悪性黒色腫と鑑別を要する良性色素性病変

 
近畿大学医学部病理学教室

筑後 孝章

 

  はじめに:悪性黒色腫の診断は病理診断の中でも最も悩ましいものの一つである。その診断にあたっては,過小診断,過剰診断はいずれの場合も患者に多くの損 害を与えうる。そのためには病理医は悪性黒色腫の症例を多く経験することが必要である。さらに悪性黒色腫との鑑別が難しい疾患の理解とそれらの鑑別点を充 分に把握しておくことが必要と思われる。

  色素性皮膚疾患の中には,色素細胞の増生を伴わないものと色素細胞の増生を伴うものとがある。前者には雀卵斑,老人性黒子,表皮母斑,腺様型脂漏性角化症,日光角化症などがあげられる。また,後者のうちで非メラノサイト系腫瘍として,1.脂漏性角化症 (melanoacanthoma) 2.pigmented solar keratosis 3.lichen planus-like keratosis 4.エクリン汗孔腫・エクリン汗孔癌 5.基底細胞癌 6.Bowen病 7.pigmented squamous cell carcinoma 8.Paget病 9.Bednar腫瘍 (pigmented dermatofibrosarcoma protuberans) 10.皮膚線維腫などがあげられる。このようなメラノサイトの増生はmelanocyte colonizationとよばれている。

  病理医が日常の診断業務で問題となる疾患は,上記のうち色素細胞の増生を伴う疾患であろうと思われる。それらの中でも悪性黒色腫との鑑別で問題となる良性疾患に絞り込むと以下のような色素性疾患が重要となってくるであろう。

1.再発性母斑  2.halo nevusSutton母斑) 3.異型母斑(Clark母斑)  4.Spitz母斑 5.desmoplastic Spitz nevus  6.手掌・足底の母斑(境界部型) 7.若年女性の外陰部の母斑  8.乳幼児の先天性色素細胞母斑  9.proliferating nodule in congenital nevi 10.爪の色素性疾患 11.青色母斑(cellular blue nevus) 12.balloon cell nevus

 今回は,上記のうちのいくつかに絞って症例を中心にまとめてみたい。また,爪や手掌・足底は他の部位の皮膚組織とは異なる特殊性がある。それぞれの色素性疾患を理解する上でこれらの組織学的特徴の理解は欠かせない。さらに,近年皮膚科ではdermoscopyが診断に利用されている。病理医がその情報を有効に活用するための適切な切り出し方などにも言及したい。

  病理医は目の前の組織標本のみで判断するのではなく,皮膚科医との連絡を充分に取り,診断に際して少しでも多くの臨床情報を積極的に利用したい。皮膚科検 体の診断は面倒がらずにじっくりと自己研鑽することが必要であろう。また,そのためにも皮膚病理に精通した医師(皮膚科医,病理医)へのコンサルテーショ ンは臆することなくおこないたい。