(はちそん Hutcheson, Francis)
The universal benevolence toward all men, we may compare to that principle of gravitation, which perhaps extends to all bodies in the universe...
---An Inquiry concerning Moral Good and Evil, sec. 5, II
スコットランドの思想家 (1694-1746)。 詳しいことはまた今度。 (06/30/90)
以下の記述は、次のシュニーウィンドの本におけるハチソンの紹介を、 簡単にまとめたものです。(12/07/99)
J.B. Schneewind, Moral Philosophy from Montaigne to Kant An Anthology (Vol. 1), Cambridge UP, 1990
[1. 生まれ] ハチソンは1694年に北アイルランドに生まれる。スコットランド のグラスゴーで神学を学び、父や祖父同様に長老派の牧師になる。それからダ ブリンでしばらく教師をする。そこで古典共和主義者のモールズワースの知遇 を得る。彼の勧めで『美と徳の観念の起源』An Inquiry into the Original of our Ideas of Beauty and Virtue, in Two Treatises (1725年)という本を玉川出版から出す:-)
[2. その後] 1728年に出版した『情念の本性とふるまいについて、および道徳 感覚の例示』(An Essay on the Nature and Conduct of the Passions, with Illustrations on the Moral Sense)では、彼の道徳的心理学をさらに展開す る。それからグラスゴー大学の哲学教授の席に着き、1746年に死ぬまでその役 職を果たした。
[3. ハチソンに影響を与えた人] ハチソンの道徳哲学は、厳格なカルヴァン主 義からの離反と、キリスト教への固守の両方を反映している。また、ガーショ ム・カーマイケル(Gershom Carmichael)というお師匠さんからの影響もある。 この師匠はプーフェンドルフの 書物の註解書を書き、生徒にロック を教えていた。それに、モールズワースの友人であったシャフツベリの影響も加わる。
[4. ハチソンから影響を受けた人] ハチソンはヒュームに明らかな影響を与えている。 スミスはハチソンの大学時代の生徒。 トマス・リードも初期の著作でハチソンについて論じている。最初の本は1749 年にフランス語に翻訳されている。死後出版された『道徳哲学の体系』(1755 年)はレッシングによってただちにドイツ語に翻訳された。カントもハチソンの本を読み、講義でよ くハチソンの名を挙げていた。北米のイギリス植民地においても、ハチソンの 政治哲学が大きな影響を与えた。
(24/Mar/2003追記。ハチソンが教科書として北米で読まれたのには、 スコットランドの教師がたくさん北米で教えたという経緯がある。 米国独立宣言を起草したジェファソンはロックよりもハチソンのことを よく知っていたようだ。D.D. Raphaelの記述(Neil MacCormick and Zenon Bankowski, Enlightenment, Rights and Revolution: Essays in Legal and Social Philosophy, Aberdeen University Press, 1989, pp. 6-7)を参照せよ)
[5. 道徳感覚] シャフツベリは道徳感覚についてあまり説明をしなかったが、 ハチソンはこれを彼の理論の中心に据え、丁寧に論じた。道徳感覚の理論は、 観念の起源についてのロックの考え が下敷きとなっている。色や音の観念は外部感覚(五感)によってもたらされ、 精神の活動や感情の観念は内省的感覚によってもたらされる。道徳的観念は独 特なもので、そのいずれにも還元不可能だから、これは道徳感覚に由来するも のである、とハチソンは考えた。
[6. 是認と否認の感情] 道徳感覚から得るのは、是認と否認の感情である。こ れは他人に対する愛と憎しみの一種である。
[7. 是認と否認の感情の原因] われわれは自己利益に対する関心だけでなく、 純粋に他人に善をなそうとする欲求や傾向性をも持ち、こうした利害関心のな い善意に対して是認の感情が引き起こされる。
[8. カルヴァン主義とキリスト教] カルヴァン主義では、人間の本性は腐って おり、人は恩寵によってのみ自分の感情の支配から抜けだせる。ハチソンはこ の考えを退け、自然な情念や感情を有徳な行為の源泉とした。このように善意 をわれわれが是認する唯一の動機とし、是認を愛の一種と解釈することにより、 ハチソンは「汝の隣人を愛せ」という福音書の教えの哲学ヴァージョンを作っ たといえる。
[9. 功利主義との関係] たしかにハチソンは「最大多数のための最大幸福をも たらす行為が最善である」ということを言っているが、(1)行為ないし結果の 道徳判断よりも動機の道徳判断の方が先立つという点、(2)最大幸福原理を意 思決定の手続きではなく、われわれの是認と否認を説明する道具として用いて いる点で、ベンタム以後の功利主 義とは決定的に異なる。
[10. 自然法論者としてのハチソン?] 最近の研究では、ハチソンを[道徳]感情 主義者sentimentalistとみなすのは間違いで、むしろ自然法思想の伝統を受け 継いだ道徳的実在論者であると主張されたりもする。この読みが正当化できる かどうかは置いとくとしても、ハチソンにおける自然法の伝統の影響を無視す ることはできない。