と知った時の悲しみ。
自然分娩できないことの悲しみ。
私は想像してなかった。その言葉を聞いて初めて知った。

10ヶ月前から片時も離れず、成長を見守ってきた我が子を、産む。
ずっと夢見たその日を、その時を、掴めなかった悲しさ、悔しさ。


小さい頃、お母さんとお風呂に入った時、
おへその下の方にまっすぐ線が入ってた。
私とお兄ちゃんはそこから出てきた。
あの傷の痛みより、ずっと大きな傷みを抱えていたこと、全然知らなかったよ、お母さん。


安全に産むこととと、良いお産は別だって、Lingkaranの記事に書いてあった。
お母さんも子供も、無事でいられるように、医者は安全な道を選択する義務がある。
だけどそれで選んだ道が、お母さんの傷みになっちゃうんだと思うと、
とても悲しくなった。

安全に産むことと、良いお産は違うけど、
危険を冒してまで自然な分娩にこだわることは、医者として正しくない。
だけどそのコメント書いたお母さんは、傷ついた。

これからどういう可能性があるのか、これから何が起こるのか、
不安なお母さんにきちんと説明したり、
全てが終わった後、
10ヶ月前からの夢が消えてしまったお母さんの気持ちを思いやったり、
ここがスタートだということを伝えたり、
そんな言葉のキャッチボールがあれば、違っていたかな。


産婦人科医が足りない。家の近くでお産ができない。
そんな人手不足の中で、母体を救えなかった医者が捕まった。
自然分娩が叫ばれる。医者は敬遠される。

これからそっちに行く私だから、そんな実情に目を覆いたくなる。
でもその事実から目を背けずに、これから何ができるのか、何をしなくちゃいけないのか、
そういうことをいっぱい考えなくちゃいけないんだと思う。

2006年07月28日

家族の風景

先週の土日、お兄ちゃんとお姉さんが来た。
私は土曜日カラオケオールした後、朝の6時頃帰宅した。
机の上に置いてあった紙袋は、頼んだお土産。
かわいらしい色とりどりのネックレス。ありがとう。

ひと眠りして9時頃ごそごそ起き出すと、
二人は朝食を食べていて、テレビを見ながらおはようって言って。
二人のイタリア新婚旅行の写真を遅ればせながら見た。
無言で。

結局二言三言話しただけで、さよならした。


結婚する前にお姉さんが来たとき、
私の話が遮られたことがあった。
それに気づいてくれたのは彼女だけで、
その時なんとなく気まずい思いをさせてしまったことがある。
でも、私自身、お兄ちゃんが出て行った後に起きた家族関係の変化を実感し、
一方で4人だったときの家族内の位置を思い知らされた気がして、
途方に暮れ、それどころではなかった。
せっかく気遣ってくれたのに、ごめんなさい。

お兄ちゃんとお姉さんの妹たちは、仲良しだ。
でも私とお姉さんはそんな風になれてない。
私とお兄ちゃんの仲が良いわけではないので、仕方ないことなのかもしれない。

縮めたくて仕方ない距離を縮めることに臆病だ。

新しい存在が増え、家族は急速に変化をしていく。
ゆるがないと思っていた私と父や母との関係すら、
きっとそれによって小さな変化を重ねて行く。

8月13日にある、祖父の米寿の祝いには、
祖父母、父母、叔母、叔父さん一家、兄夫婦が一同に会する。
その時また、私の位置というものを思い知らされるんだろう。
正直なところ、心が乱れる気がして不安だ。

でも本当に本当に正直なところをいえば、
すごいくだらないけど、
自分に注目が集まらないことが、面白くないだけなのかもしれない。

あの誕生日会の時みたいに。

2006年07月29日

かぜをひく時

うつ病の番組を見た時のジレンマ。
うつ病の人が抱える無気力・自責感といったものに対して、
寛大でいること、受け止めてあげることが大事だと思う。

一方で、「うつ病」を支える人たちは、
それだけの心の余裕を持つことができるのだろうか、と疑問に思う。
それは「うつ病」の人が吐露できない理由の一つであると思う。

大うつ病は「病気」だけど、ストレスで落ち込んだりするのは「病気じゃない」のか。
その境界線はDSM-IVの診断基準で区切ることができるものだろうか。

「うつ病だと思ったら、早く専門医に」
というのは、正しいけれど、それだけじゃないんだと思う。
うつ病の極期は、薬を使ったり、精神療法を受けたりする必要があるんだろう。
でも、本当にその人がうつ病を克服するには、
再発することを防げる環境を作る必要性があるのではないかな。

うつ病は内因性の病気だから、きっかけがなくても再発してしまうことがあるけれど、
その時、話が出来る身近な存在を作っておくとか、家族が支えていくとか、
そういう環境が整って初めて、その人の病気が克服されるんじゃないかと思う。
そうなると克服と言うか、共存と言うか、そういうことだ。

うつ病が治るのだろうかという不安の発端は、
うつ病そのものが悪い方向に向かっているのと同時に、
うつ病である自分を拒否している自分が存在してしまっているのだと思う。
これは本当の私じゃない。こんなんじゃない。
そういう風に自分を拒否しているんだと思う。

でも、リスクファクターとなるような病前性格があり、
再発を繰り返しやすいことも考えたら、
自分の一部として包含していく必要があるんだと思う。
「治った」っていうんじゃなくて、
「コントロールできるようになった」っていう、そういう方向が、
目指すべきところなのかな。


私を襲いつつある頭痛に、その言葉を捧ぐ。

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