木内貴弘1)、中山健夫2)、宮原哲3)、石川ひろの4)、杉本なおみ5)、高山智子6)、藤崎和彦7)
1)東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学、2)京都大学大学院医学研究科健康情報学、 3)西南学院大学外国語学部、4)帝京大学大学院公衆衛生学研究科、5)慶應義塾大学看護医療学部、6)国 立がん研究センターがん対策情報センター、7)岐阜大学医学教育開発研究センター
コミュニケーション(ヘルスコミュニケーション)は、生物学、データ(EBM)に続く、第3の医学の柱として、注目を集めている。日本ヘルスコミュニケーション学会は、2022年4月1日にヘルスコミュニケーション学関連学会機構に改組して、ヘルスコミュニケーションとその関連概念(ヘルスコミュニケーション、医学サイエンスコミュニケーション、メディカルコミュニケーション、ヘルスリテラシー、ヘルスマーケティング、医療コミュニケーション、医療通訳)を名称の一部とする学会を傘下に設置した。本論文では、広義のヘルスコミュニケーションとこれらの関連概念を整理し、ヘルスコミュニケーションとの関係を位置づけることによって、ヘルスコミュニケーション学関連学会機構とその傘下に設立する学会との関係とその必然性を明らかにした。また2022年度には、ヘルスコミュニケーション学関連学会機構の下に職種別の学会(歯科、看護)を新たに設置したが、その意義についても解説した。ヘルスコミュニケーション学関連学会機構は、傘下学会の学会活動の自由度を許容しながら、学会運営の効率化、会員の利便性の向上、不必要な類似学会の競合回避等の大きな利点を有し、日本におけるヘルスコミュニケーション学とその関連学問領域の発展に大きな役割を果たすことが期待される。
中川 晶
京都看護大学
ナラティヴ・アプローチは近年、医療の分野でよく知られているが、実際は使いにくい、或いはナラティヴになっているのかどうか分からないという疑問が多い。そこで、今回はヘルスコミュニケーションの基調講演ということで、臨床のアートとしてのナラティヴ・アプローチを質問技法としてのナラティヴ・アプローチを解説してみたい。アートという言葉には芸術以外に技巧・わざ・熟練・専門の技術という意味がある。医療分野には今後A.I.がどんどん導入され医学知識の検索は容易になるだろう。しかし、その知識をどう臨床につなげるかについては、人間の熟練の技が必要であることに変わりは無い。特に医療のコミュニケーションについては今後更なる研究が必要になるだろう。
孫大輔
鳥取大学医学部地域医療学講座
芸術(アート)には、人間に課されている不条理や限界に対して抵抗し、その生命性や人間性を回復させる力がある。映画による医学教育(シネメデュケーション)には学習者の批判的思考や主体性形成を促す「人間形成機能」がある。医療者に対する視覚的アートの教育効果をレビューした総説では、臨床的観察力、共感、不確実性への耐性、文化的感受性、チームビルディングと協働、ウェルネスとレジリエンスなどにつながることが示されている。不確実性への耐性は「ネガティブ・ケイパビリティ」の概念に通じるものであり、これは容易に答えの出ない曖昧な状況に耐えうる能力を指す。 共感は、近年医学教育において重視されるようになってきており、患者中心のケアや、医療プロフェッショナリズムにおいて中心的な要素である。医療者が共感やナラティブ・コンピテンス(物語能力)を養う上で、アートが役立つ可能性も示唆されている。例えば、文学作品、絵画、映像や音楽などを用いてそれを丁寧に鑑賞し、自己表現の能力を通して他者への視点を養う手法である。実践例として、医学生・研修医に対して対話型鑑賞やシネメデュケーションを用いた経験とその効果も紹介する。
末松三奈
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科 地域医療教育学講座
本稿では、名古屋大学で実施している模擬患者及び市民参加の多職種連携教育(IPE)について、学生が何を感じ・気づいたかに焦点を当てて報告する。臨床実習前の医学科4年生の基本的臨床技能実習で実施しているIPE、次に医学科4?5年生の臨床実習で施行している「つるまい・名城IPE」、そして課外授業として実施している「糖尿病(健康増進)教室IPE」である。基本的臨床技能実習のIPEは、医学生と看護学生がパーキンソン病や認知症をテーマとした症例検討を行う。症例で扱われているパーキンソン病や認知症の方・家族が、当事者として『病の語り』を行い、学生の気づきを促す。「つるまい・名城IPE」は、医学生・薬学生・看護学生が一つのチームを形成して、医療面接と療養指導計画を立案し発表する模擬患者(家族)参加型IPEである。模擬患者(家族)からのフィードバックを聞き、学生が何を感じ・気づいたかを量的研究結果を踏まえて述べる。最後に、課外授業として、医療系学生が地域病院の糖尿病教室を行った「糖尿病教室IPE」、糖尿病や認知症に興味のある市民を対象として開催した「オンライン健康増進教室IPE」について紹介する。
香川由美
東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻医療コミュニケーション学分野
患者への共感は、患者中心の医療の実践のために医師に求められる基本的な資質・能力であり、医学教育において継続的に育む必要がある。本論文では、医学生の患者への共感を効果的に育むために患者のストーリーテリングをどのように活用するかという問いについて、共感、変容的学習、ナラティブの理論に基づき、具体的な方略と今後の課題を整理した。共感の重要な要素である視点取得の能力は、相手の立場になって感情や考えを理解しようとする認知的能力であり、他者のものの見方や価値観を知ることで自分のものの見方や価値観を問い直す変容的学習と親和性が高い。そのため、医学生の共感の学修を目的とした患者のストーリーテリングの活用には、医学生が患者の立場になって感じたり、考えたりするための工夫が求められる。病気の経過だけでなく、病気によって人生が揺るがされた体験と感情の動きを聴くことや、ストーリーテリングの後にグループディスカッションなど学生同士で話し合うアクティビティも有用と考えられる。今後、患者と医学部教員の協働によって患者のストーリーテリングを用いた教育と実証研究を蓄積し、根拠に基づく学修方略を普及していくことが期待される。
奥原剛
東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野
ヘルスライティングとは、市民や患者を対象に、各種媒体を通じて、病気の予防や治療、健康の増進に関する理解や行動を促すことを目的に、企画・執筆・推敲・修正する技術・実践である。米国では2016年に大学・大学院の公衆衛生教育プログラムに“written and oral communications”が盛り込まれ、一部の公衆衛生大学院等でPublic Health Writingの体系的な教育プログラムが開始された。日本国内でも、筆者の所属する東京大学の公衆衛生大学院が、2016年よりヘルスライティングの授業を開講している。国内の自治体、保険者、医療機関等においても、市民患者にとって理解しやすく、行動につながりやすいヘルスライティングが模索されている。本稿ではそうした公衆衛生の現場の方々との交流を通じて筆者が考えてきたヘルスライティングで求められる価値観・スキルを5つ挙げ、公衆衛生情報の作成者に求められる資質を考察する。
高山智子1)2)
1) 国立研究開発法人国立がん研究センター がん対策研究所 がん情報提供部ー、2) 東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻 がんコミュニケーション学分野
本稿では、公衆衛生情報の中でも主に疾患を持つ人に対する情報について、筆者が長年携わる国立がん研究センターが運営する「がん情報サービス」での取り組みを紹介しながら、ヘルスライティングに求められる知識やスキルを考える。必ずしも正解がないヘルスライティングにおいて、筆者が求められる知識やスキルのすべてを可視化できているわけではない。ただ少なくとも、「がん情報サービス」での“診断や治療の情報を患者が理解し、自らの意思決定や行動の助けに活用できる”ことを目指すライティングには、専門家が患者に伝えようとすることを理解し、患者側が求める情報を知り、双方の理解・解釈の仕方を理解すること、また患者が置かれている環境や情報を活用する場面を想定することなどが含まれる。そして、個々人を対象としながらより多くの人に伝えるための表現力や様々な関係者や状況にある情報をどう固定するかのバランス感覚も必要である。確かな情報として広く発信するためには、個々人ではなく体制として支えるものも含まれる。書き手の背景が異なる中で、どのように自分の立ち位置を考え、スキルを磨いていくことができるのか、本稿が参考になれば幸いである。
小川留奈
帝京大学大学院公衆衛生学研究科
書き手個人のセンスや努力のみに頼ることなく、媒体や読み手に応じて柔軟に書き分けられるヘルスライティングの実践者たち(ヘルスライター)の育成が求められている。ここでは、メディアを介して公衆衛生情報を市民・患者に書いて届けるコミュニケーションに焦点を当て、ヘルスライティングに必要な知識、スキル、価値観を議論するための材料を提供する。まず、1.公衆衛生情報を扱うメディアにはどのようなものがあり、ヘルスライターはどのようなメディアで活躍することが想定されるのかを整理した。次に、2. 非医療者である筆者が約20年実践してきたヘルスライティングの工夫例を示す。さらに、3. The Suitability Assessment of Materials (SAM) を活用した、自治体や保険者のヘルスライティングの実務者支援の取組を紹介する。最後にこれらを踏まえ、4. 非医療者と医療者それぞれの書き手の強みと弱みを考察した。
安藤晴惠1)、井澤晴佳1)、田中奈美 1)、籔下紘子1)、ニヨンサバ フランソワ2)、野田愛2)、大野直子2)
1)順天堂大学大学院医学研究科医科学専攻修士課程医療通訳、2)順天堂大学大学院医学研究科医科学専攻修士課程医療通訳、順天堂大学国際教養学部
【背景】 | 医療現場では医療通訳者の起用や医療通訳者育成のための動き、自動翻訳機の使用がみられる。本研究では、 それらの解決手段が患者満足度に与える影響を明らかにすることを目的とし、在日外国人が日本の病院を受 診した経験についての質問紙調査を行った。 |
【方法】 | Google Formsで回収した有効回答数162名中、40名(人に通訳してもらった患者群29名、翻訳機を使用し た患者群11名)を対象に、共変量を性別、年齢とし、共分散分析(ANCOVA)を用いて解析した。また、 満足度の中央値31.5を基準に≧31.5を満足度高とし、共変量を性別、年齢、翻訳機の使用有無とし、ロジス ティック回帰分析を行った。 |
【結果】 | 共分散分析の結果、人が通訳して受診した場合と翻訳機を使用して受診した場合で、患者満足度に有意差は なかった(p>0.05)。ロジスティック回帰分析でも同様、翻訳機の使用有無による有意差はなかった(オッズ 比0.712、95%信頼区間0.169-3.001)。 |
【考察】 | 言語的障壁の解決手段が患者満足度に与える影響は認められなかったが、本研究は国内における複数の医療 通訳手段の比較について、有益な情報を与えうる。今後は、調査対象人数を増やしたうえで、さらに詳細に 検討する必要があると考えられる。 |
平英司1)、皆川愛2)、高山亨太 3)、香川由美4)、八巻知香子5)
1)関西学院大学手話言語研究センター、2)ギャローデット大学ろう健康公平センター、3)ギャローデット大学大学院ソーシャルワーク研究科、4)東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻医療コミュニケーション学分野、5)国立がん研究センターがん対策研究所
手話通訳の派遣先として一番多い医療機関において、手話通訳者がどのような困難を経験しているのかは明らかにされていない。本研究は、手話通訳者が医療場面で感じる医療者の対応の課題やそれへの対応について、手話通訳者への質的なインタビュー調査により明らかにするものである。16名の手話通訳者にグループインタビューを行い、収集された語りについて、テーマ分析を行った。結果、224の発話が抽出され(A)医療場面での翻訳作業に伴う困難(B)医療者とろう者との関係調整への苦慮(C)医療者と通訳者との関係調整への苦慮(D)通訳者が機能しにくい場面での対応の苦慮、という4つカテゴリーに分類することができた。これらのカテゴリーの内容は、デマンドコントロールセオリーに一致するものであった。通訳者達は医療場面における言語の翻訳の困難さだけではなく、現場に介入する一人の通訳者として、ろう者や医療者との関係性の調整に苦慮していることが明らかになった。医療者と手話通訳者がろう者の患者の命を守るという本来の目的のために協働し、互いの専門性を発揮できる環境づくりや教育研修の実施が重要である。
奥原剛
東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野
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