顎骨の線維・骨性病変(fibro-osseous lesion)の病理

大阪大学大学院歯学研究科・口腔病理学講座  豊澤 悟

線維・骨性病変は、骨あるいはセメント質様硬組織を含んだ線維性結合組織によって正常の骨組織が置換される疾患である。臨床的には、顎骨や長管骨の変形を起こし、時に疼痛ならびに骨折を伴うことがある。口腔領域における顎骨の線維・骨性病変には、発育異常、新生物、異形成性病変が含まれ、それぞれ病態や予後が異なる。発育異常として線維性骨異形成症、新生物としてセメント質骨形成線維腫、それら以外の異形成性病変はセメント質骨異形成症に分類されている。しかし、これらの病理組織所見はよく似ているうえに、検体採取部位や採取時期によっても多彩な変化を示し、病理組織像のみからは病変の鑑別診断は困難な場合が多く、臨床所見やX線画像を加味して病理診断がなされている。そのような中で、近年、単骨性および多骨性の線維性骨異形成症やMcCune-Albright症候群は、ヒト染色体20q13遺伝子座にあるGNAS1遺伝子の体細胞変異に起因する疾患であることが示された。そこで、GNAS1遺伝子の体細胞変異を利用して、線維・骨性病変群の中から線維性骨異形成症を鑑別診断することを試みたので紹介する。また、顎骨の線維・骨性病変の臨床所見やX線画像を加味した鑑別診断や各病変の特徴を概説する。

歯原性腫瘍総論

大阪歯科大学・口腔病理学講座  田中 昭男

 歯原性腫瘍は歯の形成に関与する歯堤や歯胚の細胞に由来する腫瘍の総称で、その種類は多いが、真の新生物から過誤腫まで含まれている。腫瘍のほとんどは良性で、上・下顎骨内に発生するが、まれに顎骨外に周辺性として歯肉に生じることもある。歯堤は、胎生期に歯列の予定域に口腔上皮が落ち込んで生じた土手のような隆起であり、それが発育して歯胚となり、エナメル器、歯乳頭および歯小_が区別できるようになる。エナメル器は上皮由来であり、歯乳頭と歯小_は外胚葉性間葉組織に由来する。これらの概念がWHOの歯原性腫瘍の分類 (1992) に採用されている。とりわけ良性歯原性腫瘍は上皮性、上皮性・外胚葉性間葉(混合性)、および外胚葉性間葉の3群に大別されている。すなわち、1)上皮性腫瘍として@エナメル上皮腫、A歯原性扁平上皮腫、B歯原性石灰化上皮腫、C歯原性明細胞腫;2)混合性腫瘍として@エナメル上皮線維腫、Aエナメル上皮線維象牙質腫/エナメル上皮線維歯牙腫、B歯牙エナメル上皮腫、C腺様歯原性腫瘍、D石灰化歯原性_胞、E複雑性歯牙腫、F集合性歯牙腫;3)外胚葉性間葉腫瘍として@歯原性線維腫、A歯原性粘液腫、B良性セメント芽細胞腫がある。一方、悪性腫瘍は1)歯原性癌腫として@悪性エナメル上皮腫、A原発性骨内癌Bその他の歯原性上皮性腫瘍の悪性型、C歯原性_胞の悪性化;2)歯原性肉腫として@エナメル上皮線維肉腫(エナメル上皮肉腫)、Aエナメル上皮線維象牙質肉腫/エナメル上皮線維歯牙肉腫;3)歯原性癌肉腫に分類されている。
歯原性腫瘍の発生頻度には人種差があり、日本人では全口腔腫瘍の約17%、白人では約9%といわれている。1986〜1995年の10年間における日本人の歯原性腫瘍の発生状況(日本口腔外科学会雑誌1998)については、総計が5,222例(良性:5,174例(99.08%); 悪性:48例(0.92%))であり、エナメル上皮腫1,996 (38.58%)、歯牙腫 1,961例 (37.90%)[複雑性歯牙腫799例 (15.44%)、集合性歯牙腫1,162例 (22.46%)]、良性セメント芽細胞腫444例 (8.58%)、その他773例(14.94%)である。以上の内容について述べてみたい。

歯原性腫瘍各論

大阪歯科大学・口腔病理学講座  西川 哲成

WHOによる組織学的な分類(1992年)従って、代表的な歯原性腫瘍の特徴について述べる。
1.歯原性上皮からなる腫瘍 
@ エナメル上皮腫は20−30歳の下顎大臼歯部に好発し、X線では多胞性の透亮像として認められ、埋伏歯を含むことが多い。組織学的にはエナメル器に類似した実質が濾胞状に増殖する濾胞型と、叢状に増殖する叢状型が多く、他に基底細胞型、顆粒細胞、棘細胞型がある。
A 歯原性石灰化上皮腫 (Pindborg腫瘍)は20−60歳の下顎大臼歯に好発し、X線では透亮像の中に種々な不透亮像が認められる。組織学的には実質細胞は多角形で敷石状(充実性)に増殖し、核は大小不同で2核の細胞も見られる。また、好酸性のアミロイド様物質や石灰化物が認められる。
2.歯原性外胚葉性間葉を伴う歯原性上皮からなる腫瘍 
@ 腺様歯原性腫瘍は20歳未満の女性に多く、上顎の前歯や犬歯に好発する。X線では透亮像として認められ、埋伏歯や散在性不透亮像も見られる。組織学的にはエナメル器に類似した実質細胞に富み、腺管様構造や帯状、花冠状の構造が観察され、また好酸性の滴状物や小石灰化物なども認められる。
A エナメル上皮線維腫は20歳未満の下顎臼歯に好発し、X線では多胞性、単胞性の透亮像として認められる。組織学的には歯乳頭に類似した線維腫様の組織と、小塊状の歯原性上皮の腫瘍性増殖を認める。
B 石灰化歯原性嚢胞は嚢胞性の疾患だが腫瘍性増殖を示し、10歳代と50歳代の上下顎のいずれにも発現する。組織学的にはエナメル器類似 の細胞によって裏装され、その内側には角化傾向を示すghost cell(幽霊細胞)や石灰化が認められる。
C 歯牙腫は組織奇形(過誤腫)で、上顎前歯に好発し多数の小さな歯牙様構造物の集塊としてみられる集合歯牙腫と、下顎臼歯に好発し歯の硬組織(象牙質、エナメル質、セメント質)が不規則に形成された塊状の増殖物である複雑歯牙腫に分けられる。
3.歯原性外胚葉性間葉からなる腫瘍 
@ 歯原性線維腫、A 歯原性粘液腫、そしてB 良性セメント芽細胞腫がある。良性セメント芽細胞腫は10−20歳代の下顎の臼歯部に好発し、X線的には根尖を含む球状の不透亮像として認められる。組織学的には歯根のセメント質と連続し、セメント芽細胞を含む梁状あるいは放射状のセメント質の増殖として観察される。
4.悪性腫瘍の発生頻度は少ない(1%以下)。歯原性癌腫である悪性エナメル上皮腫はエナメル上皮腫の特徴を有しながら転移(リンパ節,肺などへ)を生じた歯原性腫瘍である。

歯原性腫瘍の治療

大阪歯科大学・口腔外科学第1講座  森田 章介

 歯原性腫瘍の大多数は上顎骨あるいは下顎骨内に発生する(顎骨中心性)が、稀に歯肉などの顎骨周囲の軟組織に生じることもある(周辺性)。また、歯牙腫のように組織奇形的なものや明瞭な被膜を有し膨張性に発育するものから、周囲骨組織に浸潤するものまで種々みられる。さらに、同一の腫瘍でもその性状が異なることもあり、その代表がエナメル上皮腫である。歯原性腫瘍のほとんどは良性であるが、極めて稀に悪性のものも存在する。これらのことから、歯原性腫瘍の治療は個々の腫瘍の性状を踏まえて決定されるが、外科的療法が主体で、例え悪性のものであっても放射線や化学療法が適応されることは少ない。口腔顎顔面領域の腫瘍の治療では形態と機能の温存が重視され、とくに顎骨腫瘍では欠損に伴う審美障害や咀嚼障害、さらに下唇や舌の知覚神経麻痺なども治療法選択の際に考慮しなければならない。
歯原性腫瘍の手術法としては一定の健康組織を含めて腫瘍を切除する顎骨切除と顎骨の連続性を維持して腫瘍を摘出する顎骨保存療法の2つに大別される。顎骨切除では再発は少ないものの口腔顎顔面の形態と機能の温存という点でやや問題がある。顎骨保存療法では前者と逆のことが問題となる。手術法の種類としては、顎骨切除には上顎骨部分切除、上顎骨半側切除、下顎骨半側切除、下顎骨区域切除、下顎骨辺縁切除、そして顎骨保存療法には摘出(単純摘出)、摘出+周囲骨削除(摘出掻爬)、摘出+周囲骨凍結(冷凍外科)などがあり、ときに大きな嚢胞性の腫瘍に対して開窓療法が行われることもある。各腫瘍の性状を考慮した大まかな手術法の適応としては、歯牙腫、エナメル上皮線維腫、腺様歯原性腫瘍、歯原性線維腫、良性セメント芽細胞腫などには摘出術、エナメル上皮腫、粘液腫、石灰化歯原性嚢胞などには摘出掻爬術、冷凍外科あるいは顎骨切除などが施行されることが多い。しかし、このなかで最も治療上の議論が続けられているのがエナメル上皮腫である。以下、本腫瘍について述べる。
 エナメル上皮腫は頻度的には歯牙腫と並んで歯原性腫瘍のなかで最も多く、また個々の腫瘍によりその性状が異なるのが特徴である。本邦では90%以上が下顎骨に発生するとされ、自験例190例においても上顎症例は10例(5。3%)のみであった。下顎1次症例160例中、治療を行った147例の手術法の内訳は、顎骨切除では辺縁切除18例、区域切除8例、半側切除4例、そして顎骨保存療法では摘出掻爬48例、冷凍外科32例、開窓18例となっており、開窓症例の2次治療として16例に摘出掻爬、2例に冷凍外科が施行されていた。再発は11例あり、摘出掻爬9例、開窓→摘出掻爬2例であった。再発症例はX線学的には単房性に比べ多房性に、また組織学的にはfollicular typeに多かった。
講演ではこれらの詳細を述べるとともに、各手術法の選択基準について考察したい。