2001年 ヒマラヤの旅

 2001年の夏。ヒマラヤ山脈に抱かれるネパール王国を訪れました。トリブバン大学の教育病院での実習に加え、ふたたび陸路ヒマラヤ越えに挑んでしまいました(2度とやらないと誓っていたのに!)。

  バンコク  
Progressive JPG.  もはや旅のはじまりの御約束。バンコクの屋台にて。なぜかインコがニワトリを焼くおばちゃんの肩に・・・

Progressive JPG.  今回の旅の連れ合いは、東京医療センター助産学生の武藤桃子。これまでの旅先での遭遇はあったのですが、今度はネパールでの病院実習を目的に行動を共にすることになりました。バンコクでの1週間は、ひたすら予習の日々でした。夜は飲みに行きますけど・・・

Progressive JPG.  その武藤が、かわいい後輩たちに会うというのでついてゆきました。聖心女子高の生徒たち20人ぐらいが、先生に連れられてスラム見学とかに来てんです。すごいですねぇ さて、この日は最終日ということで、スタディーツアーの感想を述べあうというイベントをやっていました。感想を述べながら、泣き出す娘たち続出・・・ う〜ん、圧倒されました。(プライバシー保護のためぼかしています)

  ダッカ  
Progressive JPG.  ネパール行きのフライトは、バングラデッシュの首都ダッカ経由。ここで1泊しなければなりません。しかし、往復2万7千円でホテル2泊付きです。ダッカを楽しむ時間の余裕があれば、おいしいフライトですね。

Progressive JPG.  私はといえば、久々の南アジアの空気に浮かれすぎのようです。ダッカの川筋でボートを雇い、あてもなく漕ぎ出しました。

Progressive JPG.  途中、スラムのような集落が川沿いにありました。そこから手招きをする女性を発見!

Progressive JPG.  当然、遊びに寄ります。

Progressive JPG.  それから彼女としばし舟遊びに興じ、いそいで空港へと戻りました。もっと長居したかった・・・

  カンティ小児病院研修  
Progressive JPG.  トリブバン大学医学部に併設して、教育病院としての機能も有するカンティ小児病院という国立病院があります。ここで1週間だけですが、実習を受けることができました。

Progressive JPG.  毎朝、9時より病棟回診があります。回診の様子は日本とよく似ていますが、ただ担当医による経過報告などはなく、漫然と進んでいる印象はぬぐえませんでした。

Progressive JPG.  10時過ぎから外来がはじまります。正直期待していた熱帯特有の疾患は、あまりみられませんでした。つまり寄生虫疾患であるとか、マラリア、狂犬病などですね。どうやら、こうした疾患は市中の個人病院や、薬局で対応しているようです。大学病院の役割は、小児であれば奇形や外傷などが数多くみられました。

Progressive JPG.  薬屋さんの製品紹介。プレゼングッズが異なるだけで、日本の大学病院でも見られる風景ですね。

Progressive JPG.  医薬分業が完璧でした。完璧すぎるぐらいです。この写真は、病院スタッフが薬局で心カテを買って帰ってきて、途中立ち話しているところ。こんなものでも、患者ごとに医師は、外から調達しなければならないのです。病院に在庫を抱える資金がないのも一因でしょう。それにしても、清潔を保持できているのでしょうか・・・ それが一番心配。

Progressive JPG.  こちらはER。ここではやはり、途上国らしくARIや細菌性下痢症が多くみられました。あとは交通事故も珍しくありません。

Progressive JPG.  患者の切れ目に医師とのスナップ。貫禄を感じさせる医師ですが、1年目の研修医師なんだそうです。

Progressive JPG.  とある庭園で勉学に励むわたし。国家試験が半年後・・・ う〜ん

Progressive JPG.  さて、今日はオペに入ります。ここは更衣室です。

Progressive JPG.  最初に入った症例は、先天性胆道拡張症 congenial diatation でした。あまり異文化に注文をつけるのは良くありませんが、でも「医師の手洗いが甘い!」ような気がするんです。ほんとにそれで始めちゃうの?

Progressive JPG.  胆管に嚢腫がありました。これから嚢腫を切除し、肝管空腸吻合を施行します。

Progressive JPG.  ふと隣のオペ室のほうを見ると、子供が座っています。どうしたのかな?

Progressive JPG.  数分後、手術台に抱えあげられて、麻酔導入されていました。なんと、オペ待ちの子供だったんですねぇ

Progressive JPG.  そちらのオペ室は、南側のためか暑いです。で、扇風機を回しています。雑菌が吹きすさぶ部屋で、開腹手術がはじまろうとしているようですね。いいんかい!?

Progressive JPG.  オペ室から見渡す窓外の風景は、最貧国と呼ばれるネパールの街並み。まあ、いいんだろうなぁ これで・・・

Progressive JPG.  この研修のセッティングをしてくださったのは、このカンティ小児病院の事務をされている、ビショップさんでした。とても親切な方です。本当にありがとうございました。

  ヒマラヤ越え  
Progressive JPG.  ここはネパールとチベットの国境です。私にとっては2度目となるヒマラヤ越えがはじまろうとしています。ところで、彼女はなんでこんなに軽装なのでしょうかね? それは荷物を私が持っているからです。

Progressive JPG.  チベットの雄大な自然と人々の生活。

Progressive JPG.  海抜5220メートル。空気が薄い。すでに彼女は高山病の症状を呈していました。

Progressive JPG.  延々とつづく高原の大地をランドクルーザーは突き進みます。

Progressive JPG.  とうとう私も高山病に... 前回大丈夫だったんで、楽観していたんですが... 大きな深呼吸を続けていても、酸素不足ですぐに傾眠状態に陥りそうになるのです。意識を失うと呼吸が小さくなるので、血中酸素濃度は極度に低下し、意識を取り戻したあと、ひどい頭痛と嘔吐にみまわれます。「高山病ってこんなに苦しかったんだ...」。

Progressive JPG.  4日後、高度が3800メートルまで下がってきました。芥子の花が咲き乱れています。それで、私たちもようやく体調が戻ってきました。

Progressive JPG.  チベットの中心都市ラサに到着。これはダライ・ラマの居城であったポタラ宮殿です。奴隷制度で栄華を誇り、莫大な富を蓄積してきたダライ・ラマの象徴ですね。なんで、彼が人権主義者でノーベル平和賞なんでしょう? 宗教文化としての彼の存在は尊重しますが、政治活動家としての彼については、自ら過去の清算をするまで私は評価しません。

Progressive JPG.  現代のラサっ子たち

Progressive JPG.  チベットは全般に食事に期待できませんが、でもラサの屋台は美味いですよ。

Progressive JPG.  帰りは空路にしました。「さらばチベット! ほんとにもう来ないからね」

Progressive JPG.  カトマンズへの帰路、エベレストが間近に見えました。奥のピラミッド型をしている山です。

  ワークショップ  
Progressive JPG.  『国際協力ワークショップ』を今年も開催。今回はバーンラック財団の研修施設をお借りしました。今回の参加者は28名で、ほとんどが学生でした。それだけにフレッシュな意見や感想が飛び出し、実り多いものとなったと思います。演題は3つで、「カンボジアの精神保健」、「タイのエイズホスピス」、「ネパールの死を待つ人の家」でした。

Progressive JPG.  最初に自己紹介をやりましたが、これは酷かった。聞くに耐えない。肩書きだけでは通用しない国際社会では、第一印象が極めて重要です。大学生のみなさん。この場で自分が何を"take"したいのか、また何を"give"できるのかをはっきりと述べつつ、個性を表現する練習をしましょうね。

Progressive JPG.  ワークショップの合間に・・・。お茶の時間です。

  パインハースト  
Progressive JPG.  今年も内閣府のN氏とマッチプレー方式による対決。

Progressive JPG.  さすが元ゴルフ部部長。いいフォームだな〜  結果は、昨年に続けて私の惜敗。最終ホールで逆転されました。

  パンガン島  
Progressive JPG.  パンガン島へ、また来てしまった。

Progressive JPG.  今年は島の船着場の反対側へ、ボートをレンタルして移動しました。そこはボトル・ビーチという美しく静かな砂浜。あとは、いつもとほぼ同じなので省略。過去のアルバムはこちらこちらを御覧ください。

2001/07/28 - 08/31

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