当事者中心のアプローチ (A Person-Centered Approach)

笠井清登:教授(professor)

東京大学精神神経科は、1886年に設立された日本最古の大学精神医学教室です。私たちの教室の使命は、当事者中心のケア(patient-centered care)を提供するために、生物学的精神医学と社会精神医学を両立できる、次世代の精神科医を養成することです。

近藤伸介:病棟医長、教育スタッフ(teaching staff)

私たちが力を入れているのは、患者さんの生活を患者さんの視点で考えられる次世代の精神科医の育成です。今日の若手精神科医はめまぐるしい環境の中、分刻みで働いています。そういう環境で患者さんを支援するには、医師が患者さんの人生・生活を想像する力を備えていることが非常に重要です。

熊倉陽介:若手精神科医(early carrer psychiatrist)

精神科医の仕事というのは、人の就学や就労、恋愛、結婚、出産などの人生の縦軸を支援していくことだと思っています。我々若い世代は初期臨床研修を受けているので、医学モデルで問題点に基づいて目の前の患者さんを診療するというトレーニングは受けていますが、精神科医として人の人生を支援するためにはそれだけでは十分ではないと考えています。

近藤

わが国の精神保健サービスのアウトカムは不十分です。まだまだ長い道のりになるでしょう。そもそもの考え方自体を転換しないかぎり、本当に変えることはできません。

笠井

私たちの新しいコンセプトである、価値に基づく精神医学(Value-based psychiatry)は次の3つから成り立っています。脳(brain)と生活(real world)と人生(life course)の視点です。

谷口豪:精神科医、てんかん専門医

トライアングルの1つ、脳についてお話ししましょう。私たちが重視するのは集学的アプローチ、特に神経医学と精神医学の協働です。私たちは精神疾患をもつ方の治療と研究のために、新しい技術(長時間ビデオ脳波、脳磁図、MRI・PET・SPECTなどの脳神経画像)を駆使して、サービスを提供しています。最近は、てんかん・認知症の治療にも力を入れており、またリエゾン・コンサルテーションも活発に行っています。

笠井

私たちが働くのは大学病院の中だけではありません。コミュニティにも出向いていくこともあります。例えば、東日本大震災の被災地支援は現在まで継続しています。

岡村毅:精神科医、社会精神医学者 出演協力:ホームレス支援団体ふるさとの会の皆様

世の中をよくするということが精神医学の目的の一つです。今私はホームレス支援をしているNPOで一緒に研究と実務をしています。貧しい人は自殺率が高かったり、社会的孤立(social isolation)が強い人が多く、そういう人を助けるために精神医学が役に立ちます。ホームレス支援や貧困、恵まれない人の支援をしている中で大きな問題は、認知症(dementia)、自殺予防(suicideprevension)、コミュニティ開発(community development)ですが、精神医学がそういう問題を考える上ですごく役に立ちます。

清水希実子:臨床心理士、東大病院デイホスピタルスタッフ

小さな社会だというとらえ方をしていて、社会でおこることは必ずデイホスピタルという場でおこると考えています。社会に出る前にこちらで色々な経験をして頂くことで、社会出た後安定して長く生活できるように支援をしています。

患者

デイホスピタルを知ることができたことで、信頼できる先生方やスタッフさん、個性豊かな仲間たちに出会うことができました。利用しているメンバーが主体となって運営しており、スタッフさんがサポートに入ってくれるため、様々な対人スキルや社会経験を身に着けることができます。

清水

私達の仕事は担当スタッフとして、その方がどういうリハビリテーションをしていけばいいかというプランを考える役割です。目標設定の時に、「その方がこれから先どういう人生を歩みたいか」っていうのをキーワードにして、そこから目標をどんどん作っていくような形でやっています。どんな病気でも、精神科ではない病気でも、病気になるとどうしても人生で諦めないといけないことがあり、夢を諦める方が多いのが現実です。その中で治療の一環として、その方で治療の一環として、その方の夢がなんだったのか、今後の人生をどう過ごしていきたいのか、ということをみて治療をしていくことが大事だと日々感じています。

近藤

ほとんどの医学生と研修医は、当院のような急性期病院で訓練を受けて育ちます。入院期間が短いため、患者さんのリカバリーを見届けることは難しいのが現実です。本来、私たちの仕事の真価は、生活の場や人生を通した経過で評価すべきでしょう。

笠井

生物学的視点と社会的視点と心理学的視点を統合して、価値に基づく精神医学ケアを提供できる精神科医を養成すること、それが私たちの究極の目的です。

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