F. Barbara Orlans (Kennedy Institute of Ethics, Georgetown University), `38 History and ethical regulation of animal experimentation: an international perspective'
最後に関連サイトを掲載してある。
1. 19世紀以前は、動物を使った実験はまれ。
2. マジェンディとベルナールの動物実験は麻酔をしないものだったため、 とくに動物好きの英国が残酷だと非難。
(ベルナールについては、土屋貴志氏の第2回 近代医学と実験----クロード・ベルナール『実験医学研究序説』を読む----を参照)
1876年、世界初の動物実験規制法が英国で成立 (英国動物虐待防止法 the British Cruelty to Animals Act)。 研究者の免許制、研究施設の監査など。 同法は1986年改正。
3. 19世紀後半から、動物実験は科学研究の主な手段になる。
ベルナールの時代には、 人間の治療とは無関係な基礎研究をするために動物実験が行なわれた。
今日では、生物医学研究の大半は人間の健康を増進するのが主な目的。 たとえば、ガンや感染病の経過、治療法、予防法などを研究。 他の目的としては、新薬の開発、化粧品や洗剤などの安全性の検査、 学生の実験の訓練など。
今日の生殖技術、遺伝子操作、臓器移植などの発展は、動物実験の結果に多く を負っている。
4. 今日、動物実験は世界中で行なわれている。研究所で使われる動物(ネズミ、 ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ブタ、霊長類など)は、 商業ベースで供給されている。
(実験動物の販売については、たとえば以下のサイトを見よ)
5. 実験用に育てられる動物の他に、捨てられたペットや野生動物も使われる。 たとえば、米国で実験に用いられるイヌの半分は保健所から連れてこられる。 残りの半分は実験用に育てられたイヌである。
6. 倫理的には、実験用に育てられた動物の方が、 ペットや野生動物よりも好ましい。 なぜなら、元々自由に生きることを知らずオリで実験用に育てられた動物の方が、 全般的に苦痛が少ないから。
実験用に育てられた動物は狭いオリで住む以外の生活を知らない(…)。 しかし野生動物や元ペットは違う。 彼らは通常、 自分の自由意志を表明するのに慣れた豊かな社会的生活を送ってきたので 自由を失なうのはトラウマになりうる。
また、実験用に育てられた動物で実験した方が、 遺伝的背景などがわかっているため、結果が信頼できる。
ただし、実験動物の出所について法的規制がなされることはまれ。
7. チンパンジーはかつては生物医学研究のために野生のものを捕獲していた。 →多くの国で絶滅。 1980年代になって捕獲して繁殖させるという方法が取られるようになった。 1997年、約2500匹のチンパンジーが世界中の研究所にいた。 1500匹は米国に、 残りはヨーロッパでエイズや肝炎の研究に使われた。
8. 記録があまり正確でないため、世界中で実験に使われている動物の数は わからないが、毎年5千万から1億の動物が使われている様子。
表1(401頁)は、17国のレポート。それによれば毎年4200万の動物が使われている。
9. データ不足のため、 世界的に動物実験に使われる動物の数が減っているかどうかはわからない。
米国に限っても同様。米国の研究所の数は増えているが、 使用される動物の数は年によって異なる。 犬と猫の使用数は減った証拠があるが、 ブタやフェレット(白イタチ)の使用数の増加によってトントンになっている様子。
ただし、カナダ、英国、オランダなどの国においては、実験に使われる動物の数が 減少したことが報告されている。
10. 1998年の時点で、動物実験を人道的に行なうことを要請する法を 持つ国はすくなくとも20国存在する。 オーストリア、オーストラリア(のいくつかの州)、ベルギー、 デンマーク、フランス、フィンランド、ドイツ、ギリシア、アイスランド、 アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ニュージーランド、 ノルウェー、ポーランド、スウェーデン、スイス、英国、米国。
カナダは自主規制をしている。
11. 動物実験を全面禁止している唯一の国は、 リヒテンシュタイン公国(オーストリアとスイスにはさまれた小国)。
スイスでも全面禁止をしようとしているが、 政治的影響力の強い製薬産業によって国民投票は何度も失敗に終わっている。
(日本にはない。 何よりも、 法規制を!参照。動物と法律とのかかわりも参照)
12. 特定の実験手段を禁止する努力もほとんど失敗に終わっている。 悪名高いLD50テスト(半数致死量、 「集団が毒物の曝露を受けた場合、 半数が動けなくなるなどの影響を受ける一人あたりの分量をED50、 半数が死亡する一人あたりの分量をLD50と言います」-- ブドウ球菌腸毒素Bについてから。 このページ(3 環境と水) にラットを使った具体的な計測の仕方が説明されている)や ドレーズ・テスト(眼刺激性試験。 ウサギの目に試験物質を点眼し、刺激の度合をみる) を禁止する試みはこれまでに何度もあった。 今日では自主規制の動きが進んでいる。
LD50テストに代わる固定濃度試験法(fixed dose procedure: 投与量を変えて毒性の検査をするが、LD50テストとは違い動物を殺す程度まで 投与量を増やすことはない。RDSのページを参照)がヨーロッパ標準になっている。 英国政府は1998年に化粧品やアルコール飲料やタバコなどの製品開発 のための動物実験の許可は今後一切与えないと宣言した。 また、LD50テストを禁止し、 チンパンジーや野生の霊長類を実験に使うことも禁止した。
13. 1986年にドイツで制定された法では、特定目的のために動物実験をすることが 禁じられている。兵器の開発、タバコや洗剤や化粧品のための実験など。
14. EUでは法規制が進みつつある。 1986年にEU(当時はEEC)の議会が出した指示(86/609/EEC)は、 実験や他の科学目的で使用される動物を守る趣旨のもの。 これは英国やオランダの法ほどは厳しくないが、 スペインやポルトガルなどの国における動物実験の状況を大きく改善したとされる。
15. 現在、南米、アフリカ、アジアのどの国にも動物実験に関する法がない。 メキシコでは1994年に動物実験の原則についての国家宣言が出されたが、 法的強制力は持たない。これには文化的な背景がある。 メキシコ・シティのある獣医の発言 「動物実験を規制する法を通過させるのはとても難しいよ。 なにしろ毎週日曜日の午後に行なわれる市民に一番人気のあるイベントが 闘牛なんだからね」。
16. 日本に動物実験を規制する法がないのは、別の文化的要因による。 日本には動物を用いた研究や研究所に認可を与える公式の制度がなく、 実験のプロトコルを検査する制度もないが、 動物を無意味に殺すべきでないとする仏教文化に支えられて、 動物保護の長い伝統がある。 しばしば、医学研究所では研究のために殺された動物の慰霊祭(慰霊式)が行なわれる。
(たとえば)
17. 1970年代から実験動物の取り扱いに対する市民の関心が高まった。 それは一つには動物権利運動の影響だが、 もう一つには動物の能力や感情に対する科学的発見の進展にもよる。
18. 動物権利運動の誕生は1975年のシンガーの『動物解放論』 Animal Liberationによる。 トム・リーガンやバーナード・ロリンなどの哲学者も市民の意識を高めるのに貢献。 市民の意識の向上に並行して動物の保護を強化する法が成立した。
19. それとほぼ同時期に、多くの種類の動物はそれまでに考えられていた以上に 心的能力が高いことが、動物行動学者(animal behaviorist)、 行動生物学者(ethologist)やその他の科学者たちによって示された。
ジェーン・グドールのような霊長類学者は、 動物がさまざまな行動や社会的交流を行ない、 豊かで複雑な生活を送っていることを示した(グドールについては、 京都賞を取ったときのプロフィールを参照)。 現代の科学者たちは、ダーウィンの仕事を補足する形で、 人間と動物が断絶しておらず連続的な関係にあることを示した。
20. 人間と他の霊長類は多くの遺伝的、生理的、心的特徴を共有する。 たとえば、チンパンジーと人間の遺伝子は約98パーセント同一である。
言語も人間だけの専売特許ではない。 すくなくとも大型類人猿は明らかに言語を使用している。 ハチや他の昆虫でさえお互いにコミュニケーションをしている。
脊椎動物には意図、理解、意志伝達する高い能力を持つものがいる。
最近のベストセラーのWhen Elephants Weep (Masson and McCarthy, 1995)では、 いくつかの種類の動物は愛や喜びや怒りといった感情を示すことが記録されている。
21. 能力は動物によって異なる。 一般的に、心的能力は動物の神経系の複雑さと比例する。 霊長類(ヒト、チンパンジー、ゴリラ、ヒヒや他のサルなど) が最も複雑な神経系を有し、 他の脊椎動物(ネズミ、ラット、ウサギ、鳥、魚など)、 無脊椎動物(昆虫、カタツムリ、ミミズ、原生動物(ゾウリムシとか))がそれに続く。
脊椎動物は苦痛を感じ、なかには心的苦痛を感じるものもあると考えられている。
無脊椎動物の中にも(たとえばタコ)、苦痛を感じるものがあると考えられているが、 苦痛を感じる生物と感じない生物の間の線をどこで引けるかはまだ明らかではない。
22. 実験動物保護法は、通常、すべての脊椎動物(恒温の哺乳類、 冷血の魚や爬虫類や両生類)に適用される。 英国とカナダはタコも保護している点で例外的である。 米国の法はラット、ネズミ、鳥を除外している点で例外的である。
23. 動物実験をする科学者の倫理的ジレンマは、 系統発生学的に上位にある生物(たとえばチンパンジー)を使えば使うほど、 人間に生理学的にも心理学的にも似ているので、 研究にとって都合がよいことになるが、 同時に人間に近ければ近いほど身体的、精神的苦痛を感じる能力も高くなってしまう、 ということである。
霊長類学者のロジャー・フーツ(Roger Fouts)によれば、 アフリカで自由に暮らしているチンパンジーは、 未開の民族(non-technical peoples)と大して変わらない。 「彼らは共同体を営み、狩りをし、母は子供をいたわり、 子供は母をいたわり、道具を作って使用し、 彼らはおそらくもっとも重要なことには、 身体的苦痛だけでなく感情的苦痛をも感じる」 すると、未開の民族を実験に使ってはいけないならば、 なぜチンパンジーは使っていいのかという倫理的問題が生じる。
チンパンジーなどの高次の動物の使用を削減あるいは禁止する試みは、 英国以外ではまだうまくいっていない。
24. 図2(405頁)には、 12ヶ国の現行の法によって言及されているもっとも重要な7つの問題が示されている。
7つの条項のうち、もっとも言及されているのは1と3である。 英国とドイツの法のみが、すべての条項に言及している。 数字の若い方が基礎的な問題であり、数が上がるにつれて、 複雑な倫理的思考が要求される。
25. 捕獲された動物が人道的な仕方で住まいとケアを与えられることは、 倫理的観点から考慮されるべき基礎的なもの。上記の条項の1と2。
検査の頻度と適切さは国ごとに異なり、 また通常、法によっては最低限の基準しか要求されないので、 最低限の条件を満たすだけの研究所が多い。
26. 1980代と1990年代においては、 ほとんどの実験動物(霊長類、イヌ、ネコ、モルモット、ウサギなど) は一匹一匹狭いオリに入れられていた。 環境が貧困であり、社会的交流もないため、 何もすることがない動物たちはオリの隅に縮こまっていることが多かった。
27. しかし、いくつかの国において、住まいの基準は改善されている。 その背景には、豊かな環境に住まう動物は、実験動物に典型的とされたような 行動(オリの中を行ったりきたりしたり、オリをカジったりするなど)を しないことが研究によって明らかになってきたことがある。
28. 米国では1985年に霊長類の「心理的な健康」の促進を要請する法が通過した。 それまで、実験用のヒヒは歩いたりまっすぐ立ったり手を伸ばしたりすることが できない狭いオリに入れられていたが、 この法によって、ヒヒはより広いオリに入れられるようになり、 類似の種の動物と集団で住まうようになり、 これまで以上に枝やオモチャや運動用の機材もオリに入れられるようになった。
29. 他の国でも、実験用の動物の環境改善がますます行なわれるようになっている。 また、環境改善についての多くの文献が存在する。
30. 動物実験を規制する法を持つほとんどすべての国家において、 実験において動物に生じる痛みや苦しみを減らすまたはなくすことが要求されている (図2の条項3)。 ささいな苦痛しか生じない場合を除いては、麻酔、鎮痛剤、精神安定剤が必須である。 また、殺すときは素早く苦痛のない特定の方法で行なうことが要求される。
31. いくつかの国では、研究者が個々の動物実験を行なう前に、 人道的な研究技術と動物への麻酔術を訓練することが必須とされている。 許可制は実験の行なわれている場所を記録するためにも役立つ(図2の条項4参照)。
許可制のない国においては、独立の審査委員会が、 動物実験を行なっている研究者を監視する役割を果たす(図2の条項5)。
32. 最近は研究者に特定の能力を要求する法もある。 1986年のドイツの法では、 「獣医学、医学、自然科学のいずれかを大学で研究した者だけが、 脊椎動物の動物実験を行なう資格を有する」と規定されている。 オランダでは、生物医学関係の修士以上の学位を持っていなければ、 動物実験を行なうことができない。 米国ではそのような規定がないために、 不適切な動物実験が、 とくに「科学祭」と呼ばれるコンテストにおいて、 技術のない高校生によって行なわれたりする。
33. 「提案された研究は、実験を行なう研究者とは別の人々によって検査されるべきだ」 というのがコンセンサスになりつつある。 審査委員会には施設内のもの(institutional)、地域的なもの、 国家的なものなどがありうるが、 米国やカナダやオーストラリアで行なわれているような施設内の審査委員会(IRB)が 適切に役割を果たすことができるという理解が広まっている。 このような審査委員会の目的は、 研究が法に従っていることを保証し、 提案された計画を是認したり修正したり否認したりすることである。
(IRBについて)
34. ある研究が法に従っているからと言って、 その研究が倫理的に正当化されるとはかぎらない(図2の7の条項があるところは除く)。 そこで、審査委員会のなかには、倫理的な問題を問うことなしに (法の遵守だけで)済ませてしまうものもある。
35. 各研究所が自前の審査委員会を作らなければならない。 審査委員会は、「動物のケアおよび使用の施設内委員会」とか、 「動物倫理委員会」とか呼ばれたりする。
通常、委員会の最小限の構成は、
36. 施設内の審査委員会が国家的な委員会よりも優れているのは、 審査が地域に密着しているために、 審査員が研究者の人柄や能力をよりよく知っているからである。 また、当該の共同体のメンバーが参加することにより、 市民が意思決定に加わることができるという利点もある。
37. 可能なかぎり、三つの代替Rを使うことが倫理的に要求されると今日では 考えられている。三つの代替Rとは、 ラッセルとバーチによって1959年に提唱されたもので、 洗練(Refinement)、削減(Reduction)、代案(Replacement)の原理を指す。
この要求は少なくとも8つの国で採用されている(図2の条項6を参照)。
(代替法(オルタナティヴ)関連については以下のサイトを参照)
38. スウェーデンでは、審査委員会は研究者と相談するさい、 主に三つの代替Rを検討する。
オランダでは別の方法があれば特定の動物実験を行なうことは法的に許されない。 また、1989年以降、三つの代替Rに関する政府の調査が行なわれており、 毎年、各研究所で採用された新しい代替策が公表されている。 この公表制度は他の国のモデルとなるものである。
39. 世界的に見ても、代替策の開発が進んでいる。 目立った成果としては、毒性検査の方法の改良と、 学生の訓練において用いられる苦痛を伴う動物実験の数の削減が挙げられる。
40. 一般に、現行の法は「この特定の動物実験はそもそも行なわれるべきなのか」 という根本的な倫理問題を問うていない。 法の前提は、動物実験は正当化されるというものであり、また、 提案された計画は研究者が有用な科学的知識を得られると信じているならば 承認されるべきだ、というものである。
41. しかし、現在、いくつかの国では、 動物に与えられる危害の程度をすべての実験において評価することを 要請している法もある。これは苛酷さの階層区分(severity banding)、 侵襲スケール(invasiveness scale)、苦痛スケール(pain scale)などと呼ばれる。
42. この制度によれば、痛みや苦しみの程度は小(minor)、中(moderate)、 大(severe)という階層区分にしたがって分類される。たとえば、
このどこかの時点(判断する人によって異なる)で、実験は非倫理的になる。
43. スウェーデンとオランダでは、1979年に苛酷さの階層区分が法制化された。 その後、カナダ、英国、ドイツ、スイス、フィンランドでも採用された。 米国では苦痛スケールを法制化しようとしているが、 これまでのところは失敗している。
44. この階層区分を使用する利点は多い。 まず、動物の視点から実験の侵襲性が評価される。 また、苦痛の大きさのために真剣に問題にされるべき計画がどれかが一目でわかる。 さらに、計画を正当化するためには苦痛の評価が必須になる。
45. 英国、ドイツ、オランダ、オーストラリアではさらに進んでいて、 これらの国の法では、 動物がこうむる苦痛と、実験の科学的価値と社会的有用性との コストベネフィット(費用便益)分析が要求される。 動物の危害と人間の利益をどのようにして天秤にかけるかは難しい問題であるが、 このような方法で倫理的な意思決定をしよう立場は主流になりつつある。
46.
47. チンパンジーや他の霊長類を研究に使用することの倫理的ジレンマが まだ法的に解決されていない。シンガーとカヴァリエリのThe Great Ape Project(1994年)によれば、すべての大型類人猿(ヒト、チンパンジー、 ゴリラ)はすべて人格として道徳的に扱われるべきである (GAPのサイト)。 また、1995年に出版されたジェイン・グドール他の論文集 (Poor Model Man)でも、 チンパンジーを研究に使用することをやめるべきだという議論がなされている。 しかし、このことが実現されるには、まだまだ時間がかかりそうである。