幹細胞システム −その生理と病理から制御へ−

大阪大学医学系研究科病理学  

仲野 徹

 自己複製能と分化能を持つ幹細胞をヒエラルキーの頂点に持つ生体システムが幹細胞システムである。幹細胞には、成体になってからもいろいろな臓器に存在する臓器幹細胞(組織幹細胞とも成体幹細胞とも呼ばれる)と、初期胚から樹立される胚性幹細胞(ES細胞)がある。臓器幹細胞は、昔から存在が知られていた血液細胞や消化管上皮、皮膚上皮といった寿命の短い細胞だけではなく、ほとんど再生しない神経や骨格筋にも存在することがわかってきている。また、間葉系幹細胞のように新たに「発見」された幹細胞もある。一方、ES細胞は、その自己複製能と分化能の大きさから、再生医学に有用なリソースになりうると考えられている。我々は、幹細胞がどのようにして未分化性を維持しているのか、そして、幹細胞から機能する細胞への分化がどのようにして進行するのか、についての研究をおこなってきた。

 幹細胞からの分化については、OP9ストロマ細胞とマウスES細胞を共生培養することにより、血液細胞への分化を誘導する方法(OP9システム)を開発し、造血細胞の発生・分化機構を明らかにしてきた。最近では、遺伝子破壊や遺伝子のコンディショナルな発現を組み合わせることにより、造血における転写因子の機能解析をおこなっている。その解析結果から、血液細胞の分化がどのように進行するかを明らかにしつつある。一方、未分化性の維持については、すでに運命付けられているが多能性の幹細胞へと「脱分化」する潜在能力をもった細胞である、始原生殖細胞の成立機構を中心に研究をすすめており、がん抑制遺伝子PTENを欠損するマウスでは、始原生殖細胞が多能性幹細胞へと脱分化することを見出している。また、他の幹細胞システムでもPTENのシグナルが幹細胞の維持に重要であることがわかってきた。幹細胞システムの生理と病理を解析したこれらの研究の一端を紹介する。

 幹細胞が非常に注目を浴びているのは、再生医学に利用できるのではないかという期待が高まっているためである。実際に多くの臓器において再生医療が確立されるには、数十年にわたる基礎研究が必要であるとされている。また、そのためには、新たな幹細胞制御法の開発が必要である。講演の最後には、我々の研究を含めて、幹細胞制御法から再生医学の未来展望について論じてみたい。