形成外科とは、いったい何でしょうか

形成外科とはなに?

形成外科の定義:恩師・鬼塚卓弥教授の考え

さて、形成外科とはそもそも何なのでしょうか。それを見ていきましょう。

ここにお示しするのは、わたしの恩師でもある昭和大学形成外科 鬼塚卓彌先生が昭和40年代に作成された形成外科の定義です。
 
すでに40年近い歳月を経ていますので、今、読みますと言葉使いはやや難しいかもしれません。
 
形成外科の治療対象を「醜状」という言葉で簡潔にまとめ、さらに、「手術」することは手段であって、最終的な「目的」は個人を社会に適応させることであると、形成外科の「使命」をまとめています。
 

Plastic  Surgery


 形成外科は、英語では「Plastic Surgery」と言います。より正確に言えば、海外で「Plastic Surgery」と呼ばれていた分野を、国内でも研究会、学会を作って広めていく過程で「形成外科」という訳語を決定したわけです。
 
 日本での形成外科は,昭和33年に日本形成外科学会が組織され、昭和50年に標榜科としての「形成外科」が認められ,一般の病院でも「形成外科」の看板を掲げて診療することが可能となりました。
また,美容整形といわれていた「美容外科」も昭和53年には,標榜科として認められました。
 
Plastc という言葉の語源は、ラテン語のplasticus、ギリシア語のplastikosに由来するそうです。
"capable of shaping or molding,"と言う意味合いで、「塑造出来る、どんな形にでもなる」ということを示します。
 
今日の「形成外科」という意味として「Plastic Surgery」という言葉が使われたのは、1838年にベルリンで出版された Eduard Zeis の著書です。
 
人類学の知見ではわたしたち人間は、太古の昔から「人体」の形、色などを変える営みをしてきたことが判ります。タイの少数民族であるカレン族は、首長族として知られています。
中国では、昔、女性に対して行われていた「纏足(てんそく)」という、幼児期より足に布を巻き、足が成長しないようにする風習がありました。
アフリカの部族に見られる下唇に穴を開けて、それを徐々に広げる風習もあります。
 
そして、刺青という文化はアフリカ、ヨーロッパ、アジアにも存在する「皮膚に色、模様を加える」ものです。

歴史のなかでの形成外科............そして現代へ

 Ambroise Pare は16世紀に欧米において近代外科の先駆者と尊敬されています。
当時の外科医として先駆的な仕事を数多く行い、Pareは1554年に出版した本において、初めて唇裂の手術のイラストを描いた、とされています。
 
 
 20世紀の第一次,第二次世界大戦での多くの戦傷者の治療を行うことで、形成外科の技術は大きく発展したといえるでしょう。
 
 皮膚移植,顔面骨骨折の治療,その他の組織移植術などが大きく進展しました。
 
 なかでも「微小血管吻合」の進歩は,切断指の再接着で世間を驚かせました。
 
形成外科領域での遊離組織移植だけでなく,現在では心臓の冠動脈バイパス手術や腎臓,肝臓などの移植など幅広い医療分野で活用されています。
 
 


わたしの考える形成外科

こころと身体................

小児期の心のトラウマに対して

ストレスによって生じる十二指腸潰瘍、果ては過労死。
大災害後の被災者の方が心的ストレスによって身体に異常を来した、という事実も広く知られています。

現在、内科学のなかでは 「心療内科」という精神と肉体の病気の関連についての専門家がおられます。

これを英語では、Psycho-Somatic-Medicine (精神身体医学、心身医学)といいます。

わたしDr.Suzukiは、医学生のころに、この心身医学にたいへん興味をもっていました。

そして、形成外科というのは、初めに示した鬼塚の定義にもあるように、
身体の異常(形態的醜状)を外科手術で治療することで、患者さんの精神的、心理的な苦痛・悩みを取り除き、その結果、患者さんの社会復帰を促すということになります。

そこで、わたしは、内科の心身医学:Psycho-Somatic-Medicine (精神身体医学)に対して

 Somato-Psychic-Surgery  身体-精神-外科学

ともいうものが形成外科の根底にある考え方ではないかと思っています。