日本生体防御学会会報
 Bio DEFENCE
 NEWS LETTER 01-1
 総会案内・演題募集号

CONTENTS

  • 第12回日本生体防御学会の知らせ  桂 義元
  • 第11回学術総会から見た生体防御学会の今後  木下 タロウ
  • 会長からの学会案内  岡田 秀親
  • AMΦの増殖の研究から肺胞蛋白症の病因解明に至る道のり  中田 光
  • 第13回日本生体防御学会学術総会の日時等  小野寺 節
  • 平成13年1月10日理事会議事録

ホームページを開設いたしました。 http://www.med.nagoya-cu.ac.jp/molbio.dir/jsbdr/


第11回学術集会から見た生体防御学会の今後

  第11回学術総会会長 木下 タロウ
(大阪大学微生物病研究所)
 生体防御学会と補体研究会の関係が議論されてすでに5年がたつ。2つの会の統合まで視野に入れて議論されてきている。今回、中村編集長から昨年学術総会を担当した立場から学会の今後のことなど書くようにとのことですので、印象を述べる。
 生体防御学会は、哺乳動物だけでなく広く様々な生物の生体防御研究にたずさわっている研究者が集まり、生体防御システムの普遍的原理を明らかにしていくことをめざしている。この目的からして、獲得免疫とのより密接なつながりが明らかになり、また進化的な成り立ちが明らかにされつつある補体系の研究者集団である補体研究会との関係を考えていくのは当然のことであったと思われる。
 2つの会のより緊密な関係を作ってみて、実際両者に有意義であるかを検証する目的で、岡田現会長が主催された第7回学術集会を補体シンポジウムとの合同集会として持った。その後、第10回の東京に続いて昨年の11回は3回目の合同集会であった。演題数68,参加者約150名であった。今回は、2つのシンポジウムを合同セッションとするだけでなく、一般演題でも合同セッションを3つ(別々のセッションも3つずつ)作った。一般演題の合同セッションは、ほとんどが補体研究会からの演題であった。これは、補体研究会の基礎研究グループの研究領域が補体の枠を越えて広がっていることを端的に示している。合同セッションでの質問や討論を聞いていると、基礎研究の演題ばかりで発言者も基礎の方ばかりであったためか、違和感はほとんどなかったと思う。
 しかし、補体研究会のサイドから見てみると、生体防御学会との合同学術集会が続いた事によって研究会の主力である臨床教室からの演題や参加者が減る傾向にあると思われる。やはり、補体から対象領域が単に広がるというだけでなく、哺乳動物の枠を越えて対象領域が広がることに抵抗感があるのだと思われる。
 似たような状況は、生体防御学会にもあるのでは無かろうか。無脊椎動物での現象の研究者にとって、症例を示しての臨床研究の発表はかなりかけ離れたものと思われる。他の要因も重なっているが、ここ2回の演題や参加者からは補体研究会に起こっているのと同様の傾向が見られる。
 補体研究会は、補体を共通項として基礎と臨床の研究者が密に交流してきた場であり、生体防御学会は、生体防御機構の研究を介してヒトの生物学と様々な生物の生物学が交わる場である。二つを統合しようとすると、生体防御学会のなかの哺乳動物の研究者と補体の基礎研究者には違和感もなくメリットがあるように感じるが、同時に臨床研究者が去りまた非哺乳類の生物学者が参加しなくなると言うのでは失うものが大きすぎると思う。もしそうなってしまうと、2つの会の本来の目的が果たされないことになる。
 今年の学術集会は、それぞれ別に集会長がおられるが、合同セッションも予定されているようなのでここ2回の傾向が続くのかどうかを慎重に見極める必要が両方の会にある。その上で今後の方針をはっきりさせる時期が来ていると思う。


会長からの学会案内

 岡田 秀親(名古屋市立大学医学部)
 仙台で行われた先回の日本免疫学会のW20 「細菌・寄生虫感染症とその制御」の終わりに当たって、座長から、感染防御を活発に討議できる出来る場が少ないので、その点についても考える必要が有るのではないかとの提言がありました。そう言った意味では、日本生体防御学会の活動を高めるのが早道であろうと考え、日本生体防御学会へのお誘いをしたいと考えました。そこで、本年の生体防御学会は,京都大学の桂義元先生が総会長として京都会館で8月24~25日に開催されますことをご案内させていただきます。若い人の参加を期待して、口演発表を原則とすると共に、年会費は3000円としており、参加費も懇親会費を含めて5000円以下に止めて企画しています。
 なお、日本生体防御学会の概略については、日本生体防御学会のホームページに「日本生体防御学会の歴史的背景と目標」として載せています。


AMΦの増殖の研究から肺胞蛋白症の病因解明に至る道のり

中田 光(国際医療C研究所)
 初めて肺胞マクロファ-ジ(AMΦ)を観たときのことは、今でも忘れられない。今から思えば、そのことがきっかけとなって、私は一内科医から競争の激しい研究者の世界へと足を踏み入れたわけだから。
 東芝病院で気管支鏡検査を始めた昭和61年頃、気管支肺胞洗浄法を使って、私は肺炎や結核、びまん性肺疾患の診断を次々にやっていった。気管支肺胞洗浄液中の細胞の90%はAMΦである。ある日、AMΦを肺疾患の診断に使えないかと考え、予研の赤川先生に会いに行った。赤川先生は、「診断のためにAMΦを活用するという研究も重要ですけど、私はもっと面白いアイデアを持っています。マウスで発見したことをヒトのAMΦで確かめてみたい」と仰られ、ご自分のアイデアと研究の面白さを話された。免疫学の素養もマクロファ-ジに関する知識もほとんどゼロに近かった私は、この話をまるで異星人の言葉のように聞いていた。しかし、赤川先生にそれまで出会った研究者とは違う雰囲気を感じていた。農学部の卒業研究や医学部の教養時代にも研究室に出入りしていたが、そこで出会った研究者はみなしかめっ面 をして暗かった。研究は苦しく辛いものというイメ-ジが私の中に完全に出来上がっていたのだ。対照的に赤川先生は研究が楽しくて仕方がないといった雰囲気を漂わせていた。
 次の週から東芝病院で診断のために採った肺胞洗浄液の残りを大事に釣用のク-ラ-ボックスに収めて予研へと通うこととなった。病院の先生方は、私が釣に凝っていて毎週夜釣りへ出掛けるものと思っていたらしい。赤川先生はAMΦの起源を研究していた。当時、凡そ二つの説があった。ひとつはMPS学説といって、骨髄に幹細胞があって、成熟して血液中の単球になり、全身の各組織に移動して固有の組織マクロファ-ジに分化するという説である。もうひとつは胎児のころに幹細胞に由来する前駆細胞が肺にやってきて在住マクロファ-ジとなって必要に応じて分裂し、新しい細胞が供給されるという局所増殖説である。
 赤川先生はその頃後者の説を支持するデ-タを出していた。マウスのAMΦに顆粒球マクロファ-ジコロニ-刺激因子(GM-CSF)を加えて培養すると同じ形の細胞がどんどん増殖してコロニーをつくる。もう一つの増殖因子、マクロファ-ジコロニ-刺激因子(M-CSF)を加えると、やはり増殖するけれども、紡錘形のマクロファ-ジになる。  マウスの肺からはGM-CSFが放出されることがわかっていたので、赤川先生はこの増殖因子によってマウスのAMΦは肺胞内でどんどん増殖するのだろうと唱えたのである 。 赤川先生と私はヒトのAMΦを使って同じような実験を始めた。ところが、ヒトのAMΦはマウスのとは異なり細胞内器官が発達した大きな細胞で、表面 抗原(細胞表面の蛋白質)の種類も違っていた。培養してGM-CSFを加えると増えるけれどもマウスのように集落をつくるまでには到らない。また、M-CSFではほとんど増えないし、形も変わらないことがわかった。しかし、ヒトのAMΦは培養すると何ヵ月間も生き続けるから、マウスのAMΦのように盛んに分裂しなくても肺の中で数を維持できるに違いない。私達はそう考えて結果 を論文にまとめた。幸い、マウスの研究もヒトの研究もJournal of Immunology に次々に掲載された。
 その後、私は赤川先生の下を離れて医科研寄生虫研究部、結核研究所、医科研内科を転々とし、研究を続けた。
 この間、AMΦの起源の問題は、人からオタクと言われようと頭から離れなかった。幸運にも、平成3年、駒込病院が骨髄移植した患者に肺胞洗浄をすることになり、毎週のように洗浄液が送られてくるようになった。AMΦの数や増殖力や染色体を注意深く観察すると、移植後50日ぐらいを境にして急速に移植した骨髄由来の(ドナ-の)AMΦが増える。しかもドナ-由来の細胞は肺胞で盛んに増殖していた。もし、AMΦが肺での自己増殖だけでその数を維持しているとしたら、ドナ-由来のAMΦが増えるのはおかしい。少なくともAMΦの一部は単球が肺にやってきてそれが肺で増えたものというふうに考えるとこの現象は矛盾なく説明できるのではないかと考えて、私は考えを修正することにした。一方、赤川先生はヒトの血液中の単球をGM-CSFを加えて培養すると、AMΦそっくりの成熟したマクロファ-ジに分化することを見つけて、AMΦの起源は単球の肺への流入と肺での自己増殖の二つからなるという二元説をとるようになった。
 また、赤川先生と私はAMΦのポピュレーションの維持について肺が産生するGM-CSFが不可欠とずっと考えてきたが、94年に発表された雑誌「サイエンス」の論文によってその確信も揺らいでしまった。GM-CSFのノックアウトマウスは、予想に反してAMΦが全く減らなかったのである。GM-CSFの受容体ノックアウトマウスにしても結果は同じだった。ただ、このマウスは肺胞蛋白症という肺胞にサーファクタントと呼ばれるリン脂質と蛋白が蓄まる奇病に罹って死ぬ 。このマウスのAMΦは明らかに分化に異常があり、サーファクタントの処理能が低下していたのである。おそらく、肺が産生するM-CSFやIL-3 によってAMΦの増殖は維持されるが、GM-CSFはAMΦの分化と機能維持に必須の役割を担っているのであろう。
 その後平成4年から7年までニューヨーク大学に留学中に私の医科研内科のポストは失われ、帰国後、微生物株保存施設という菌株の保存と分譲をする閑職に就かなければならなかった。先端研究を自負する医科研の中でほとんど見捨てられた施設で、研究費も研究設備も貧しく、しばらく何も出来ずに失意の日々を送っていたが、平成8年夏のO-157の大流行で病原細菌保存が見直されることとなり、わずかながら、研究費も人も集まるようになった。私は長年温めてきたヒトの肺胞蛋白症の病因研究を始めた。GM-CSFノックアウトマウスと同様に肺胞蛋白症の患者のAMΦは、機能に異常が見られることは知られていたが、多くの人はヒトでもGM-CSFのシグナル伝達に異常があるのではないかと考え、GM-CSFのリセプターをシークエンスしたり、シグナル蛋白を調べていた。  その結果 、まれな先天性の肺胞蛋白症の一部にGM-CSFリセプターの変異があることがわかったが、肺胞蛋白症の90%以上を占める特発性肺胞蛋白症の病因は全く不明のままだった。
 GM-CSFのシグナル伝達を少し勉強したが、すぐにやめた。複雑すぎてすっきりしない。私は、もっと泥臭いやり方で病因に迫ろうと思ったのである。そこで、特発性肺胞蛋白症の肺胞洗浄液の上清をマクロファージの培養系に添加してみた。すると、GM-CSFによるマクロファージの増殖は止まり、死滅してしまうことに気づいた。いくつかの実験を経て、平成9年夏までにこの原因は患者の肺にGM-CSFに結合し、活性を中和する蛋白があるためだという証拠を得た。あとは、この物質を単離して同定するという力仕事になったが、患者の肺胞洗浄液は米のとぎ汁のようなどろどろの液で、硫安沈殿するとどのフラクションにもGM-CSFとの結合活性がはいってしまう。かといって、FPLCのカラムに通すとすぐにつまってカラムがだめになってしまった。こうして、進歩のないまま、泥沼の精製 を続けていくうちに、研究費は底をつき、一緒に研究をやっていた北里大学呼吸器内科の田中先生もやる気を失っていき、危機的な状況に陥った。  私は、生来の勉強嫌い。土壇場になるまで、机に向かわない。しかし、この時ばかりは、文献を読みあさった。肺サーファクタントの研究では日本は先進国である。札幌医大の3代の教授による膨大な研究集積があった。そこで、知ったのは肺サーファクタントの成分の80%は、実はリン脂質だということだ。サーファクタントが蓄積する肺胞蛋白症は実は肺胞リン脂質症だったのだ。さらに、札幌医大の人たちは、サーファクタントから蛋白を採るのに洗浄液をブタノールで抽出し、リン脂質と分けるという方法を使っていた。試しに、特発性肺胞蛋白症の洗浄液をブタノールで抽出してみると、水層にGM-CSF結合活性がくることがわかり、一挙に精製が進んだ。
 結局、この蛋白を精製単離するのに2年間かかった。精製してみると、それは、GM-CSFに対する自己抗体だった。ヒトの肺胞蛋白症もモデルマウス同様に抗体によるGM-CSFノックアウトだったわけである。その後、この自己抗体は患者血清中にも特異的に存在することがわかり、それまで患者は苦しい検査を受けなければならなかったのを血清を使って簡単に診断できる方法を確立した。
微生物株保存施設は、その後平成12年の3月に廃止されたが、在任中の4年10ヶ月の間に私は施設を医科研の「千早城」と秘かに呼んで、他の研究部とほとんど交流なしに、肺胞蛋白症の病因究明に没頭していた。その間、医科研ではヒト疾患モデルセンターやゲノムセンターが設立され、世の中の脚光を浴び、気にならなかったといえば、嘘になる。しかし、何百億もかけて造った施設で一体どれだけの病気の原因を明らかにしたのだろうか?みんながトレンドを追いかけるのを見て、私は医者として「病気の原因は患者や患者材料から出発しなくては解明できない」という思いを余計に強くしていった。
 早いもので最初に赤川先生を予研に訪ねてから14年が過ぎた。赤川先生に出会わなかったら、今頃まだ東芝病院で呼吸器内科医として働いていただろう。私が予研を去った後も盛んにいろいろな人が先生の下で指導を受けに集まってきている。傍から見ていても決して恵まれた研究環境とは言えないけれども、それでも集まるのは、人徳だろう。研究の進め方や実験を指導出来る人は多いが、研究の面白さを伝え、夢を与えられる指導者は少ない。赤川先生はそんな人である。そして、その基になっているのは、天性の洞察力と弛まない 勉強である。先生は週に1度は朝から晩まで図書館に篭もって論文を読みあさっているらしい。アイデアはどうもその時に出てくるのだろう。そのアイデアを聴くのが楽しくてまた人が集まってくる。
 赤川先生は私が研究の世界に入るきっかけを作ってくれたが、もう一つ大きなことは、東芝病院から予研に通った2年間が過ぎ、研究がまとまったところで、彼女は私を突き放したことだ。あとは、自分でやりなさいと。医者に毛が生えた程度の研究者だったから、当然のことながら、私は苦しんだ。そして、医科研や結研に移ったあとも絶えず赤川先生が何を考え、どのような仕事をしているのか気になって仕方がなかった。肺胞蛋白症の病因の研究を経て、私は最近漸く赤川先生の仕事が気にならなくなり、自分流の研究に落ち着くようになった。それでも自分の生き方と研究はこれでよいのだろうかと時々不安に襲われる。研究は私に夢を与えてくれるが、同時に研究は過酷で孤独だ。光が射したと思うのはほんの一瞬で、すぐにまた深い闇がやってくる。私はその闇の深さに怯え、自分の無力さ無能さに叩きのめされる。しかし、赤川先生は一貫して明るく前向きに生きておられ、そんな苦しいときに会って話をすると、大いに勇気づけられて再び研究を続けていけそうな気になるのである。


第13回日本生体防御学会総会学術集会のご案内

 第13回日本生体防御学会総会学術集会
 日 時:平成14年7月12日(金)~14日(日)
 場 所:日大会館(市ヶ谷)
 集会長:小野寺 節(東京大学農学部応用免疫学教室)
 〒113-0032 東京都文京区弥生1-1-1
 TEL: 03-5841-5196 FAX: 03-5841-8020
 e-mail: aonodermail.ecc.u-tokyo.ac.jp


日本生体防御学会 平成13年1月10日理事会議事録

 日時:平成13年1月10日(水) 午後1時~4時30分
 場所:名古屋市立大学医学部 分子医学研究所5階会議室
 出席者:岡田秀親(会長)、赤川清子、桂義元、藤田禎三、中村三千男、光山正雄、川畑俊一郎(以上理事)、八木由美子(事務局)計8名
 欠席者:木下タロウ、小野寺節、安保徹、吉開泰信、道家紀志(以上理事)
     成内秀雄、森勝義(以上監事)
 会長および各理事の自己紹介に続き、以下の議題につき討議・決定された。

  1. ホームページの担当理事決定-桂次期集会長,中村,和合,光山.
    当面,ホームページに関する会則は特に定めない.
  2. ニュースレターは,2月をめどに発行する.可能ならe-mailと前記ホームページに掲載する.
  3. 懇親セミナー:6月末に鎌倉にて開催予定。昨年同様幹事は小野寺先生にお願いする。
  4. 補体との合同集会開催の可否について.
    今年,来年までは少なくとも行う.それ以降に付いては,未定であり更に検討を重ねる.
  5. 第12回総会の運営と準備状況
    a. 会期は2日間(8月24日,25日)
    b. 同一演題をポスターと口頭発表で行い,ポスターは期間中ずっと展示し,スライドは原則5枚とする.
    c. 抄録集は補体シンポジウムと共通にする.
    d. 演題が多くなった時は,会場を増やす等で対応し,会期は延長しない.
    e. 一般会費は懇親会費込みで5,000円とする.
    f. 抄録締め切りは5月末日とする.
    g. フロッピーと印刷のみとし,e-mailでの申込みは受け付けない.
    h. シンポジウムはinnate Immunityと幅広い種をカバーした免疫系の多彩さをテーマにする.シンポジストへの希望もでたが,最終的に総会長に一任する.
  6. 会長が初期防御に興味を持っている研究者にdirect mailで第12回集会への勧誘をおこなう.抄録送付があったら,発表者だけでも会員になることを強く求める.発表者が会員であることを規約には含めないが,演題募集の際の要項に加えることを将来検討する.
  7. 第13回総会(総会長;小野寺教授-前理事会で決定済み)の会期を平成14年7月11-13日の3日間とする.
  8. 総会におけるシンポジウムを基にしたバイオデフェンスシリーズの発行は総会長の判断に任せる.
  9. 日本学術会議について-資料
    生体防御学会は,第4部動物科学に属する.本来は第7部,免疫・感染症であった.その経緯は不明.生物多様性に関する時限付き科研に応募しやすいので,このままとする.

編集後記

   中村 三千男
 早いもので,去年1号だけで終ったニュースレターの後,遂に新世紀の1年目の1号を発行しなければならなくなった.今回のレターから,前集会長の提言,会長や集会長の日本生体防御学会への意気込み,および中田博士の研究への情熱が伝わることを期待しています.ニュースレター係の怠慢も後押しして(!),既に生体防御学会のホームページも開設された.殆どの内容が会員に限らず公開されるはずである.
 ニュースレターにコメントを載せたり投稿したい方は,ホームページや係(長崎大・熱研・中村三千男 nakamuranet.nagasaki-u.ac.jp)にメールをください.


編集・刊行 日本生体防御学会事務局
〒467-8601 名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1
名古屋市立大学医学部分子医学研究所生体高分子部門
TEL:052-853-8197 FAX:052-842-3460 E-mail:rmasudamed.nagoya-cu.ac.jp
 編集協力:株式会社 菜根出版


Copyright © 2013 Japanese Society for Host Defence Research