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脳卒中地域連携パス

パスとは

 ここでの「パス」とは、良質な医療を、効率的かつ安全、適正に提供するための手段として開発された診療計画書のことです。

 1950年代、米国軍事産業では、各工程の順番や時間の経過をフローチャートで示すことで作業開始から終了までの時間的効率性を追求し、経費削減と工期短縮を目的とした工程管理技法が考案されました。これがクリティカルパス(critical pathway、臨界経路)法です。

 1983年米国で診断群分類による医療費定額支払い制度が導入されました。これに対応するために、ボストンの看護師Karen Zanderがこのクリティカルパスを医療現場に応用しました。1990年代、日本でもこの手法が導入されるようになりました。最近は、クリティカルパスよりも、クリニカルパス(clinical pathway、臨床の道筋)、あるいはパスという名称が一般的になっています。

 パスは、医師だけでなく看護師・技師・薬剤師など業種を超えて共同で作成されます。検査・薬物治療・観察項目などとともに、アウトカム(目標)の達成をチェックしていきます。パスの時間軸とケア介入から逸脱したものがバリアンス(変化要因)です。バリアンスを精査することにより、効率的なケア提供に障害となっている事項を明確にし、パスを修正します。

 ただし、急性期の脳卒中治療ではパスの有益性は証明されていません。脳卒中診療は他の分野と比べると発展途上であり、単に診断・治療を手順どおりに実施するだけでは不十分で、専門医の経験に依存している部分もあります。また、診断・薬物療法・手術といった医師の業務だけでなく、誤嚥性肺炎など合併症予防、急性期リハビリテーション、栄養管理など、看護師・リハビリテーションスタッフ・栄養士・薬剤師などコメディカルの役割が、脳卒中診療では必須です。入院期間を短縮するには、スムースに回復期リハビリテーション病院への転院が求められ、医療ソーシャルワーカー(medical social worker、MSW)の役割が重要です。脳卒中診療でパスを有効に実行するには、業種を超えた脳卒中プロフェッショナル集団であるstroke care unit(SCU)が必要なのです。

 これらを備えた上で、クリニカルパスを使って効率的な診療を実施している医療機関もございます。そのための重要なツールは、オーダリングシステムや電子カルテであり、病院独自のクリニカルパスを受け入れられる柔軟性が求められます。

脳卒中と医療連携

 脳卒中地域連携パスは、なぜ必要なのでしょう?

急性期病院の治療成績の差は

 急性期病院は、なぜ2週間程度の入院でリハビリテーション病院に転院、その後の外来通院も近隣のクリニックに依頼するなど、急性期が終わると診療を担当しないのでしょうか。

 急性期脳梗塞治療では、遺伝子組み換え型組織プラスミノーゲンアクチベータ(rt-PA)を代表とする薬物療法が注目されがちです。しかし、日本国内あらゆる病院で平等に薬剤が使用可能です。また、rt-PAは脳卒中の専門医不在では使用困難であり、急性期脳梗塞患者全体のわずか2%程度に過ぎません。つまり、日本国内の脳梗塞治療では、薬物療法の医療機関別格差はありません。

 急性期脳卒中の治療成績に差が出る要因のひとつは、リハビリテーションです。2008年3月1日〜2009年2月28日に日本医科大学千葉北総病院脳神経センターに入院した急性期脳卒中患者は495例、そのうち48.4%の患者が介助なしで歩行できる状態で退院または転院しています。重症搬送が多い三次救急病院でこれだけの治療成績なのは、ほとんどの症例で入院翌日よりリハビリテーション医が介入しているからです。リハビリテーションの効果は軽症例ほど顕著であり、急性期リハビリテーションの有無が、軽症患者では社会復帰と要介護の差になりえます。したがって、「軽症のラクナ梗塞は非専門施設で可能」とする考えは間違いと考えます。急性期のリハビリテーションができる脳卒中専門施設での治療が望ましいと思います。

急性期病院と回復期施設の違い

 しかし当院のリハビリテーション科も、マンパワーと設備は回復期リハビリテーション病院には劣ります。最近の回復期リハビリテーション病院は、リハビリテーション用最新機器の他、在宅に向けてトイレ・入浴なども練習する設備を備えています。スタッフが患者の退院に向けて自宅に出向き、手すりの高さや便器・浴室など家屋の改築の指導まで対応しています。在宅でのリハビリテーションをサポートする体制も整っている施設もあります。急性期は「疾病」、回復期は「障害」、維持期は「生活」を対象にしています9)。急性期病院は次のステップの「障害」までは介入できても、「生活」まで関与する体制がありません。患者にとって、急性期病院で入院を続けるよりも、回復期リハビリテーション病院に転院した方が充実したケアを受けられ、退院後を見据えた準備も可能なのです。

脳卒中におけるかかりつけ医の役割

 自宅退院後はどうでしょう。脳卒中患者の多くは、高血圧・糖尿病・脂質異常症などリスクファクターを合併しています。このリスクファクター管理が再発予防に重要であることは明白です。再発しなければ脳に関与する特殊な知識は不要であるし、気になる症状があれば、そのときだけ急性期病院に診察を依頼すればよい。したがって、慢性期脳卒中患者の日常の外来診療は、脳の知識しかない脳神経外科医や神経内科医が担当するよりも、そのリスクファクターの管理に長けた、かかりつけ医が適していると言えます。

脳卒中診療では医療連携が必須

 医療連携は、医療財政と医療機関の事情で始まったものですが、患者にとってメリットがあります。しかし、この「餅は餅屋」の発想が一般の方にはご理解いただけず、回復期のリハビリテーションも引き続き急性期病院で、外来通院も急性期病院を希望されることが多いです。転院を「追い出された」と誤解される患者・家族もいらっしゃいます。したがって、当該地域の医療連携の仕組みと有用性を急性期病院入院時にご理解いただくことが必要であり、そのためにも目に見える形の医療連携システムを構築することが必要なのです。

千葉県の実情

印旛脳卒中地域連携パス(InCliPS)6)

 日本医科大学千葉北総病院脳神経センターでは、2008年3月に印旛脳卒中地域連携パス(Inba Clinical Pathway for local Stroke network, InCliPS)を完成させました。

InCliPS設立

 2006年の医療制度改革法では、医療費抑制のため、医療連携体制の推進することで在宅生活への早期復帰を目指すことが盛り込まれました。2008年の診療報酬改定では脳卒中診療が重要視され、血栓溶解療法に対する超急性期脳卒中加算とともに、脳卒中の地域連携診療計画、すなわち脳卒中地域連携パスに対する地域連携診療計画管理料と地域連携診療計画退院時指導料が認可されました。これにより全国に脳卒中地域連携パスが浸透したとようです。日本脳卒中学会総会でも医療連携に関する演題数が激増しました。

 現在の脳卒中治療で不可欠なのがリハビリテーションです。しかし、千葉県では回復期リハビリテーション病院が東葛南部・北部に偏在し、回復期病院がない地域が多いのが実情。印旛保健医療圏もそのひとつでした(今は佐倉厚生園のリハビリテーション病棟があります)。したがって、脳卒中地域連携パス導入前より、東葛南部など他の保健医療圏の回復期施設と連携してきました。実際、2007年の脳卒中患者713例の平均入院日数は18.5±18.3日であり、パス導入以前より転院の停滞なく連携されていました。

 しかし、診療情報提供書・看護サマリー・リハビリテーションサマリーによる情報伝達は、回復期施設に必要な情報が欠けていることがありました。例えば、急性期病院の診療情報書には、最新の診断方法と薬物治療を中心に「自慢話」が書かれることが多いですが、回復期施設が求める情報は、患者と家族の目標や認識、食事・排泄時などの介助の状態、食形態、禁忌動作・食品・薬品など、転院当日より診療に必要な具体的事項です。そのため、転院後に、急性期病院へ電話での問い合わせが少なからず見受けられました。情報伝達フォーマットの導入など、医療連携における問題点を地域で協議する必要がありました。

 そこで、2007年7月、先行事例1)を参考に、新八千代病院と日本医科大学千葉北総病院は脳卒中地域連携パスの協議を開始、2008年1月の会議で連携パスのフォーマットに同意しました。2008年3月InCliPS正式版が完成、3月10日にInCliPSを使用した第一号の患者が転院しました。

 InCliPSの沿革の詳細は、ウェブサイトをご覧ください。

InCliPSの特徴

 千葉県では2001年10月より、日本医科大学千葉北総病院を基地病院としたドクターヘリ事業を開始、全国一の出動実績を誇ります4)。2009年1月、君津中央病院が千葉県2機目のドクターヘリ基地病院となり、千葉県全域と茨城県南部が搬送時間15分以内といわれる50km圏内に入ることになりました5)。InCliPSでは、日本医科大学千葉北総病院のドクターヘリが主に担当する千葉県北部および茨城県南部からの搬送を想定し、牛久市や九十九里町の回復期リハビリテーション病院も参加しています

 かかりつけ医からの返信にはmodified Rankin ScaleとMini International Neuropsychiatric Interview(MINI)を採用、運動機能だけでなく脳卒中後うつなど精神面の診療もカバーしました。回復期リハビリテーション病院の一部では在宅リハビリテーションの体制も整っています。

 医師・看護師・リハビリテーションスタッフ・MSWと多業種が脳卒中地域連携パス作成に関わります。転院申し込みから実際の転院までの短期間に、1枚の用紙を各部署にまわして記載すると、時間がかかります。そのため脳卒中地域連携パス作成に、データベースソフトFileMaker Proと病院内のlocal area network(LAN)を使用し、各部署から入力して1枚の連携パスシートを作成するシステムを開発しました。このデータベースに回復期以降の情報も入力し、地域全体の診療状況集計にも有用でした。

千葉県共用脳卒中地域連携パス〜なぜ千葉県共用パスが必要なのか〜

 脳卒中地域連携パスが全国に浸透し、それぞれの施設・地域で独自のパスが多数完成しました。急性期病院は自前のパスを使用していれば良いし、脳卒中地域連携パスに義務づけられた会議も年3回行えば良い。しかし、複数の施設と連携する回復期施設にとっては、院内に複数のフォーマットが運用され、パスの会議も使用パス数の3倍出席しなければならず、効率が悪い。また、急性期病院が作成したパスは、必ずしも回復期リハビリテーション病院が欲しい情報を網羅しているわけではありませんでした。

 千葉県でもInCliPSの他に多数の脳卒中地域連携パスが運用され、回復期施設の間で問題になっていました。千葉県と千葉県医師会が中心となり、ガン・糖尿病・心筋梗塞とともに脳卒中地域連携パスの協議が開始され、2009年2月、4疾患の千葉県共用パスが完成しました。

千葉県共用脳卒中地域連携パスの特徴

 千葉県共用脳卒中地域連携パスのシートは、脳卒中だけでなく、急性心筋梗塞・糖尿病・ガンもウェブサイトからダウンロードできます。使用方法の詳細は、このサイトの「運用の手引き」が詳しいので、参照ください。

 千葉県共用脳卒中地域連携パスは、「診療計画書」、「連携シート」、「診療経過表」、「連絡票」で構成されています。急性期病院が担う「急性期」、専門的なリハビリテーションを提供する回復期、地域社会で生活しながら、機能の維持・回復に努める地域生活期(かつての維持期)に病期を分け、過不足なくその間の情報伝達がなされるようにするのが目的です。MSWの役割と地域生活期を重要視している点が、これまでのInCliPSのシートとの最大の違いです。急性期病院やリハビリテーション病院の脳卒中の専門家だけでなく、非専門医が多い開業医、在宅リハビリテーション・介護等に関与する福祉・看護関係者、そして患者・家族の情報共有とサポートが特徴です。

 「診療計画書」は、急性期病院搬送時に、急性期治療後に回復期リハビリテーション病院への転院の説明をするのに使用します。また、生命保険診断書や介護保険など、今後の療養の中で家族に必要な手続きを明確にします。

 「連携シート」は、急性期病院から回復期リハビリテーション病院への転院、回復期リハビリテーション病院から開業医・療養型施設への転院時に送付するものであり、診療情報提供書を兼ねます。医師用・看護師用・リハビリテーションスタッフ用・MSW用の4つのシートがあります。4つに分離したのは、各部門が転院前の短期間に同時進行で記入するためです。

 「診療経過表」は、地域生活期を担当する、かかりつけ医・介護スタッフ・在宅リハビリテーションスタッフが使用するシートで、糖尿病手帳に類似したものです。地域生活期では、外来診療・訪問看護・訪問リハビリテーション・デイサービスなどが、別な日程で実施されます。したがって、各業種が顔を合わせることがない。外来で処方を変更しても、他の業種に伝わらないし、介護スタッフの要望もかかりつけ医に伝わらない。これを解消するのが「診療経過表」です。

 「連絡票」は、介護スタッフと医療機関の臨時の情報伝達に使用します。なお、2009年介護保険改定で、医療連携加算150単位が設けられました。介護施設利用者が病院又は診療所に入院するに当たって、当該病院又は診療所の職員に対して、当該利用者の心身の状況や生活環境等の当該利用者にかかわる必要な情報を提供した場合は、利用者1人につき1月に1回を限度として所定単位数を加算されます。

千葉県共用脳卒中地域連携パスの今後の課題

 県境付近では他の都県の施設とも連携しているため、千葉県だけ統一しても回復期リハビリテーション病院で複数のフォーマットが運用される問題は解決しません。結局全国版の脳卒中地域連携パスしかないわけであるが、それでは脳卒中診療の地域差に対応できない可能性が高い。

 千葉県共用脳卒中地域連携パスでは、脳卒中診療の中の地域生活期に重点を置いているにもかかわらず、地域生活期にはまだ浸透していないので、さらに広報活動が必要です。ただ浸透すると問題になりそうなのは、脳卒中だけでなく、糖尿病・心筋梗塞・ガンも類似のシートが運用されていることです。脳卒中を罹患する患者は高齢者が多く、上記3疾患のいずれかを合併していることがまれではありません。すると、外来で複数のシートの記入が必要になってきます。ガンの経過観察は脳卒中とは異なると思いますが、糖尿病・心筋梗塞は共通することが多い。これらを統一することも今後考えなければなりません。しかしながら、複数のパスが適用されている患者の外来診療は、現時点では共通部分の記入は省略していただいて問題ないと思います。

運用方法

紙かオンラインか

 脳卒中地域連携パスの目的のひとつは、地域全体の脳卒中診療体制の把握と改善であり、データの集計が必須です。紙ベースの連携パスの場合、小さな字で書いてある用紙を見ながら手で集計しなければなりませんが、パスが大量になると効率が悪い。やはり、連携パス発行時より電子データにするのが理想です。できればインターネット上のデータベースを使用すれば、転院先でも前医の情報を有効利用できます。すでに、かがわ遠隔医療ネットワーク(K-MIX)などが運用されています。導入には、情報のセキュリティ・運営資金・データベースサーバーの管理なども問題を解消する必要があります。

 脳卒中の診療では、急性期病院の入院が約2週間、回復期リハビリテーション病院では1〜3ヶ月、その後の地域生活期は長期間、時間で考えると地域生活期が脳卒中診療の中心です。しかし、慢性期のフォローアップを担当するクリニックの多くは、オンラインに対応することが困難です。この場合は、紙のシートが必要になります。急性期→回復期をオンラインとし、紙を印刷して地域生活期に渡す、という方法が現実的かと思います。今後レセプトのオンライン化が進めば、すべての施設をオンライン化することも可能です。

資金

 脳卒中地域連携パスの運用には、シートの作成の他、会議の実施、ウェブサイトの管理、連絡など、相当経費がかかります。多くの地域は手弁当でがんばっていますが、規模が大きくなるとそうはいきません。第34回脳卒中学会で私が収集した情報では、

  • 会費制
  • 自治体の援助
  • NPO法人
  • 企業の援助

などがありました。ちなみに、千葉県にはNPO設立支援事業があります。こちらをごらんください。

参考文献

  1. 黒木副武, 船崎満春: 回復期リハビリテーション病院における脳卒中地域連携クリティカルパス導入の試み. 日本医療マネジメント学会雑誌 2008; 8: 549-553.

  2. 熊谷智昭, 三品雅洋, 武井健吉ら: 千葉県における脳卒中診療での救急医療用ヘリコプターの利用状況. 脳卒中 2008; 30: 545-550.

  3. 三品雅洋、松本尚:脳卒中医療連携の現状と問題点;ドクターヘリを駆使した印旛脳卒中地域連携パス。日本医師会雑誌 第138巻 第7号, p1353-1357, 2009

  4. Masahiro Mishina and Hisashi Matsumoto: Inba Clinical Pathway for Local Stroke Network with Helicopter Emergency Medical Service in Chiba, Japan. Japan Medical Association Journal 54, 16-21, 2011

  5. 三品雅洋、小林士郎、原行弘、片山泰朗:印旛脳卒中地域連携パスの効果。日医大医会誌 8(4):246-254、2012

  6. 三品雅洋:印旛脳卒中地域連携パス概論。印旛市郡医師会報 第49巻 2009.10 p38-57, 2009

  7. 三品雅洋、近藤国嗣:脳卒中地域連携パスの現状と今後の課題。医学のあゆみ 第231巻 第5号, 2009年10月31日 p570-575, 2009

  8. Kwan J, Sandercock P: In-Hospital Care Pathways for Stroke An Updated Systematic Review. Stroke 2005; 36: 1348-1349.

  9. 橋本洋一郎. 脳卒中地域連携クリティカルパス作成とその応用.   柳澤信夫, 篠原幸人, 岩田誠ら編. Annual Review 神経 2009 中外医学社, 東京 (2009) p. 112-120.

  10. 三品雅洋、金景成、小林士郎:脳卒中地域連携パス。日本医科大学医学会雑誌 Vol. 6, No 3, 152, 2010

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