選好

(せんこう preference)

「選好」という一般の人にはなじみが少ない用語が出てくるのは次のような理由による。欲求とか嫌悪は、「わたしはAよりBを望むI prefer B to A」とか「彼女はCよりDのほうを好むshe prefers D to C」という比較形で理解するほうが論理的には正確である。 「わたしは喉が渇いたので飲物が欲しい」というときでも、欲しいものを正確に絞り込んでいくと、「飲めるものなら何でもよい」のか、「炭酸飲料はダメで水かお茶のほうが欲しい」というように隠されていた比較が明らかになってくるのである。 ホッブズでも欲求や嫌悪の強度が言われたように、「より強く望まれるもの」を表現する概念が選好である。 この比較形の選好は、とくにゲーム理論や意思決定の理論における数学的な取り扱いに適している。例えば、「AをBより望む」ことと「BをAより望む」こととは矛盾していることが明らかなように、選好の間には論理的関係も成立する。また、(相互に矛盾のない)多くの選好を強度に基づいて並べた序列から、主観的な価値の尺度を規定していくこともできる。

---内井惣七


あるものを選び、それを欲求すること。 「選択」に比べると、 「あるものを別のものより好んで選ぶ(prefer)」 という含意が強いと思われる。 また、ある人の選好を叶えることを、 「選好の充足(preference satisfaction)」という風に言うが、 このように、 選好は「選択」と「欲求」が合わさったような意味を持つ。 選好功利主義の項を参照。 (06/18/99?)

「選好」と「選択」の関係について補足。 選好は、ふつう、選択によって「顕示reveal」される。 たとえば、ある人がナスとベーコンカレーよりもベジタブルカレーを 選好している場合、その選好は、 実際にメニューを見て(ナスとベーコンカレーではなく) ベジタブルカレーを注文するさいに顕示される。

また、選好を測るものさしとして --つまり、「どのくらい好きか」を測るために-- 効用が用いられる。 ちょうど、「暖かさ」を測るために「温度」 というものさしが用いられるのと同じである。

外的選好の項も参照せよ。

(11/25/99)


[16/Feb/2003追記] 選好は大きく実際の選好(actual preference)と 理想状況での選好(idealised or [fully] informed preference)に区別される。 前者は文字通り人々が実際に持つ選好であるが、 後者はより理想化された状況(具体的には、必要な情報がすべて正確に得られており、 自分の欲求について十分に考える時間もあるような状況)において、 人が持つであろう選好のことである。

選好の充足(満足)というときにこのどちらを充足させようとするかは大きな問題で、 前者を充足させても、本人の利益にはならないことがある。 たとえばB・ウィリアムズの「ジントニックを作るつもりで、 間違ってガソリンとトニックを混ぜあわせた人は、それを飲む合理的理由を持つか」 という話があるが(こだまによる要約を参照)、 本人の実際の選好はこの飲み物(?)を飲むことであるが、 これを充足させてやることによって本人が利益を得るとは言えない。

他方、後者の理想状況での選好を満足させようとすると、 本人は実際には選好していないのに、「本人の利益になるから」という理由で 本人がやりたくない行為を押しつけなければならない可能性が出てくる。 もちろん、上のジントニックの例では本人に「あなた、それガソリンですよ」 と言ってやれば本人は納得して飲まないだろうが、 シートベルトは絶対に必要がないと信じている人に、 「あなたの選好は不合理で、理想的な状況ではあなたはシートベルトをつけたい と思うはずだ」と説得するのは難しいかもしれない。 この意味で理想状況での選好を満足させようとすることは、 パターナリズムの問題と、 (それに関連するが)「本人以外の人の方が、 当人の理想的な選好を知ることができるかどうか」 という認識論的な問題を生みだす。 これは、選好充足ではなく「ニーズ」とか「当人の(真の)利益」 とか言う場合にも生じる問題である。


引用文献

内井惣七『進化論と倫理』世界思想社、1996年、201頁。

参考文献


KODAMA Satoshi <kodama@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Mon Jan 26 16:11:07 JST 2026