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こだまの世界

---倫理学者のふしぎな日記---

99年8月上旬号

最後に、[哲学的精神の] もう一つの発生経路をご紹介しましょう。 それは「よい」という意味に躓くことにより哲学にからめ取られてゆく経路です。 とくに、敏感で自尊心の強い青年は、 学校や家庭や地域社会において大人の言うことなすことに すべて反抗し反逆してゆくうちに、 何が「よい」か「悪い」かまったくわからなくなる。 こうした青年の大部分は作家(文学者)や詩人や芸術家 あるいは犯罪者になるようですが、 そのごく一部は哲学者になる。 つまり「よい」とは何か、 全身全霊をかけて解き明かそうとすることに一生を費すのです。
(中島義道、『哲学の道場』、ちくま新書、1998年、10-1頁、[ ]は児玉による補足)


8月上旬の主な話題


何か一言


08/01/99 (Sunday/dimanche/Sonntag)

真夜中

昨日は夕方から某倫理学史読書会。 Outlinesの序章を読む。

そのあと某定食屋へ。タルタル魚フライ定食。

ちょっとそこらをうろついたあと、大学に戻ってくる。 途中、大学構内でシンナー吸っている若者たちに遭って恐い思いをする。

わ。もう8月か。


夕方

昨夜は北大路の本屋に寄って本を買ってから下宿へ。

そうめんを食べたあと、明け方からお昼まで寝る。 お昼にまたそうめん。シャワー浴びたり。

昼下がりにバンドの練習。 練習のあと、某所にて軽食。

あれ。やっぱり暑くてよく寝れなかったのかな。すごく眠い。


日記の整理しました。


暑中見舞い作成中。「暑さも盛りとなりますことゆえ、 先生にはご自愛のほど、心からお祈り申し上げます」などと、 なれないことを書いて指がつったり:-)


ゲーセンで少し遊んだあと、 某所でうどん。

昨夜買った本。『ぼのぼの』第17巻も購入。

中島義道によれば、 死について真剣に考えるのでなければテツガクしているとは言えないんだそうだ。 なんかこういうのを実存主義哲学っていうんじゃないだろうか。

ま、それはともかく、この本を読むと、 いかにおれがテツガクしてないかがわかる。 おれはテツガクのお勉強をしてるだけだ。 ただ、中島義道によると、ほんとにテツガクできるようになるのは、 テツガクの勉強をしだしてから10年後か20年後くらいからだそうだから、 学部時代から考えたとしてもあと3年ほどあることになる。 しかし、それまでにテツガクできるようになるだろうか。


とりあえず暑中見舞いを一通り書いた。


今日やったこと


何か一言


08/02/99 (Monday/lundi/Montag)

昼下がり

暑いが風が気持ちいいのでついお昼まで寝てしまった。

昨夜は暑中見舞いを書いたあと、 下宿に戻って『ぼのぼの』第17巻、 コナン・ドイルの『失なわれた世界』を読了する。

『失なわれた世界』はまだ地球上に未知の世界があると考えられていた 20世紀初頭であれば大人が読んでも興奮するだろうが、 現代では『火星のカーター』シリーズ同様、 ファンタジーとしか思えないので、 夢のある小・中学生が読むべき本であろう。B-。

お昼に起きて洗濯をしたあと、家賃を振込みに銀行へ。 ついでに某喫茶店でピラフセット。ジャンプ。 それから大学へ。

今週は暑いらしい。


昼下がり、下宿に戻る前に、 法経の建物の中にある自動証明書発行機を使って 学割を手に入れる。

この機械を使うのははじめて。なかなか便利だが、 ハイテク機のわりに、 そこから出てくる紙はいつもと同じ例の学割証明書なので笑ってしまった。

下宿に戻ってから洗濯物を干したり。乾くのが早い。 今日は暑いが風が強くて気持ちいい。

それから明日の予習。ひたすら勉強。勉強。ああ、楽しいなあ。


今日やったこと


何か一言


08/03/99 (Tuesday/mardi/Dienstag)

前の晩によく寝たせいか、 昨夜はなかなか寝つけなかった。 寝るのは得意のはずなんだが。

早朝に起きる。 今日は読書会が二つあって忙しいのでさっさと大学に来る。 さて、眠いが勉強勉強。


昼下がり

午前中、文閲で自習。

お昼から、倫理学史読書会。 ソクラテス以前の哲学〜ソフィスト〜ソクラテスまで。

忙しい。


中央食堂でツナ冷麺その他を食べたあと、 中央購買部で名刺を受けとる。 両面印刷で100枚7000円ちょい。 欲しい人はメイルしてください (うそ)。

そのあと、文閲の自習室に行ったら混んでたので、 法学部図書室で勉強する。途中ちょっと寝る。

夕方から倫理学説2読書会。 Robert M. Adamsの「動機功利主義」をやる。 明らかに予習不足。すいませんすいません。 じ、次回こそは。


今日やったこと


何か一言


08/04/99 (Wednesday/mercredi/Mittwoch)

夕方

昨夜は、読書会のあとに某定食屋で夕食。だし巻き定食。 某先輩と某君と名古屋の話をしたり。 それからビデオ屋によって下宿に戻る。

夜中、借りてきた『プライベート・ライアン』 (Saving Private Ryanを観る。 たいへんよく出きた映画。 ストーリーもカメラワークもいいし、 戦闘シーンもものすごい迫力。 特に最後の戦闘シーンはどうなるのかとはらはらした。 スピルバーグの作品なので「毒」がない(健全すぎる)と言えるが、 それでもかなり楽しめる。B+。ぜひ観るべし。

部屋を暗くして長い映画を観たので、目が痛くなる。 眠れないのでしばらくラジオなどを聴いてから眠る。 あれ? そういえば最近寝つきが悪いな。

お昼過ぎに起きる。シャワーを浴びて外出。 ビデオ屋にビデオを返却してから某喫茶店へ。 ミックスサンドのセット。サンデー。マガジン。プレイボーイ。 8月11日にみんな死ぬらしい。

ルネによって本を購入。中央購買部でルースリーフを購入。 ←最近手書きレジメに凝ってるので。


懐疑主義について説明してほしいというメイルをもらったので、 ちょっと書いてみた。 それにしても、 哲学的思考の出発点が疑うことや驚いたりすることであることを考えると、 おれももっと疑ったり驚いたりすべきなんだよなあ。


今日やったこと


何か一言


08/05/99 (Thursday/jeudi/Donnerstag)

昨夜は、某フランス的中庭で飲み喰い。ごちそうさまでした。

今日も読書会が二つあるので、早起きしてさっさと大学に来る。 さあ、文閲で勉強だ。


以下、至言。 哲学史の勉強や、哲学者の勉強はあくまで手段だということを銘記すべし。 (むりだろうけど)

例えば、長年「自由」というテーマを抱いている者がいるとしましょう。 彼(女)は、カントの自由論のうちにその核心的回答があるという予感をもっている。 しかし、カントの自由論について論じようとしますと、 これまでの研究史を無視するわけにはいかない。 カントの自由論という大ピラミッドの上に、 一つでもいいから自分固有の小石を積み上げねばならない。 それには、まずカントの自由論について他人の書いたおびただしい論文を 読まねばなりません。これには膨大な時間と膨大な労力を要します。

それをいとわず、とにかく作業を続けてゆくうちに、 さまざまな迷路が見えてくる。 さまざまな試みもわかるようになる。 しかし、それをただなぞるだけでは、 彼(女)があらたに論文を書く意味はない。 そこで、彼(女)は無理やりにでも新しい観点を打ち出そうと身悶えしますが、 もはやそんなものはころがっていない。 彼(女)は--もし研究意欲を十分具えていれば-- 長らく無視されていたある理論を復活させたり、 二つの理論をくっつけた合成理論を打ち立てたり、 最近話題になっている理論を批判したり、 新しい文献を掘り起こしたり、 他の哲学者の自由論との比較をしたり……して、 次々に論文を発表する。

かくして時間は経過し、今や彼(女)はカントの自由論に関しては知らないことはない。 いつのまにか、彼(女)はわが国を代表する「カントの自由論」 の大家になっているのです。 そして、あるとき彼(女)は--もし十分自己批判能力をもっているなら-- ハッと気がつく。 カントの自由論を追いかけ続けてきたうちに、 自分のうちで自由に対する「驚き」がかき消えてしまっている! ほんらい追求するはずであった「自由とは何か?」 という問いが、いつのまにか「カントは自由についていかに考えたか?」 という問いにすり代わってしまっている!
(中島義道、『哲学の道場』、ちくま新書、1998年、134-5頁、 太字強調は本文では傍点)

あ。カウンターが60000を超えている。昨日あたりかな。感謝感謝。


昼下がり、久しぶりのBMOR読書会。 クラークようやく終わり。 次はちょっとだけのマンデヴィル。

それからまた予習して、夕方から倫理学史読書会。 プラトンのイデア論と倫理学の関係とか。

読書会後、某君ら3人で某定食屋へ。 いろいろ話す。

今日はずいぶん疲れたのでさっさと下宿に戻ろう。


今日やったこと


何か一言


08/06/99 (Friday/vendredi/Freitag)

夕方

昨夜は、 モーニングとチャンピオンを買いに某所に行ったところ、 まだ入荷されていなかったので、泣きながら下宿へ。 途中、ビデオ屋によって『コンタクト』を借りる。 半額の日だから安かった。

下宿に戻って『コンタクト』を観る。 ジョディ・フォスター主演。 証拠がないという理由から神を信じない天文科学者が、 人類初の宇宙人との接触を体験する。 しかし、物的証拠がないがゆえに他の人々に信じてもらえない、 という皮肉な苦しみを味わう、という話。 ファースト・コンタクトを主題としつつ、 信仰と科学の関係を問題にしており、なかなかおもしろい。 映像も良い。B。

昼下がりに起きてシャワーを浴びて外出。 某古本屋でモーニング購入。 某喫茶店でピラフセット。チャンピオン。 それから大学へ。

さて、勉強勉強。


W・D・ロスを必死に勉強中。


倫理学説2読書会。 Peter Railtonの `Alienation, Consequentialism, the Demands of Morality'のまとめを聴く。

それから某所でお好み焼き。 音楽や映画の話など。

大学に帰る途中、雨に降られる。


げ。大雨になってきた。


今日やったこと


何か一言


08/07/99 (Saturday/samedi/Sonnabend)

昨日は某古本屋でCDを購入してから下宿に戻る。

中島義道の『哲学の道場』をようやく読み終える。 さらにプラトンの『パイドン』やクセノフォンの『ソークラテースの思い出』 などを読んで、夜明けに寝る。

昼下がりに起きてそうめんなどを食べながら勉強。 夕方から倫理学史読書会。プラトンの四元徳の話と、 プラトンとアリストテレスとの結びつきの話など。

それから読書会の連中と某所でスパゲティを食べる。

某君に『100万回生きたねこ』という絵本を借りたのでさっそく読んでみる。 …ううむ。よくわからん。何がいいたいのだ。 死の悲しみがわかってこそ生のありがたみもわかる、ということなのか。


今日やったこと


何か一言


08/08/99 (Sunday/dimanche/Sonntag)

昨夜は下宿に戻ってからしばらくして寝た。 とくに何をした覚えもない。

朝から起きて勉強。洗濯したりそうめんを食べたりする。

お昼過ぎにNHKの集金の人に襲われる。 残念ながらテレビはビデオ観賞以外の目的では使われていないので、 「某同居人はテレビ持ってますがぼくは持ってません」 とウソをついて追い払ってしまう。カント先生、ごめんなさい。

NHKをまったく見なくても受信料を払わされるのかどうかよくわからなかったので、 あとで某君に聞いたところ、 テレビ受信機を持っている場合は、NHKを見ようと見まいと、 法的にはお金を払わないといけないんだそうだ。

NHKをまったく見てないのに受信料を払わされるというのは一見不合理だが、 かといって「NHKを見てなければ受信料を払わなくていい」という規則にしてしまうと、 多くの人が「うちはNHK見てません」 という言い訳をしてほとんど誰も払わなくなる恐れがある。 そういう懸念があるからこのような規則になっているのではなかろうか。 いや、よく知らないんだけど。 今度来たら払います。

それはともかく、夕方から倫理学説2読書会。 James Cargileの「帰結主義について」。 独特の功利主義理解がなんとなく不気味だった。 やっぱり功利主義は「徳」とか「善い人」とかいう考え方とは相性が悪い気がする。

続いてすぐに倫理学史読書会。 アリストテレスの「善き生」や「徳」の理解は主に常識からの帰納によっている、 というような話。 また、中庸とか実践三段論法という理論は常識を説明するのにはうまく行かないとか。

そのあと、某君らと三人で某所へ。 久しぶりにガーリックライスを食べて気分が悪くなる。

また大学構内にシンナーを吸っている若者がいる。 なんとかならんのか。恐いぞ。

某先輩にそうめんをいただく。感謝。


今日やったこと


何か一言


08/09/99 (Monday/lundi/Montag)

昼下がり

昨晩は下宿に戻ったあと、 お昼に炊いてそのままになっていたご飯をオニギリにして食べ、 しばらくシュニーウィンドのモンテーニュに関する記述なんかを読んでから寝た。 風もあまり吹かず、かなり寝苦しい夜だった(いや、それでもぐっすり寝ましたが)。

朝、普通ゴミを出してからお昼過ぎまで再び寝る。

起きてからシャワー。それから某喫茶店へ。 ミックスサンドのセット。 ジャンプ。ワンピースがアニメ化するとか。 最近ジャンプがおもしろくなってきた気がする。 武士沢レシーブが終わらなければいいが…。

さ。勉強勉強勉強。


ちょっと憂鬱になったので、聖書を読んで慰めを:-)

わたし、コヘレト(教師)は、イスラエルの王でありイェルサレムにいた。 わたしは学問に専心し、知恵を用い、天下でなされるあらゆることを探求した。 なんという重荷を神は人間に課されたのだろうか。 わたしは太陽の下でなされるあらゆることを見てきた; それらすべては無意味であり、風を追いかけるようなものである。

歪んだものをまっすぐにすることはできぬ;
欠けているものを数えることはできぬ。

わたしは思った、 「見よ、わたしは賢くなった。 わたしの前にイェルサレムを支配した他のだれよりも; わたしは多くの知恵と知識を身につけたのだ」。 次にわたしは知恵そのものに目を向けた。そしてまた狂気と愚かさにも。 しかしわたしはこれもまた風を追いかけるようなものだと気づいた。

なんとならば、大いなる知恵には大いなる悲しみがともなうから;
知識が増えれば増えるほど、悲哀もまた増えるのだから。

(Ecclesiastes, 1:12-8)

…いや、もちろんこの境地に達するにはまだまだ時間がかかりますが。 あ〜、勉強勉強。


あ。7日に某古本屋で買った本。


夕方

独立生計について事務に訊きにいく。 おれの所得証明は区役所でもらえるらしい (←え、当たりまえだって? いや、4月から給与所得者になったばかりだから、 まだもらえないんじゃないかと思ったんです。 え、そんなばかなことはないって? すいません。世間知らずで)。

問題は、おれが「父母などの扶養親族でないこと」を証明できるのかどうか、 ということ。ううむ。よくわからん。

む。存在論的証明(?)じゃ事務は納得しないか。 (あるいは大前提が間違っていると冷やかに指摘されるかもしれない) とりあえず兄にでも訊いてみよう。


ちょっと古本屋めぐり。時間が遅かったせいか、大半が閉まっていた。 ついでにゲーセンで射撃ゲーム。燃える。

上の件で兄からさっそく返事が来ていた。 要はおれが親の扶養控除の対象になっていなければいいんだそうな。 ううむ、勉強になるなあ。すごいぞ世の中:-)

あ、明日あたり所得証明をもらいに行かねば。


いろいろ考えた末、 今回は独立生計の申立てを見合わせることにした。 来年からやることにする。 いろいろ心配かけてもうしわけないっす。


今日やったこと


何か一言


08/10/99 (Tuesday/mardi/Dienstag)

夕方

昨晩は、ついつい某ゲーセンへ行き、射撃ゲームをする。 それではあきたらず、さらに某バッティングセンターに行き、 `The House of the Dead 2'を初めてやり、結局終わりまでいく。 猛烈にムダ金を使った気になり、深く反省する。 カント先生、ごめんなさい。

昼下がりに起きてシャワーを浴びたあと、 大学へ。通り雨に降られる。

ううむ。怠惰な生活だ。これじゃいかん。


某喫茶店でピラフセット。

食べながら某ライジングサン新聞を見る。 通信傍受法案が参院で強行可決。君が代、日の丸法案可決。 ロシアの核に関する2000年問題対策の遅れ。等々。

倫理学を学ぶものとしてはこれらについて何を言うべきなのだろうか、 何も言わなくていいのか。良いわけがない。 では何を言うべきなのか。何も言うべきことはないぞ。 …などと考えていたら暗くなってしまった。 とにかくもっと世の中のことを知らねば。 見晴らしのきくところまで登って行かなければならない。

とか考えつつ、つい某ゲーセンへ。また射撃ゲームしてしまう。 堕落だ堕落だ。


某先輩たちの関倫での発表要旨のハードコピーをもらった。 感謝感謝。


真夜中

宇治に花火を見にいった。なかなか良い。 フィナーレを見るまえに電車に乗ってしまい、 ちょっと損した気分になる。

出町に戻ってきてから某古本屋によって少し本を購入。


あいかわらず憂鬱なので(←一日勉強してないからだってば)、 ブルーズを一曲。

彼女に付いて駅に行った
スーツケース片手に
彼女に付いて駅に行った
スーツケース片手に
この気持ちは言い表せそうにない
恋が終わってしまったんだ
おれの恋はおしまい

列車が駅にやってきたとき
おれは彼女の目を見つめた
列車が駅にやってきたとき
おれは彼女の目を見つめた
おれはとても寂しくなった
涙が止まらなかったんだ
おれの恋はおしまい

列車は駅を去っていった
二つの明かりをあとに残して
列車は駅を去っていった
二つの明かりをあとに残して
青い明かりはおれのブルーズ
赤い明かりはおれのこころ
おれの恋はおしまい

おれの恋はおしまい


今日やったこと


何か一言

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KODAMA Satoshi <kodama@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Mon Aug 23 19:29:19 JST 1999