子宮頸部最小偏倚腺癌(いわゆる悪性腺腫)にまつわる諸問題

京都大学病院 病理診断部   三上芳喜


 子宮頸部に発生する悪性腺腫adenoma malignumは高分化型粘液腺癌の一亜型であり、現行のWHO分類(2003年)では最小偏倚腺癌minimal deviation adenocarcinomaとして記載されている。近年、HIK1083 を用いた免疫染色によって示される胃型形質の発現や、高度の水様帯下、MRIやCTで描出される多数の嚢胞の存在、頸部スメアにおける黄金色の細胞質内粘 液を有する腺細胞の出現、などが悪性腺腫に特徴的であると報告されてきた。しかし、それらの所見の特異性についての十分な検証は殆ど行われることはなく、 診断的意義のみが過度に強調される傾向にあった。その結果、分葉状頸管腺過形成lobular endocervical glandular hyperplasia(LEGH)/子宮頸部幽門腺化生pyloric gland metaplasia (PGM)などの良性腺増殖性病変が悪性腺腫と誤認されるという問題が指摘されるようになった。LEGH/PGMが悪性腺腫の発生母地である可能性が示唆 されているが、治療を前提とした場合、両者は厳密に区別される必要がある。悪性腺腫が頸部腺癌の1〜3%を占めるに過ぎない稀な組織亜型であるのに対し て、LEGH/PGMは比較的頻繁に遭遇する病変であることから、これらを正確に識別することは不必要な治療を避けるに為にも重要であるといえる。鑑別の 基本はあくまでも組織形態の注意深い観察であり、(1)増生腺管の形と配列の仕方、(2)細胞異型、(3)破壊性浸潤に伴う間質反応の有無、に注目するこ とで殆どは診断可能である。免疫染色や粘液染色は補助的手段に過ぎない。本講演では、悪性腺腫の典型例を供覧し、その概念にまつわる混乱と最近の知見、良 性腺増殖性病変との鑑別点を解説する。

参考文献
  1. Mikami Y, Hata S, Melamed J, Fujiwara K, Manabe T.  Lobular endocervical glandular hyperplasia is a metaplastic process with a pyloric gland phenotype. Histopathology 2001;39:364-372.
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  3. Nucci MR, Clement PB, Young RH.  Lobular endocervical glandular hyperplasia, not otherwise specified: a clinicopathologic analysis of thirteen cases of a distinctive pseudoneoplastic lesion and comparison with fourteen cases of adenoma malignum. Am J Surg Pathol 1999;23:886-891.
  4. Mikami Y, Kiyokawa T, Hata S, Fujiwara K, Moriya T, Sasano H, Manabe T, Akahira J, Ito K, Tase T, Yaegashi N, Sato I, Tateno H, Naganuma H. Gastrointestinal immunophenotype in adenocarcinomas of the uterine cervix and related glandular lesions: a possible link between lobular endocervical glandular hyperplasia/pyloric gland metaplasia and 'adenoma malignum'. Mod Pathol 2004;17:962-972.
  5. 三上芳喜. 悪性腺腫にまつわる真実と誤解(特集記事).日本臨床細胞学会雑誌第45巻2006 (in press).