近藤尚己
京都大学
従来からの「知識の普及啓発型のポピュレーションアプローチ」は、健康づくりに前向きになる生活上のゆとりがない人々への効果が期待できないため、健康格差を拡大させる可能性がある。健康格差 の制御 には「環境改善型のポピュレーションアプローチ」が 必要である 。 そのために①アドボカシーの推進、②ナッジの実装、③コミュニティの組織化の推進の 3つにおいて、ヘルスコミュニケーションの活躍を期待する。①アドボカシーについては、 自己責任論を払しょくするコミュニケーシ ョンを進めていただきたい。②ナッジをヘ ルスコミュニケーションに取り入 れ、誰もが自然と健康に慣れる環境をデザインしていただきたい。③健康以外のセクターの「やる気」を引き出し、健康推進に役立ち、かつそのセクターのメリットにもなる活動を進めるコミュニケーション技法を発展させていただきたい。合意形成のためのデジタル技術の応用や、社会的処方等の医療と社会福祉との一層の連携推進も重要である。 SDGs全体の中で健康づくりは一部でしかない。健康の専門家という立場を相対化して多様なセクターと円滑な連携が進むためにも、ヘルスコ ミュニケーションはますます重要になってくる。
秋山美紀(1、今村達弥(2、筧裕介(3、永井昌代(4、福田吉治(5
1) 慶應義塾大学、2) ささえ愛よろずクリニック、3) NPO法人イシュープラスデザイン、4) APCO Worldwide、5) 帝京 大学
本稿は、第12 回日本ヘルスコミュニケーション学会学術集会のシンポジウム1「患者、住民、コミュニティを育てる・動かすヘルスコミュニケーション」における各シンポジストの発表と総合 討論を取り纏めて報告するものである。このシンポジウムでは、様々な生きづらさを抱える当事者のエンパワメントや社会的包摂に取り組んでいる 3 名の実践家が、各自の取り組みを報告した。 まず精神科医の今村が、精神障害のある者が自らの体験を自らの言葉で伝える「当事者研究」について報告した。続いてコミュニケーションデザイナーの筧が、認知症のある人が経験 している世界を認知症でない人にもわかるように伝える「認知症世界の歩き方」について報告した。最後にパブリックアフェアーズを専門とする永井が、制度や政策の整備や変革に向けて働きか けるマクロレベルのアドボカシーの具体的なアプローチについて報告した。これらの実践報告の総括として帝京大学の福田が、 “Communication FOR というヘルスコミュニケーションの新しい側面を提示し、今後のヘルスコミュニケーションがさらに面白く、多くの研究者や実践者を巻き込み、人々の健康にさらに貢献するであろうと締めく くった。
石川ひろの(1、武田裕子(2、大坂和可子(3、岡本左和子(4、藤崎和彦(5
1) 帝京大学大学院公衆衛生学研究科、2) 順天堂 大 学 大学院医学研究科医学教育学、3) 慶應義塾大学看護医療学部、4) 奈良県立医科大学公衆衛生学講座、5) 岐阜大学医学教育開発研究センター
治療における患者の主体的な参加、意思決定の共有など、近年、保健医療のさまざまな場面で患者・市民の参加、医療者との協働が求められている。 患者・市民が自分の健康を主体的に管理し、健康や医療に関するさまざまな意思決定に積極的に関わることが、健康アウトカムの向上、医療の質の向上につながることが示唆されてきた。一方、 それを阻害する要因や、意思決定への参加 、医療者との協働に困難を抱えがちな人々 の属性も指摘されてきている 。医療者、医療機関が、患者や市民の多様性を理解し、受け手に合わせたコミュニケーションを通じて、その主体 化や参加を促していくことは、困難な立場にある患者・市民の支援、格差の解消につながる可能性がある。本稿では、このような医療者・医療機関側の取り組みや教育の例を取り上げた学術集会シンポジウムにおける報告と議論を共有するとともに、 医療者・専門家と患者・市民との協働に向けたコミュニケーションについて、日本における取り組みの現状と今後の課題を議論する。
渡邊清高(1(2、北澤京子(2(3、佐藤正惠(2(4、忽那賢志(5、武藤香織(6
1)帝京大学医学部内科学講座腫瘍内科、2)メディアドクター研究会、3)京都薬科大学、4)千葉県済生会習志野病院図書室、5)国立国際医療研究センター病院、国際感染症センタ ー、6)東京大学医科学研究所
2020 年初頭から国内および世界各地での流行の状況を踏まえ、「新型コロナウイル ス感染症( COVID 19に関するリスクコミュニケーション」をテーマに第 12 回日本ヘルスコミュニケーション学会学術集会2020 年 9 月)において特別シンポジウムを開催した。信頼できる情報源、検索や活用の方法、予防・診断・治療・感染症対策に関する最新知見、健 康や経済格差、情報格差、法的・倫理的な課題、偏見の問題など、健康や医療にとどまらないさまざまな課題が浮き彫りになってきていることについて、幅広い立場のパネリストと発言者の参加を得て、有用な情報を共有することができた。刻々と変わる情勢のなか、新たな感染症に よる健康リスクに対しどのように伝え、受けとめるか。どのように向き合い、取り組んでいくのがよいか、オンライン開催形式であるメリットを活かし、全国各地の参加者により議論を重ねた。メディアドクター研究会で活用している健康や医療報道に関する評価指標 http://mediadoctor.jp)を織り交ぜつつ、参加者は効果的な リスク コミュニケーション、一般市民のヘルスリテラシー向上の必要性などを共有した。新たな健康や医療を脅かす脅威に対して、議論のエッセンスを生かせる取り組みを、継続的に発信していくことが重要と考えられた。
堀拔文香(1、御子柴直子(1、荒井俊也(2、本島信子(3
1)東京大学大学院 医学系研究科 健康科学・看護学専攻、2)東京大学医学部附属病院 血液・腫瘍内科、3)東京大学医学部附属病院 看護部
目的:血液がん患者の視点をもとに、患者の希望や意向を知るための医師のコミュニケーション行動を記述する。
方法:血液がん患者に半構造化面接を行い、医師とのコミュニケーションの経験を尋ねた。特に、医師が患者の希望や意向を分か りそれらを尊重してくれたと感じた経験や、そのようなコミュニケーションに対する考え を尋ねた。面接は逐語録に起こし、質的記述的に分析した。
結果:患者 11名に面接を行った。患者の希望や意向を知る医師の行動は、 1)話しやすい環境を作る、 2)知ろうと尋ねる、 3)理解を示すの 3カテゴリに分類された。 1)話しやすい環境を作るは、挨拶や笑顔、日常会話を交わすこと、 2知ろうと尋ねるは、病気・治療や生活・人生をめぐる患者の希望や意向を医師側から尋ねること、 3)理解を示すは、患者の希望や意向への理解を医師が言葉で患者に伝える ことだった。
結論:提供される医療の中で希望や意向が尊重されているという患者の評 価には、医師の積極的なコミュニケーション行動、すなわち話しや すい環境を作り、その上で患者の希望や意向を知ろうと具体的に尋ね、それらを理解し尊重する意図を明確に伝えることが重要であると示唆された。
市倉加奈子(1、守屋利佳(2、千葉宏毅(2、井上彰臣(3(4、島津明人(5、堤明純(3
1) 北里大学医療衛生学部健康科学科、2) 北里大学医学部医学教育研究部門、3) 北里大学医学部公衆衛生学、4) 産業医科大学 IR推進センター、5) 慶應義塾大学総合政策学部
背景:医学生のコミュニケーション教育は重要であるが、
対応困難な患者を想定した医療面接演習についての実践報告はない。
方法:臨床実習前3年次の医学生を対象に、怒り、不安、せっかち、
寡黙の感情や特性をもった患者に医療面接を行う設定で、模擬患者
参加型ロールプレイ演習を実施した。
結果:学生は患者の特性に合わせて柔軟に対応することを学んだ
一方で、怒りをテーマとした演習では、学生と模擬患者の双方に
心理的な負担がかかる可能性が伺われた。
考察:学生と模擬患者の心理的負担軽減のために、両者に対する
演習前の十分な説明と打ち合わせ、事後の振り返り、および、
教員のファシリテーター技術の向上が必要と考えられた。
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