こだまの(新)世界 / 文学のお話

アイザック・アシモフ『われはロボット』


原題は Isaac Asimov, I, ROBOT, (1950) で、早川の初版は1982年(小尾芙佐訳)、創元社の初版(題名は『わたしはロボッ ト』)は1976年(伊藤哲訳)。早川の方で読み、不明な箇所は創元社の方も参照 した。

内容

・時代は西暦2057年。〈ロボ心理学者〉スーザン・キャルヴィン博士は、 〈陽電子頭脳〉を持つロボットの製造を一手に引き受けているUSロボット社 (1982年創業)をもうじき退職する最古参である。物語は、彼女が全太陽系に30 億の読者を持つ〈インタ・プラネタリ・プレス〉の記者の求めに応じて、今日 までのロボット開発における様々なエピソードを語る、という体裁になってい る。

・キャルヴィン博士が愛情を込めて語るロボットたち--ロボット工学三原 則に基づいて製造されたロボットたち--は、時に人間の不当な反感を買い排斥 運動に憂き目に遭い、時に三原則間の衝突によって奇妙な行動を起こし、種々 の印象的な物語を生み出して行く--情感あふれる短篇集。

・以下に、ロボット工学三原則を掲げておく。

ロボット工学の三原則

第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看 過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条
ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。 ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条
ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎ り、自己をまもらなければならない。

--ロボット工学ハンドブック、
第56版、西暦2058年


感想

・解説や裏表紙にあるように「ユーモアあふれる作品」というよりは、ペー ソス(哀愁、しんみりとした哀れさ)に彩られた、あるいは笑いの中にも一片の 寂しさが挿入された作品、といった形容の方がぼくにはピンと来る。それはお そらく、人間よりもロボットを愛し、頑固に職人肌を保ち続けたキャルヴィン 博士の描写の仕方が、そこはかとない「もののあはれ」という感じを生み出し ているせいだろう。あいにくこういう表現に慣れてないので、どう書けば良い のか戸惑うのだが。

・文学的な(?)情緒がある一方で、知的興奮度もかなり高い。ロボット工学 三原則という倫理基準がまずあって、それがどのように衝突しうるか、あるい はその原則の一つの効力を緩和した場合にどのような結果が生じうるか、とい う議論は倫理学を学ぶ者にとっては非常に興味深い。特に、ロボット・デカル トが登場するエピソード「われ思う、ゆえに……(原題はReason)」は哲学者必 見である(というほどでもないかも知れないが)。

・美形の女性が出て来るわけでもないアシモフのこの作品は、娯楽度では 明らかにハインラインの『夏への扉』や『人形つかい』に一歩譲るが、知的興 奮度は一歩も二歩も勝っていると言える。サスペンス性があるエピソードもい くつかあるので、推理小説ファンも楽しめると思う。


名セリフ

グローリア「こんなきたならしい犬なんかほしくない--あたしはロビイが いいんだ。ロビイをさがしてきて」(p. 30、「ロビイ」)

ミセス・ウェストン「どうして泣くの、グローリア? ロビイはただの機械じゃ ないの、きたならしい、ただの機械じゃないの。第一、生きものじゃないでしょ う」(p. 30、「ロビイ」)

キューティ「直感といいますか。今のところはそんなふうにしかいえませ ん。しかしわたしはそれを論証してみせるつもりです。正しい推論の鎖は、真 理への到達によってのみ終ることができるのです。わたしはそこに到達するま で努力します」(p. 81、「われ思う、ゆえに……」)

キューティ「いつから感覚がもたらす証拠が、確固たる理性の明白な見解 に匹敵するようになったのですか?」(p. 97、「われ思う、ゆえに……」)

キューティ「なぜならば、わたしは理性を有する存在であり、真理を先験 的な根拠から演繹できる。あなた方は、知能はあっても、理性はないから、存 在の意味をあたえてもらわなければならない」(p. 102、「われ思う、ゆえに……」)

キャルヴィン博士「なぜならば、ちょっとお考えになればおわかりのはず ですが、ロボット工学三原則は、世界の倫理体系の大多数の基本的指導原則だ からです。むろん、人間だれしも自己保存の本能は有していると考えられてい ます。それは、ロボットにとっては原則の第三条にあてはまります。また、社 会的良心や責任感をもつ"善良なる"人間はだれしも、正当なる権威には従うも のです。医者、上司、政府、精神分析医、同僚などの言葉に耳を傾けます、法 律に従い、規則にのっとり、習慣に準じます--たとえそれらが、安楽や安全を 脅かすときでさえも。それは、ロボットにとっては第二条にあてはまるもので す。また"善良"なる人間は、自分と同様に他者を愛し、仲間をまもり、おのれ の生命を賭してひとを救うものです。これはロボットにとっては第一条にあた ります。」(pp. 281-282、「証拠」)

キャルヴィン博士「もし行政長官の能力をそなえたロボットが製作された ら、それは行政官として最高のものになるでしょうね。ロボット三原則によれ ば、彼は、人間に危害を加えることはできないし、圧政をしくことも、汚職を 行なうことも、愚行にはしることも、偏見をいだくこともできないのですから ね。」(p. 300、「証拠」)


メモ

・アイザック・アシモフは1920年にロシアのペトロヴィッチに生まれ、 1923年にアメリカへ移住、1928年に市民権を得た。ジョン・W・キャンベルに 認められて39年にSF界にデヴュー。

・キャンベルの助言のもと、アスタウンディング誌にSF史上に残る名作 『ファウンデーション』シリーズを発表し、またロボット工学三原則を発案。 この時まだ彼は20才前後の青年であった(!)。

・以後、1992年に亡くなるまで「人知の全ての領域に広がる」500冊以上の 本を書く。ボストン大学の生物学の教授でもあった。ヒューゴー賞を四度、ネ ビュラ賞を二度獲得している。

参考ホームページ:

12/07/97-12/09/97

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Satoshi Kodama
kodama@socio.kyoto-u.ac.jp
Last modified on 12/09/97
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