こだまの(新)世界 / 文学のお話

筒井康隆『日本列島七曲り』


感想

1975年に出された短篇集。前半の作品はお色気ものが多いが、後半は--こういっ てよければ--社会風刺的作品が多い。

  1. 「誘拐横丁」

    異常な日常(あるいは、日常の異常か)を扱った作品。 筒井康隆の小説によく出てくる恐い女性が出てくる。

    「あら。いや」
    自分の方から裸になっておきながら、あらいやもないものである。鼻血 こそ出さなかったものの、おれはたちまちのぼせあがり、気ちがいじみ た早さで服を脱ぎ捨てると、ぱっと彼女におどりかかった。
    ちょっと力をこめて抱きすくめただけで、最上夫人は救い難いほどとり 乱し、うわあ、うわあと喚声をあげ、馬鹿力で抱き返してきた。
    それは、まさに地獄であった。狂気の中の涅槃楽であった。汗と愛液と 血とよごれが布団をぐっしょり濡らし、あとで布団をあげてみると疊ま で濡れていて、その疊が一週間後には腐りはじめたといえば、どれだけ の物凄さであったか想像してもらえるだろう。…(28頁)

  2. 「融合家族」

    二つの家が一つの空間にあり、そこに二組の夫婦が住んでいる、 という話。お色気。

  3. 「陰悩録」

    男性にしかわからない苦しみを描いた傑作。

    なんだって、こんなくるしみを、あじわわなければならないのか。なん のために、こんな、きんのたま、などとゆーものが、あるのでしょーか。 いったい、かみさまは、なんだって、人げんの男に、こんな、きんのた まなどとゆー、ぶさいくな、いやらしい、くるしいものを、あたえたもー たのか。
    ああ、きんのたまよ。きんたまよ。
    いったいお前は、どこからきたか。
    くるしみのせかいから、やってきたのか。
    ああ。きんたまよ。きんのたまよ。
    ねがわくば、きえてしまえ。おねがいだから、すぐに、なくなってくだ さい。(73頁)

  4. 「奇ッ怪陋劣潜望鏡」

    これまで性に対して抑圧的な環境に暮らしてきた男女二人が結婚して、 性の喜びを知ると同時に、潜望鏡妄想に悩まされるようになった話。お色気。

  5. 「郵性省」

    SFお色気ものの大傑作。オナニーすることによってテレポートする能力、 「オナポート能力」を身に付けた益夫君の話。大笑い。

    好き放題の空想にふけった末、ついに益夫は恍惚状態に達した。
    その時である。
    ベッドの上の益夫の姿が、忽然として消失した。つまり、ぱっと消えた。
    と、同時に益夫は、今まで空想していたその場所、すなわちしのぶちゃ んの家の応接間の、床上一メートルほどの宙にあらわれ、ソファの上に ずしんと落下した。
    一瞬のうちに益夫は、自分の部屋のベッドの上から、一キロ以上離れて いるしのぶちゃんの家の応接室へと移動したのである。そんな馬鹿な、 と言ったところで、ほんとなのだからしかたがない。
    折も折、その応接室では、しのぶちゃんの家族全員が、食後のコーヒー でくつろいでいた。つまり一家団欒の最中だった。
    家族というのは、しのぶちゃんのパパとママ、それに結婚適齢期でしの ぶちゃん級の美人の姉さんである。これにしのぶちゃんが加わって、家 族四人でコーヒーを飲んでいるところへ、ソファの上の宙を突き破って、 下半身をまる出しにし、勃起した陰茎をしっかり握りしめ、オルガスム スのため瞳孔を拡げ、うつろな表情をした益夫が落下してきたのである。 しかも悪いことには、益夫が落ちたのはソファに腰かけていた美人の姉 さんの膝の上だった。
    「げっ」
    「わあっ」
    「きゃあっ」
    家族全員が驚いて大きな悲鳴をあげたが、これは驚くのがあたり前、 もし驚かなかったらどうかしている。膝の上へ生殖器丸出しの若い男 に落ちてこられたショックのため、美人の姉さんなどはぎゃっと叫ん で身をのけぞらせ、たちまち気絶してしまった。
    落下した瞬間に射出された益夫の精液は、テーブルの上空に弾道軌跡を 描き、しのぶちゃんの父親、造船会社重役の襞地氏が持っていたブラッ ク・コーヒーのカップの中へ白い波頭を立ててぼちゃん、と、とびこん だ。
    「き、君は、いやお前は、いや貴様は、だいたい、な、な、な」驚愕の あまり口もきけず、襞地氏は眼を丸く見ひらいたまま、スプーンでコー ヒーをかきまわすばかりである。
    「益夫君」しのぶちゃんは、手を口で押えたまま、押し出すようにそう 叫んだ。「益夫君じゃないの」
    「まあっ。ではあなたは、娘のボーイフレンド」ヒステリー気味らしい 母親がすっくと立ちあがり、怒りに唇にわなわなと顫わせながら叫んだ。 「なんて、いやらしい。高校生ともあろうものが。しのぶと絶交してく ださい。不良です。これはPTAの総会にかけます。だいたい何ですか。 ま、ま、まる出しにして。そ、そんな下品な。けだもの。けだものみた いなものをむき出しに。げ、げ、げ、下劣な。きい」(104-106頁)
  6. 「日本列島七曲り」

    当時流行だったハイジャックを茶化した作品。しかし、オチはぼくの世 代にはもはや理解不能。 ところで、他の表題もそうだが、この表題は何をもじっているのかさっ ぱりわからない。知ってる方はご一報を。

  7. 「桃太郎輪廻」

    桃太郎のSF的象徴的観念的解釈。

  8. 「わが名はイサミ」

    新撰組の近藤勇の歴史小説風作品。

  9. 「公害浦島覗機関(たいむすりっぷのぞきのからくり)」

    浦島効果をネタに使い、当時流行だった公害を茶化した作品。こういう 表題は江戸時代の戯作から取って来ているのだろうか。それとも落語?

  10. 「ふたりの秘書」

    労働組合との団交を非常に嫌悪するために、二人の女性秘書と一台のロ ボットしか使わない、若いやり手の社長の苦悩を描く。 やはり、恐い女性が出てくる。

  11. 「テレビ譫妄症」

    テレビ評論家の主人公が(最近のポケモン騒ぎでも流行の)テレビ癲癇に かかり、さらに振戦譫妄症になって、現実の世界とテレビの世界を混同 する、という話。狂気になる過程がリアルで怖い。


01/17/98-01/18/98

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Satoshi Kodama
kodama@socio.kyoto-u.ac.jp
Last modified: Mon Mar 2 02:43:13 JST 1998
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