機関誌「波」平成23年1月号「フリートーク」掲載記事

「てんかんと神経疾患のための食事療法国際シンポジウム」に参加して

 「君も来年エジンバラに来ないか?」 昨年9月にアメリカ・ロサンゼルスでお会いしたジム・アブラハム氏の一言がきっかけでした。ジム・アブラハム氏は、アメリカでケトン食等の食事療法を普及させるために1994年にチャーリー財団を設立し、1997年に映画「First, do no harm(邦題:誤診)」を製作したハリウッドの映画監督です。その時、2008年にアメリカ・フェニックスで開催された「第1回国際シンポジウム」の資料だとして頂いた「Epilepsiaという医学雑誌の特集号(ケトン食と関連する食事療法)」を読んでみると、ケトン食の歴史〜ケトン食を実施する上でのケトン比、カロリー制限、水分制限〜最近開発されたMCTケトン食、修正アトキンス式食事療法、低炭水化物インデックス式食事療法など最新の医療情報が満載でした。「とりあえず、エジンバラに行ってみよう。」と決意したのは、今年の5月頃でした。

 第2回目となる国際シンポジウムは、イギリスでケトン食の普及活動を行うエマ・ウィリアム氏が設立した「マヒューズ・フレンズ」とアメリカの「チャーリー財団」が後援してイギリス・エジンバラのシェラトン・ホテルで2010年10月5日〜8日までの4日間という日程で行われました。

 初日は、五大陸の地域代表者からケトン食等の食事療法の実施状況について報告がありました。驚いたのは、アフリカを除く全ての地域に「小児科医、看護師、栄養士、カウンセラー等」のチームでケトン食等の食事療法を実施するセンター機能を有する病院があるとの現状を知ったことです。アジアにおいて、インドには24時間対応のチームがあり、お隣の韓国では年間約300の症例があるとの報告でした。日本にはこのようなケトン食等の食事療法をチームで実施する病院があるのでしょうか?

 2日目以降は、

「ケトン食によって産生するケトン体が人間のエネルギー代謝にどのような影響を与え、その結果、どのようなメカニズムでてんかん発作を抑制するのか」という仕組みを基礎科学分野から検討し、

「ケトン食の導入に絶食は必要か、ケトン食はどのくらい続けるのか、副作用の観察と管理はどうするのか、ケトン食に代わる修正アトキンス式食事療法等の効果は」という疑問を臨床実績から考察するとともに、

「ケトン食の効果」について、点頭てんかん等の難治性てんかん治療としての効果、GLUT1異常症等の代謝異常症治療としての効果、脳腫瘍等癌治療としての効果などが症例紹介とともに話し合われました。

 これらの発表や議論を通じて興味深かったことを少し紹介させていただきますと、

ケトン食は、難治性てんかんや代謝異常症等の治療としては効果があるが、基礎科学の面からその仕組みは未だ解明されていない

ケトン食について、導入方法、副作用の管理、継続期間等は、臨床実績の中で治療対象疾患毎にその実施方法(プロトコール)が確立されつつある

ケトン食の効果を向上させるためのケトン比の管理、カロリー制限との相乗効果、修正アトキンス式食事療法等との組み合わせなどが研究段階にある

ケトン食を開始するのも、中止するのも親の決断に基づかなければならない

などです。

 また、この国際シンポジウムにおいて、生後5ヶ月で点頭てんかんを発症した女の子に対してアメリカで行われた治療実績についてご両親から報告がありました。ケトン食は、一般的には抗てんかん剤の併用、ACTH等のステロイドの使用、外科的手術等の治療により発作をコントロールできない場合に最後の選択肢として試みられていますが、女の子のご両親には、最初の治療法として抗てんかん剤による治療、ACTHによる治療、ケトン食による治療の選択肢が与えられました。ご両親は、ケトン食を最初の治療法として選び、治療開始2日後には発作がなくなり、2ヶ月後には脳波は正常化し、8ヶ月でケトン食を止めることができました。現在、4歳になった女の子は何の後遺症もなく育っているそうです。

この治療を実施したジョンズ・ホプキンス病院のコソフ医師は、「最初の発作が確認されてから2週間以内の乳幼児については、ケトン食を最初の治療法として選択する可能性はある」とおっしゃっていました。

ケトン食は、抗てんかん剤に比べ副作用も少なく、外科的手術のように後戻りできないものではありません。まさしく、「First, do no harm(何よりも害を成すなかれ)」です。女の子のご両親は、「親に最初の治療法の選択肢としてケトン食を与えてほしい」と訴えていました。

 このように、ケトン食等てんかんと神経疾患のための食事療法を取り巻く状況は日々変化しており、最新の医療情報を入手するために、2年後にアメリカ・シカゴで開催される予定の第3回国際シンポジウムにも参加してみたいと考えています。


国際シンポジウムにて



右から「私、Dr. Klepper、
Dr. 熊田、Dr. 西井」



右から「私、Dr. Kossoff」



右から「KetoCalシェフ、私」