臓器移植に関する世界的な傾向として、ドナー数の慢性的な不足という問題が ある。例えば腎移植について見ると、米国で2001年に死体腎の移植を希望して いたのは約51000人であるが、実際に移植を受けたのは約14000人(うち生体か らの移植が約6000人)、英国では昨年度死体腎の移植を希望していた人の数が 約5000人であるのに対し、実際に移植を受けたのは1700人余り(同上、約350人) である。日本では、2001年末に腎移植を希望していたのは13000人余りで、実 際に行なわれた移植数は700件ほど(同上、約550件)にすぎない。
このような状況を打開するために、各国の学界では様々な可能性が検討されている。 1999年に英国医師会は英国が臓器提供に関する推定同意制を採用すべきだとの決議を 下した。2002年の米国医師会の年次大会では、金銭的インセンティブによって死体か らの臓器提供を促進することができるかどうかについて研究を行なうべきだと決議さ れた。さらに、研究者の中には、死後の臓器提供を義務化すべきだと主張する者もい る。日本の臓器移植法の見直しにおいては、このような各国の動向を視野に入れ、学 界を中心にして開かれた議論を行なう必要がある。
以上の問題意識を踏まえ、本発表では二つのことを行なう。(1)臓器移植制度 のあり方を、慈善方式、市場方式、義務方式の三つに区分し、三者の長短を手 短に検討する。慈善方式とは、ドナーの自発的な臓器提供 に基づく制度である。この方式は、ドナーの自己決定を重んじる点で優れてい るが、臓器移植に関して言えば(日本の制度には改善の余地があるとはいえ) 「慈善の失敗」がほぼ明らかである。市場方式とは、市場 原理によって臓器の需要供給の均衡を図ろうとする制度である。この方式もド ナーの意志を尊重する点で優れており、適切な規制をして期間・地区限定で実 際に提供数が増えるかどうか実験してみる価値があると思われるが、「身体を 売る」という考えに対しては抵抗感が強いのと、貧者の搾取につながるのでは ないかという懸念がある。義務方式とは、納税や兵役のよ うに、臓器提供を国民の義務と見なす制度である。例えば、生体臓器を義務的 に提供することを国民に要求するハリスのサバイバル・ロッタリーがそれにあ たるが、死後の臓器提供に関する推定同意制も弱い意味で義務方式と呼ぶこと ができる。この制度は、必要な臓器を確実に確保できる点や、国民に公平な負 担を課すという点で優れているが、ドナーの明示的な同意を必要としないため、 身体に関する自己決定権を否定するという批判が予想される。
(2)まだ比較的文献が少ない義務方式の一形態として、〈遺族は故人の身 体を相続して埋葬するか移植に用いることができるが、そのさいに臓器の一部 を医療資源として国家に納める義務を持つ〉という臓器に関する相続 税を提案する。詳しくは発表にて。