突然だが、ぼくは自然権が嫌いである。自然法というのも大嫌いである。社会契約説などというのは全く馬鹿げた考えだと思っている。
「人は、自由かつ権利において平等なものとして出生し、かつ生存する」というのがフランス人権宣言の第一条の冒頭部分である。しかし、「われわれは自由と平等の権利を持って生まれてきた」というのは、「アイドル歌手は決してトイレに行かない」というのと同じぐらいの真理しか有していない。
また、このような自然権の思想と、「フランス国王は、フランスの国王として人民と国土を統治するべく出生し、かつ生存する」といった考え、つまり王権神授説とどこが違うのか。ぼくは「王としての権利を持って生まれて」来たのでないと同様、「自由と平等の権利を持って生まれて」来てはいない。全く馬鹿げている。そこでこのような愚かしい自然権思想を今日から「人権神授説theory of the divine theory of human rights」と呼ぶことにする。
とにかく少なくとも今年と来年は全精力を傾けて自然法思想打倒を目指す。目標はフランス人権宣言の書き換え。あと、国連の人権宣言(「第一条 すべての人間は、生まれながら自由で、尊厳と権利について平等である」)も書き換えさせる。
以上、修士一回生の抱負。