« 2005年04月 | メイン | 2005年06月 »

2005年05月 アーカイブ

2005年05月07日

けなされ続けた人の顛末

毎度のことだ。母親との口論。
口論という熟語にするほどのものでもない。
ひらがなで書く「くちげんか」程度のものだ。

それが私を地の底へと追いやる。

私が作った部のコンサートのポスターに対して
母が「直した方がいいよ」と言った。
「大丈夫だよ」と言ってその場は流した。

その後コンサートの会場からチェックの電話があり、
いくつか連絡先の記載など事務的な内容について訂正が必要となり、
再び作り直すことにした。

その電話を勝手に聞いていた母親が口にした「やっぱり」という言葉。

ひどく腹が立った。
いつも私をさげすむその言葉。


どうして私をいつもさげすむんだ。
どうして私のことをいつも下に見ているんだ。
けなされ続けた私は、どんな他の人が言っても「アドバイス」ととれる言葉すら、
相手が母親になると、basicに「否定されている」という想いを付け加えてしまう。
だから「アドバイス」は「罵倒」に変わる。
そして「やっぱり」という言葉がその想いに拍車をかける。

それでも母は祖父にけなされ続けたと聞く。
連鎖している。
仕方のないことだよ。
理解して、理解して、押し込めて、押し込めて、鎮める。

連鎖を切る。

世の中の大人が、子供をけなすことと、愛を持って注意することを
見まがいませんように。
私がそういう大人になりませんように。

2005年05月08日

伝える

私は区報とか新聞のイベント欄をよく眺めている。
「このシンポジウムに行ってみようかな」とか
「このイベント参加してみようかな」とか
いろいろと思うところはあるのだけれど、たいていの場合それは思うだけで終わる。
「わざわざ行く必要があるのかな」「このイベントに行く意味があるのかな」
「興味本位じゃない?」「何を目的に行くの?」
いろいろ考えて、結局足を運べずじまいに終わることが多い。

そんなことを思っていた3月のある日、読んだのが、下の一言。

  でも足を運んでみる。人に話しを聞いてみる。
  そんなことが重要じゃないかなって、最近よく考えています。

これは、東京カフェマニアの川口葉子さんなどが
リレー形式で綴っているブログで見つけたもので、
ベンチャー起業家の関根健次さんが綴った言葉である。
中国茶と茶器のチンシャン・ほんわか茶飲み日誌: 伝えるということ


結局自分で体験したこと程、説得力のあるものはないわけで、
伝聞を伝聞しても、いまいちぴんとこない。
それは伝聞ではなかなかものごとを自分の言葉にしづらいからだと思う。

石橋を叩いて叩いて渡らない私。
時々はもっと冒険してみるのも悪くないんでない?

ピラティス

今日は最近よく耳にする「ピラティス」を体験してきた。
何でも第一次世界大戦のドイツ軍兵士のリハビリ用に開発されたものらしく、
体への負担が軽いということで、広い年代に通用するものとして、
重宝されてきたものらしい。

ヨガを基本としてやっているらしいが、そもそもヨガを知らない私は、
呼吸法が最初難しく、なかなか言われた通りにできなかった。
さすがに部活で筋肉は鍛えているので、
運動そのものの大変さはさほどないものの、
やはり本来のピラティスには遠いようだった。


レッスン後、先生と受講生とのお茶会に少し参加した。
みんなおそらく働いている女性たち。
私としてはそんな人たちに囲まれて話をするのが、
なかなか興味深い体験だった。

前回も講習に参加したと言う人がピラティスについて
詳しく知っており、またその受講動機も非常に明確なものだった。
他の人々は、レッスンが行われたIIDという場所に興味を持っていたり、
その他様々な思惑があったようだが、
今の世相がここに凝縮されているような、そんな想いがした。


こうして知らない世界にもまれるのもまた一興。

2005年05月09日

エネルギーの使い道

人間は食べたものをATPに変えたり、熱に変えたりするわけだけど、
せっかくのエネルギーだし、そいつを怒りという感情に使うのは
何だか少し浪費家だよね。

心穏やかなる生活を営もうの会。

2005年05月20日

嬉しいこと

05052001.jpg

 金曜日は朝から歯学部の方で口腔外科という授業を午前中受けていました。みんなちょっと週末でお疲れ気味。授業の合間に教室の後ろの方にあったソファーで3人が休憩中。何だかその光景がちょっとよい感じで、携帯でパシャリ(一番左の人は、高校教師の最終回意識だそうです)。本当に何気ない場面だけれど、この写真をとれたことが、なぜだかとても嬉しかった。私はこの人たちに別に必要とされているわけではないけれど、この空間に私は存在していいと確かめられたような、そんな気分だった。

 私は班で唯一の女で、なかなかみんなについていくのは難しいんだけれど、だんだんみんなと話をできるようになって、その人の人柄とかにも気づいてきて。

 だから何とかなくこういう写真を撮れる関係、そういう距離感、それが嬉しい。

2005年05月22日

Tokyo Tower Boys

05052201.jpg

I went to Mori building at Roppongi with my father and his colleague's son from Hawaii. We took them there to show all around the Tokyo city. The weather wasn't so clear, but we can see most of the main place in Tokyo.

I like the place, but I don't know why.

It was a muggy day, but I had a jolly afternoon.
well, I thought I have to practice English conversation more, though.

2005年05月28日

号泣

ドラマでも映画でも、こんなに泣いたのは初めてだったと思う。
嗚咽までして、それでも泣いた。

瑠璃の島というドラマの中で、照明さんが亡くなった。

小学校6年生の子供がいるほどの大人なのに、
状況を読んで、その場に見合った行動をするという基本的な部分が
すっぽりと抜け落ちた人だった。

けれど彼は
ウミガメの産卵に毎年感動したり、
子供のいっちゃんに会いたい一心で手紙が何度戻ってこようとも手紙を書き続けたり、
そのいっちゃんに会うためにアルコール中毒になった自分を戒めたり、
いっちゃんから来た手紙を本当に嬉しそうにみんなに見せに回ったり、
自分に協力してくれた人たちにまっすぐ「ありがとうね」と感謝したり、
私たちが小学校で習うような、人間として至極基本的なのに、
成長する中で薄れていってしまうものを、変わらず持ち続けた人だった。

「どうして彼が死ななければならないのだろう」
画面を見ながら必死で考えたけれど、そんなことは分かるはずもなかった。
私は大切な人を失うということが、きっとこういう気持ちなんだろうと思った。

続きを読む "号泣" »

About 2005年05月

2005年05月にブログ「46」に投稿されたすべてのエントリーです。新しい順に並んでいます。

前のアーカイブは2005年04月です。

次のアーカイブは2005年06月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type