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ワンヘルスサイエンティスト Vol 2, 1; January 4, 2021


ワンヘルスサイエンスに基づいた環境および野生動物における薬剤耐性菌の調査

畑 明寿、藤谷 登

岡山理科大学獣医学部獣医学科、岡山理科大学生物医科学検査研究センター



 現在、薬剤耐性菌が蔓延している要因は人の医療、獣医療、畜産、養殖等で抗菌薬を大量使用し、耐性菌を選択してきたことにある。薬剤耐性菌が増加する一方、抗菌薬の開発は滞っており、この状況が続いた場合、2050年には薬剤耐性菌感染による死者は世界で年間1000万人に達すると試算されている1)。このような状況に対し、2015年にWHO総会で「薬剤耐性菌に対するグローバルアクションプラン」が採択された。この基本的な考え方は医学、獣医学、環境などの研究分野を超えて統合的に取り組むワンヘルス・アプローチである。2016年5月に開催されたG7伊勢志摩サミットにおいても薬剤耐性菌対策が議論され、各国が協調して取り組む姿勢が示された。日本における薬剤耐性菌対策の方針は、「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン 2016-2020」に示されている。このプランは、動向調査・監視、抗菌薬の適正使用、研究開発・創薬など6分野に分かれており、動向調査には、環境や野生動物におけAMRモニタリングの必要性も示されている。

 我々はこのような提言に先立ち2008年から環境と野生動物における薬剤耐性菌の調査・研究を開始した。環境では、関東平野を流れ日本最大の流域面積を誇る利根川を対象とし、源流に近い群馬県から河口の千葉県銚子市まで観測地点を設け調査を行った。その結果、河川水から検出される薬剤耐性菌の種類と数には地域差があり、人口などの流域環境を反映している可能性が示された2)。野生動物では、ハトやムクドリなどの野鳥の糞を対象として調査を実施した。その中で、東京都内と千葉県東総地域のハト糞中腸内細菌科細菌の薬剤耐性パターンには明確な差があることを確認し、地域性を反映していることが推察された3)。このように環境および動物試料に含まれる細菌の薬剤感受性は、地域における抗菌薬使用状況等が反映されている可能性があり、薬剤耐性菌の動向監視に有用であると思われる。しかしながら、環境や野生動物における薬剤耐性菌の検査法は定められておらず、先行研究のデータと直接比較することが出来ない。

 現在、ワンヘルス・アプローチによる薬剤耐性菌の動向監視が必要とされているが、環境や野生動物のような新たな分野で調査を始める際は、対象菌種、検査法、供試抗菌薬などを定めなければならない。これは先行している医学や畜産のデータと連携できることが望ましい。研究分野間でデータの相互利用が可能な検査法の確立、精度管理、運用体制の構築は環境保健学上重要な取り組みであると考える。


<資料>
1) Jim O’Neill. Tacking drug-resistant infections globally: Final report and recommendations. The review on antimicrobials resistance. May 2016.
2) Akihisa HATA、 Kaori SEKINE, Noboru FUJITANI. Multidrug-resistant Enterobacteriaceae strains in the Tone River, Japan. International Journal of Analytical Bio-Science 3(3), p47-54, 2015.
3) Akihisa HATA, Toshiyuki SHIBAHARA, Hiroshi YAMAMOTO, Noboru FUJITANI. Antimicrobial resistance of Enterobacteriaceae in feral pigeons living in the Kanto region of Japan. International Journal of Analytical Bio-Science. 6(1), p10‐18, 2018.