ニュースレター < ワンヘルス サイエンティスト >

ワンヘルスサイエンティスト Vol 2, 8; Aug 1, 2021


進化医学の視点から考える遺伝子疾患・心疾患・感染症の新しい治療薬の開発

西口 慶一

城西国際大学 薬学部 医療薬学科

分子細胞生物学 研究室



  疾患を進化の視点から考える分野に進化医学がある。我々は進化医学をさらに遺伝子に絞り、遺伝子の分子進化から疾患を考える分子進化医学(Molecular evolutionary medicine)を提唱している(1)

 我々の研究室では分子進化医学の研究を3つのテーマで研究を進めており、1つ目は、ヌタウナギ科乳酸脱水素酵素の研究である。遺伝子の変異が起こりやすい部位が疾患と関係している可能性を脊椎動物の祖先型(円口類)の乳酸脱水素酵素(LDH)から明らかにした。それら LDH 蛋白の性質は、物理的圧力をかけることによりその構造と機能に大きな特徴を示す。その性質を引き起こす部位がヒトの遺伝子疾患と同じ部位であることが分かった。進化を引き起こす遺伝子部位は、元々、変化しやすくなっている。または変化した遺伝子が遺残すると思われる。その変化しやすい遺伝子部位が何かの原因で突然変化すると、発病に繋がると考えている。それらの結果をヒトLDHと比較し、ヒトLDH関連疾患の病気のメカニズムを解明したい。将来的には、そのメカニズムから創薬を提案したい。

 2つ目の研究は、ヌタウナギ科心臓の研究である。エコー、CT-SCAN、組織学的手法を用いて分析し、ムラサキヌタウナギの4つの心臓(2つCardinal heart, 1つBranchial heart,1つPortal heart)とその血管系(背部大動脈、前心静脈、静脈洞)を解明した(2)。Cardinal heartの組織は骨格筋によく似ていて、心筋は骨格筋から進化した可能性が示唆される。今後は、心臓中の2種の乳酸脱水素酵素(LDH-B)遺伝子の割合を、リアルタイムPCRで明らかにし、心臓の起源を明らかにしたい。この研究を進めることで、ヒトの心臓疾患のメカニズムを明らかにできると考えている。

 3つ目は、マイクロ遺伝子重合法を用いた新型コロナウイルス (severe acute respiratory syndrome coronaviruses 2: SARS CoV-2)のエピトープペプチドワクチンの開発である。2019年末に中国湖北省武漢市から始まった新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019: COVID-19)は世界へと流行が広がっている。2021年4月12日現在の世界での感染は約1億3千万人で死者は約300万人である。ワクチンの投与が始まりアメリカ合衆国では感染者が減少している。インドでは1日の感染者が急増し、世界でこのウイルスの蔓延は収束に至っていない。さらに、このウイルスの変異型(N501Y, E484Kなど)が世界に広がって、益々治療が難しくなっている。我々の研究室では、SARS-CoV-2の薬剤への応用が高いと推定され立体構造が得られているspike protein、main proteaseをコンピュータ内で解析した。その結果、SARS-CoV-2のアミノ酸は、変化しやすい部位(spike protein)と変化しにくい部位(main protease)があることを明らかにした。spike proteinの変異が少ない部分をターゲットとしたワクチン開発を行っている。

【参考文献】
1) 西口慶一、岡田光正: 脊椎動物の祖先(円口類)の酵素のメカニズムからヒトの病気を考える(病気を進化の視点からアプローチ). 医学と生物学 153(11): 552-556, 2009.
2) Nishiguchi Y, Tomita T, Sato K, Yanagisawa M, Murakumo K, Kamisako H, Kaneko A, Hiruta N, Terai K, Takahara A and Okada M: Examination of the hearts and blood vascular system of Eptatretus okinoseanus using computed tomography images, diagnostic sonography, and histology. Int J Anal Bio-Sci, 4 (3): 46-54, 2016.
3) Shiba K, Honma T, Minamisawa T, Nishiguchi Y, Noda T. Distinct macroscopic structures developed from solutions of chemical compounds and periodic proteins. EMBO Rep., 4(2): 148-153, 2003.
4) Kashiwagi K, Isogai Y, Nishiguchi Y, Shiba K. Frame shuffling: a novel method for in vitro protein evolution. Protein Engineering, Design and Selection, 19 (3): 135-140, 2006.