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ワンヘルスサイエンティスト Vol 3, 6; June 2, 2022


質量分析によるヒト涙液中バイオマーカーの探索

中内 暁博

東都大学 沼津ヒューマンケア学部 看護学科



  私は、令和3年4月に新設された東都大学沼津ヒューマンケア学部で看護教育に従事しています。前職では昭和大学医学部法医学講座に所属していましたが、それ以来、生体試料中の微量薬毒物について、簡便・迅速な前処理法並びに高感度・高精度な質量分析法の開発に関する研究を行ってきました。最近では、抗がん剤の親水性相互作用クロマトグラフィー-タンデム質量分析(HILIC-MS/MS)法の開発を通して、経口抗がん剤S-1投与患者の涙液中のtegafurおよび5-fluorouracilの解析法を確立し、S-1投与の副作用である角膜および涙道障害の解明に寄与することができました。

  高齢社会を迎えるわが国において、がんによる死亡者数は依然トップであり、痛みのない、簡便で精度の高いがん早期診断法の確立は急務であると考えています。涙液は、眼に酸素や栄養を補給する役割のほか、感染や乾燥を防ぐなど、眼が正常に機能するために重要な役割を担っています。また、涙液中には脂質やタンパク質なども多く存在していることから、涙液は薬物の体内動態の解析だけでなく、がんの早期診断用のバイオマーカーの探索にも有用と考えています。しかも、涙液は採血が必要な血液試料と違って、痛みのない非侵襲採取が可能であり、痛みのあるがん患者にとってはこの上ない利点であると言えます。しかし、これまでのところ、抗がん剤に関しては、血漿などの生体試料から分析した研究報告はあるものの、涙液中からの分析は殆どありません。微量な生体試料から微量な薬物や代謝物を検出する技術は、昭和大学での長年の薬毒物分析や薬物鑑定で培われてきましたが、涙液に応用できるかどうかは、最初の頃はさすがに半信半疑でした。

  現在、涙液中薬物や代謝物のほか、種々のバイオマーカーについて、HILIC-MS/MS法を用いた簡便・高感度分析システムの開発を古巣の昭和大学との共同研究プロジェクトで進めています。また、涙液を使ったプロテオーム解析とリピドーム解析の研究もスタートしており、これらががん診断法の基礎研究に大きく貢献することを期待しています。

参考資料
1.High-throughput identification and determination of aminoglycoside antibiotics in human plasma using UPLC–Q-ToF-MS. Eur. J. Mass Spectrom., 27 (1), 63-70, 2021.
2.Sensitive determination of midazolam and propofol in human plasma by GC–MS/MS. Forensic Toxicol., 38 (2), 409-419, 2020.
3.High-throughput method to analyze tegafur and 5-fluorouracil in human tears and plasma using hydrophilic interaction liquid chromatography–tandem mass spectrometry. Rapid Commun. Mass Spectrom., 33 (4), 1906-1914, 2019.