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ワンヘルスサイエンティスト Vol 7, 1; July 17, 2026

乳酸脱水素酵素の生理化学-ピルビン酸による基質阻害について-

 西口 慶一1、谷 あすか2、木内 幸子3、渭原 博3

1 城西国際大学薬学部医療薬学科
2 東邦大学医療センター大橋病院臨床検査部
3 千葉科学大学危機管理学部保健医療学科



 臨床検査技師教育に使われている教科書1)に、乳酸脱水素酵素(lactate dehydrogenase: LDH: EC 1.1.1.27)について、次のような記述がある。「日本では、以前はピルビン酸を基質とする方法が主流であったが、この方法はアイソザイムの相違で反応性が異なること、および基質であるピルビン酸濃度を高くすると基質阻害が起こるなどが問題であった」。また、別の教科書2)には、「基質のピルビン酸が高濃度に存在すると、反応は阻害される」と記述されている。どちらも、LDHの生化学的特性を記述したもので誤りでない。LDHを測定する際に、基質濃度は十分量(ミカエリス定数の10~20倍)に入れなければならないので、ピルビン酸は基質に用いられず、乳酸を用いることである。しかし、これからの臨床検査を担う初学者には、LDHの基質阻害について、より深い生理化学的な知識の習得が求められる。

 LDHは、「 ピルビン酸 + NADH ⇄ 乳酸 + NAD⁺ 」の可逆反応を触媒する酵素で、全身のほぼすべての細胞に存在し、特に肝臓、心臓、腎臓、筋肉、赤血球などに多く含まれている。これらの臓器に損傷があると、血液中に逸脱(逸脱酵素)するので、血清中のLDHの酵素活性を測定することで「体内のどこかの細胞や臓器が破壊されていないか」を把握できる1,2)。また、LDHは分子量35,000 DaのH型(心筋型:遺伝子名LDH-B;遺伝子座2p12.1)とM型(骨格筋型:遺伝子名LDH-A;遺伝子座11p15.4)のサブユニットが4つ組み合わされた4量体(140, 000 Da)を構成し、それぞれのサブユニットの遺伝子の発現量の違いによって、組織特異的な5種類のアイソザイムが存在する。従って、臨床検査のLDHアイソザイム測定(電気泳動法)では、全身のどの臓器や組織で細胞の破壊が起きているのかを特定できる1,2)

 LDHは、ヒトを含む動物、植物、微生物など、地球上のほぼすべての生物に存在する酵素で、グルコースからエネルギーを生み出す過程で重要な役割を果たしている。著者の一人(西口)は、現存する脊椎動物の最も祖先型である円口類(ヌタウナギやヤツメウナギなど)のLDHを研究対象としてヒトの酵素を比較することで、「進化の過程で遺伝子がどのように変化してきたか」を研究している3,4)。進化の過程で遺伝子の変異が起こりやすい(アミノ酸が変化しやすい)部位が、ヒトのLDH関連疾患(遺伝子疾患など)の原因部位と深く関係している可能性を突き止めている。深海など極限環境に生息するヌタウナギ科などのLDH蛋白質(LDH-A)は、物理的な圧力(高圧)をかけることで、その構造と機能にヒトとは異なる大きな特徴・耐圧性を示し、この性質の差は進化のプロセスを紐解く鍵となる。
 一方、ヒトのLDHアイソザイムも、進化の過程で異なる組織の代謝環境(酸素濃度やエネルギー需要)に最適化するよう適応している。骨格筋、肝臓には無酸素状態に適したM型サブユニット、心筋には有酸素状態に適したH型サブユニットが多く含まれる5)。ヒトとマウスなどの哺乳類間では、M型サブユニットのアミノ酸配列の相同性は約90%、H型サブユニットは約95%と非常に高い相同性6,7)にあるので、ヒトと動物の間でLDHのキネティクスを考える場合、同じ種の中での「アイソザイム(型)の違い」による差の方が、種(ヒトと動物)による違いよりもはるかに大きいのが特徴である(すなわち、ヒトと動物の種間差において基本的な生化学的反応メカニズムは進化の過程で非常によく保存されているが、ヒトと動物でホモロジーは高いものの、アイソザイムの組織分布パターンや総活性値には種差が存在することには注意が必要となる)。
 
 これを踏まえて、動物のLDアイソザイムの生理化学的特性からヒトの代謝を考えてみたい(健康なヒトから取り出した骨格筋や心筋を材料とした成績は検索できない)。クチグロナキウサギ(Ochotona curzoniae8)のLDH-M4アイソザイムのピルビン酸に対するミカエリス定数(Km)は0.260 mmol/L、乳酸に対するKmは19.968 mmol/L、LDH-H4アイソザイムのピルビン酸に対するKmは0.172 mmol/L、乳酸に対するKmは8.980 mmol/Lと報告されている。一方、LDH-M4アイソザイムではピルビン酸濃度が1.0 mmol/Lになると、LDH-H4アイソザイムではピルビン酸濃度が0.2 mmol/Lになると基質阻害が起こること、LDH-M4アイソザイムでは乳酸濃度150 mmol/L、LDH-H4アイソザイムでは乳酸濃度25 mmol/Lまで基質阻害の起きないことが報告9)されている。LDH-H4アイソザイムのピルビン酸に対するKmが小さいこと、すなわち、ピルビン酸に親和性が高く、その結果、ピルビン酸による基質阻害のあることが示されている。以下、心筋、骨格筋、肝臓のLDHアイソザイムを説明する。

1. 心筋のLDH(有酸素状態に適応したH4アイソザイム)
 LDH-H4アイソザイムをもつ心臓では、心筋を駆動させるエネルギー(ATP)を産生するために、主に血液中の遊離脂肪酸(60〜80%)とグルコースを(20〜40%)を利用している10)。脂肪酸はβ酸化でアセチルCoAを生成し、クエン酸回路、電子伝達系、酸化的リン酸化からATPを合成する(酸化過程で、呼吸から取り入れた酸素を必要とする)。グルコースは好気的解糖系からピルビン酸、アセチルCoAを経由してクエン酸回路に入る。なお、解糖系において、グリセルアルデヒド3-リン酸から、1,3-ビスホスホグリセリン酸が生成する反応に、上記の電子伝達系(NADH)から供給されるNADが必要となる。心筋のLDH- H 4アイソザイムは、有酸素時には逆反応により、血液中の乳酸をピルビン酸に変換して利用している(LDH-H4アイソザイムは進化の過程で逆反応に適応している)
 運動や激しい活動などで、冠動脈から供給される酸素が少なくなると、NADの産生が低下するので好気的解糖は停滞し、さらに酸素を必要とする酸化的リン酸化は進行できなくなり、脂肪酸は利用できなくなる。低酸素状態になると、心筋のLDH-H4アイソザイムはピルビン酸を乳酸に還元し、NADHからNADを産生する。このNADは解糖系に供給され、嫌気的解糖が維持されて、ATPを産生できる。解糖系は1モルのグルコースから2モルのATPの産生に留まるが、産生速度11)はミトコンドリアでの酸化的リン酸化の100倍のスピードにある。一方、我々が行ったトレッドミルでの強度の運動(最大酸素摂取量の100%になる運動)12)では、乳酸作業閾値(LT値:有酸素運動から無酸素運動へ切り替わる境界値で4 mmol/L)を超え、血漿乳酸濃度は運動前の0.89 mmol/Lから7.32 mmol/Lに上昇し、血漿ピルビン酸濃度も運動前の0.12 mmol/Lから0.24 mmol/Lに上昇している。
 血漿乳酸濃度が4 mmol/Lを超えると重篤なアシドーシス13)が惹起されるので、乳酸を血液経由(コリ回路)で肝臓に送り、糖新生(乳酸⇒「肝LDH-M4」⇒ピルビン酸⇒グルコース)により再びグルコースへと変換して解糖系で利用する(心臓は乳酸を蓄積することなく、休まず動き続けられる)。乳酸は、さらに、心筋に直接取り込まれて、ミトコンドリア-LDH-H4により酸化され、ピルビン酸として利用される14)
 また、上述した様にLDH-H4アイソザイムは、順反応においてピルビン酸が0.2 mmol/Lを超えると基質阻害により、過剰な乳酸の生成を抑制するように作用するとともに、微量ながらピルビン酸は、クエン酸回路⇒電子伝達系⇒酸化的リン酸化によりATPを産生する。この反応はグルコース1モルから36モルのATPを産生できるので無酸素状態においても温存される。ATPは心筋のミオシンに作用し、そのエネルギーを使って心筋を収縮・弛緩させる。安静時にはATPは、高エネルギー化合物であるクレアチンリン酸として心筋に貯蔵される(数10秒から数分の心拍動に必要なATPを供給できる)。
【小括】有酸素状態に適したH型サブユニットは、心臓など、常に酸素が豊富に供給される臓器に多く存在する。有酸素状態では、H4アイソザイムは、他臓器で産生された血液中の乳酸をピルビン酸に変換して利用する反応(逆反応)に適応している。これにより、乳酸をエネルギー源として効率よく利用できる。また、低酸素状態では、H4アイソザイムはピルビン酸から乳酸への過剰な変換(順反応)を抑えるブレーキの役割も持つ(基質阻害)。

2. 骨格筋のLDH(無酸素状態に適応したM4アイソザイム)
 LDH-M4アイソザイムをもつ骨格筋15)では、長時間の有酸素運動時にはクレアチンリン酸(ローマン反応)、グルコース(好気的解糖⇒クエン酸回路⇒電子伝達系・酸化的リン酸化)、脂肪酸(β酸化⇒クエン酸回路⇒電子伝達系・酸化的リン酸化)からATPが供給される。なお、好気的解糖においてもLDH-M4アイソザイムはピルビン酸を乳酸に変換し、乳酸は骨格筋のミトコンドリアに取り込まれて、ミトコンドリア-LDH-H4によりピルビン酸に酸化される14)ミトコンドリアのLDHは、骨格筋でもH4アイソザイムである
 一方、激しい無酸素運動(高強度の短い運動)時の骨格筋では、ローマン反応(約10秒)の後、次に、エネルギーとして利用されるのは筋グリコーゲンと血中グルコースの順となる。筋肉にはグルコース-6-ホスファターゼがないので、グルコース-6-リン酸をグルコースに変換しない。グルコース-6-リン酸から解糖系に入るので、グルコースに変換して利用するのよりもATP消費を1分子節約できる。筋グリコーゲンが減少・枯渇してくると、血液中から筋肉に取り込まれたグルコースがエネルギー源として使われる(嫌気的解糖)。
 この過程で、LDH-M4アイソザイムは、ピルビン酸を乳酸へ変換(順反応)するが、ピルビン酸に対するKmが大きいので、基質阻害を受けることなく乳酸を産生し続ける9)。乳酸は血流に乗って肝臓へと運ばれ、そこでエネルギー源となるグルコース(乳酸⇒「肝LDH-M4」⇒ピルビン酸⇒グルコース」)にリサイクル(糖新生)されて再び筋肉へと戻る(コリ回路)16)。その後、運動時間の経過とともに脂肪酸が主たるエネルギー源として使われるようになる。なお、運動開始時から脂肪酸も利用されているが、運動時間が20分〜30分と経過するにつれて、エネルギー源としての利用割合が糖質(グリコーゲン・グルコース)から脂肪酸へと徐々に移行することにより運動(有酸素)が続けられる。
【小括】無酸素状態に適応したM型サブユニットは、激しい運動を行う骨格筋に多く存在し、無酸素運動で酸素が不足した際、糖を分解する解糖系をスムーズに進めるため、ピルビン酸を乳酸に変換する反応(順反応)を促進する。これにより、酸素がなくても素早くエネルギーを生み出し続けることができる。M型サブユニットは、ピルビン酸濃度が高くても基質阻害を受けにくく、酸素の乏しい環境下で大量の乳酸を素早く生成するのに適している(乳酸はコリ回路で、グルコースに再生される)。

3. 肝臓のLDH(M4アイソザイム)
 肝臓は自ら収縮して動く臓器ではないが、運動時にはエネルギーの供給や代謝物の処理を担う重要な臓器である。肝臓は血液が豊富で、酸素も十分に運ばれる臓器にある。運動時には、骨格筋への血流が約30倍に増加し、その結果、肝臓への総血流量が減少するが、酸素抽出率(より多くの酸素を取り出す力)は維持される17)ので低酸素状態にはなり難い。
 肝臓のLDH-M4アイソザイムは、ピルビン酸から乳酸へ変換する順反応に適応しているが、激しい運動時に骨格筋から血液を巡って肝臓に多量の乳酸(コリ回路)が運ばれると、酵素反応は可逆的なので、質量作用の法則によって乳酸からピルビン酸への変換(逆反応)が進行する
【小括】肝臓は、低酸素状態にはなり難いが、無酸素状態に適応したLDH-M4アイソザイムを多く含む。

【総括】心筋には有酸素状態に適応したLDH-H4アイソザイムが多いこと、骨格筋には無酸素状態に適応したLDH-M4アイソザイムが多いことの生理化学的意義を説明した。肝臓におけるLDH-M4アイソザイム存在の意義については、「無酸素状態への適応」からは説明ができなかった。「エネルギー需要に最適化した」適応が考えられた。

【参考文献】
1) 最新臨床検査学講座:臨床化学検査学. 医歯薬出版株式会社, 2024.
2) 新版臨床化学第4版:生化学的検査. 講談社, 2024.
3) Nishiguchi Y, Ito N, Okada M: Structure and function of lactate dehydrogenase from hagfish. Mar Drugs, 8:594-607, 2010.
4) Nishiguchi Y, Abe F, Okada M: Different pressure resistance of lactate dehydrogenases from hagfish is dependent on habitat depth and caused by tetrameric structure dissociation. Mar Biotechnol (NY), 13:137-141, 2011.
5) フロルカン M, ショフニョール E:生態学への分子的アプローチ. 築地書館, 1970.
6) Sass C, Briand M, Benslimane S, Renaud M, Briand Y: Characterization of rabbit lactate dehydrogenase-M and lactate dehydrogenase-H cDNAs. Control of lactate dehydrogenase expression in rabbit muscle. J Biol Chem, 264:4076-4081, 1989.
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8) Wang Y, Wei L, Wei D, et al: Enzymatic kinetic properties of the lactate dehydrogenase isoenzyme C₄ of the plateau pika (Ochotona curzoniae). Int J Mol Sci, 17.39, 2016.
9) Stmbaugh R, Post D: Substrate and product inhibition of rabbit muscle lactic dehydrogenase Heart (H4) and muscle (M4) isozymes. J Biol Chem, 241:1462-1467, 1966.
10) Grynberg A, Demaison L: Fatty acid oxidation in the heart. J Cardiovasc Pharmacol, 28 Suppl 1:S11-17, 1996.
11) Vaupel P, Multhoff G: Revisiting the Warburg effect: historical dogma versus current understanding. J Physiol, 599.6:1745-1757, 2021.
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13) Deulkar P, Singam A, Mudiganti VNKS, Jain A: Lactate monitoring in intensive care: A comprehensive review of its utility and interpretation. Cureus, 16:e66356, 2024.
14) Young A, Oldford C, Mailloux RJ: Lactate dehydrogenase supports lactate oxidation in mitochondria isolated from different mouse tissues. Redox Biol, 28:101339, 2020.
15) 東田一彦: 運動時のエネルギー代謝と糖質制限食. 砂糖類・でん粉情報, 5 54-60, 2021.
16) 渡邊敏明:スタディ生化学. 建帛社, 2021.