顎変形の手術治療


 顎変形の治療には、従来から行われている顎骨の骨切りが一般的です。

 ここでは、約20年前から行われている骨延長法について解説します。

そもそも、骨延長とは??

骨延長:Distraction Osteogenesis


日本では「骨延長」と呼ばれますが、英語では上に示すように

「Distraction」=延長する
「Osteogenesis」=骨を創成する

という2語からなります。
日本語訳では前半の骨延長ということしか言葉に入っていないのです。

骨延長法で、肝心なことは、後半の「Osteogenesis」=骨を創成する ということだと思います。小さい骨を引き延ばして大きくする治療方法ですが、このとき、骨を新たに創ってしまうという画期的な治療です。

頭蓋・顔面骨延長

1998年 秋、Dr.Suzuki はアメリカ、テキサス州ダラスのベイラー大学とニューヨーク、マンハッタンのニューヨーク大学で開かれた「頭蓋骨顔面骨延長のセミナー」に参加しました。
どちらも、頭蓋顔面の分野でのセミナーとしては世界最初のものでした。

ダラスは口腔外科学系統の講師陣が主体であり、ニューヨークでは形成外科系の講師が多いという特徴がありました。実は、1998年頃 日本は、アジアにおいても頭蓋顔面分野の骨延長手術にはかなり遅れをとってしまっていたのです。そこで、興味を抱いていた私は外国でのセミナーに参加した訳です。

さて、骨延長法は手足の大きな骨(長管骨)においては、実は1950年代より研究されて来ました。

しかし、その基礎研究は、旧ソビエト時代のロシアの片田舎であるクルガンでイリザロフという人物によって成し遂げられたものです。
そうしたわけで、西欧諸国にこの原理が伝わったのは、かなり後になってしまったのです。それでは、その物語をこれからはじめましょう。

クルガンの魔術師

 骨は成長している子供の時代には伸びますが、成長が終わってしまえばもう伸びることはありません。子供時代の成長は骨端軟骨という特別な部位があって、そこで成長がおこります。骨端軟骨は大人になれば無くなってしまうのです。

しかし、大人でも骨折した骨はきちんとずれを無くして固定しておけばくっ付いて治ってしまいます。さて、骨折の治療として副木で固定することは2000年前から知られていました。今世紀になってからは、麻酔や消毒の技術が開発されてきて、折れた骨を外部からピンや針金で固定する
「創外固定装置」が作られるようになりました。

そして、外傷などで短縮してしまった骨を元のように伸ばしたいという、
患者さんの希望からいろいろな脚延長の手術が工夫されていました。

 1950年代の シベリアの片田舎クルガンの病院で独自の創外固定器を工夫していたイリザロフという医師がいました。 彼は創外固定器で治療中の骨折患者に、骨が良くつくようにと、骨折部位が圧縮されるように少しづつ ねじを締めるように指示しました。

ところが、慌て者のこの患者さんはねじを逆に廻してしまいました。

骨折部は圧縮されずに逆に引き離されてしまったのです。
そんなことを しては骨折が治るはずがない、当時誰もがそう思いました。
ところが現実には骨折部には仮骨が出来ていて、実際に 骨延長が起こっていたのです。

 イリザロフ博士はこの経験から、多くの実験を行いました。
 ついに骨延長の方法を確立したのです。 

しかし、シベリアの片田舎で医療を行っていた彼の手術は、容易には認められませんでした。

東京オリンピック走り高跳びのソ連代表で金メダリストのブルメル選手が事故で骨折し、それをイリザロフが見事に治療したことで、ついに評価は高まり、彼は認められるようになりました。 


 また、イタリア人の探検家カルロマウリはアルプスで重症の骨折を負い、
イタリアの有名な病院で、数回手術を受けても、結果ははかばかしくありませんでした。

 ロシア人の探検家仲間からロシアにイリザロフという何でも治してしまう医者がいると聞き、
彼はシベリアで治療を受けることにしたのです。

カルロマウリの骨折はイリザロフの治療で見事に治り、その治療成績に驚いたイタリアの医師達は早速イリザロフの治療を見学しに行ったのです。

イタリア人医師たちは、イリザロフ法の長所を認め早速その技術を導入しました。
こうして、ロシアの片田舎で生まれた手術法が全世界に広がっていったのです。

画像は、DISTRACTION OSTEOGENESIS Edited by: Mikhail L. Samchukov, M.D. Alexander M. Cherkashin, M.D. より

顎顔面骨延長手術

下顎骨延長


形成外科で扱う骨は、手足ではなく「顔や頭」すなわち顔面骨、頭蓋骨、顎骨です。
これらの骨は、手足の長管骨に対して膜様骨と呼ばれる平らな骨です。長管骨を伸ばすことは出来ましたが、平べったい顔面骨を延長することが、果たして可能なのでしょうか。

長管骨の延長が一般的になった1970年代後半顔面骨の骨延長の動物実験が報告され、顔面骨でも延長可能であることがわかりました。そして、1980年代のさらなる動物実験を経て、93年ニューヨーク大学形成外科で下顎骨延長が成功したのです。生まれつき片方の下顎が小さい場合は口が斜めに傾いてしまいます。両方の下顎が小さく鳥のような顔貌になってしまうことがあります。従来は大人になってから骨切りをして治療したのですが、骨延長法の導入により小児期から治療できるようになってきました。

下顎骨から臨床応用が始まった骨延長は、現在、上顎骨、中顔面、頭蓋骨でも可能となりました。
この手術には「骨延長器」と呼ばれる装置が重要であり、世界各地で新しく工夫された延長器が作成されているのが現状と言えましょう。
米国では形成外科学会、口腔・顎顔面外科学会、矯正歯科学会でさかんに議論が行われています。

日本でも90年前後より、動物実験が続けられ臨床応用が始まってきました。


この手術を行うには「骨延長器」という装置を使う必要がありますが、98年頃の状況では、外国製のこれらの装置が入手不可能でした。今では、国内の医療メーカも、延長器を開発して、その後多くの骨延長器が使用できるようになってきました。

 チューリッヒ・タイプの下顎延長器。小型です。筆者も使った経験有り。
 外固定型<装置が口腔外にある> 外固定だと、このように関節があって、調整が可能です。

上顎骨延長

上顎骨延長は1995年ごろより骨延長器が開発、発売されるようになりました。

上顎骨の延長を行う疾患は、

   1. 口唇口蓋裂に伴う上顎劣成長
   2. クルーゾン病などによる中顔面劣成長
   3. その他の顎変形症による 

などがあげられます。

ここでは、筆者がアメリカでのセミナーなどで実際に開発者の話をきいたことがある装置を中心に紹介してみましょう。

<画像は製造メーカのサイトより改変)

1)REDシステム:外固定型の装置です。(KLS Martin)



ハローリングで頭蓋骨表面にネジで固定されます。外から引っ張る形で延長をするので方向の調整がよいであることが利点です。

装置をはずすのも、そのままネジをゆるめても痛みも少なく、私の経験では局麻も要しませんでした。制作者のシカゴのポリー教授は5歳くらいの幼児から手術をしていました。

2)内固定型装置:チューリッヒ型延長器 (KLS Martin)




この装置は、スイスのチューリッヒ大学のタイプ。
本装置の作成者には直接あったことがないのですが、小型でよさそうなものです。

内固定型は最初に取り付けた方向にしか動かせない:方向の変更が不可能なので取り付けにかなり慎重にならないと、変な方向に延長される危険性があります。

3)内固定型装置:Chin &Toth 型延長器(ローレンツ社)下図


これはサンフランシスコの矯正科医DrChinと形成外科医のTothが開発したもので、中顔面のLe Fort3型の骨延長を行うものです。元の装置は、若干使いにくさがありましたが、昭和大学形成外科にて佐藤教授(現:千葉大学形成外科教授)が改良しています。