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ワンヘルスサイエンティスト Vol 2, 3; March 1, 2021


乳房炎との格闘

久枝 啓一

岡山理科大学 獣医学部 獣医保健看護学科



  私は、32年間農業共済組合で家畜の診療を行ってきました。乳用牛の中で最も多かった疾患が乳房炎です。この乳房炎の中での最も重篤な症状を示すのが、大腸菌群による甚急性乳房炎です。この疾患は、病原体である大腸菌群の菌体糖タンパク質であるリポポリサッカロイドが宿主の炎症性サイトカインを過剰に反応させてサイトカインストームを起し、SIRSやDICとなり、食欲廃絶、沈鬱、下痢、起立不能を惹起し、最悪死に至ることがあります。

 この疾患の治療法は、セフェム系やキノロン系などの抗生剤、抗炎症剤、輸液剤の全身投与と、抗生剤の乳房内注入です。この疾患が多発している農家では、治療で投与された抗生物質に対して薬剤耐性病原菌が見受けられるようになります。

 このことに危機感を感じた私は、この疾患の初診時の臨床症状をスコア化し、臨床スコアと炎症性サイトカイン濃度(IL-1β、IL-6、TNF-α)や急性相タンパク質濃度(Hp、α1-AG)との関連性を調査しました。そして、本疾患の初診時の臨床スコアを予後判定のためにROC解析によりカットオフ値を算出し、臨床スコアの大きい患畜には無理な抗生剤療法を控えることを提示し、抗生物質の慎重利用を提言しました。現在は、乳牛に生菌剤、免疫活性剤および鉱物添加剤を投与することによる乳房炎の予防や罹患しても症状を軽減化させる研究を行っています。

SIRS(全身性炎症反応症候群)、DIC(播種性血管内凝固症候群)、IL-1β(インターロイキン-1β)、IL-6(インターロイキン-6)、TNF-α(腫瘍壊死因子-α)、Hp(ハプトグロビン)、α1-AG(α1-酸性糖蛋白)、ROC(受信者操作特性)