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「遠隔病理診断・地域連携推進室」を設置

2013年12月

 患者さんの患部から採取した組織から病気の診断を行う病理診断は、「最も確実な診断」とも言われ、診断を確定する上で重要な役割を果たします。しかし、日本では病理診断を行う病理医が不足しているために、院内で病理診断を行えない病院が少なくありません。そこで当院では今年4月に、病理医不在の病院を支援するため、病理部に「遠隔病理診断・地域連携推進室」を設置しました。

■病理診断が果たす重要な役割とは
病理診断とは、患者さんの患部から採取した組織や細胞を顕微鏡で観察し、病気の診断を行うものです。診断を確定し、治療方針を決める上で重要な役割を果たします。
たとえば、腸や胃の内視鏡検査で見つかったポリープや、マンモグラフィー検査で見つかった乳房の腫瘤(しこり)の一部を切り取って、良性か悪性かを調べる検査を行うことがありますが、これは生検組織診断という病理診断です。また、子宮がん検診で子宮頸部から細胞をこすりとり、がん細胞の有無を調べますが、これも細胞診という病理診断です。
病理診断は専門の医師(病理医)が行います。診断結果は主治医に伝えられ、手術の必要性の有無や治療にどの薬剤を使用するかなど、治療方針の決定に活かされます。さらに手術を行った際には、摘出された臓器や組織から、どのような病変がどのくらい進行しているのか、追加治療が必要かどうか、がんの場合であれば悪性度や転移の有無などを調べ、その後の治療に役立てます。
患部が体の深いところにあるなどの理由から手術前に病理診断を行えない場合は、術中迅速病理診断を行います。手術で採取した組織から手術中に迅速に病理診断を行う方法で、所要時間10分程度で手術室に結果を伝えます。また、がんの転移の有無や範囲、病変が手術でとりきれているかどうかなどを手術中に調べて、手術で切除する範囲を決めるときにも術中迅速病理診断が行われ、手術方針の決定に深く関与しています。

■日本は慢性的な病理医不足
しかし、日本は慢性的な病理医不足の状態です。米国と比較してみると、米国では病理医が18,000人(2012年現在)いるのに対し、日本では2,180人(2013年4月現在)です。人口10万人当たりの病理医数で比較すると、米国を100とした場合、日本は29.7にしかなりません。日本では現在の3倍以上の病理医が必要とされています。
病理医不在病院も全国に多数存在します。また、地域によって病理医数に格差が生じています。がんの診療には病理診断が欠かせませんが、がん診療連携拠点病院ですら約13%もの病院で常勤病理医が不在の状態です。現在、日本病理学会の取り組みで病理医の均てん化が進められており、国政の後押しもあって状況は改善しつつありますが、それでもなお不足の状態は続いているといえます。

■これまでの遠隔病理診断の問題点
病理診断を行うには、まず、患者さんから採取した組織を顕微鏡で観察できるように、採取した組織の標本(病理組織標本)を作ります。病理医がいないために院内で病理診断を行えない場合は、病理組織標本の作製までを行い、それを他の医療機関に送って病理診断を委託する「連携病理診断」という方法があります。標本の実物ではなく特殊な機械で撮影した画像での診断が認められている術中迅速病理診断の遠隔診断は、これまでも問題なく行われていました。しかし、標本の実物を送付し診断する通常の連携病理診断は、実際には非医療機関である衛生検査所に委託することが多いのが実状です。その理由として、平成24年春の診療報酬改定前までは、患者さん自身が病理診断を受ける病院に出向いて病理標本を提出しなければならないこと、また費用面では、委託側の病理医不在病院では院内で病理診断を行わないことから、患者さんに請求できる費用が、実際にかかった費用よりも少なくなってしまったためです。「病理診断は医行為であり、医療機関内で行う」ものですから、非医療機関に委託した場合は「病理診断」としての品質が保証されないという問題もあります。

■ 国内初 「遠隔病理診断」専門部門を設置
診療報酬改定によりこの状況が改善され、他の医療機関に病理診断を委託しても、病理医が院内で診断した際に請求できる費用を委託側の医療機関が請求(委託側と受託側の医療機関で案分)できるようになりました。他の医療機関に病理診断を依頼しやすくなったのです。委託側の医療機関は、病理組織標本の作製を行うにあたり十分な体制が整備されていれば、この制度を利用することができます。
この改定をきっかけに病理医が集約している当院では、病理部に「遠隔病理診断・地域連携推進室」を設置しました。診断病理の経験が豊富な病理専門医が精度の高い病理診断を遠隔・連携病理診断の形で提供し、病理医不在病院の診療を支援します。平成24年に新設された新たな医療機関間連携の制度を利用しての遠隔・連携病理診断を専門に支援する部門の設置は国内初となります。
同室に病理組織標本が届いてから診断結果を報告するまでの期間は約1日で、インターネットを介して暗号化した文書で報告します。診断に必要な病理組織標本は患者さんの個人情報です。標本の受け渡しはセキュリティの保たれた搬送システムを利用します。搬送途中の標本がどこにあるかなど、常時、PHS 位置検索が可能で、セキュリティーロックのついた専用のコンテナを用います。また同室では、従来から行われている遠隔術中迅速病理診断も行います。遠隔術中迅速病理診断の回答は電話回線で行います。

国内の病理診断の件数はこの7年で1.7倍、術中迅速診断は3倍に増えています。現在、遠隔病理診断・地域連携推進室の取り組みは病理医不在の病院が対象ですが、将来的には、勤務する病理医数に対して過剰な診断件数をかかえている病院や女性病理医が勤務する病院の産休・育休時の病理診断支援も視野に入れています。また、同室には多くの診断の依頼が集まってきます。これらの診断を通して、診断病理医の育成、医療機関遠隔術中迅速病理診断の様子 遠隔連携病理診断のための病理組織標本搬送用コンテナ への再配置促進に貢献したいと考えています。

東京大学医学部附属病院
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