ALS 病気の理解と治療について
本日はALSの病気の起こり方についてお話させていただきます。少し硬い話になりますので、できるだけわかりやすくお話させて戴きます。ALSは誰でもなる可能性のある病気です。ニューヨークヤンキースの有名な野球選手、ルー・ゲーリッグもALSに罹患していました。お示しした写真は彼がまだ現役として活躍していた時の写真で、すでにこの時に手の筋肉に萎縮が見られています。また、宇宙科学者として有名なホーキング博士は22歳の時にALSを発病していますが、発症後にブラックホールの蒸発や宇宙論などに関する重要な理論を見つけています。ALSでは通常は認知機能に影響しないため、意欲があればこのようなことも可能なわけです。
ALSは今でも原因不明の病気です。その5%は遺伝性で、さらにその2割でSOD1というフリーラジカルを消去する働きをする酵素に遺伝子異常が見つかっています。症状は一側の上肢または下肢から発症することが多いですが、4人にひとりは呂律障害や嚥下障害などで発症し、球麻痺型と呼ばれています。進行が早いと数年で発声や呼吸が困難になりますが、感覚や知能は最後まで侵されないのが特徴です。患者さんの数は10万人に3−5人で、男性は女性の1.5倍と男性にやや多く、40−60歳代に多い傾向があります。因みに2006年度のALS患者数は7695人で、人工呼吸器使用者は約34%でした。
人間の体は細胞という目に見えない小さな構成単位から成り立っています。ただ、神経細胞は例外です。本体(細胞体)は非常に小さいですが、数10cmの長さの突起がある巨大な細胞です。数10cm離れた部分を小さな細胞体で支えている特殊な構造が、神経細胞が徐々に変性することと関係があるのではないか、とさえ思わせます。神経細胞には運動神経、感覚神経、自律神経の3種類があります。ALSで障害されるのは運動神経です。手足を動かす指令は運動神経を伝わっていて、人間が手を動かそうとすると、まず脳の表面で運動に関係する部分(運動皮質)にある神経細胞が活動を開始します。この神経細胞を上位運動ニューロンと呼んでいます。「ニューロン」というのは英語でいう神経細胞のことです。この上位運動ニューロンの突起は反対側の脊髄の中を下降して脊髄にある、もう一つの神経細胞に情報を伝えます。この脊髄にある神経細胞を下位運動ニューロンと呼んでいます。下位運動ニューロンは筋肉に突起を伸ばしていて「収縮しなさい」という情報を筋肉に伝えています。つまり、上位運動ニューロンと下位運動ニューロンが組み合わさって筋肉を操作しているわけです。
上位運動ニューロンと下位運動ニューロンでは、障害された時の症状の出方が異なります。上位運動ニューロンの障害では四肢の筋肉の緊張が強くなり、ハンマーで腱をたたくと関節がぴんと伸びる反射(腱反射)が強くなります。突っ張ったような歩き方になり、バビンスキー反射という乳児期にだけ見られる原始反射が見られるようになります。一方、下位運動ニューロンの障害では、筋肉の緊張が低下して痩せる、ぴくつく、腱反射が低下するなどの症状がみられます。
ALSは基本的に上位運動ニューロンと下位運動ニューロンが障害される病気で、これらの症状が最低でも6−12か月に亘って進行します。診断基準ではALSらしくない症状として、感覚障害、排尿・排便障害、起立性低血圧、発汗障害、視覚障害、パーキンソン症状、認知機能低下などが挙げられています。上位運動ニューロンの障害だけがおこるときは原発性側索硬化症(PLS)、手足にいく下位運動ニューロンだけの場合は脊髄性進行性筋委縮症(SPMA)、顔にいく下位運動ニューロンだけの場合は進行性球麻痺(PBP)と呼ばれ、ALSの亜型と位置付けられてきました。さらにKennedy病や脊髄性筋委縮症(SMA)といった変わり種を加えて運動ニューロン病という総称も使われています(表)。三重県の南部にはALSの多発地帯があり、同じ家系のなかでALSとパーキンソン症状、認知症が発症するという特徴があります。同じような現象はグアム島や西ニューギニアの一部で報告され、西太平洋ALSと総称されています。
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講演会の写真 |
ALSの診断は電気生理検査や頭部MRI,脳脊髄液検査などがあり、ALSに似た一群の病気、すなわちALS mimicsとの鑑別が重要です。この中には運動症状の目立つKeegan型頚椎症、慢性炎症性脱髄性ポリニューロパシー(CIDP)、多巣性運動ニューロパシー(MMN)、Kennedy病、平山病などが入っています。治療はリルテックが用いられます。この薬剤は目に見えて効果がでるわけではないので服薬に積極的になれない患者さんもいらっしゃいますが、生存期間の延長効果が科学的に証明されています。発声が困難になれば「伝の心」などの意思伝達補助装置を用います。呼吸が困難になった場合には、十分なインフォームドコンセントのもとで、在宅人工呼吸器の適応が検討されます。
ALSは現在でも原因不明の疾患ですが、その解明が少しずつですが、確実に進んでいます。例えば、アルツハイマー病は長らく原因も治療法も不明の病気でした。しかし、遺伝性アルツハイマー病の研究が突破口となって、現在では治療法が究明されつつあります。ALSでは、遺伝性ALSと孤発性ALSの間で共通の異常が見つからないことが研究の進歩を阻んできました。しかし、ごく最近ですがTDP-43という蛋白の異常が両者に共通して発見されました。TDP-43の異常が原因の一端になっている可能性があり、今後の研究の進展が期待されています。また、最近ではiPS細胞という多分化能をもった細胞を用い、病態の解明や治療への応用も進められています。
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