ワンヘルスサイエンティスト Vol 2, 11; Nov 5, 2021
顧みられない熱帯病
三上 万理子
横浜西口菅原皮膚科・帝京大学医療技術学部 鈴木幸一研究室
「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases: NTDs)」は世界保健機関(WHO)が「人類の中で制圧しなければならない熱帯病」として定義している20の疾患です。NTDsには皮膚に症状の出る疾患が多く、現在、皮膚関連NTDs(skin
NTDs)として、ハンセン病をモデルに共同対策が進行しています。
日本においてもskin NTDsの報告がありますが、これらの疾患を国内で皮膚科医が経験することが少ないため、診断が難しいのが現状です。私たちは、このような希少疾患を統計学的に検討し、早期診断・早期治療に役立てようと努力しています。2000年〜2020年に国内で報告されているskin
NTDsはハンセン病、ブルーリ潰瘍、リーシュマニア症、マイセトーマ(菌腫)でした。
リーシュマニア症はサシチョウバエが媒介するリーシュマニア原虫の感染により発症しますが、皮膚リーシュマニアが18例、粘膜/皮膚リーシュマニアが3例報告され、全例輸入例でした。マイセトーマはactinomycetoma(細菌由来)の原因菌としてNocardia brasiliensisやActinomadura pelletieri、eumycetoma(真菌由来)の原因菌としてMadurella mycetomatis (M. mycetomi)、Trematosphaeria grisea (Madurella grisea) など菌腫を作る菌は数多く存在するものの、国内では「ノカルジア症」として報告されるなど「マイセトーマ」として把握されていない症例もあり、今後さらなる検索と解析が必要な状態である。
ハンセン病は抗酸菌であるらい菌: Mycobacterium leprae(M. leprae)による感染症です。2000年〜2020年の間に国内で診断された新規ハンセン病は合計138例で、うち75.3%が海外から輸入された例で、24.6%が日本人の症例でした。国内発症例の約半数は沖縄からの報告でした。以前はブラジルからの輸入例が多い傾向でしたが、最近では減少傾向にあります。その要因として考慮すべき点は、在日者数と母国のおける疾患コントロールのレベルです。在日ブラジル人の人口は2000年から2020年にかけて大きな変動はありませんが、ブラジルの首都サンパウロにおけるハンセン病の新規患者発生数は大きく減少しており、日本国内でのブラジル人のハンセン病新規患者数と同じような傾向を示していました。一方、ネパールに関しては、この20年間の国内の疾病コントロールに大きな差はないものの、在日ネパール人は大きくその人数を増やしました。そのため、近年、日本国内でのネパール人のハンセン病新規患者数が増えている理由としては、人口増加が影響していると推測されます。
ブルーリ潰瘍はMycobacterium ulcerans(M. ulcerans)感染により皮膚潰瘍を生じる疾患です。西アフリカで多く報告されていますが、日本でも2020年までに74例の報告があります。日本の症例では原因菌として日本固有種であるM. ulcerans subsp. shinshuenseが検出されています。輸入例はありません。環境中の水から感染しヒト-ヒト感染はないものと考えられており、国内での流行域はありませんが岡山県などからの報告が多くあります。海外では小児例が多いものの、日本では成人にも多く見られます。
これらの疾患にはWHOによる治療指針があり、診断がつけば、早期治療に取り組めます。しかしながら、推奨される確定診断にはPCR法が必要で、途上国ではそれが困難なため診断がつかず長期にわたり放置されている例も多いのが現状で、簡易診断法の開発が望まれています。一方、日本では希少疾患のため、診断できる医師が限られており、今後、教育システムの構築が重要と思われます。私は開業医ですが、日々の診療で、見落とされがちな、これら希少疾患をしっかり見極める能力を身に付け、皮膚感染症のエリアを担っていきたいと考えています。そして上司が積み重ねてこられた統計解析の仕事もしっかり引き継ぐつもりです。皆様からご指導のほどをよろしくお願い申し上げます。
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