第3回てんかんと神経疾患のための食事療法についての国際シンポジウムに参加して

 この国際シンポジウムは、抗てんかん剤で発作をコントロールできない難治性てんかん等の治療法として、ケトン食療法をはじめとする食事療法についての世界における認知度を向上させるとともに、世界規模での臨床結果や実施ノウハウ等の情報交換を活性化させ、これらの食事療法の実施方法の向上を図るとともに、これらの食事療法がてんかん発作を抑制する仕組みの解明を促すことを目的に、2008年のアメリカ・フェニックスで始まり、2010年のイギリス・エジンバラへと引き継がれ、今年(2012年)9月にアメリカ・シカゴで第3回目の会合が開催されました。
 大変遅くなりましたが、第3回国際シンポジウムに参加した感想などについて、ここに報告させていただきます。

パンフレット 会場となった Hilton Chicago Indian Lakes Resort

 シカゴで開催された第3回国際シンポジウムでは、エジンバラでの第2回国際シンポジウムに比べて、以下のような相違点があったと感じました。

【第1点目】
基調講演は「Good Calories, Bad Calories」の著者であるMr. Gary Taubes氏が行いましたが、その内容は、ある国で、1960年代はココナッツ、魚介類、パンノキと言われる澱粉質の果実中心の食事から、1980年代にかけて砂糖や小麦粉の摂取量が6〜7倍に増えたことで、いわゆる生活習慣病が急増したことを例にとり、糖質の摂りすぎは、U型糖尿病をはじめとするメタボリック症候群を引き起こす可能性があり、糖質を制限する食事により、体重を減らすのではなく正常化し、健康を改善するのでなく不健康を是正できるのではないかとの提言だったと思います。
糖質を制限する食事として、ケトン食療法をはじめとする食事療法を活用できるとお考えのようでした。

 そのほかにも、癌の増殖と糖質摂取との関連性から癌治療のための糖質制限についての講演がありました。
 自閉症治療のための食事療法、アルツハイマー病治療のための食事療法、糖尿病治療のための食事療法、小児の脳への致命的な損傷への治療のための食事療法等、ケトン食療法等の糖質を制限する食事療法の汎用性が紹介されていたと感じました。

【第2点目】
今回は、難治性てんかんをケトン食療法や修正アトキンス食等の食事療法で克服した患者さん本人による体験談が多く紹介されました。
中でも、Mr. Michael Koshi氏の著書「Atkins for Seizures」で紹介されていた、Ms. Wanda Floraさんの壮絶な体験談をご本人の声でお聞きできたことは、貴重な体験でした。

【第3点目】
2日目の午後は、「Basic Science」、「Clinical Practice」、「Adult & New Indications」の3つのセッションに分かれ、私は「Adult & New Indications」に参加したことで、直接講義をお聞きすることはできなかったのですが、日本から
   岡山大学 薬学部長 薬学博士 森山芳則教授
が「Basic Science」の中で講義をされたことです。
森山教授は、興奮を引き起こす神経伝達物質であるグルタミン酸を運ぶトランスポーターVGLUTを研究する過程で、このVGLUTが機能するためのスイッチをONする物質があることを突き止められたそうです。更なる研究の中で、塩素イオンがONの働きを担い、偶然にケトン体が、この塩素イオンのONを阻害することを発見されたそうです。
森山教授のお話では、ケトン体は、正常なグルタミン酸の運搬を阻害しないそうですので、更なる研究が進み、ケトン食療法と同じ効果を生み出す「薬」が開発されることを期待しています。

【第4点目】
ファミリー・デイの中で「食事療法を実施する患者の兄弟」として、チャーリーの兄であるMr. Joseph Abrahams氏とマフューの姉であるMs. Alice Williams氏が、ケトン食療法を実施する弟との関係について自身の体験談を話してくれたことです。
弟が毎日のように発作で倒れる恐怖、家族の絶望、親の愛情が全て食事療法を続ける弟に向けられる嫉妬心、そして、食事療法の効果で発作が減り始めて家族が一丸となって更に食事療法に取組んだ結果に得られた今の状況、・・・・・。
自分自身が、次男のケトン食療法に取り組んでいた時に、長男や長女がどう感じていたのか、考えさせられました。

【第5点目】
アメリカでの開催ということもあって、アメリカ・ボルチモアにあるJohns Hopkins Hospitalで長年、ケトン食療法に取り組まれ、「The Ketogenic Diets - Treatments for Epilepsy and Other Disorders -」の初版を執筆された、Dr. John M. Freeman氏にお会いできたことです。
2日目の朝食でご一緒した女性から「日本ではケトン食等の食事療法で、どのような食材を使うのですか?」との質問を受け、3日目の朝に、冊子「はじめてのケトン食」を見せながら、ケトンフォーミュラ、生クリーム、卵を使ったクッキーやパンケーキの説明をすると、「あなたは、ジョンと話をするべきよ。」とDr. John M. Freeman氏を紹介してくれました。
なんと、その女性は、Dr. John M. Freeman氏の奥さんだったのです。このように快く写真撮影にも応じてくれました。

 今回の第3回国際シンポジウムにおいて、日本でのケトン食療法等の食事療法の普及活動において大変お世話になっている、静岡てんかん・神経医療センターの今井先生、滋賀県立小児保健医療センターの熊田先生にお会いすることができました。
 また、エジンバラでお会いした台湾の小児神経学学会 理事長 王輝雄 教授に再会することができました。

右から、今井先生、著者、熊田先生、日衛嶋先生 右から、著者、王教授、今井先生

 第3回国際シンポジウムを通じて、世界各国でのケトン食療法等の食事療法の臨床実績が専門医、専門栄養士の間で共有されることで、患者毎に最適な食事療法が選択できる環境ができ、世界各国で取り組まれているケトン食療法等の食事療法についての基礎科学研究の成果が研究者の間で共有されることで、一日も早く効果の仕組みが解明され、「薬」の開発に繋がる予感を感じることができました。
 また、糖質を制限するケトン食療法等の食事療法が、難治性てんかんやGLUT1異常症のみならず、癌治療や糖尿病治療等のほかの疾患にも活用されている現状は、これらの食事療法の認知度を向上させ、普及活動の助けになるような気がしました。