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ワンヘルスサイエンティスト Vol 4, 4; Sept 5, 2023

治療標的としての植物性カンナビノイドおよび内因性カンナビノイドシステムの可能性

越智 拓

藤田医科大学 医学部 法医学講座



 大麻草は紀元前より使用されていた最古の医薬品の一つであるが、その向精神作用により現在では多くの国や地域において違法薬物として規制対象となっている。しかし近年、大麻の医薬品としての有用性が再認識されてきており、限定的ではあるが医療用大麻として大麻草自体の使用や、大麻草から抽出あるいは化学合成されたカンナビノイドの医療適応が認められている場合もある。大麻草に由来する生理活性物質は植物性カンナビノイドと総称され、代表的なものとしてテトラヒドロカンナビノール(THC)やカンナビジオール(CBD)が知られている。一般的にTHCは向精神作用を有する依存形成物質であるのに対し、CBDは向精神作用を示さないとされる。さらにCBDには、リラックス効果やストレスを緩和する効果が認められていることから、現在健康食品や化粧品などにCBDを含有する商品が市場で多く認められるようになってきている。

 このような植物性カンナビノイドの薬理作用は、カンナビノイド受容体1および2(CB1, CB2)を介して発揮されることが1980年代以降明らかになってきた1,2)。また、カンナビノイド受容体に対する内在性リガンドについても1990年代以降に同定されており、N-アラキドノイルエタノールアミン(AEA)と2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)が代表的な内因性カンナビノイドとして知られている3-5)。このような、CB1、CB2やAEA、2-AG、また内因性カンナビノイドの合成や分解に関与する酵素によって構成されるシステムが内因性カンナビノイドシステム(ECS)である。ECSは、認知・記憶、食欲、疼痛、免疫機能、感情制御、運動機能、神経保護、発達・老化など様々な生理機能の調節に関与することが知られており、生体のホメオスタシス維持機構の一つと考えられている。また生体内で内因性カンナビノイドが減少することで、内因性カンナビノイド欠乏状態となり、ECSが関与する様々な生理機能に異常をきたすことも知られている。

 我々の研究室では、このようなECSを研究対象の一つとしており、グリア細胞に対して高濃度のドーパミンが長期にわたり作用することにより、2-AG合成酵素の発現上昇と2-AG分解酵素の発現抑制を生じることで、グリア細胞の2-AG産生能が誘導されることを培養細胞モデルを用いて明らかにし6)、さらに2-AGはドーパミン神経モデル細胞からのドーパミンの遊離を抑制することを明らかにした7)。これらの結果から我々は、中枢神経系においてドーパミンレベルが長期にわたり異常亢進するような状況、例えば覚醒剤やコカインなどの依存形成物質の濫用時などにおいて、グリア細胞由来のECSが依存形成物質の作用に拮抗するのではないかと考え、さらに研究を進めているところである。

 このようなECSはヒトだけでなく、様々な動物に広く保存されている生体システムであることを考えると、今後植物性カンナビノイドの疾患治療への適応や、ECSを標的とした様々な疾患に対する治療法開発へ発展する可能性が期待される。

【参考文献】
1) Devane W. A., Dysarz F. A .III, Johnson M. R., Melvin L. S., Howlett A. C. Determination and characterization of a cannabinoid receptor in rat brain. Mol Pharmacol 34: 605-613, 1988.
2) Munro S, Thomas KL, Abu-Shaar M. Molecular characterization of a peripheral receptor for cannabinoids. Nature 365: 61-65, 1993.
3) Mechoulam R, Ben-Shabat S, Hanus L, Ligumsky M, Kaminski NE, et al: Identification of an endogenous 2-monoglyceride, present in canine gut, that binds to cannabinoid receptors. Biochem Pharmacol 50: 83‒90, 1995.
4) Sugiura T, Kondo S, Sukagawa A, Nakane S, Shinoda A, et al: 2-Arachidonoylglycerol: A possible endogenous cannabinoid receptor ligand in brain. Biochem Biophys Res Commun 215: 89‒97, 1995.
5) Devane WA, Hanus L, Breuer A, Pertwee RG, Stevenson L, et al: Isolation and structure of a brain constituent that binds to the cannabinoid receptor. Science 258: 1946‒1949, 1992.
6) Ochi H, Hirata Y, Hamajima M, Isobe I, Igarashi K: Dopamine enhances the glial endocannabinoid signaling. Med Mass Spectrom 5(1): 2‒10, 2021.
7) Ochi H, Hirata Y, Hamajima M, Kozawa S, Igarashi K, Isobe I: Endocannabinoid 2-AG inhibits the release of dopamine from PC12 cells. Med Mass Spectrom 6(1): 27‒35, 2022.