ベンタムの生涯(1748.2.15-1832.6.6)

  1. 天才少年ベンタム
  2. 著作家ベンタム
  3. 急進主義者ベンタム
  4. 最近のベンタム

参考文献

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1. 天才少年ベンタム (産業革命始まる・英仏植民地戦争の勝利・アメリカ独立戦争)

1688年

名誉革命(政党政治の始まり・実質は貴族の寡頭政治)

1699年

シャフツベリー(1671-1713)、Inquiry concerning Virtue出版。

1711年

ヒューム誕生(-1776)。

1721年

ウォルポール責任内閣制立(-1842)。

1724年

カント誕生(-1804)。

1739年

ヒューム『人性論』

1748年(0才)

ジェレミー・ベンタムJeremy Bentham、 2月15日ロンドンの裕福な中産ブルジョアジーの典型的な家庭にて誕生。 父ジェレマイア・ベンタム、母アリシア。 父は初婚、母は再婚だったそうだ。 父は事務弁護士で、 名誉革命で追放されたスチュアート王朝復活を支持するジャコバイト。 なお、グレゴリオ暦ではなく、 古いユリウス暦では1747年に生まれたことになる。

モンテスキュー(1689-1755)『法の精神』、ラ・メトリ『人間機械論』

1749年(1才)

ゲーテ誕生(-1832)。

1751年(3才)

父からラテン語を習いはじめる。

1755年(7才)

ウェストミンスター・スクール入学。

フレンチ・インディアン戦争(-1763)。

1757年(9才)

1月、弟サミュエル・ベンタム誕生(-1831)。 他に五人生まれたが、みんな早世した。

大ピット内閣(-1861)。

プラッシーの戦い(イギリス、インド支配の基礎確立)。

1758年(10才)

エルヴェシウス『精神論』出版。フランスでは発禁。

1759年(11才)

母死去。

1760年(12才)

オックスフォード大学クイーンズ・カレッジに入学。

ジョージ3世(1738-1820)、イギリス王位に就く(-1820)。

1763年(15才)

法曹家団体のクラブであるリンカーンズ・インで法律実務を学ぶ。 そのかたわらで、 オックスフォード大学でブラックストーンの英法講義を聴く (クイーンズ・カレッジ卒業は1764年)。

英仏間の7年戦争(1756-)終結。

1764年(16才)

父とフランス旅行。

ベッカリーア『犯罪と刑罰』出版。

1765年(17才)

父再婚。セアラ・アボット夫人と。夫人の二人の息子の弟は、 のちに下院の議員となるチャールズ・アボット。

ブラックストーン『英法注解(英法釈義)』出版(-69全4巻完結)。

ワット(1736-1819)、蒸気機関改良。

1767年(19才)

3月、オックスフォード大学でマスターの学位を得る。

1768年(20才)

プリーストリーの『政府論随想』 (An Essay on the First Principles of Government)出版。 のちにベンタムがオックスフォードのカフェでこのパンフレットを読み、 「ゆーれいか(われ発見せり)」と叫ぶことになる。 (ただし、このパンフレットには「最大多数の最大幸福」の文字はなく、 ベンタムの記憶違いかと思われる)

産業革命の進展。

1769年(21才)

ナポレオン誕生(-1821)。

1770年(22才)

フランス旅行。

ヘーゲル誕生(-1831)。

1771年(23才)

ロバート・オーウェン誕生(-1858)。

1772年(24才)

リンカーンズ・インで法廷弁護士の資格を得て(事務)弁護士である父の業を告ぐ。 法学の基礎理論の研究に没頭。

1773年(25才)

父ミルJames Mill誕生(-1836)。

1774年(26才)

この頃、同性愛と法の問題についての草稿を書く。

ゲーテ『若きウェルテルの悩み』出版。

1775年(27才)

フォイエルバッハ誕生(-1833)。

アメリカ独立戦争(-1783)。

1776年(28才)

『政府論断片』A Fragment on Government匿名出版。 批判的法学の体系的な著述を志す。新鮮な作風と明快な論調が話題を呼ぶ。

アメリカ独立宣言

アダム・スミス(1723-90)『諸国民の富』出版。

1779年(31才)

弟サミュエル・ベンタム、ロシアにわたる。 女帝エカテリーナ(1729-96)の寵臣ポチョムキンに技術顧問格として使える。 海軍改革を推進し、彼の発案した建艦プランのおかげで、 トルコとの戦争(87-92)における海戦では、ロシアの黒海艦隊はトルコ艦隊を打ち破った。

クロンプトン(1753-1827)、ミュール紡績機発明。

18C後半には木綿工業が毛織物工業に代わって繊維産業の中心となる(カリブ海諸島やインドから綿花を輸入)。


2. 著作家ベンタム(産業革命進展・第2次囲い込み運動・フランス革命)

1781年(33才)

後の首相シェルバーン伯(ランズドーン侯)の知遇を得、 バウウッドの別荘に招かれ、名士たちの仲間に入る。 伯の姪キャロリーン・フォックスに恋する。(ベンタムは生涯独身。) シェルバーン伯の曾祖父は経済学者のウィリアム・ペティ。

カント『純粋理性批判』出版。

1782年(34才)

7月1日イギリス首相ロッキンガム急死。内相であったシェルバーンが首相に。 ウィリアム・ピット(小ピット)は23才で蔵相に。

1783年(35才)

英米間の講和条約(パリ条約)によって独立戦争終結。

アメリカは完全独立を果たす。

ウィリアム・ピット、24才で首相に(-1801; 1804-1806)。

1784年(36才)

1785年(37才)

8月、ロシア旅行に出発。途中、フランス、イタリア、 コンスタンチノープルを歴訪。 この頃、同性愛と法の問題についての草稿を書く。

カートライト(1743-1823)、力織機発明。

ウィリアム・ペイリー『道徳および政治哲学の原理』出版。ベンタムの功利主義と酷似。

1786年(38才)

2月にロシアのクリチョフ到着。 造船所の技師として働く弟サミュエルの家に滞在。「パノプティコン」の設計

1787年(39才)

『高利弁護論』(Defence of Usury)出版。 アダム・スミスの賞賛を得る。

11月、ロシアを出発し、帰国の途につく。

1788年(40才)

2月上旬、ロンドンに帰る。

エドモント・バークらの弾劾による元インド総督ヘイスティングの裁判(-1795)。

カント『実践理性批判』出版。

オーストラリア、流刑植民地となる(1853年廃止)。

「タイムズ」紙創刊。

1789年(41才)

『道徳と法の諸原理序説』An Introduction to the Principles of Morals and Legislation出版。(執筆は1780年。)

フランス革命勃発。英国の知識人にも衝撃を与える。

1790年(42才)

バーク、保守主義の古典『フランス革命の省察』出版。 英国の現体制を肯定し、フランス革命が英国に波及することを牽制。

1791年(43才)

1792年(44才)

父ジェレミア死去。遺産を相続し、 父の住んでいたクイーンズ・スクエア・プレイスに引越し、研究に専念。

フランス国民議会から、名誉市民の称号を贈られる。

1793年(45年)

経済学の研究。

1月、ルイ16世処刑。6月、恐怖政治始まる。

2月、ゴドウィンの『政治的正義』(Political Justice)出版。

小ピット、対仏大同盟(第一回)を組織。

1794年(46年)

イギリス議会、「パノプティコン」建設を承認。

7月、テルミドールの反動。

1795年(47才)

『無政府主義的誤謬論』Anarchical Fallacies執筆。フランス人権宣言を批判。

1798年(48才)

マルサス、『人口論』出版。

1799年(51才)

11月ナポレオン政権成立。

小ピット、第2回対仏大同盟を結ぶ。

1801年(53才)

イギリス、アイルランド議会を併合、連合王国成立。

1802年(54才)

デュモンがベンタムの草稿を編纂して、フランス語で『立法論』出版。ベンタムの名声がヨーロッパ諸国で高まる。

ウィグ系エディンバラ・レヴュー創刊。

アミアン平和休戦。

1804年(56才)

5月ナポレオン、フランス皇帝になる。ナポレオン民法典制定。

1805年(57才)

小ピット、第三回対仏大同盟を結成。トラファルガーの海戦。

1806年(58才)

5月20日、子ミルJohn Stuart Millロンドンにて誕生(-1873)。

1807年(59才)

フルトン(米) 、蒸気船発明。


3.急進主義者ベンタム(ウィーン体制・社会問題の発生・自由主義的諸改革「革命か改革か」)

1808年(60才)

ジェームズ・ミルと知り合う

ゲーテ『ファウスト』第一部刊。

1809年(61才)

トーリ系クォータリー・レヴュー創刊。

1811年(61才)

イギリス内閣、「パノプティコン」の不採用を決定。

ラッダイト運動(-1817)。

この頃からラテンアメリカ諸国の独立運動が始まる。

1812年(64才)

米英戦争(-14)。

1814年(66才)

4月、ナポレオン退位。11月から翌年6月までウィーン会議

この頃、同性愛と法の問題についての草稿を書く(-1816)。

スティーブンスン、蒸気機関車発明。

1815年(67才)

ナポレオン、百日天下。

イギリス、地主保護のための穀物法Corn Law制定(1846年廃止)。戦後大不況。

1817年(69才)

リカード、『経済および課税の原理』を出版。

1818年(70才)

『議会改革計画論』出版。「ベンタム氏によって書かれた普通選挙と一年議会を擁護する書物が、大きなセンセイションを巻き起こしている 」

父ミル、『イギリス領インド史』出版。

マルクス誕生(-1883)。

1820年(72才)

マルサス、『経済学原理』出版。

ナイティンゲール誕生(-1910)。

父ミル、『統治論』(An Essay on Government)出版。

1821年(73才)

この頃子ミル、ベンタムの『立法論』を読み、熱烈なベンタム主義者に。「思想の新時代が始まった。」

ギリシア独立戦争始まる(-1829)。

ヘーゲル『法の哲学』出版。

1822年 (74才)

『憲法典』執筆開始(1830年第一巻出版)。

1824年(76才)

ベンタム門下の哲学的急進派の機関紙『ウェストミンスター・レヴュー』創刊。急進的政治改革を主張。

1825年(77才)

パリに赴き、歓迎を受ける。

ロバート・オーウェン(1771-1858)、アメリカのインディアナ州に共産社会「ニュー・ハーモニー」を創設(-1829)。

1826年(78才)

ベンタムが創設委員の一人として尽力したロンドン大学創設。

子ミル、秋から翌年の春頃まで「精神の危機」。

1827年 (79才)

『憲法典』第一巻印刷(1830年出版)。

1828年 (80才)

団結禁止法撤廃。これ以降、労働組合、協同組合運動がさかんになる。

1829年(81才)

カトリック教徒解放法成立。 これにより、イギリスにおける宗教による差別が廃止された。

1830年(82才)

『憲法典』第一巻出版。

フランス七月革命。

リヴァプール、マンチェスター間に鉄道開通。(これ以降、交通革命始まる。)

1832年(84才)

6月4日(第一次)選挙法改正法案成立(ウィグ党グレー内閣)、資本家階級が政治的権利を勝ち取る。

6月6日、ベンタム死去。遺体は遺言に基づいて解剖され、ミイラとしてロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジに保管。

ゲーテ『ファウスト』第2部刊。

オースティン『法理学領域論』出版。

1833年

工場法制定。

イギリス帝国内の奴隷制廃止(1838年奴隷の完全解放実現)。

1834年

『倫理学』Deontology, or the Science of Morality出版される。

新救貧法成立。

1835年

福沢諭吉誕生(-1901)。

1837年

ヴィクトリア女王(1819-1901)即位、イギリス黄金期(特に50−60年代)を迎える。

この頃から、チャーティスト運動始まる(1858頃まで)。

1838年

バウリング編『ベンタム全集』(11巻)の刊行始まる(43年完結)。

1848年

フランス2月革命、ウィーン体制崩壊。

『共産党宣言』出版。

1859年

ダーウィン(1809-82)、『種の起源』出版。

ミル『自由論』出版。スマイルズ『自助論』出版。


1968年

ベンタムプロジェクトによるベンタム全集の発刊が始まる(-in progress)。

1973年

デヴィッド・ライオンズIn the Interest of the Governed出版。議論を巻き起こす。

1996年

児玉、ベンタム研究を開始する(-in progress)。


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Satoshi Kodama
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Last modified: Thu Aug 7 09:39:31 JST 2003