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2005年08月 アーカイブ

2005年08月04日

ちがうことなのかな

最近思う。憧れるのと好きになるのは、別のことではないかと。

憧れるというのは、つまり自分がそのような人になりたいということだ。
好きになるというのは、その人になりたいわけではなくて、
その人に自分を一番だと思って欲しいということではないかと思う(こっちは自信なし)。

つい昨日くらいまでは、私ってのはそれをごっちゃごちゃにしていて、
憧れていてる人が好きなんじゃないかと思いこんでいた。
でもその人と二人でいる姿を何度想像してみても、ちっともしっくりこなかった。
結局私はその人の一番になりたいわけではなく、その人になりたいのだ、とようやく。
結局は好きな人なんていない生活が続くのだ。

昔高校の陸上部を辞めた時に「自分の好きなことを見つけることができる人は
何かを本当に一生懸命やっている人なんだよ」と顧問の先生に言われました。
私はその言葉に何度も何度も助けられ、尻を叩かれ、ここまできた。

きっと自分の好きな人を見つけることができる人も、何かを本当に一生懸命
やっている人なんじゃないかと思うので、
私は走ったり、勉強したり、英語を練習したり、今できることを精一杯
やっていきたいと思うのです。

はあなんて女子っぽい。恥ずかしい。

2005年08月18日

謙虚さと自信の同居

先日から3日間の病院実習に行ってきた私。
そこは夜の救急当直をほぼ研修医が担当しているという、
研修医に厳しい環境を提供する病院だったので、
そこで働く研修医は大学病院で見る研修医よりも医者として自信のある顔つきをしていた。

けれど私には自信が服を着て歩いているようにも見えた。

確かに診断能力や処置能力そしてその迅速さは素晴らしかった。認めざるを得ない。
それはまだ病棟実習もしていない、何の実力もない、机上の知識しかない
医学生のひがみからくるものなのかもしれない。

しかし患者さんを乗せたベッドが、CT室やレントゲン室と処置室を行き来する間、
何度も患者さんの家族の前を通り過ぎた時、その不安は顔に明らかに滲み出ているのに、
言葉がかけられることはなかった。
私はそれを差し置いて自信を振りまくことには、とても違和感を感じた。

私が感じた違和感のことを友達に伝えたら、自信というのは内に秘め、
謙虚さというのは外に振りまくものだという言葉が返ってきて、その違和感のわけを知る。

医学に裏打ちされた自信を内に秘めながら、
患者さんや家族に対する謙虚な態度を振りまく。
それこそ私が理想とする人間像。

2005年08月21日

わくわく感

先週の終わりから今週、ずっと頭痛などの体調の悪さに悩まされて、
アップダウンはあったんだけど、昨日やら今日やらは、
夏休みの目標をかなり思い描きながら行動することができて、
完全な満足ではないけれど、それでもよい日々が過ごせた。

そしてなぜか明日からの陸上合宿が楽しみでたまらん。
自分がどれだけ走れるようになるのか、やれるだけやってやろうじゃないか。
そんな気持ちだ。

2月の終わりからすっかり走るのをおざなりにしてきた代償に、
この間の大会は散々な結果を残した。

だけど、おかげさまで今の走欲はすごいすごい。
あとは体調さえもう少し我慢できるようになれば、
いっぱい練習できると思う。
だいぶ我慢できるようになったから、
もう少し我慢できるようになれればいい。

ピアノそんな1週間を過ごしている中でやっぱり私には音楽が流れていて、
ふと郁子ちゃんの「たのしそうかなしそう」を聞いたとき、
この曲が1年中私の中にいて、
「ああこの季節がやってきたんだなあ」って
夏の終わりが近づきつつあるのを感じた。


雨待ち風そして今年新しいこの季節の曲に、
スキマスイッチの「雨待ち風」が加わる。
情景がばーっと広がる。こころがしんとする。


今は深夜2時。
どっかから風鈴の音がする。
3時間後にまた起きなくちゃ。
たくさんの成長を期待して、これからを進みたい。

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