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- 道徳判断=是認・否認の感情
- 正義の起源: その有用性に基づく
- 道徳判断の普遍性
- 感受性の普遍性
- 自分の利害を離れた一般的視点からの判断
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- 道徳判断は自分の利害から離れて一般的な視点からなされるのなら、なぜ犯罪が発生するのだろうか。
- 道徳判断をするのはやはり人間であるわけだから、一般的な視点とは言うけど私的なものが少しは入ってしまう気がする。
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- ケーニヒスベルク(現カリーニングラード)の馬具師の家に生まれる。敬虔な新教の家庭
- ケーニヒスベルク大学で学ぶ
- 1746- 家庭教師をして暮らす
- 1755- ケーニヒスベルク大学の私講師になる
- 1770- 同大学の論理学形而上学教授になる
- 50代後半から約20年間、次々と著作を発表
- 80歳のとき、老衰で死亡
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- ヒューム: 知識は経験によって知られる。自然法則の存在も道徳法則の存在も100%確実には知ることはできない。道徳判断は理性ではなく感情によってなされる。
- カント: 理性の能力の再検討(批判)。経験に基づかない(アプリオリな)確実な知識は存在するか。感情に依存しない普遍的な道徳法則は存在するか。
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- 無条件に善いのは善意志のみ
- 健康、富、名誉などは善意志があってはじめてよいものになる
- 善意志はそれ自体に価値がある
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- 理性の役割
- 理性の目的は幸福を獲得することか?
→本能の方が役に立つ
- 理性的な人ほど不幸になることが多い
- 理性は幸福ではなく善意志を生み出すためにある
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- 善意志と義務
- 義務に合致した行為→ほめられるだけ
- 義務に基づいた行為→道徳的価値を持つ
- 感情からの行為と義務からの行為
- 愛情などの感情からなされる行為は賞賛されるが道徳的価値を持たない。
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- 義務からの行為の価値はその内容はなく形式にある
- 第一の命題: 道徳的に価値があるのは義務からなされる行為
- 第二の命題: 義務からなされる行為の価値は、その結果(意図した内容)ではなく、その形式である(義務をなすべしという)原理によって決まる。
- 義務とは道徳法則を尊敬することから必然的に生じる行為
- 第三の命題: 義務とは法則に対する尊敬に基づく行為の持つ必然性
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- A+からD、Fまで
- 課題に答えていること
- 簡潔にまとめていること
- 自分の言葉で説明していること
- 参考文献が示してあること
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- 無条件に善いのは善意志だけ
- それ以外の善いもの(賢さ、冷静さ、勇敢さ、富など) は目的が悪いと悪いものにもなる
- 善意志はそれ自体に価値があり、その結果(帰結)が善いからではない
- 理性と意志を持つのは、幸福になるためではない(幸福のためには本能の方が役に立つ)
- 理性の真の仕事は善意志を生み出すこと
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- 善意志は義務において見い出すことができる
- 名誉心や博愛心から義務に合致した行為がなされても、賞賛はされるが尊敬はされない
- 意志の善さは心の傾向(欲求)によって決まるものでも、行為の結果によって決まるものでもない。純粋に義務をなそうとする意志があるかどうかで決まる。
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- 定言命法「自分の格率が普遍的法則になることを意志せよ」
- 格率−個人(の意志)が従っている規則
- 自分の規則が普遍化できるかどうか
- 困っているときに守れない約束をしてよいか
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- 仮言命法(条件付の命令)—ある行為を、別の善い目的のための手段として命じる「〜したければ、〜せよ」
- 定言命法(無条件の命令)—ある行為を、その行為の善さのゆえに命じる「〜せよ」
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- 定言命法の第一定式
- 8. と同じもの。「汝の行為の格率を汝の意志によって普遍的自然法則とならしめようとするかのように行為せよ 」
- 理性による普遍的な道徳を志向
- 定言命法の実施例
- 苦しければ自殺すること、約束をまもらないこと—普遍化できない
- 怠惰であること、他人に不親切であること—普遍化はできるが意志できない
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- 定言命法の第二定式
- 手段として相対的価値のあるもの=物件
- それ自体として絶対的価値のあるもの=人格
- 「汝の人格の中にも他のすべての人の人格の中にもある人間性を、汝がいつも同時に目的として用い、決して単に手段としてのみ用いない、というようなふうに行為せよ」
- 返すつもりがないのに借金をすることは、相手を自分の手段として使うことになる
- 定式1=定式2
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- 理性は自分で道徳法則を打ちたて、自分の力で従う。生得の感覚、心の傾向(欲求)といった偶然的なものを経験的に考察して道徳をつくろうとするのは不純である。
- 「それを思うことが、たび重なれば重なるほど、また長ければ長いほど、ますます新たな、かつますます強い感嘆と崇敬の念とをもって、心をみたすものがふたつある。わが上なる星空と、わが内なる道徳法則とである」(小牧『人と思想
カント』 108ページ)
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- 普遍化可能性のテスト(定式1)は不道徳な原則もパスしてしまう。とくに、動物や環境については何も言うところがない
- アリストテレスの言うような感情の陶冶に対して無言
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