ミュンヘン(闘病)旅行記


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29/Mar/2001 (Thursday/jeudi/Donnerstag)

ミュンヘン行

昼下がりにスタンステッド空港に行く。 あいにく地下鉄がストライキをしていたので、 バスでリバプールストリート駅に行き、 そこからスタンステッド急行に乗って空港へ。 電車の中で、ピギーケースのカギを無くしたことに気づく。

空港ではつつがなくチェックイン。 「ドイツに行くのにビザはいらないのか」と尋ねられ、 何も調べていなかったのであせったが、 短期の旅行の場合はいらないようだ。

飛行機は半時間遅れで出発。 墜落することもなくミュンヘンに到着。 税関も簡単にパス。 某氏が空港に迎えにきてくれたので、 目的地である某氏の家まで何も問題なく辿りつくことができた。感謝。

ピギーケースのカギは、ペンチで簡単に切れた。


30/Mar/2001 (Friday/vendredi/Freitag)

ミュンヘン2日目

午前中、一人でレンバッハ・ハウスへ行ってきた。 19世紀以降のミュンヘンを中心とした絵画が展示してある。 20世紀以前のものはぱっとしないが、 カンディンスキー、ヤウレンスキー、フランツ・マルク、 パウル・クレーなどの作品がよい。

ついでにクンスト・バウというところでシルエット展も見る。 ドイツではなぜ肖像をシルエットで描くのが流行したのだろうか。

夜、某氏と某氏の友人たちと食事。まだ体調が悪い。


31/Mar/2001 (Saturday/samedi/Sonnabend)

ミュンヘン3日目

体調回復せず。喉の腫れは引いたが、 かわりに右の鼻からまさに水のように鼻水がでる。 右目だけ涙が出たりする。 何か悪い「気」でも右半身にたまっていたのか。

某氏宅のクリネックスをもうれつな勢いで消費してしまう。すいません。

しかし観光しないわけにもいかないので、 今日はミュンヘン大学 (正式にはルートヴィヒ・マクシミリアン大学) とその周辺を観光してきた。 大学はイースター休みだったので閑散としていた。 古本を買おうと思ったのだが、 土曜日は2時に閉店してしまうので、 あまり見る時間がなかった。

ついでにマリエン広場のあたりを4時ごろまでうろつく。 土曜日は買物の日らしく、ものすごい人混みだった。 聖母教会の塔に昇りたかったのだが、 今日は閉まっていた。

夜、某氏にカレーを作ってもらう。感謝。


01/Apr/2001 (Sunday/dimanche/Sonntag)

ミュンヘン4日目

あいかわらず体調悪し。鼻はだいぶましになったが、 今度は後頭部を中心に頭痛がする。いつ治るのか。

しかし観光しないわけにもいかないので、 今日はアルテ・ピナコテークとノイエ・ピナコテークを見てきた。 アルテの方が14世紀から19世紀まで、 ノイエの方が20世紀前半の西洋芸術を展示している。 近く20世紀後半の作品を展示するピナコテーク・デア・モデルネ というのもできるそうだ。

アルテの方はデューラー以外はとくに目ぼしいものはなし。 ルーベンスやレンブラントも多いが、それほどいいのは置いていないようだ。

ノイエの方もとくに目ぼしいものはない。 パウル・クレーぐらいか。 ピカソや印象派もいくらかあるが、たいしたことはない。

夜は、某氏の友人宅で食事をごちそうになった。感謝。


02/Apr/2001 (Monday/lundi/Montag)

ミュンヘン5日目

鼻は鼻腔にたまるようになった。声がかすれてあまりしゃべれないが、 風邪は快方にむかいつつある模様。

今日はNeuschwanstein城を見に行くつもりだったが、 電車の都合で延期することにした。 かわりにルートヴィヒ二世の墓があるStarnberger Seeを見に行った。 白鳥とアルプスが見れるきれいなところ。 といっても、琵琶湖にしろネス湖にしろ、 湖がそんなに美しいと思ったことはまだないが。

夜は某氏と一緒にNational Theaterでフィガロの結婚を見た。 運よく前から2番目の中央の席に座れたが、 スーパータイトルを見上げていたら首が痛くなった。 しかも訳がドイツ語なので、話についていくのが大変。 舞台装置の布でできた壁が音を吸収するのか、 あまり声が通らなかったようで残念。


03/Apr/2001 (Tuesday/mardi/Dienstag)

ミュンヘン6日目

風邪はまだ治らず。昨日と同じような状態。

しかし観光しないわけにもいかないので、 今日は朝から電車(DB)に乗ってフュッセンに行ってきた。 フュッセンからバスに乗り、シュヴァンガウへ。

「うわさどおりに日本人観光客が多かったですね。 マリエン橋などは、 日本人観光客の重みで落ちるんじゃないかと思いましたよ」

「きみも日本人のくせに何を言っておる」

ノイシュヴァンシュタイン城(新白鳥石城)は外から見るとおとぎ話に出てくる 城のようですばらしいが、中は19世紀末の悪趣味な装飾でへきえきする。 他方の、あまり日本人が行かないらしいホーフェンシュヴァンガウ城 (白鳥高地城)は、外見は地味だが内装はおちついた感じで住みよさそうだった。

夜、某氏と一緒にミュンヒェナー・フィルハーモニーの演奏を聴きに行く。 今夜の指揮者はIvan Fischerという人らしい。 運よく前から6番目の中央の席に座れたが、地味な曲が多くて退屈する。 最後の楽曲がよかったが、名前を忘れてしまった。 ストラヴィンスキーだったか。

そのあと、某氏とワインケラーに行き、 ワインを飲まずにアイスクリームを食べる。 ミュンヘンに来てまだビールもソーセージも食べていない。


04/Apr/2001 (Wednesday/mercredi/Mittwoch)

ミュンヘン7日目

風邪すこし悪化。鼻はほとんど止まったが、 のどの奥がねとねとしているため、咳がよく出る。 そのせいか、熱もあるようだ。ときどきするどい頭痛もする。

しかし観光しないわけにもいかないので、 朝から某氏と彼の友人とともにダッハウに行ってきた。 ここには巨大な強制収容所があり、 記録されているだけでも3万人以上の人々(思想犯、ユダヤ人、捕虜その他)が 殺されたらしい。

当時の様子の展示を見ながら、「強制収容所の囚人になるとはどういうことか」 を想像してみたが、想像力が貧困なために、 なかなか境遇を察することができなかった。 囚人の日記などを読む必要がありそうだ。

死体焼却炉でむせび泣いている若い男性がいた。

お昼すぎにミュンヘンに戻り、白ソーセージを食べたあと(!)、 昼下がりにレジデンツに行ってみる。 ここは予想以上に豪華でおもしろい。 宝物展にある象牙の細工など、 おそろしく細かく作られているので、 家具調度にあまり関心がなくても楽しめる。 肝心の本館の方は、あまりに巨大なため、 半分ほどまわったところで時間ぎれになってしまった。

夜、イザール川のほとりで某氏と食事。おいしい。

夜中、腹を下す。原因は水の飲みすぎのようだ。


05/Apr/2001 (Thursday/jeudi/Donnerstag)

ミュンヘン8日目

風邪はだいぶましになった。 まだ声がすこし変だが、収束に向かいつつある模様。 それにしても、ロンドンに戻る日になってようやく治るとは。

今日は落ち穂拾い的に市内を観光してきた。 朝から英国庭園に行って散歩。 そのあと11時に市庁舎前に来て仕掛け時計を見る。 ついでに市庁舎の屋上に行き、ミュンヘン周辺を俯瞰。

さらにミュンヘン大学のそばに行き本を一冊だけ購入。

それからまたマリエン広場に戻ってきて食事をしたあと、 二時間ぐらいかけておみやげを購入。 今回大変お世話になった某氏にも置き土産を買う。

時間があまったので、マリエン広場から東に歩き、 イザール川周辺(聖ルカ教会、ガシュタイク、ドイツ博物館)を歩く。 それから某氏宅に戻ってきて、夕食をいただいたあと、空港へ。

今回、某氏にはたいへんお世話になった。 某氏と一週間暮らしていて、 彼の徳の高さに打たれることが何度もあった。 こちらも修業を積んでいつか恩返しをしようと思う :-)

帰りの飛行機も遅れる。 英国のパスポートコントロールは厳しい。 空港を出たらすでに地下鉄が終わっていたので、 タクシーで寮に戻った。


See also the photo gallery: Eight Days @ Munich


Satoshi Kodama
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Last modified: Thu Mar 24 12:00:37 JST 2016