ワンヘルスサイエンティスト Vol 6, 1; March 6, 2025
シャーレの中のワンヘルス:ヒト・動物・環境の相似形に関する所感
西山 めぐみ
佐賀大学 医学部 病因病態科学講座 探索病理学分野
私は実験病理学分野の研究室に所属して活動し、培養細胞あるいは実験動物を用いた細胞生物学研究に携わっております。 2024年第8回年次学術集会の運営に携わる機会を得て「ワンヘルス」の概念に触れ、入会いたしました。学際的な議論をもとに成長・発展していく分野と考えます。 私自身は、興味を持ちながらも感染症や環境破壊研究については素人であり、どのように専門分野を活かし加わっていけるか模索の途上です。今回「ワンヘルスサイエンティスト」に寄稿する機会を賜り、所属研究室の研究紹介とともに、生細胞および組織と、周囲環境との相互作用を考察してきた経験から、ミクロな視点から「ワンヘルス」を解釈する試みをしたいと思います。
ヘルス(健康)とは我々一人ひとりごとに捉え方が異なる可能性がありますが、少なくとも「生存していること以上」を求めるものであろうかと思います。より良く生存するということで、培養細胞で考えると、生存する、恒常性が保たれる、増殖する、分化し特定の機能を発揮する、細胞集団として自己組織化する、成熟し組織単位での振る舞いをみせる、が条件に入るでしょうか。ワンヘルスの概念においてヒト・動物・環境のいずれの健康・健全性も維持していく必要があるのは、それぞれが相互に影響し合うからですが、生物‐生物間、生物‐環境間での相互作用と言い換えると、我々が観察対象としているin
vitroの世界と相似形であるともいえます。
in vitro実験系を手法の主体としていると、一つの個体を構成する個々の細胞がひとつの生命であることを実感します。シャーレ内で培養される細胞達のありようを眺めると、実に彼らは環境を、他者を鋭敏に感知して、それに応じた振る舞いを見せます。私の所属する研究室では正常細胞や癌細胞に周囲微小環境が与える影響を評価しています(1,
2)。細胞液体培地中の牛胎仔血清や添加する特定の物質、また流体刺激や磁力などの物理的刺激、手法は2次元培養か3次元培養か、培養担体に用いる物質の種類(3)は、などの違いにより、細胞は対照群と比較して、増殖するかしないかを超えた、異なる形態・機能の組織を構築します。個体から単離された細胞が、一つの生命として環境を感知し、応答する能力には興味が尽きません。生命をよりよく知るには、観察対象単体では得られる情報に乏しく、比較条件が重要と考えます。また環境は、「良い環境」「悪い環境」だけで分けられるものではないでしょう。ヒト・動物の環境についても同様です。多様な環境を想定して、対応・順応する生命の振る舞いをみる必要があると考えます。
細胞‐細胞間の相互作用を調べると、生体内で細胞が見せる機能が実は単独で発揮されるものではなく、随伴する細胞の存在があって成り立つものであったりします。異なる種類の細胞との共培養では細胞間相互作用が起き、形態にも特性にも違いが見られます。話は少し脱線しますが、動物種の異なる細胞同士でも相互に作用しあい挙動を変えます。医学研究と称される場合、研究の対象は「ヒト」であると想起する人が多いかもしれませんが、ヒトではない種の培養細胞を使用することも多々あります。
実験対象をヒト由来に限定する潮流があるように思う昨今、研究では動物から生命に普遍的な原理が見いだせると信じ、実験動物の恩恵に預かって研究を行う身としては遺憾の思いです(4)。医学研究はその前提として科学研究であると考えており、ヒトにのみ着目することは却って発展性を損なうのではとの考えを持っています。
雑駁な話となりましたが、ミクロな観察対象に、生物と生物の相互作用、生物と環境の相互作用といった相似形を見出したことから、ワンヘルスを別の視点から解釈しこの場に共有させていただきます。いち研究者として、シャーレの中のOne
worldを研究することから、ヒトと動物と環境の在り処であるWhole worldに貢献出来たらと願います。
引用文献
1. Iwamoto S, et al. Oral-specific microenvironments regulate cell behavior and anticancer drug
sensitivity of tongue squamous cell carcinoma. Human Cell, 36, 643-656(2023).
2. Aoki S, et al. A high-density collagen xerogel thread prevents the progression of peritoneal
fibrosis. Biomaterials Science, 7(1):125-38(2019).
3. Sakumoto T, et al. Novel cell spheroid culture method using Medaka dried fish powder. Heliyon, 10(19),e38418(2024)
4. Nishiyama M, et al. A new lymphedema treatment using pyro-drive jet injection. Human Cell, 37, 465-477(2024).
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